34：女の子の服選びには優柔不断と元の木阿弥
金沢まで来て春樹さんのお見舞いが済んだ後、ボクたちは病院から出て、買い物をするために商店街に向かった。緻渚さんは香林坊という繁華街に連れてきた。ここには大きな百貨店がいっぱい並んでいる。
「イヨヒちゃん、この服はどう？ 可愛いよね」
まずは服。ボクはこの世界に来たばかりで、ここの服を全然持ってないので、今朝から着ている水色のワンピース服も借りたものだ。だから、今は自分の服を買うことになった。
「はい、いいですね。でもちょっと大きすぎるようです」
店に入って、ボクは緻渚さんと一緒に服を選んでいる。緻渚さんが選んでくれた服は結構気に入りだけど、ちょっとサイズが合わない。ボクの体格は小さすぎるよね。
「大丈夫、いろんなサイズがあるはずよ。合うサイズがあるかどうか店員さんに訊いてみるわ」
「はい、お願いします」
「この服、この子のサイズをお願いね」
「はい、少々お待ち下さい」
緻渚さんは店員さんに声をかけて、ボクのサイズの同じ服を持ってきてもらった。
そしてボクはその薄紫色のワンピース服に着替えてみた。
「どう……かな？」
「可愛い！ 似合ってるよ。この色はイヨヒちゃんのその白銀色の髪の毛によく似合うわ。ね、緻織」
「まあ、似合うよ。いいよね。この服でいいと思う」
若干照れながらもチオリがボクの格好のことを褒めてくれた。
「では、ボクはこの服でお願いします」
「待ってよ。こんなにすぐ決めるの？ ほら、他にもいっぱいあるわよ。この色の方がいいかもね。ゆっくり見てもいいよ」
すぐ決めてしまうところだけど、緻渚さんに止められた。
「は、はい。そうですね」
確かにいろいろあるから、もっと可愛い服があるかもしれない。すぐ決めるのはよくないってこと？ そう思ってすぐ隣の棚の服に目を引かれた。
「母さん！ イヨヒくんもこの服を着て随分気に入ってるみたいだし、これでいいんじゃないか」
「いろいろ試着してみないとわからないわよ」
「これだから母さんはいつも時間かかるよね。優柔不断すぎて、父さんにもよく文句言われてた」
「女の子が服を選ぶ時には普通のことよ。こういう掟なのよ」
「こんなルールがあるものか！」
「緻織も女の子だからちゃんと覚えておかないとね」
「いや、女の子だからとかそんなの関係ないし！」
「ほら見て。イヨヒちゃんは楽しんで服を選んでるのよ」
ボクが服選びに夢中になっている間に、緻渚さんとチオリがぎくしゃくしているようだ。
「イヨヒくんも、まだいろいろ見たいのか？」
「うん、駄目かな？」
「……いや、イヨヒくんがそう言うのなら」
せっかくここにはいろんな服があるから、いっぱい服を見て着てみたいよね。緻渚さんと一緒に選んだら服の色もデザインも随分多様になりそう。
「うふふ、ほらね。イヨヒちゃんの幸せを邪魔する気なの？」
緻渚さんはニコニコしてドヤ顔でチオリに言った。
「……わかったよ」
チオリは観念したような声で答えた。
「この服も着てみたいです」
今目にしたのは緑色のワンピース服。
「これもいいわね。店員さん、この子のサイズをお願い」
「はい、お待ち下さいませ」
そしてボクはまたいろいろ試着してみた。でもやっぱり、最初に着た薄紫色の方が一番お気に入りなので、結局それを選んだ。
「はー。最初からその服がいいと言ったから、すぐ買っていたらいいのに」
チオリが溜息をしながらぼそぼそ呟いた。
「え？ ごめん」
そうだよね。時間かかっていろいろ試着してみた挙句、元の木阿弥になるなんて。
「いや、大丈夫。服を買う時これは普通のことよ。イヨヒちゃんが気にすることがない」
「気にしないと困るよ！」
緻渚さんは大丈夫だと言ったが、チオリが気になっているみたい。
「チオリ、もしかしてボク……迷惑？」
ボクはパチリとした目でチオリの顔を見つめながら訊いてみた。
「え？ いや、ごめん。あたしが悪かった」
「うふふ……」
動揺しながら慌ててボクに謝って目を逸らしたチオリを見て、緻渚さんはまたニッコリと微笑んだ。
「あの、チオリはワンピース服を着ないの？」
なんか気まずい空気になっているので、ボクは他の話題を振ってみたりした。
「あんな服はなんか、あたしはあまり好きじゃないよね」
「そう……」
「これだから緻織がいつもこのようなTシャツとズボンばっかり着ているよ」
緻渚さんが責めているような声で呟いた。
「チオリはいつもこんな格好なの？」
「うん、父さんも同じだし」
どうやらもしチオリに服を選んでもらったら恐らくこんなTシャツとズボンばっかりになるかも。確かにこういうのは着やすそうだけど、ボクはやっぱりなんかワンヒース服の方が好きかな。
「父さんは男だから、ワンピース服やスカートはアウトでしょう！」
そういえばここの人たちって、男性はみんなズボンを穿いているね。ワンピース服やスカートは女性しか使わないみたい。
擦れ違っていく人たちを見ていたら、ボクもここのファッションのことを少しずつわかるようになってきた。
「次は……下着も必要ね。さすがにずっと緻織の下着を借りるわけにはいかないよね」
「あ、はい。そ、それはそうですね」
そういえば今ボクはチオリの下着を借りているよね。だからこの話題になるとなんか恥ずかしくなってきた。チオリもボクと同じような反応になっているみたい。お互い気まずく感じているみたい。だから早く買いに行った方がいいみたいだよね。
「あっちの店よ」
そしてボクは緻渚さんに連れられて、下着売り場に寄ってきた。
「イヨヒくん、こんなもの見ても平気なの？」
「ふん？」
チオリが難しそうな顔でボクに訊いた。
「これ何か問題があるの？」
「いや、そうの……。イヨヒきか、昨日までまだ男だったのに、今こんな場所に来るなんて……」
「え？ ここ普通は男が来ないの？」
あっちでは下着が必要ないから、ボクはあまり下着の知識に乏しい。でも確かによくわからないけど、周りの棚に置いてあるものはなんか女ものっぽいって感じだ。
「これは女の下着の売り場だからね」
「あ、そうか」
だからボクがここに来たらチオリがこんなに落ち着かないよね。チオリが今でもまだボクが男だと思っているから。ボクもそう思ったらなんか気まずくなった。
「やっぱり、ここは後でいいかもね……」
「いや、今更気になってきたの？ 別にいいよ。気にせず、早く買おう」
どうやらチオリとしては「早く終わらせたい」って感じのようだ。
「イヨヒちゃん、早くこっちに来て」
「はい……」
ボクがつい立ち止まってしまったから、緻渚さんに急かされた。
今ボクの目の前にあるのはこの世界の下着か。ボクにとって新鮮なものだ。いろいろあるね。
「まずはイヨヒちゃんのサイズわからないとね」
「はい」
「あの、この子のカップサイズを測ってもらいたいんですが」
緻渚さんは店員さんを呼んできた。そして店員さんに測ってもらったら、結果は……よくわからないが、『脚2本がくっついている三角形』みたいな文字が二つ並んでいるように見える。これはどういう意味かよくわからない。ちなみに、チオリのサイズもこの文字だけど一つしかない、と緻渚さんから聞いた。どういう違いがあるのかな？ でも「世の中知らない方がいいってこともあるよ」って、チオリに怖そうな笑顔で言われたからやっぱりいいか。
とにかく下着も買ってもらったから着用してみた。うん、なんかさっきよりすっきりした感じ。サイズ的にも、気持ち的にも。でもチオリのものが体から外されると……そう思ったらなんか寂寥感は……。
