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25:妹ではなく、弟だよ?

 さっき緻羽(ちはね)ちゃんと昔の話をしていたらチオリがこの部屋に入ろうとしたけど、扉をロックしておいて助かった。


 「ごめん、姉ちゃん」


 緻羽ちゃんはすぐチオリに扉を開けた。


 「緻羽、なんで寝室の扉をロックした?」

 「えーと、チハネはちょっとイヨヒお姉ちゃんと遊んでいたの」

 「何の遊び」

 「ひーみーつ」

 「何それ?」


 いつもの子供らしい緻羽ちゃんに戻った。でももう正体を知っているボクから見れば今のはなんか猫かぶっているっぽい。


 確かに今中身はもう元の緻羽ちゃんとは違うかもしれないけど、正体がバレないように今までの緻羽ちゃんを演じようとしているね。


 「じゃ、チハネもお風呂に入るね」

 「うん」


 チオリがお風呂終わったので、今回は緻羽ちゃんの番だね。


 「姉ちゃんたち、2人きりで遠慮なくごゆっくり〜」

 「えっ?」


 緻羽ちゃんがニコニコしながら言い残して部屋から出ていった。どういう意味なの? まさか……。べ、別に2人になっても何か変なことをするつもりがあるわけでは……。


 「で、何の秘密の遊びをしてたの?」


 緻羽ちゃんが出ていったら、チオリはすぐボクに訊いた。ひょっとして気になっている?


 「いや、言えないから秘密っていうのだよ」


 とりあえずこれは緻羽ちゃんとの秘密だから、誤魔化(ごまか)さないとね。


 「イヨヒくんまで……」


 チオリが()ねたような顔をした。なんか悪いね。本当に言わないと約束したから。


 「まあいいか。これはそれだけイヨヒくんが随分緻羽と仲良くなってきたっていう証拠だね」


 ここで納得したようで、チオリはもうこれ以上詮索(せんさく)しなくて助かった。


 「うん、やっぱりいい子だよ。一緒の部屋でよかったね」

 「そうか。あたしと一緒よりよさそうだね」

 「いや、そういう意味では……」


 そこでチオリがまた()ねた。


 「冗談だよ。一緒の部屋にいられないのはあたしの所為(せい)だから」

 「いや、そもそもボクの所為(せい)でもあるよ」


 こうなったのはお互いつい余計に意識してしまった所為(せい)だからね。


 「お風呂も母さんに任せてしまって……。結局あたしはイヨヒくんに何もやってあげられなかったね」

 「そんなこと……まさか、気になっているの?」

 「まあね。イヨヒくんをここに連れてきたのはあたしだから」

 「気になる必要がないのに」


 ボクをここに連れてきたことだけでも感謝しきれないくらいだ。


 「でもやっぱりイヨヒくんのお世話はできるだけあたしが自分でやるからね」

 「うん、ありがとう」


 ボクもやっぱり一番そばにいて何か一緒にやりたいのはチオリだ。


 「明日あたしと母さんがお買い物に連れていくよ。ついでに町の案内もする。それと、この世界に関する知識をもっともっとたくさん教えるね」

 「今のチオリって面倒見(めんどうみ)のいいお姉さんみたいだね」

 「一応あたしは本当に妹がいるからね。妹のお世話は慣れているよ」

 「そうか。緻羽もいいお姉ちゃんを持ってよかったね」


 わたくしは一人っ子だった。いや、異母兄弟(いぼきょうだい)なら数人いたね。でもわたくし以外みんな男ばっかり。だから姉も妹がいなかった。『姉妹』とか(うらや)ましいかも。


 「これからあたしはイヨヒくんの姉にもなるね」

 「姉か。そうだね」

 「うん、イヨヒくんはここの養子になるのだから、もうあたしの()だね。いや、もしかして今は()って呼んだ方が正しいかな?」


 確かにこれからチオリはボクの姉になるね。そしてボクは弟……いや、妹? どっちかな? 今女になっているから、『妹』の方が当て()まるかもしれないけど、やっぱりボクは……。


 「弟でいいよ」

 「え? いいの?」

 「さっきも言ったけど、ボクのことは今までと同じ扱いでお願い」


 出会った時からチオリはボクのことを弟みたいな扱いをしていた。今わざわざ妹扱いに変える必要なんてないはずだよね?


 「そうか。イヨヒくん、本当は女の子だから、てっきり普通の女の子みたいな生活に戻りたいかと思った」

 「そんなことない。ずっと男の子として育ってきたから、今更女の子扱いされるのはむしろ困る」

 「そうなの? でも、あたしたち以外の人はみんなイヨヒくんが男だったっていう事実を知っていない。他の人に教えても信じてもらうはずがないし」

 「そうだね。これは仕方ないよ」


 ボクが異世界から来たってことは秘密にしなければならない。だからもちろんボクの昔のことも誰にも言えない。


 「でも、だからこそチオリだけは変わらずにいて欲しい」

 「そうか」

 「チオリまで変わってしまったら、ボクがあっちで過ごしていた日々もただの(まぼろし)や夢物語になってしまう気がする」


 あっちで辛い過去も多いけど、忘れたいわけではない。いい思い出もたくさんあるから。


 「わかった。あたしにとってイヨヒくんは今まで通り『弟』だね」

 「うん、それでいい」


 実は弟ではなく、一人の男として見られたいけど、そんなのどうやら今無理だよね。なら弟でいいか。


 「でも他の人がいる時はさすがに難しいかもね。学校とかでも多分、友達にあたしの『妹』として紹介するしかない」

 「うん、大丈夫。わかっている」


 ボクたちの事情を知っていない人たちから見れば、女の子なのに『弟』だなんておかしいよね。


 「それと……呼び方は、やっぱり『イヨヒちゃん』にしておいた方がいいかな?」

 「へぇ!? そ、それは……」


 いきなりチオリまで『ちゃん』付けで呼ばれるなんか、なんか……。


 「嫌なの?」

 「その……ごめん。やっぱり呼び方はずっと今までのと同じにして欲しい」

 「でも母さんも『イヨヒちゃん』って呼んでいるよね」

 「そうだけど、あれは……緻渚(ちなぎ)さんが完全にボクのことを女の子だと見做(みな)しているから」


 これから出会う人も多分ボクのことを『ちゃん』付けで呼ぶかもしれないね。それは仕方がないけど、チオリだけはいつまでも『イヨヒくん』と呼ばれたい。今更これが変わってしまえば、やっぱり嫌だ。


 「そうか。わかった。別に女の子でも『くん』付けで呼ばれる人もいるよね。実はあたしのことを『くん』付けで呼ぶ人もいるよ」


 そうだよね。あっちでチオリが『勇者くん』と呼ばれていたし。


 「うん、それは助かった」


 これでいい。ボクはいつまでもチオリの『イヨヒくん』でいたい。


 「ね、ここに来た所為(せい)でイヨヒくんは女の子になったよね。こんなことになって、後悔したりしない?」

 「え?」


 なんか話題が突然変わった。


 「正直答えて欲しい」


 チオリは今もまた真剣な顔で質問をした。ボクのことを心配しているようだ。


 「後悔なんてそんな……、別に。これからチオリと一緒にいられるのだからこれくらい……」

 「でも、なんかイヨヒくん実はまだ男の子のままでいたいのでは?」

 「そうだけど、そんなことはもうどうでもいいかもね」


 正直いきなり女になって困惑しているけど、実際にこれは本当の自分だから、認めるしかない。そもそもボクは男ではなかったからね。これは知ったばかりの真実ではない。ボク自身が今までずっとわかって覚えていることだ。時々忘れたフリしていたけど、本当は自分の過去全部をちゃんと覚えている。


 「ならよかった」

 「チオリこそ、がっかりしたりしない?」

 「あたしが? なんで?」

 「ボクが女だと知った時、チオリはなんか随分動揺したよね」

 「あれは……本当にごめん。でも別に嫌ってわけじゃないかよ。ただなんか秘密にされたことはショックだった」


 やっぱり、チオリが随分衝撃を受けたようだ。恐らく、ボク自身よりも。


 「ボクの方こそごめん」

 「ううん、理由はちゃんと理解できたから、もう気にしないよ。仕方ないことだし」

 「ありがとう」


 チオリがわかってくれてよかった。


 「だからもうそんなことで気を病む必要がない。これだけでもあたしより今イヨヒくんの方が苦労しているはずだから」

 「うん、ありがとう」

 「さあ、暗い話はもうこの辺にしておこう。明日は朝から一緒に出掛けて買い物に行くからね」

 「うん、そうだね。必要なものはいっぱいだよね」

 「じゃ、あたしは部屋に戻るね。あ、絶対に緻羽に変なことをしないでね」

 「変なことって?」


 チオリはボクが緻羽ちゃんに何をすると思うの? そんなことないはず……と言いたいけど、実際にボクの所為(せい)で緻羽が今すでに変になっているよね。そのつもりがないとはいっても。


 「そんな反応、怪しい……」


 あ、罪悪感の所為(せい)でつい顔に出てしまったか。チオリに怪しまれてしまう。


 「いや、そんなことないよ。一緒に遊ぶだけだから」

 「うふふ、冗談だよ。あたしはイヨヒくんのことを信じているからね。緻羽のことよろしく」


 ただ冗談か。よかった。チオリはいつもこうやってボクを揶揄(からか)うのだから。


 「じゃ、おやすみなさい。イヨヒくん」

 「おやすみ。チオリ」




・―――――・ ※




 「イヨヒお姉ちゃん、姉ちゃんは部屋に帰ったの?」

 「うん」


 チオリが部屋から出た後、しばらく待ったら緻羽ちゃんもお風呂が終わって部屋に戻ってきた。


 「さっきのような喋り方はもういいの?」


 今はもう騎士と姫様ではなく、姉妹としての喋り方になっているね。


 「まあ、やっぱり姉ちゃんに聞こえられたら疑われちゃうよね」

 「そうだね。ボクもさっきつい懐かしくて昔の喋り方に戻ったけど、やっぱり今更そんなのボクに似合わないよね。今ボクはイヨヒだよ。お姫様なんてとっくに辞めた」

 「うん、チハネも今はもう騎士なんかではなく、ただの稲根(いなね)緻羽(ちはね)だ」


 お互い今の自分に満足しているからそれでいいってことだ。テンソア様もわたくしと同じ、昔あっちの世界で理不尽な目に遭った。でも今こうやってこの平和な日本に女の子として生まれ変わって、しかもいい家族を持って、きっと前世より満足であるはずだ。


 「でも人格の方はどうなっているの? 結局今あなたはテンソア様であり、緻羽ちゃんでもある……っていいのかな?」


 どっちでも同じ人物だと見做(みな)してもいいよね?


 「正直今自分が一体誰なのかまだ混乱している。でも多分どっちでも自分だと思っている」


 2人の人格はごちゃごちゃ混ざっているって感じかな? 転生者っていろいろ大変みたいだね。


 「こんな状態で、本当にバレずに過ごせるの?」


 他の人ならともかく、家族の人まで秘密にするのはさすがに難しい。正直言って、少なくともチオリには言って欲しい。でもやっぱり緻羽ちゃん自身はまだ言いたくないようだ。だから今のところはこのままにしておいてもいいと思う。


 「よくわからないけど、できるだけ努力したい」

 「わかった。ボクもできるだけ協力する」

 「ありがとう。イヨヒお姉ちゃん」


 そういえば呼び方は『お姉ちゃん』になっているよね。最初からそうだったから。確かに呼び方は『イヨヒお兄ちゃん』になったら変だよね。


 緻羽ちゃんはボクの過去を知っているけど、あれはボクが男になる前までのことだけ。男だった時のボクのことを知っていないはずだ。だから緻羽ちゃんにとって、ボクは普通の女の子だ。チオリみたいにボクのことを男だと認識することはないだろう。ならそれでいい。


 「これからよろしくね。緻羽ちゃん」

 「うん」


 その後ボクたちはベッドに上がって、眠りについた。


 今日のことはここまでだ。日本に来て一日目、まだ家の中ばかりで、外出していないけど、それは明日の楽しみ。


 これから上手(うま)くここでの生活を送っていけるかどうかは正直まだ自信がないけど、もちろん精いっぱい努力する。


 ボクの日本での人生はまだ始まったばかりだ。


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