2:女の子になってしまったが
「イヨヒくん!」
気がついたら、ボクが見慣れない場所で横になっているようだ。ここは建物の中? 今ボクがベッドの上にいるようだ。どうやら誰かの家の寝室の中みたい。
そして隣でボクの名前を呼んでいる声が響いてきた。
「よかった。ただ気絶しただけだね。イヨヒくん……」
「チオリ……」
「どうやらあたしのことちゃんと覚えてるよね?」
この声はもちろん、ボクがちゃんと覚えている。チオリ……ボクの大事な大事な勇者様だ。
「え? それはもちろんだよ」
ボクは体を起こして座って、ちゃんと彼女の顔を見つめた。いつもの可愛くて綺麗な顔で、いつも着ている勇者服だ。何も変わっていない。
チオリを忘れることなんてあり得ないよ。声も顔もちゃんと……。
「やっぱり、いつものイヨヒくんだね」
「いつもの? どういうこと?」
ボクは何か変わったと言うの? そんなことは……。そういえば今ボクの声はなんかちょっと変……。
「あー」
やっぱりおかしい。ボクの声がこんな甲高くて綺麗なの? まるで女の子みたい。ボクはそもそもまだ変声期の前だから、声が女と似ているのは仕方ないけど、今のはいつもよりもっと声が高くて更に女の子っぽい。
それに髪の毛もなんか変だ。その変化に気づいたら、ボクが手で自分の髪を掴んで目の前まで移動してきた。
どうやらまだいつもの白銀色のままだけど、変わったのは長さと髪質だ。髪がすごく長い。今ボクが少し俯いたら、前の方に置かれた髪が太股に当たるくらい。
「な、なんで!?」
まさか今ボクのこの体が女の子になっている。なんでこんなことに……?
「イヨヒくん、落ち着いて」
「か、鏡ある? 今鏡を見たい」
「うん、わかった。すぐ持ってくる」
ボクが要求するとチオリが手鏡を持ってきた。
「嘘……」
鏡に映っているのは可憐な銀髪美少女だ。これがボクなの? 本当に女の子になっている。
もっと確認するために、ボクがベッドから降りて、自分の足で立ってみた。
「チオリはこんなに背が高いの?」
普通はボクより10センチくらい高いチオリは……今なんかもっと高く見える。身長の差がいつもの倍くらいになった?
「いや、違うよ。イヨヒくんの方が小さくなった」
「やっぱり……」
服もダボダボだし。本当に体が小さくなった。ボクは元から背が低かった。最後に測った時は152センチしかない。16歳男性にしてはかなり低いのだ。でも今は更に低くなった。どれくらい残っている? 恐らく150センチもない。
「チオリ、これはどういうことなの? なんでボクが……?」
「いや、あたしに訊かれてもね。そもそも元の世界に戻ったら、なぜかイヨヒくんがこんな姿になって倒れていたよ」
「元の世界って、まさか……」
「そうだよ。ここはあたしの元の世界……日本だよ。あたしの家の中で、あたしの寝室」
「ここは……日本? チオリの世界なの?」
通りでこの部屋にはあまり見慣れない家具がいっぱい並んでいる。ベッドや箪笥くらいはもちろん知っているけど……デザインなどはあっちの世界とは随分違うようだ。
「うん、そうだよ」
そういえばボクが気絶したのか? 一体いつから? 最後に覚えたのは……確かにボクがチオリと一緒に日本に付いていくことになったようだ。そして『異世界転移』の儀式が行われたら……わからない。覚えているのはこれくらいだ。多分ボクが移動の時に気絶しただろう。それでも無事にここまで付いてこられた。
「ってことはボク、本当に日本に来られたね? よかった」
「うん、その通り。ようこそ、ここは日本だよ」
ずっと前から夢見ていた場所だから、なんか嬉しい。
「でも、なんでボクがチオリの部屋の中にいるの?」
「それはね……、転移させられたらすぐここに来たようだ。あたしは全然大丈夫だけど、なぜかイヨヒくんは倒れちゃった。しかもこんな姿になって……」
転移? 異世界転移のことだね。最初にチオリが神様の力で召喚されてあっちの世界へ転移したのと同じように、今回も神様にあっちの世界からこっちへ転移させてもらったということ。
「そうか」
「うん、だからイヨヒくんをあたしのベッドの上に運んできた」
やっぱりここはチオリのベッドか。
「え? チオリがボクを? どうやって?」
「普通にお姫様抱っこだよ。 今のイヨヒくんの体はすごく軽いから」
へぇ!? ボクが抱っこされたの? たとえ彼女が勇者様だとはいえ、ボクが女の子に抱っこされるなんて、こんなのはなんかおかしい。まあ、確かに今ボクも女の子になっているようだから、あまりおかしくないかもしれないけど。
「でもやっぱり、本当にイヨヒくん本人で間違いないようだね? 随分変わったけど」
「うん、本当にボクはイヨヒだよ。信じてくれるよね?」
「まあ、元々小柄な体が更に小さくなって、この綺麗な髪の毛も長くなったけど、白銀色の髪とその服はそのままだし」
体が縮んだ所為で今服がダボダボになってあまり着心地よくないようだけど。
「それより、なんでイヨヒくんがこうなったの? その……なんか女の子になってるようだが?」
「あ……」
チオリがボクの体の変化の理由を全然把握できていないようだ。だからこうなった原因は多分チオリには関係ない。だけどボクは心当たりがある。多分誰よりも知っている。それはもしかして……。
「まさか……」
「え? イヨヒくん、何か理由わかったの?」
「多分、それは……」
理由は恐らく……あれだ。間違いなく。でも今そんなことを言うのは……。
「イヨヒくん……?」
今黙ったままではチオリを不安にさせるよね。やっぱりこの話も今すぐちゃんと……。
「チオリ……その……。実は、チオリに言わなければならないことがある」
そもそもこれはもっと早く言うべきことだった。大切なことだよ。ボクがずっと隠していた秘密。
しかしボクが言おうとしたら、その時……。
「緻織!?」
誰かがこっちに向かって走ってきているような足音が響いてきた。そしてすぐ部屋の扉は開かれた。
その後、黒髪女性がこの部屋に入ってきた。
「母さん!」