27:お父さんはまだ帰ってこないの?
「母さん、そういえば父さんは?」
今ボクたちは食堂で朝ご飯を食べている途中。いきなりチオリは何か思いついて、緻渚さんに質問をした。
「父さん、実は昨日からまだ帰ってきていないの」
ちょっと心配そうな顔で緻渚さんが答えた。
「なんで? 昨日あたしが電話をかけた時に父さんと普通に話していたよ。父さんはあたしが帰ってきたことは大喜びだったし。なのに帰ってこないなんて……」
「実は昨日の夜も私がまた電話を掛けてみたけど、全然連絡できなかった」
「まさか昨夜何かあった? 普通なら帰って来ない時に父さんは電話を掛けてくるはずなのに。なんか心配だな。何か起きたのかな?」
「そうよね……」
まさか何か大変なことに? ボクはチオリのお父さんにはまだ会っていない。実は挨拶してちゃんとここに住むための許可を取っておくべきだよね。なんかラスボス的な存在(?)。
昨日チオリのお父さんは「夜遅く帰ってくる」と言われたからボクたちは待たずに先に寝た。今日会えるはずだと思っていたのに。
別に大事になるわけではないはずだよね? 日本には魔物とかいないし、いきなり襲いかかるという心配はないだろう。
『…♩♪♫♬♩♫♬♪♫♪♩♬~』
その時どこから旋律が聞こえた。その音源はどうやら緻渚さんのスマホのようだ。
「スマホから音楽が奏でられるってのは、誰かがかけてきたっていうことだよ。つまり、今誰かが母さんと連絡しようとしている」
チオリは『電話』というアイテムの使い方をボクに説明してくれた。なるほど、このように使うのか。
「もしもし、あ……父さんからだよ!」
緻渚さんの嬉しそうな言葉を聞いて、チオリも安心そうな顔をした。相手はチオリのお父さんっていうこと? つまり、お父さんが無事だから連絡ができたってことみたいだね。
「父さんはどうした?」
電話が終わった後、チオリはすぐ緻渚さんに訊いた。
「昨夜、帰る途中で交通事故があって……」
「は!? それで? 大丈夫なのか?」
答えを聞いてチオリはちょっと驚いて動揺した。
「うん、怪我をしたから今は病院に送られた、って。骨折とかなくてよかったみたいだけど」
「へぇ! 良かった。本人が電話をかけてきたってことはもう無事のはずだよね?」
そう聞いてチオリはホッとしたような顔をした。
「うん、命に別状はないけど、少なくとも怪我を治すために3~4日くらい入院する必要があるらしいわ」
「そうなんだ。でもこれだけで済むのならよかった。あたしが帰ってきた途端、父さんともう会えなくなったらどうしようかと思った」
どうやらチオリもお父さんのことを余程心配しているようだ。きっといいお父さんだろうね。わたくしの父上と違って……。
「それでね、お父さんはこの数日入院で家に帰ってこないらしいよ。だから家から必要なものを持っていって欲しい、って。もちろん早く緻織と会いたいっていう理由でもあるわよ」
「じゃ、今あたしたちは病院に行くの?」
「うん、朝ご飯が終わったらすぐ出発しよう。イヨヒちゃんを連れていってもいいと思うわ。どうせここに住ませてもらうこともちゃんと話さないとね。話す場所は病院に変わるだけ。もちろん、緻羽も一緒ね」
「いいね。これは一石二鳥だ」
つまりお見舞いがてら、ボクのことを紹介してくれるってことか。なんかタイミングが悪いようにも見えるよね。これってまるでボクが来ると不幸になるみたいだ。なんか罪悪感が湧いてきた。別にそんなこと関係ないよね? ただの偶然だよね?
「それで、病院は金沢にあるの。あっちで事故が起こったからね」
「やっぱりあっちの方か。父さんの仕事はあっちだから」
今言った『金沢』って地名? ここから遠いかな?
「でもちょうどいいと思うわ。イヨヒちゃんの買い物をするのなら、あっちの方は店いっぱい並んでいろいろ買うことができるはずよ」
「場所が大きすぎると買い物の時間は長くなるだけじゃないか?」
緻渚さんはなんか盛り上がってきたけど、チオリの方が『面倒くさい』と言わんばかりな顔をした。
「それは何が悪いの? 緻織、今は『彼女と一緒に買い物に行くのは面倒な』って言いたそうな男みたいな顔をしてるよね」
チオリの『彼女』だなんて……なんか逆な気がする。まあ、そういう意味で言っているわけではないとはわかっているけど、なんか恥ずかしい。
「その男ってどうせ父さんのことだろう?」
「そうよ。まったくこういうところも父さんと似ているわね。女の子なのに」
この台詞って、先ほど緻渚さんも言ったのでは? チオリってあんなにお父さんと似ているの?
「もう、わかった。行くよ。それに金沢なら観光地いっぱいあるしね。歩き回る甲斐がある。イヨヒくんに日本のいいものいっぱい見せるから」
「まあ、買い物の後は時間があったらね」
「大丈夫、あたしが一緒に付いていくからには買い物に長い時間をかけさせないよ! 母さんを阻害することはあたしに任せてね! イヨヒくん」
「は? うん」
いきなりチオリは気合を入れた。『阻害』って? 何のこと? 緻渚さんと買い物に行ったら何かヤバいことになるって言うの?
「いや、女の子だから買い物に時間がかかるのは普通よ」
「女の子なら誰でも長い買い物をしなければならないという法律でも書かれているのか?」
「何よ、その詭弁? まったくこの子ったら、本当にどうしようもないね」
チオリから難色を示されて、緻渚さんはうんざりした顔をした。
「とにかく、そんなことは後で考えてもいいわ。それより、今はまず早く朝ご飯を食べて病院に行くことよ」
「うん」
予想外なことがあって、ちょっと予定が変更してしまったようだけど、とにかく次は朝ご飯を食べ終わったらすぐ出掛けるというのは同じだからこれでいいよね。




