36:歩きスマホはよくないよね
「もう昼食の時間ね」
「あたしはとっくにお腹空いたけどね」
さっきまで買い物に夢中だったけど、確かにボクも今もうお腹空いた。
「じゃ、次は昼ご飯ね。イヨヒちゃん、何を食べたい?」
「えーと、ボクは何でもいいと思います。任せます」
緻渚さんはボクの意見を訊いたけど、昨日の夕飯と同じようにわたいは特にあまり何の拘りもないので、緻渚さんとチオリで決めた方が速いと思う。
「うーん、じゃ8番らーめんとか? ここ北陸地方の名物よ」
「母さん、8番らーめんなら家の近くにもあるよね。金沢しかないものの方がいいよ」
緻渚さんの提案にすぐチオリに却下された。
「例えば何?」
「あたしもよく詳しくないけど、とにかくスマホでチェックしてみるね。この辺りはもう片町だよね」
さっきから大通りに沿って南の方へ向かって歩いてきた。今この辺りもまだ商店街みたいだけど、大きな百貨店のあるさっきの香林坊と比べたらちょっと違って、ここ片町は道端に小さな店いっぱい並んでいる。
「スマホか……」
スマホって本当に便利だね。そういえばさっきボクにも買ってくれるって言ったよね。
「そうだ。イヨヒくんのスマホはまだ買っていない。服に時間かかりすぎた所為で」
チオリは緻渚さんに不満そうな顔を向けながらそう言った。
「だって服の方が必要品よ。さすがに裸でスマホを使うわけにはいかないよね」
緻渚さんのその言い方を聞いたら、なぜかボクの頭の中で昨日の裸の緻渚さんの姿が浮かべてきた。昨夜一緒にお風呂に入ったから……。って、今ボクはなんか駄目なこと想像してしまっているようだ。
「それはそうだけど、スマホも現代の人間にとって必要不可欠なアイテムの一つになったよ。それに、さっきイヨヒくんに買った服を全部合わせたら、値段はすでにスマホの何倍も越えているはずだよね」
「まあ、確かにそうよね」
「は? さっきの服ってあんなに高いのですか?」
それはスマホが安いっていう意味ではなく、服が格別に高いってことだよね?
「まあ、可愛い服いっぱい買ってしまったんだからね。イヨヒちゃんはどの服を着ても似合いそうだから、つい……」
「でも本当にボクがこんなにたくさんもらっていいのですか?」
「気にしないで。あ、でも気になっているのなら、後で体で払ってもらうわ」
「体で!?」
どういう意味? まさか、服の代わりにボクは緻渚さんにまた何かされるのか?
「母さんはまた変な誤解を招くような言い方を使ったけど、それって要するに服を買ってくれる代わりに、イヨヒくんに着せ替え人形になってもらうっていう意味だよね」
「『着せ替え人形』だなんて……まるで私が無理矢理着せるみたいな言い方ね。イヨヒちゃんも可愛い服を着てこんなに気に入ったのよ。私だってただイヨヒちゃんに着てもらいたいから買ってあげただけだよ。後でよく着て私に見せてね」
「あ、はい……」
なるほど、そういう意味なのか。なら別に全然問題ないと思う。
「とにかくね、服もスマホも私たちがイヨヒちゃんに使って欲しいから買ってあげたの。だから気にしないで受け取っても大丈夫よ」
「……はい、わかりました。本当にありがとうございます」
「じゃ、昼ご飯の後、スマホを買いに行こう」
高いものいっぱい買ってもらって、なんか悪い気がするけど。
・―――――・ ※
昼ご飯の後、結局スマホを買うことができた。今スマホはボクの手の中にある。チオリのスマホと似たものを選んだ。
今ボクは歩きながらスマホを弄っている。使い方はまだよくわからないけど、なんかいろいろあって楽しそう。
「あのね、イヨヒちゃん、歩きスマホはね……。つまり、『歩きながらスマホばかり構っている』という行動は危ないわよ」
今スマホに夢中になっているボクに、緻渚さんが忠告した。
「そうですね。ごめんなさい。つい……」
確かに歩きながら使うのはよくないよね。でもなぜか周りにはそうしている人もいるよね。今通りかかったあの女の子とか……。
「ぎゃっ! 引っ手繰りだ! あの黒い自動二輪車!」
いきなりあの女の子は叫び出したからボクは彼女の方に振り向いてみた。その瞬間何か高速でこっちに走ってきていると気づいた。
さっきまで女の子が弄っていたスマホは二輪車に乗っている男の手にある。
「助けないと。……『སུ་གུ་ནི་ཏོ་མ་རེ་ཡོ།』……え?」
反射的にボクが慌ててあの二輪車を止めるために呪文を詠唱して魔法を使おうとしたが、やっぱりここでは魔法が使えないから何も起きない。
そしてこのまま二輪車が走り続けてボクの視界から消え去ってしまった。
「イヨヒちゃん、さっきまさか魔法であの自動二輪車を止めようとしたの?」
緻渚さんは怪訝そうな顔でボクに質問をした。
「はい、でもやっぱりここではもう魔法が全然使えません」
「でも、それでいいのよ。だってたくさんの人の前だし。いきなり魔法使うなんて、もし周りの人に見られたら……」
緻渚さんは不安そうな顔で忠告した。確かにその通りだよね。
「そうですね。本当にごめんなさい。あっちでいた時しばしば人助けをしていたから、つい……」
元の世界にいた時、ボクの魔法で人助けのためにいろいろ使えていたから時々面倒なことに巻き込まれてしまうこともあった。でも今のボクは全然役立たずだ。
「イヨヒちゃん、魔法でずっと人助けをしていたの?」
「はい」
「すごいね。本当に偉いわ」
「いいえ、それにここではもう……」
「そうか。気にしなくてもいいわよ。ここでは警察たちがいるから、あの引っ手繰りもきっとすぐ捕まえられるわ」
「そう……ですね」
確かにこれは警察たちの仕事だよね。でもボクが何もできない自分にがっかりしてしまった。
どんなに平和な国でもやっぱり泥棒くらいはあるものだよね。どうしても完全に安全だとは言えない。なんか不安になってしまった。
ここで魔法が使えないっていう事実は今知ったばかりではない。なのにいざ本当に使いたい時に使えないとなると、やっぱり意外と心が痛む。
「イヨヒくん……」
こんなボクを見て、チオリが心配そうな顔をした。
「大丈夫。魔法が使えなくなるっていうことなんて最初から覚悟しておいたことだから」
チオリや緻渚さんに心配させてはならないよね。別に魔法が使えなくなった所為でボクが今更後悔するとでも思わないよ。ここに来なければもうチオリと会えないのだから。やっぱりボクにとって魔法よりチオリと一緒にいることの方が大事だから。
「でもやっぱり慣れるまで時間がかかるかな」
昨日までずっと毎日魔法を使っていたから、その感覚が今でもまだ残っている。
「でもさっき盗まれたのはイヨヒちゃんのスマホじゃなくてよかったわ」
「はい、そうですね」
買ったばかりだから、すぐ盗まれたり壊されたりしたら災難すぎるよね。
「そもそもね、さっきの人がスマホを盗まれたのは歩きスマホが原因よ。だからやっぱり歩きスマホは禁止だ」
「はい、そうですよね……」
スマホに嵌っていたらこんな目に遭う可能性は高いよね。今回の件で思い知らせられた。
「引っ手繰りがいなくても、他にも問題は大有りよ。スマホを落として失くしたり壊れたり、人とぶつかり合ったり、交通事故に遭って異世界へ送られたり、いろんな問題が発生できるわ」
最後の言葉はなぜまた異世界に関係あるのかわからないけど、今は突っ込むところではないよね。
「母さん、あんなに大したことじゃないよ。大袈裟……」
「緻織も類友よ! 他人事とは言えない。まったく今時の子は……」
「は、はい……」
緻渚さんに説教されたボクを庇おうとしたチオリだけど、どうやらあっさりと共犯者に見做されてしまったね。
とにかく歩いている時にスマホを弄るという行動はよくないってことは了解しました。




