26:新しい着せ替え人形よろしくね
目が覚めたら、ボクは見慣れない場所に寝ていた。柔らかいベッドの上だ。そして隣には気楽に眠っている小さな女の子の寝顔が見えた。
「緻羽ちゃん……」
窓の外から日差しが入ってきている。もう朝になっているってこと。それにしても、やっぱり昨日のことは全部現実だったね。ここは本当にチオリの世界……日本だ。昨日ボクがここまでチオリに付いてきて、家族の人から歓迎してもらった。
そして、ボクは緻羽ちゃんの寝室に入って、緻羽ちゃんが異世界転生者であることを知ってしまった。それで、ボクは緻羽ちゃんといろいろお喋りしていた。その後、緻羽ちゃんは先に眠ってしまった。ボクはここに来たばかりでまだ慣れていないから、あまり寝つけなかった……と、思ったけど、いつの間にかボクも寝落ちしたみたい。
今はボクがこの世界に来てから2日目。ボクは本当に異世界にいるのだ。夢なんかではない。朝起きてもちゃんとここにいる。
緻羽ちゃんはまだ安眠している。多分今身体はまだ子供だからボクよりも寝る時間が長いだろう。それにここみたいな平和な国に生まれたから、あっちの世界よりも安眠できるはずだよね。
「いい子、いい子……」
ボクは、この可愛い寝顔を見せている小さな天使の頭を軽く撫で撫でした。中身は子供ではないとわかっているけど、こんな可愛い姿を見たらやっぱり可愛がりたがってしまうね。
緻羽ちゃんを起こさないように、ボクはゆっくりとベッドから降りて、部屋から出た。チオリの部屋へ向かって歩いてみた。今チオリはもう起床したかな?
・―――――・ ※
扉を開けてボクがチオリの寝室に入ってきた。チオリはまだ寝ているみたい。
「何これ!?」
この部屋の中を見回してみたら、いろんなものが床や机に置かれて散らかっている。昨日最初に来た時とは全然違うよね。あの時この部屋はまだ綺麗だったのに。本当に同じ部屋?
多分チオリがいなかった間にお母さんである緻渚さんが片付けてくれただろう。チオリが帰ってきて、たった一晩過ぎただけでこんな有様に……。やっぱりチオリはすごい人だ。感激すべき(?)。
起こさないようにボクはだんだんと歩いてチオリのベッドに近づいた。
「チオリ……」
ついチオリのその寝顔が視界に入って、ボクが見惚れてしまった。やっぱり可愛いよね。この人はボクの世界を救った英雄か。こうやってじっとしていれば普通の女の子にも見える。だけど、寝姿はなんかだらしないね。男っぽいし。
って、ボクが何をしているのだ!? 気楽に女の子の寝ているところを覗くなんて……。
今のチオリの無防備な姿を見たらなんか考えてしまう。もし危険人物が入ってきたら、今あなたはもう死んでいるはずだよ、って。でもここには敵なんていないよね。あっちの世界ではないから。
こんな風に不安なくゆっくり眠れるって本当に素晴らしいことだ。
『ガーン!』
と、いきなりボクの頭が……。
「「痛いっ!」」
ボクが考え込んでいる間にいつの間にかチオリが起きてしまった。ボクの頭は近すぎたからぶつかり合ってしまった。お互い痛いようだ。
「イヨヒくん、なんでここに!?」
「ごめん、いきなり起きるとは思わなかった」
「今あたしに何をしようとしていたの?」
「いや、な、何でもないよ」
実はさっきつい寝顔を見惚れて無意識に顔を近くまで近づけてしまった。
「あたしは変な寝言とかしたかな?」
「え? なかったよ」
先ほどまでボクはしばらくチオリをじっと見つめていたからわかる。確かにチオリはずっと安眠していたね。
「ならよかった」
まさか、何か聞こえられたら恥ずかしいようなことがあるのか? あり得る。ボクだって誰かに心の声を聞こえられたら恥ずかしくてもう生きていけないかも。
「今日の予定は買い物だね?」
「うん、イヨヒくんに必要なもの買わないとね」
「そうだよね。服とか」
ボクが今着ているパジャマは緻渚さんのものだ。サイズが合わなくてダボダボしているからやっぱり自分に似合うサイズを買わないとね。
「でも今日着る服はある?」
「あ、そうだね。まだよくわからない」
「母さんが準備しておいたかもね。訊いてみよう。あたしは先にシャワーを。母さんは今なら台所で朝ご飯の準備をしていると思う」
「うん、わかった」
・―――――・ ※
「イヨヒくん、また昨日とは違う服?」
シャワーを浴びた後、ボクは緻渚さんが準備しておいた服を着て、朝食のために食堂に来たら、チオリと緻渚さんはすでに食卓に座っている。
「うん」
「そうよ。これも昔緻織に買ってきた服よ。まったくこんなに可愛いのに着てくれないなんて。イヨヒちゃんが着てくれてよかったね」
今ボクが着ているのは水色のワンピース服。下半身は太ももまで。膝は丸見えになっている。袖は肘にも届いていない。昨日の服と比べたら、腕も脚も露出が多い。あまり慣れない服だから、変だと思われないかなと心配していた。
「ボク……変かな?」
「よく似合ってるよ。やっぱりあたしよりもイヨヒくんの方が似合う」
「本当?」
似合うと言われて、嬉しいと同時になんか複雑な心境だ。
「うん、これから母さんの着せ替え人形役はイヨヒくんに任せよう。よかったね」
「は?」
チオリはボクを身代わりにしたの? 『着せ替え人形』って何!?
「そうね。うふふ。イヨヒちゃん本当に可愛いよ」
緻渚さんがボクを見てニコニコ笑っている。
「それに比べて……」
緻渚さんがチオリの方に視線を向けて、今彼女の格好を見て溜息をした。
「まったくこの子ったら、本当に女の子らしい格好を着てくれないのよね。今着ている服もね……」
今チオリが着ているのは素朴な半袖Tシャツと長いズボン。男でも女でも普通に着られるような服みたい。
「あたしはいつもこんな格好だから、いいんじゃないか。今日は特別な日ってわけじゃないし」
「せっかくイヨヒちゃんとお出掛けなのに」
「ただ普通に買い物に行くだけじゃないか」
「緻織、女の子と出掛ける時はこんな言葉と態度は失礼なのよ」
「え? 女の子って? ボクは……」
そもそもチオリはボクが女の子だと思っているわけではないし。
「母さん、この台詞なんか父さんに言った覚えがあるね……」
「そうね。まったく女の子なのに、父さんと似ているね。まあ、いいわ」
緻渚さんはまた呆れそうな顔をした。
「そう、それとね。下着も緻織のものを貸したよ」
「あたしの? イヨヒくんに!?」
チオリは慌ててボクの体をジロジロ見つめ始めた。ボクの着ているワンピース服を……いや、そのワンピース服を通して、更に中にあるものを見ようとしているようだ。こんな風に体をじっと見つめられるとなんか恥ずかしい。
「どうして勝手に!? こんなものは普通貸し借りするか!?」
チオリの顔は赤くなった。怒ったのか? そうだよね。いきなり勝手に着るなんて。ボク、悪いことをしてしまった。
「だって、イヨヒちゃんはまだ下着がないから仕方がないよ。そんなに恥ずかしいの?」
「貸したいならせめて母さんのものを貸してもいいじゃないか」
「私のものよりも、緻織の方はサイズが近いはずだから」
「それは……まあ、確かにそうだけど」
チオリはちょっと俯いて自分の胸に手を当てながら、恥ずかしそうな顔をした。その表情はなんか可愛いけど、ボクはなんか後ろめたさも感じてしまった。
「緻織ったら、こういうところは女の子っぽく悩むのよね」
「別に、あたしには必要ないし! まあ、貸してもいいけど、今日限りだからね! どうせ今日の買い物で下着も買うつもりだろう。今だけは……着ていてもいいよ」
チオリはなんか不満な顔。やっぱり下着を他の人に貸すことが嫌だよね? 罪悪感を感じてきた。ボクだって、すごく恥ずかしいよ。自分の好きな人の服だけではなく、下着まで拝借するなんて。なんかいろいろいけない気がする。
「チオリ、ありがとう。本当にごめんね」
「別にいいよ。あたしはイヨヒくんのことをちゃんと責任を取るつもりだと言ったのだからね。これくらい……」
「……うん」
やっぱり、チオリは明らかに無理しているよね。こんな様子を見たらなんか本当に気まずいよ。本当にごめんね。
実はさっきボクも「遠慮しておきます」と断ろうとしたけど、緻渚さんに「下着なしで外出させるわけにはいかない」って言って、あっさりと却下された。どうやらここではみんな下着が必要みたい。
それに、今なんかサイズはあまり合わなくてちょっと違和感を感じている。やっぱりチオリの方がボクより……あるよね。緻渚さんほどではないけど。
なんか恥ずかしい。このまま出掛けてもいいのか? 不安だけど、外に出ないと何も始まらないから。
とにかく、自分のサイズにピッタリなものを買う必要があるっていうことはよくわかった。早く買いたい。
その他にも、ボクがこれからここで暮らしていくために、まだいろんなものが必要となるらしいから。なんか買わなければならないものがいっぱいになりそう。
もちろん、ボクはここのお金を持っているわけではないから、全部緻渚さんのお金で買うことになる。なんか悪い気がする。後でちゃんと恩返ししないとね。
「チオリ、本当に迷惑ではないか? ボクがここにいると」
「今更まだこんなこと言うの? イヨヒくんがここにいてくれてあたしは幸せだよ」
「チオリ……」
ボクも、チオリと一緒にここにいられて、とても幸福だと思っているよ。
「さあ、朝ご飯を食べよう〜」
「「いただきます」」
出掛ける前に、今はまず朝ご飯だ。




