22:お風呂は一緒でいい?
「もうこんな時間? じゃ、今日話はこの辺にしようね」
「はい」
戸籍や入学などの問題の話が終わった後、緻渚さんがスマホを見てそう言った。
「次はお風呂ね。ところでイヨヒちゃん、あっちでもお風呂ある?」
「お風呂ですか。あっちではあまり……」
お姫様だった頃ならともかく、田舎で育ってきたボクはあまりお風呂に入る機会がなかったよ。
「あそこで旅をしていた頃、お風呂はどうなの?」
「実はお風呂がなければ入らなくても大丈夫です。魔法で浄化できるから」
冒険の時は勇者であるチオリも一緒だから、いい宿屋に入れることもあったけど、森の中に泊まったことも少なくなかった。浄化魔法が使えていたからあまり大変っていうほどではなかったけど。
「魔法でこんなこともできるのか。なんかチートね……」
緻渚さんは羨ましそうな顔でチオリを睨みつけた。
「べ、別に毎日使うってわけじゃない。お風呂が入れる日だったらもちろんあたしは入るよ。でも実際に入れない場合が多かったからそれも仕方がないし。魔法を使うと便利だけど、さすがに毎日ずっと使ったらなんかね……」
魔法を使ってもやっぱり限界があるからね。
浄化魔法を使ったらお風呂なんて必要がないかもしれないけど、チオリはお風呂に入ることが好きみたいだ。チオリ曰く、日本人ならお風呂は欠かせないものだって。
「チオリ、ここでなら毎日お風呂に入るの?」
「うん、日本では基本的にみんな毎日お風呂に入るよ」
「そうか。ではボクもここでお風呂に入ってみたい」
毎日お風呂って、わたくしが王宮に住んでいた頃より豪華な生活だ。
「でもまずはイヨヒくんにここのお風呂の使い方を教えないとね」
「あ、そうだね」
ここのお風呂の使い方はきっとあっちとは違うよね。やっぱり少なくとも教えてもらわないと。
「じゃ、お風呂に連れていくね。イヨヒくん先に入っていいよ。あたしは後でいいから」
「いや、遠慮しなくても。チオリは先でいいと思う」
ボクよりも、チオリの方が入りたがっているはずだよね。
そう思ったが、その時に……。
「そうだ。なら緻織とイヨヒちゃん2人一緒にお風呂に入れば?」
「「へぇ!?」」
緻渚さんにそう言われて、ボクもチオリも同時に大きい声で反応した。
「この2人、相変わらず息ぴったりね」
「母さん、なんでいきなり?」
チオリは顔赤くなってすごく動揺している。こんな仕草はなんか可愛く見えるけど。
「だって、洗い方とかも教えないとね。だったら一緒に入って同時に洗えば一番早いよね」
「そ、それは……そうかもしれないけど、いきなりイヨヒくんと一緒に入るのは……」
「ボクもいきなり女の子と一緒に入るのは無理です!」
やっぱりチオリはボクと入るのが嫌だよね。ボクもやっぱり無理だ。
「あ、でも別にあたしは全然イヨヒくんのことを嫌いってわけじゃないよ。これっぽっちも。ただ……、その……」
「大丈夫だ。ボクはわかっているからチオリ落ち着いて」
さっきの『一緒に寝る』件と同じように、チオリはまだボクが男だと認識しているから抵抗感があるようだ。別にボクはそんな理由でがっかりするわけがないよ。むしろこれで喜ばしくて、なんか助かったと思っている。
「2人ともまた……」
こんなボクたちを見て緻渚さんは呆れたような顔で溜息をした。
「あのね、イヨヒちゃんはあっちでずっと魔法を使っていたでしょう。でもここでは魔法が使えない。その代わりに石鹸や洗髪剤とか使うの。きっといろいろ違ってイヨヒちゃんが迷ってしまうから、使い方を教えないとね」
「でも……」
緻渚さんの言った通りだ。でもそんな理由で一緒に入ることになるなんて。
「緻織が嫌だったら、その代わりに私がイヨヒちゃんと一緒に入るわよ」
「え!? 母さんがイヨヒくんと?」
緻渚さんにそう言われたら、チオリの方がボクよりも先に反応した。
「さあ、一緒に入ろう。イヨヒちゃん」
緻渚さんはボクにニヤニヤ笑顔を向けながらそう言った。
「……む、無理です」
ボクはどっちも駄目だと思う。女の子……ではなくても、女の人と一緒に入るのはね。
「母さん、イヨヒくんが嫌がってるよ」
チオリもボクを庇っている。
「そうかしら? イヨヒちゃん私と一緒じゃ嫌なの?」
緻渚さん、そんな訊き方狡いです!
「別に緻渚さんのこと嫌ってわけではありませんが、なんかそこまでしてもらうのは悪いと思って」
「遠慮する必要ないのよ」
「そう言われても……。ボクなんかと一緒では……」
「イヨヒちゃんみたいな可愛い女の子と一緒にお風呂に入るなら、むしろ私が嬉しいわ」
緻渚さん、今の言い方はなんか……。やっぱり緻渚さんならそう思うよね。チオリと違って、緻渚さんはボクが男だったという認識が全然ないから全然平気みたいだ。
「それって結局ただ母さんがイヨヒくんと入りたいだけじゃん!」
「まあ、それもそうだけど、駄目なの?」
「やっぱりか!」
え? 緻渚さん、そうだったの?
「大体ね、ただ教えてもいいってことでしょう。教える方法はいろいろあるよ。わざわざ一緒に入る必要があるの?」
確かにそうだよね。ボクもただ教えてもらえればそれでいいと思っている。
「必要だと思うわ。それにイヨヒちゃんは女の子に戻ったばかりでしょう。女の体の洗い方も詳しく教えないとね。隅から隅まで」
「え? それは……」
それは確かにそうだよね。そうかもしれないけど。
「いや、どう考えてもただの言い訳だよ。結局これは所詮母さんの欲望だね」
「欲望だなんて……。もうわかった。認めたわ。そうよ。イヨヒちゃん、お願いだから、私がお風呂の使い方を教える代わりに、一緒にお風呂に入ってくれ」
「え?」
やっぱり、結局緻渚さんはただボクとお風呂に入りたいだけってこと? 緻渚さんってこういうキャラなの? 今なんかボクの中の緻渚さんのイメージが……。
「母さん、やっとあっさりと本性を表したな。まったく」
チオリがそんな緻渚さんを見て呆れたような顔で言った。
「なんで緻織はそんなに嫌そうなの?」
「そ、それは……」
そういえば、なぜか今ボクよりもチオリの方がイライラして困っているように見えるよね。
「嫌だったら、緻織がイヨヒちゃんと一緒に入れば?」
「なんでそうなるの?」
「緻織が嫌だから私が代わりにイヨヒちゃんと一緒に入ることになったのでは?」
「だから、あたしが嫌ってわけじゃないって」
なんかボクの所為で母娘が揉めるようになったみたい?
「じゃ、イヨヒちゃん選んでいいわよ。私と一緒に入るか? それとも緻織と一緒に?」
「へぇ!?」
結局『誰かと一緒にお風呂に入らなければならない』というのはもう決定事項なの? そんなの困るよ。ボクとしてはどっちもやりづらいかも。
「イヨヒちゃん、早く選んで」
「えーと」
今急かされてもね……。
「もういい。イヨヒくんは母さんと一緒でいいよ」
「え?」
チオリ、なんか諦め早い。いや、そもそもチオリがボクと一緒に入りたいわけではないのだから。つまりたとえボクが選んでも意味ないのでは?
「母さん、勝手にしていい。どうぞ。終わったらあたしを呼んでね」
そんな不機嫌そうな声で言い残してチオリは部屋から逃げ出した。
「ちょ、チオリ!?」
なんでこんなことに……。やっぱり今のチオリの様子はなんか変だ。よくわからないけど、なんか不安。
「大丈夫よ。あの子ただ照れているだけだよ」
「そうですか?」
「うふふ、緻織ったら、この様子やっぱり……」
緻渚さんはチオリの行動を理解しているようだ。
「チオリはどうしたのですか?」
「これはもしかして、嫉妬……とか?」
「え!? 嫉妬? 何のことですか?」
まさかチオリは……、そんなことは……。誰の? まさか……。いやいや、そんなの意識過剰だよ。
「冗談よ。とにかく緻織のことは心配しなくていいわ」
緻渚さんも今そんな冗談はあんまりだ。
「……はい」
確かにチオリが理解不能な言動をするのはいつものことだからね。緻渚さんもまだニコニコして、全然心配しているような様子はないから本当に何でもないだろうね。
「さあ、緻織ももう邪魔しないようだから、私たち今すぐお風呂に入ろうね〜」
そう言って緻渚さんはボクの腕を掴んで引っ張り始めた。これってもしかしなくても、今ボクが緻渚さん一緒にお風呂に入ることはもう確定?
「え? ちょ、ちょっと待ってください」
緻渚さん、やる気満々だ。そんなに急がなくても……。ボクはちょっと心の準備が……。
結局こういう流れでボクが緻渚さんと一緒にお風呂に入ることになった。
まあ、今更もうどうでもいいか。




