19:べ、別にお姫様ではなくただの田舎少年なんだからね ◎
「王子様はいい人で良かったね」
さっきチオリの回想で第2王子コルヒア様のことを聞いたら、緻渚さんも気に入ったみたい。
ここまでお喋りしているうちに、夕飯はもう食べ終わった。とり野菜は美味しかった。ご馳走様でした。
「そういえば、あの王子様はイヨヒちゃんと知り合ったの?」
さっきの話でコルヒア様がボクに話しかけてきた場面が出たね。
「ボクではなく、昔のわたくしと彼は従兄妹という関係だから、もちろん会ったことがありますよ。でもチオリと一緒にコルヒア様と会った時彼はやっぱりボクを見ても覚えていなかった。ボクも彼とは初対面のように振る舞ったから、バレないはずだと」
今は王家の人の話だから、彼とわたくしとの関係が疑われるのも当然だよね。
「そうか。イヨヒちゃんが元姫様だと知られたら大変だよね」
「はい。コルヒア様がいい人ですけど、周りの人は……」
政変の起きたあの8年前以来、初めて王宮に戻ってきたのはあの時だった。懐かしいけど、ボクにとって危険ばかりの場所だとはよく自覚していた。
「あの……、やっぱりボクは自分の過去について話さないとね」
今のところボクが元王女だと自白したけど、それ以上のことはまだ言っていなかった。あまり言いたくない話だからね。そして緻渚さんもチオリも気を遣ってくれていたから、無理矢理訊き出したりはしなかった。
それでもきっとボクのことを気になっているはずだ。だからやっぱり話したい。
「いいのか? なんかイヨヒくんはあまり言いたくなかったようだから」
「もう大丈夫だよ。やっぱりボクの過去についてもっと知って欲しい」
辛い思い出だけど、もう8年経ったよ。いつまでもあの時の悪夢に囚われていてはいけない。それに今はもうあの世界に戻るつもりはないから、隠す必要はないはずだ。
「8年前の政変のことは、チオリもあっちにいた時から少し聞いたことがあるよね?」
「そういえば、まあ。でも本当に少しだけだな」
もう8年前のことで、今回の勇者と魔王の戦いに全然関係ないので、そもそも誰もチオリに伝える理由がないだろう。それでも大事件だから、あっちで3ヶ月くらい過ごしていたら少しくらい聞いたことがあってもおかしくない。
「実はあたしがコルヒア様にこの話をしてみたこともあるけど、あまり答えてくれない」
コルヒア様は勇者パーティーのリーダーとして冒険に参加したので、チオリと随分仲良くなってきたようだ。
「それは無理もないかも。政変を引き起こしたのは彼の父上、つまり今の王様だった」
「あの王様が? 確かに彼は8年前から王位をもらったって聞いたことがある」
「そうだよ。あの人は8年前の政変の首謀者で、その後王位を奪い取った」
「そんなこと……」
だからボクにとってあの人は憎むべき仇だ。でも別に復讐したいと考えていたわけではない。
「では、今から話します。わたくしの過去のこと……」
・―――――・ ※
16年前わたくしはフレイェン帝国の第1王女……エフィユハ・フレイェンとして生まれてきた。あの時の王様はわたくしの父上だった。
第1王女と呼ばれていたけど、あの時の王女はわたくししかいなかった。他の兄弟はみんな男、つまり王子だった。
8歳までわたくしはお姫様として王宮で育ってきた。ほとんどの時間は母上や侍女と過ごしてきた。あの時の生活は不満ではなかったが、満足とも言えない。
兄弟はたくさんいたけど、異母兄弟ばかりだった。兄弟と中がいいとは言えなかった。
王様である父上とはあまり会った機会が少なかった。しかも会った時の印象もあまりよくなかった。
わたくしが好きでやっていた趣味は、読書や魔法の練習だった。どうやらわたくしは子供の頃から魔法の才能があったようで、頑張って勉強したらいろんな魔法が使えるようになってきた。
そんなわたくしをよく相手にしてくれたのはあの人……テンソア様、彼はエフェロア兄上……あの時の第1王子の親友で優秀な騎士だった。剣も魔法もできて、いろいろわたくしに教えてくれた。だから彼はわたくしの師匠でもある。エフェロア兄上も彼のことを信頼してわたくしのことを任せた。
あの時魔王はまだいなくて、魔物との戦いも少なくて、隣国との関係も悪くなかった。だから平和な時代……であるはずだったが、内乱が起きてしまった。
父上や周りの人の悪い噂が突然いっぱい出てきて、国民の不満が引き起こされて、ようやく8年前のある日、政変が起きた。
正直真偽はよくわからない。わたくしの記憶の中での父上の印象は元々いいものではなかった。彼が腐敗の元凶だという噂が真実かもしれない。王位を奪われても自業自得だけで、別に理不尽だとは思わなかった。
しかし政変が起きてしまったら処罰される対象は王様だけではなく、王様の子孫である王子王女たちも含まれる。
最初に抹殺された対象は、もちろんあの時の第1王子であるエフェロア兄上だった。彼は父上の長男であの時は16歳だった。
そしてその後他の兄弟たちもどんどん殺られた。もちろん、わたくしもその対象だった。
あの時のわたくしはまだただの8歳の女の子だった。王座なんて興味なかった。争いに参加することはなかった。なのに巻き込まれてしまった。
でもあの時わたくしを救ってくれたのはテンソア様だった。エフェロア兄上が死ぬ前に、友人である彼に妹を守れって頼まれたそうだ。
あのお方がわたくしを王宮から逃して、帝都ウハリレン市から出て、遠くの田舎町まで連れていってくれた。
その後わたくしがある立派な賢者様に託された。あのお方は昔活躍していた魔法の実力者だったけど、年を取って晩年田舎の町で住むことを選んだそうだ。
そしてわたくし……ボクは賢者様……お師匠様の弟子として引き取られた。名前も変えてもらった。『イヨヒ』という名前はお師匠様に付けてもらったものだ。あれからボクはお師匠様と一緒に暮らすことになった。
だけど第1王女が生きているという噂が知れ渡っていた。もしボクの居場所がバレてしまったら、たとえ遠くにいても暗殺される可能性も少なくない。
ちょうどあの時お師匠様が新しい魔法の研究をしていた。それは『性転換之魔法』だった。
性別が変わったらわたくしを探していた連中から逃げられるだろう。誰も『元お姫様が男』だと思いもしないはずだ。だからボクが自分をその魔法の実験体にしてもらった。
あの魔法が前例はなかったから成功するかどうかもわからなくて心配していたが、ボクはお師匠様の腕に自身があった。それにあの時これがいい方法だと思って、その可能性に賭けると決めた。
別にあの時は男になりたいとか思っていたわけではなかった。正直言ってどうでもいいという気持ちだった。まだ子供だったから性別の影響はほとんどなかった。そう思っていた。
その後魔法が成功して、あれからボクは男の子になった。こうやって自分の過去を消して、ボクは新しい人生を歩むことになった。
残念ながらお師匠様がすでに高齢で、体がよくなくて、結局寿命が切れて、ボクを一人残して亡くなってしまった。
その後ボクは一人で暮らしていた。人付き合いも苦手なので友達があまりいなかった。でもそんなことはどうでもいいと思っていた。どうせボクが大体魔法の練習や読書で時間を過ごしていたから。誰と関わらなくてもいい。お師匠様が残してくれた本もたくさんあるし。
でも田舎町で自分で勉強できることは限られている。だからボクが12歳になった時に、帝都ウハリレン市の国立師範学院に通うことになった。
あそこは王族や貴族の可能学校でもあるが、実力のある人ならたとえ一般庶民でも試験を受けて入学することができる。
そもそももしわたくしがまだ王女だったとしたら、12歳になるとあの学校に通うことになったはず。エフェロア兄上とテンソア様も実はあの学校に通ってあそこで知り合ったと聞いた。
だけどあの時ボクはもうお姫様なんかではなく、ただ田舎者の男の子だった。だから一般庶民として試験で入学した。
もちろん、もしあそこでボクの正体がバレたらすぐ捕まえられて処刑される可能性が少なくない。でもボクの正体を知ってる人はボク自身しかいなかった。当事者であるお師匠様はとっくに逝去したから。ボク自身が自白しなければ、誰に知られるはずがない。
昔の知り合いと会ったこともあるけど、初対面で知らないフリをした。『イヨヒ』としては本当に初めての上京だから初対面ってのは嘘にはならないよね。
それでももしボクが目立ち過ぎてしまったら正体を疑われる可能性も高くなるかもしれないと自覚しているので、敢えて友達を作らずに一人で過ごすことが多かった。でもボクは最初から孤独に慣れていたからこれくらい大丈夫だよ。
だけど勉強のことは本気だから、結局案外目立ってしまって、学院では随分たくさんの人に知られてしまった。これはまずいかもしれないけど、幸い本当に誰もボクの正体なんて気づいていなかったようだ。だからみんなから見るとボクはただ普通の成績優秀の田舎者でしかない。
そして4ヶ月前に、魔王が復活して、国立師範学院も休みになって、生徒たちも魔物との戦いに参加する戦力になった。
あの時ボクはあっちでは意外と知名度が高くて、実績もあって召喚された勇者様の仲間に抜擢された。
こうやって、ボクは勇者様……チオリと出会うことができた。




