21:学校や戸籍は問題ない。どの世界でもコネさえあれば万事解決
「暗い話はここまでね。それよりもう一つ大事なことを思いついたの」
ボクの過去の話が終わった後、緻渚さんが新しい話題を始めた。
「イヨヒちゃんはこれからここで過ごしていくってことは、つまり学校に通う必要があるはずよね」
「学校……ですか」
「さっきの話によると、イヨヒちゃんはあっちでも学校に通っていたよね?」
「はい」
あっちの世界で4年の間ボクは帝都ウハリレン市の国立師範学院に通っていた。
「あの学校は12歳から通えますが、誰でも入学できるわけではありません。ボクが魔法の才能があるから簡単に入学できるけど、帝都の人でも学校に通える人はたった一握りです」
とはいっても、実際に関係や金があれば入学することもできると聞いた。
皮肉にも、世の中には『関係』と『金』さえあればいろいろできるよね。こっちの世界でもそうかな?
そもそもわたくしの元の身分で……まだお姫様だったなら、実力がなくても簡単に入学できるはずだったけどね。
でも結局ボクは実力で入学できたのはいいことだ。元々実力がなければたとえ入学できてもやっていけないかも。苦労になるだけだ。
「子供みんな学校に通わなければならない日本とは、全然違うわね」
「昔の日本や他の国もそうだったよね。あっちの文明レベルはここより遡るみたいだ。強いて言えば、ナーロッパって感じだよね」
「そうか。なるほどね」
ボクの知らない単語だけど、緻渚さんはすぐわかったようだ。この単語は前にもチオリから聞いたことがあるね。
「チオリ、『ナーロッパ』って何?」
「えーと、そうだね。どうやって説明したらいいか……」
「『ナーロッパ』ってのはね、小説によくあるテンプレートなのよ。要するに、中世欧州擬かしらね。詳しく知りたければ『ナーロッパ』というキーワードでgoogleってみたらすぐわかるはずよ」
緻渚さんの説明はボクにはわからないところがいっぱいある。『よーろっぱ』って? それに『ぐぐ』……ってどういう意味?
「すでにテンプレがあるおかげで解説する手間は大分省けるよね」
「最近テンプレを利用して着筆する小説家も続出しているようだね」
何の話かボクは全然ついていけない。どうやらこの世界の小説のことだ。今のところは深く考えない方がいいかも。
「チオリの学校はどうなの?」
ここの学校のことも知りたいからボクはチオリに訊いてみた。
「以前もイヨヒくんに教えたことがあるようだけど、忘れたかもしれないので今あたしはもう一度説明しておくね」
「うん」
確かにチオリから聞いたことがあるが、小学とか中学とか、なんか長いからほとんどは覚えていない。
「ここの子供たちは、6歳になったら学校に通う必要がある。
6-11歳は小学校、
12-14歳は中学校、
15-17歳は高校。
今緻羽は小学生で、あたしは高校生だ」
「素敵だね。6歳から17歳までみんな学校に通えるなんて」
きっとここの人たちはみんな頭がいいよね。
「まあ、大半の子供はこれが嫌みたいだけどね。学校ではつまらないことも多いから。勉強のこととか」
「緻織もそうよね」
「母さん、それは……」
チオリが学校嫌いなの? 全然そうとは見えないね。あっちにいた頃からチオリはよくボクに学校のことを楽しく話していたのに。
「まあ、確かにあたしは勉強苦手だけど、学校では友達と会えて一緒に遊べるから、あまり嫌じゃないよ」
「そうよね。学校は単なる勉強するための施設だけではなく、みんなが友達を作るための場所でもあるわよね」
「友達……ですか……」
「うん、学校の友達、つまり学友ね」
確かに、学校ではたくさん同い年の人たちと出会えて、一緒に勉強したり遊んだりして時間を過ごしたら仲良くなって友達になれる可能性が高いよね。
そしてチオリは勉強のことがあまり好きってわけではないけど、学校で友達と会えることで学校が好きってこと。
だけど、ボクはあっちの学校にいた時にはあまり友達が作れなくて、結局いつも一人ぼっちだった。だから、あまり学校生活を楽しんでいたとは言えない。
「イヨヒくんも、あたしと一緒にここの学校に通ってみたくない?」
「……これは本当にできるの?」
実は前から少しこの話をしたことがある。チオリのお誘いにボクはすごく興味あるよ。ここの学校か。多分、できるのなら通ってみたい。
「ねぇ、母さん、イヨヒくんにも学校に通うことができる方法がある?」
「これは……ちょっと難しいかもね。まずは戸籍が必要ね。これがなければ入学はできないはずよ」
やっぱり、そう簡単ではないよね。
「そんな……。戸籍ってどうやって作るの?」
「日本人なら生まれた時からみんな戸籍を持ってるよ。でもイヨヒちゃんはいきなり異世界からここに来たから、それは問題ね」
日本に生まれてきたらか……。もちろん、そんなものボクが持っているわけがないよね。
「じゃあ、どうしたら? このままイヨヒくんは学校に通えないし、仕事をすることもできないかもしれないってこと?」
「そうね。もしそうなったら大変かも。あ、でもなんか方法思いついたわ。あまりよくない方法だけど」
「何? 母さんの『よくない方法』って」
よくないのならやらない方がいいのでは? なんか嫌な予感だ。
「戸籍改竄よ」
「は? こんなことができるの? でもこれって犯罪だよね?」
緻渚さんの意外な答えに、チオリもドン引きしているみたい。犯罪って……、まさか緻渚さんが悪い人なのか?
「うん、だから悪い方法だと言ったのよ」
「悪い方法……」
悪い方法ってのは違法だからってことか。これはあまり望ましくない手段だと思う。
確かにここでボクは『異邦』人だけど、『異方』存在ではないし、『違法』行為もしたくないよね。
「そんな……悪いですよ。ボクなんかのためにみんなが迷惑するのなら……」
なんかまた大事になりそう。ボクはこれ以上みんなに迷惑をかけるのは気まずいはずなのに。
「大丈夫、私はこんなことができる人を知っているから」
「そんな知り合いもいるの? 母さん」
「いるよ。世の中にはね、コネクションがあれば何でもできるわよ。粘土とかをコネコネすることみたいに」
どうやらこの世界でも偉い人とのコネはとても有用みたいだね。『コネとカネ』の原理はどっちの世界でも通用してしまうっていうことか。
「これはあまり堂々と自慢で吹聴できるような話じゃないかも。あたしたち、悪者になっちゃうじゃないか」
チオリはちょっと不安そうに言った。
「あの人なら問題なくこれができると思うよ。他の方法なんて思いつかないから、とにかく連絡してみるね」
「本当にいいのですか?」
「うん、遠慮しなくていいわよ。イヨヒちゃんはもう私たちの家族だから」
「はい、ありがとうございます」
ボクはそんなことを頼んで迷惑をかけたら悪いとは思っているけど、緻渚さんはどうやら本気みたいだ。だからお言葉に甘えさせてもらってもいいよね。
「多分今から急がないとね。夏休みが終わる前に間に合ったら新学期に転入できるかもしれない」
「夏休みっていつまでですか?」
「後2周間くらいしかないわね」
「母さん、これって本当に大丈夫なのか?」
チオリはボクの代わりに心配してくれているみたい。
「試してみないとわからないわよ。とにかく努力してみるね」
「ありがとう。母さん!」
「本当にありがとうございます。緻渚さん!」
ここの学校か、ボクはやっぱり行ってみたいな。一緒にチオリと学校に通えたらいいよね。楽しみにしている。
でも、こんな簡単に上手く行けるのか? ちょっと心配かも。
ちなみに、『異方存在』ってのは、アニメ『正解するカド』からのネタです。イヨヒ自身はもちろん、このアニメを観たことがないはずだが、チオリから聞いたのでしょう。




