32:回復魔法が使えれば入院なんて必要ないよね
ボクたちは病院の中に入ってチオリのお父さんのいる病室を探してその病室の中に入ってきた。
「父さん!」
「緻織! 本当に帰ってきたね。お帰りなさい」
チオリのお父さんは、お母さんである緻渚さんより少し年上のようだ。多分40歳くらい。パジャマみたいに薄緑色の薄い服を着ている。多分、これは病人用の服か。それに、変わった形をしている寝床の上に寝ているね。これは病院専用の寝床だそうだ。
「ただいま。あたしが帰ってきた途端、父さんは入院するなんて酷いよ」
「悪いな。心配かけちゃって」
「ううん、事故だから仕方ないしね。あたしの方こそ、いきなりいなくなって心配かけちゃった」
「そうだよ。すっごく心配してたぞ。でも無事でよかった。いきなり可愛い娘がいなくなって、俺は本当に憂鬱になって何もやる気がなくなってたよ」
「ごめんね。父さん……」
「痛い! そこは傷だ!」
チオリはお父さんに抱きつこうとしたけど、どうやら傷口に触れてしまって、お父さんは痛そう。
その後チオリは手短に異世界のことをお父さんに教えた。昨日緻渚さんと緻羽ちゃんに話したのと比べたら今回は本当にただの大雑把な説明だ。
「異世界か。まだあまり信じられないよね」
「私も最初はなんか小説っぽくてあまり信じられないと思ってたけど、詳しくチオリから事情を聞いたらやっぱり本当みたいよ。でもこれは秘密だ。他の人にばれたら大変だからね」
「うん、そうだよね。わかってるよ」
「それと、もう一つ言わなければならないことなんだけど、この子はあの異世界から連れてきた子なの」
緻渚さんはボクのことを紹介したくれた。
「い、異世界から来たイヨヒです。は、はじめまして……」
「はじめまして。俺は稲根春樹、緻織の父です」
ボクはチオリのお父さん……春樹さんに挨拶をした。彼もボクに対して優しそう。
「本当に異世界から来たのか?」
「そうだよ。あたしが異世界にいた時はイヨヒくんにいろいろ助けてもらった」
ボクの代わりにチオリが春樹さんの質問に答えてくれた。
そしてチオリはボクの大体の事情を春樹さんに説明した。ボクが家に住むことも。でも「あっちでボクが男だった」ってことなどはまだ全然触れないね。まだあまり必要ない情報だと判断したからかな? それとも言ってはまずいこの?
「なるほど、わかった。緻織はあっちの世界でお世話になった子だよね。もちろん、俺も大歓迎だよ」
「あ、ありがとうございます」
春樹さんは優しい笑顔でボクを受け入れてくれたみたいで、本当によかった。
「それに、家で可愛い娘がもう一人増えるのは、むしろ俺としてはとても嬉しいよ」
か、可愛いって、チオリと緻渚さんから何度も言われて慣れているはずだったけど、今回男の人から言われるからなんか……。
「あ、父さん、イヨヒちゃんに変なこと考えてないよね?」
「え?」
「あなた、娘と嫁の前で他の女の子を口説くなんて」
え!? 今ボクが口説かれているの? 男の人に? しかも好きな人のお父さん? そ、それは困る。
「いや、誤解だよ……」
「浮気禁止よ。いくらイヨヒちゃんがどんなに可愛いからって」
どうして咄嗟にまずいような空気になったの? もしかして、これはボクの所為? もしボクがここにいることが原因で家族の関係がめちゃくちゃになっていまったら……。
「ごめんね、イヨヒちゃん。この男は可愛い女の子を見るといつも褒めるけど、深い意味なんてない……と思う。多分」
「なんであまり俺に自信ないみたいな言い方!」
「うん、そうだよ。父さんは浮気なんかしたりするわけないよ。すぐ母さんに殺られちゃいそうなんだから」
「え!?」
なんか怖い! 緻渚さんは嫉妬深い奥さんなの?
「冗談はここまでよ。とにかく、イヨヒちゃんは家に住むことは問題ないみたいだから、よかったね」
「は、はい、ありがとうございました」
でも、なんか今むしろボクは緻渚さんに追い出されることの方が怖いかも。あまり春樹さんにちょっかいを出さない方がいいかも。別にチオリのお父さんだから信用できるはずだと思うけど、なんかね……一応……。
「痛っ! 緻羽、ここは傷」
「ごめん、父さん」
そういえば緻羽ちゃんも一緒に来たね。さっきまで部屋の中で歩き回っていただけで全然会話に参加しなかった。
「あの、傷は大丈夫でしょうか?」
「イヨヒちゃん、俺のこと心配か? 嬉しいね。大丈夫だ。しばらく病院にいたら治るよ」
ボクに笑いながら嬉しく言っている春樹さんを見て、緻渚さんの視線はなんか微妙だ。いや、違いますよ。今のは別に変な意味なんか……。ただ……。
「その、あっちの世界でなら、傷は簡単に回復魔法で治せるはずですが」
一応ボクが回復魔法の使える人だから冒険の時もパーティーの中で怪我を治す立場だったから。そんな痛そうな春樹さんを見て、ボクがつい気を遣って聞いてしまっただけ。確かにこのような回復専用の魔法なら神官の方がボクより得意だけど。
「そうか? 便利だね」
「ボクも実は回復魔法が使えていましたが、ここに来てもう使えなくなってしまった……」
やっぱりこの世界では魔法が全然使えない。ボクが努力して習得できた回復魔法もなんか水の泡になった。
「どうしたの? イヨヒちゃん」
ボクが困っているような表情をしたから、チオリが心配しているみたい。
「いや、あの……。何というか……。チオリ、なんかね、ボクはここに来てからずっとできるだけ何か役に立つことをしたいと思って」
なのに今もしまだ魔法が使えたら役に立てるはずなのに。ここに来てからボクはただの負担で、まだ何もできていない。
「こんなこと悩んでるのか……」
「これからここでお世話になるのだから」
「無理しなくてもいいじゃないか」
「ボク、今まで自分の能力でいろいろ活躍していて、そんなことは自慢に思っていた。だからもう何もできないと思うとなんか……」
本当はここに来ると決心する前から覚悟しておいた。こっちの世界に来たらもう魔法が使えない、って。なのに……。
「それならあまり心配する必要がないと思うよ」
「え?」
チオリはボクの肩に手を置いてそう言った。
「あたしは前にも言ったはずだ。イヨヒくんの美点はただ魔法だけじゃないから。イヨヒくんはあんなに物知りであっちであたしにいろいろ教えてくれたんじゃないか」
「そう……かもね。でも、あれはあっちの世界の知識で、ここではいろいろ違うし、あまり使いようがないよね」
魔法のことだけではなく、全然違う世界だから、歴史とか地理とか、もう何の役にも立たないはずだよね。
「大丈夫。今まであんなにいろいろ勉強できたのだから、これからも新しいものを勉強すれば同じようにできるはずってことだ」
チオリはボクを宥めようとしている。
「うん、そうだよ。イヨヒちゃん、まだ若いからそんなに気にしなくてもいい。大学生になってもまだ自分の進路決められていない人も多い」
今の言葉は春樹さんから。
「そうだ。学校だよ。いろいろ勉強するためには必要だよね。だからこれからはイヨヒくんにも一緒に学校に通わせてもいいよね? 父さん」
「うん、もちろん。子供には学校に通うのは当然だ。ゆっくり勉強して、自分のできることを探していけばいいよ」
「はい」
そうだよね。春樹さんから慰めをもらって少し心強くなってきた。
「まだ中学生だから先は長いよね」
「はい……。は? 中学生……?」
春樹さんにそう言われたら、なんか引っかかった。
昨日の話によると、確かにボクの年なら高校生に当たるのではないかな? 中学生は12~15歳ではないか?
「父さん、違うよ。イヨヒくんはあたしと同い年だ」
「え? そうなのか? こんなに幼く見えるのに」
また勘違いされるか。まあ、どうせいつものことだから慣れているのだけど。
「でも、どうやって学校に入学するの?」
「それなんだけど、紗織先輩に相談したの。戸籍改竄はできるそうだ」
春樹さんの質問に緻渚さんがボクの代わりに答えた。
「あ、そうか。確かにあの人ならこんなことができるよね」
緻渚さんの言った『さおり』ってのは多分、ボクのための戸籍改竄に手伝う人の名前ね。そして、春樹さんもあの人のことを知っているみたい。
「母さん、誰のことなの?」
チオリはあの人のことを知らないみたい。だから緻渚さんに訊いた。
「私の高校時代から仲良くなっていた先輩よ。彼女はずっと東京に住んでいる」
「あ、さっき東京に行くことになったって言ったのは……」
「そうよ。イヨヒくんを連れて、この人に会いに行くの」
やっぱりか。ところであの人って何者なの? ものすごいコネを持っているらしいけど、本当にただ普通の先輩なのかな? 春樹さんもあの人のことを知っているようだ。
なぜかボクはその人のことを聞いて、やけに気になっているけど、今はまだ何も訊かないことにしよう。




