28:トラックがなくたって、異世界まで行ってきたのだ
今ボクたちは、入院してしまったチオリのお父さんのお見舞いをしに行くために家から出た。これはボクの初めてのお出掛けだ。同行してるのは昨日一緒に食堂でお喋りしていたボクたち4人、つまりボクとチオリと緻渚さんと緻羽ちゃん。
「イヨヒくん、どう? あたしの……ここの町は?」
「見たことのないものだらけだ。いろいろあっちとは違うから。やっぱりここは異世界だね」
「そうだね。イヨヒくんから見ればここは『異世界』だよね」
チオリの家から出て、初めて町で歩いている。やっぱり見慣れないものがいっぱいありすぎて、どこから訊いたらいいかわからないくらい。さすが『異世界』の町だ。チオリが初めてあっちの世界へ言った時はこんな気持ちだったね。
「これは車なの?」
町では車っぽいものはいっぱい走っている。
「うん、『自動車』だよ」
「『自動』って、勝手に動くってこと?」
馬車みたいに動物で引っ張っているわけではないようだ。この『自動車』っていう車はなんか勝手に動いているって感じだ。魔法で動いているみたい。でもこの世界では魔法が使えない。ならきっとここの科学の力だろうね。
「うん、人や動物の力も魔法も頼らずに、ただ燃料や電気を入れたら自力で動ける車」
「これはすごいね」
「あっちの世界では魔法の車とかも作れるのかしら?」
緻渚さんもあっちの世界のことに興味津々みたいなので、ボクに質問をした。
「はい、でも運転する人は魔法を使える必要があるから、そんなに普及ではなく、やっぱり馬車の方が一般的です」
「ここでは運転免許さえ持てば誰でも自動車を運転できるわ」
「そうですか。ボクも運転できるのでしょうか?」
誰でも使えるなんて。どう見てもこっちの車の方がすごいと思う。
「あ、でもこれは18+のものね。イヨヒちゃんにはまだ早い」
「母さん、そんな言い方、なんか嫌らしいことっぽい」
年齢の制限があるってこと? そういえば、この世界では18歳まではまだ子供で、できることは制限されるとチオリから聞いた。
「あの二輪のも車?」
周りの四輪の自動車だけでなく、二輪のものもある。
「うん、あの二輪車は自動二輪車と呼ぶんだ。これも燃料や電気で動かせる車」
「本当にいろいろあるね。でもボクたちは何も使わないの?」
今は別の町まで行くところだと聞いたけど、なぜかさっきからずっと徒歩だ。このままあそこまで歩いていくってことはないよね?
「あたしたちは駅まで歩いて、電車に乗るから」
「電車? これもまた車の一種か?」
「そうだよ」
「どんな車なの?」
「えーと、すっごく長〜い車だ」
「長い?」
何が長いの? それだけ言われてもまだ想像しにくいかも。
「緻織、こんな適当な説明でイヨヒちゃんはわからないと思うわ」
「まあ、どうせもうすぐ電車に乗るんだから、説明するより本物を見る方が話が速い」
「そうね。他にもいっぱい車があって、もし駅までの道すがら目撃したら、また教えるね」
こうやっていろいろチオリと緻渚さんから、途中で見かけたものについて説明してもらいながら歩いていく。本当に興味深いもいっぱい。
たまに町の人と擦れ違っていた。なぜかみんなボクに視線を向けたような……。
「ボクってやっぱり目立つよね?」
「イヨヒちゃんが可愛くて天女みたいだからかしら」
「え? いいえ、そんなこと……」
「今イヨヒちゃんが着ている水色のワンピース服と、白銀色のツインテールがよく似合ってて、とても魅力的よ。こんなに可愛い女の子を見て誰も見惚れるわよね」
「もう緻渚さん……。か、可愛いだなんて……」
この世界に来て女の子になってから何度も緻渚さんに可愛いと褒められた。自分が可愛いだなんてまだあまり実感がない。
「まあ、一番の要因はやっぱりイヨヒくんの髪の色だと思う」
あ、そうか。やっぱり、ボクも大体心当たりがある。通りすがった人の髪の色は圧倒的に真っ黒の方が多い。あっちの世界でボクの国、フレイェン帝国の人は、顔立ちが大体日本人と大した違いはないけど、髪の色はかなり多様で、むしろボクみたいに薄い色の方が一般的だ。
「それはしょうがないよね。黒髪に染めたら解決できるかもしれないけど」
「染めていいのですか?」
ボクはこのままの髪が好きだから、あまりそんなことしたくないね。でもやっぱり目立ちたくない。どうしよう。
「でもこんなに綺麗な白銀色の髪は染めたらもったいないよ。あたしは反対だな」
「そうよね。私も、イヨヒちゃんはこのままの方が可愛いと思う」
ボクも気軽に染めたりなんかはしたくない。チオリと緻渚さんも同じように考えているみたいでよかった。
でも自分の髪の毛のことをこんな風に心配するなんて、今のボクは本当に女の子みたいだ。
「……おい! 気をつけて、イヨヒちゃん!」
「あっ!」
でかい箱のようなものを載せている車が目の前に現れて、そのまま右から左の方へ通っていった。今緻渚さんに言われてボクが足を止めたけど、もしさっきまだ歩き続けたら恐らくあのでかい車とぶつかってしまったかもしれない。
「イヨヒちゃん、ここではちゃんと信号をみないといけないわ」
「ごめんなさい……」
危ないところだった。
「イヨヒくんどうしたの? 顔色悪いみたい」
「そう?」
なぜかわからないけど、今ボクの心臓がものすごく揺れている。
「さっきのあの大きいのは?」
「貨物自動車ね」
「……塗楽苦……?」
「貨物を運ぶための大型自動車のことよ。イヨヒちゃん、怖いの?」
怖い……かもしれない。よく説明できない感覚だけど、なんかあの車を見たら怯えて、落ち着かなくなった。
「よくわかりません。多分怖いかも」
「まあ、気をつけないとね。貨物自動車に轢かれたら、すぐ異世界へ送られるかも」
「異世界へ?」
ボクは緻渚さんの言った言葉に引っかかった。貨物自動車と異世界ってどういう関係なの?
「つまり、死んで魂が異世界へ飛び越えて転生するってことね」
あれ? 『転生』って? 緻羽ちゃんみたいに? そう思ったらボクがつい緻羽ちゃんの方に視線を向けてみたけど、彼女は『何のこと?』と言わんばかりの無邪気そうな顔で「ふん?」と声を出した。多分、関係なかもね。
「別に、貨物自動車に轢かれなくても、異世界に行けるよ」
「そうね。チオリも行ってきたしね。でもあれは『転移』だよね。『転生』なら貨物自動車に関わることが多いみたい」
「でも、イヨヒくんはそもそも異世界から来た人だよ。さすがにまた貨物自動車で異世界へ送られることはないんだよね」
「そもそも異世界って、イヨヒちゃんの世界の他にもまだいろんな異世界が存在しているという可能性もあるかもしれないわね。だから元の世界に帰れるとは限らないかもね」
「ボクの元の世界……? 帰らせるって?」
どういうことかな? ボクはまたこの2人の話に付いていけていない。そもそもボクは別にあの世界に帰るつもりなんてないよ。ずっとこの世界にいたいから。
「イヨヒお姉ちゃん……?」
「いや、帰るつもりなんてないよ」
ボクが異世界へ帰る……みたいな話になると、緻羽ちゃんが心配そうな顔をした。
「あ、ごめん。緻羽、イヨヒちゃん、いきなりこんな話をすると混乱するよね。これはあくまで小説の話だよ。だから気にしなくてもいいからね」
「小説ですか?」
なるほど、緻渚さんは小説家だから、よく突然小説の話になるね。もうなんか紛らわしいかも。
「うん、そうよ」
「母さんは小説のことの話ばっかり口に出しているから、イヨヒくんに混乱させてしまうよ」
「は……」
そう言ったチオリも、さっきわけわからないこと言ったけどね。
「ごめん。とにかく、道路で歩いている時はちゃんと周りを見て気をつけないとね。車も人も信号も」
「……はい」
結局あのでかい車……貨物自動車って何の特別な意味を持っているの? 本当に異世界と深い繋がりがあるとか? だからかな、ボクがあれを見て動揺してしまったのはその所為? そのはずないよね?
いや、そんなことなんか今あまり考えたくない。なぜかわからないけど、考えるだけで気持ち悪くなるから。
ボクは先ほどの貨物自動車のことを忘れようとして、周りの街並を見つめながら歩き続けていく。




