33:素魔法でもスマホでも
「母さん、そろそろ行こうか」
ボクたちはチオリのお父さん……春樹さんのお見舞いに来てしばらくお喋りしていた。
「そうだね。この後イヨヒちゃんの必要なものを買いに行く予定だよ」
お見舞いという目的は達成したから、次は買い物だね。
「うん、服とか、日常用品とか。あと、スマホも……」
「え? スマホも? いいの?」
チオリの言ったことは予想外だから確認してみた。確かにボクはスマホに興味があるけど、なんか高価なものみたいだから、いきなり買ってくれるとは……。
「スマホはここで暮らしていくために必要な道具だよ」
「そうなの?」
確かにスマホっていろいろできるアイテムだからね。
「少なくとも、お互い連絡するために電話機能が必要だよね。後は地図とか、写真機とか、天気予報とか……」
「本当にすごいね」
「それに、イヨヒくんはなんかスマホに興味津々みたいだよね」
「うん、そうだけど」
どうやらチオリは、スマホに対するボクの熱意に気づいているみたい。
「でも、ボクが使えるのかな?」
「簡単だよ。それは、あたしがあっちに行った時魔法の勉強をしたのと同じかな。この世界にとってスマホやパソコンは魔法みたいなものだよ。むしろスマホの方が魔法より使いやすいよ」
「別に魔法は簡単に使えるわけではないよ。ただチオリは才能があるから勉強が速い。なかなか使えない人の方が多い」
天才のある人の口から出た『簡単』っていう言葉はあまり根拠にならないのだ。
「いや、ちょっと比較対象が悪かったかも。魔法と違って、スマホは誰でも使えるものだから。イヨヒくんもすぐ使えるよ」
「本当に誰でも簡単に使えるの? こんな万能なアイテムって」
「万能って……それはちょっと大袈裟かな。別に万能っていうほどではないよ。魔法の方がいろいろできるはずだよ。でも誰でも使うというところはやっぱり魔法より便利だね」
「つまり、買うお金さえあれば誰でも使えるってこと?」
魔法具みたいに、魔力を入れておいたら、魔法が全然使えない人でも扱える。ただ、あのような魔道具の値段はあまり安くない。ならスマホも恐らくそうだろう。
「でも、お金……」
「まあ、とにかくお金のことはあまり遠慮しなくてもいいよ。あたしがあっちにいた時イヨヒくんもあたしにいろいろお金を出して買ってくれたじゃないか」
「あれは……ボクのお金ではないし」
もちろん勇者様のあっちでの経費は政府からたくさん準備されておいたからね。ボクのお金は全然使っていなかった。
「今使うのもあたしのお金じゃない。父さんのお金だから」
「え? そう……」
それはそうだけど、なんか結構違う気がする。結局家のお金だよね。
「買ってあげてもいいよね? 父さん……」
「まあ、確かに俺もスマホが必要なものだと思う。特に今時の子にとってはね。いいよ」
お金を出す本人である春樹さんも賛成みたい。
「本当にいいのですか? 今日知り合ったばかりなのに、ボクのためにあんな高価なものを」
「高価というほどではないよ。多分、1万円くらいなら大丈夫だと思う」
「10000えん……?」
と、言ってもボクはここの貨幣の価値なんてまだあまりわからないから、どれくらい高いかなんてあまり把握できない。
「イヨヒくん、とにかく父さんがいいと言ったから問題ないと思うよね」
「ありがとうございます。春樹さん」
「うん、喜んで。遠慮しないでね。イヨヒちゃん」
ボクに感謝の言葉を言われて春樹さんが微笑んだ……が、その時緻渚さんから微妙な視線を感じた。やっぱりボクが警戒されている。これはボクの所為なの? なんかちょっとやりづらいかも。
「じゃ、行こうか。イヨヒちゃん」
「はい」
「そういえば、今緻織は父さんと一緒に待ってもいいよ。せっかく会ったし。ただの買い物だから私はイヨヒちゃんと2人で行くよ」
「え?」
ボクと緻渚さん2人だけ? チオリがいないとなんか……。でも、もしチオリがお父さんと一緒にいたいのなら仕方がないよね。
「いや、イヨヒくんのことならあたしは一番知っているはずだ。あたしが一緒じゃないと駄目だよ」
「チオリ……」
そうだよね。ボクも今チオリから離れたら不安になる。確かに緻渚さんもボクに対して優しくて、一緒にお風呂まで……いや、なんで今あんなことを……別に関係ないし。とにかく、緻渚さんのことは好きだけど、知り合ってからまだたった一日だけだから、わからないこともまだいっぱいあって不安に感じさせることもある。
「それに、あたしがいないときっと母さんは余計にお金と時間をかかりすぎるはずだから」
「何よ? 緻織、私はこんなに信頼できないっていうの?」
「あー、そうだよね。俺もそう思う。確かに緻織が一緒にいないとヤバいかもね。やっぱりこっちは心配しないで母さんと一緒に行って」
春樹さんはチオリに賛成した。
「あなたまで!」
「日頃の行いだよ」
「女の子だから、服とかたくさん買って何が悪い? あと、アクセサリーや化粧品とかも……」
服だけではなく、アクセサリーや化粧品まで買ってくれるつもり? そこまでは……。
「……うん、ほらね。やっぱりあたしが一緒じゃないと絶対駄目みたいだ」
「そうだね。俺も同意。緻織、ちゃんと母さんを見張ってくれ」
「うん、あたしに任せて」
「……この2人ったら、まったくこういう時は父娘息ピッタリだよね」
どうやら、今追い詰められたのは緻渚さんの方になっている。
「可愛いものいっぱい欲しいなら遠慮しなくてもいいよ。イヨヒちゃん」
「いや、そういうわけには……」
正直言って、ボクもここの服やアクセサリーに興味があって歩き回っていろいろ見たい気もするね。
だけど、確かに一気に必要以上に買ってもらったら悪い気がするから。遠慮しなくてもいいと言われても、つい遠慮してしまうよ。
「まあ、イヨヒちゃんがそう言うのなら仕方がないわね」
緻渚さんは諦めたような声で承諾した。
「……ごめんなさい」
「いや、いいの。緻織と一緒に買い物に行くのも久しぶりだな。だって普通なら緻織はなかなか買い物に行く気はないんだから」
一瞬緻渚さんはチオリの顔を見て呆れたような顔で言った。
「だからこれはイヨヒちゃんのおかげなのよ。それに、やっぱりイヨヒちゃんは緻織と一緒じゃないとね」
「はい……」
実際にその通りだ。本当にボクはチオリがいないと駄目かも。緻渚さんもわかってくれているようだ。
「ごめんね、父さん。あたしともっといろいろ話したいことがあるはずなのに」
「いや、大丈夫。緻織が無事で帰ってきたとわかっただけで俺はとても嬉しくて安心したよ。イヨヒちゃんのそばにいていいよ。後の話は俺が退院してからでもいい」
春樹さんも結構チオリのことを心配していたよね。大事な家族だから。チオリもきっと父さんと一緒に残りたかったはず。
「……ごめんなさい」
「なぜイヨヒちゃんが謝るの?」
「だって、本来ならチオリがここに残りたいはずだよね?」
もしボクがここに来なければ、チオリは心配なくお父さんと一緒にいられるはずなのに。だからこれはボクの我儘の所為だ。
「気にしないで。緻織もなんかイヨヒちゃんのことを大切にしているみたい。大事な友達だよね。これからも家族になるんだし」
「父さんの言った通り。あたしも父さんには悪いとは思うけど、今イヨヒくんももう大事な家族だから」
「……はい、本当にありがとうございます。ボクのことをこんなに歓迎してくれて……」
どうしよう、滅茶嬉しい。ボクはこの優しい人たちと一緒の家族になれるなんて。本当に幸せ。もう少ししたら嬉し涙が零れ落ちてしまいそうだ。
「緻羽、父さんと一緒に待っててね。後で迎えに来るから」
「はーい」
緻羽ちゃんは春樹さんと一緒にここに残ることになったね。だから今一緒に買い物に行くのはボクとチオリと緻渚さん3人。
「じゃあ、イヨヒくん、行こう。父さん、お大事に」
「あなた、お大事に」
「お大事になさってください」
そしてボクたちは病院から出て、買い物に行く。




