18:べ、別に魔王と戦える前に死なれたら困るんだからね ◎
「さすが緻織ね。あんな状況でもすごく前向きで楽観的でいられる。アニメの主人公みたいに、どんな理不尽な目に遭っても正義のために戦うのね。私にはできなそうな芸当だな」
馬車に乗っている途中で起きた出来事を語り終わった後。緻渚さんはチオリのことを絶賛した。
「そんなことないよ。いろいろ不安で落胆したよ。止めたいと思った時もある」
「でも、結局立ち直れたよね」
「イヨヒくんがずっとそばにいたおかげだよ」
「ボクが?」
そう言われるとなんか恥ずかしいよ。ボクがチオリの回想に出るとなんか褒め言葉いっぱい出ているね。
チオリがボクのことを大切にしているのは最初からしょっちゅう感じていたけど、またチオリの口から出したらなんかすごく嬉しい。
「でも、これは王様の謁見のために王宮に行くお話のはずだよね? 結局なぜかイヨヒくんのことばっかりになったよ」
「そうだね。道すがらいろいろあったから、言わないともったいないよね。あたしにとって大切な思い出の一つだよ」
やっぱりこんなに大切にされたね、ボクは。本当にあの時ボクが戦いに参加することを決めてチオリと出会えてよかった。
「でも、イヨヒちゃんって本当にとても変わったよね」
「うん、あたしと一緒にいるとどんどん変わってきて、今のイヨヒくんになったよ」
「うん、それはチオリのおかげだよ」
チオリがしつこいくらい積極的にボクとお話をしようとしたから。チオリと出会わなければ今のボクはいないはずだ。
「それだけではなく、ボクはチオリにいろいろ助けられたよ」
「お互い様だよ。あの時イヨヒくんが助けてくれなければボクも大変になったはずだ」
そうだよね。ボクたちはあれからこうやってお互い支え合ってきた。
「まあ、魔王が倒される前に勇者が亡くなってしまったらボクもみんなも困るのだからね」
なんか恥ずかしいので、照れ隠しのため、さっきの話に出た自分のと同じような言葉を繰り返した。
ちなみに、『勇者に何があったらボクも処刑される』って言ったのも単なる口実だった。ただ自分の命を大切にするように、あんなことを言おうとしただけだよ……と言いたいけど、結局あれもただの照れ隠しかも。あの時のボクにとってあんな感情が珍しかったから自分でも不思議だと思ったくらい。
「イヨヒちゃんは意外とツンデレね」
「え? それはどういう意味ですか? すごく気になっています」
またこの単語だ。今回緻渚さんからも言われたから緻渚さんに訊いてもいいかも。
「いや、この単語がかなり複雑でややこしいから、今イヨヒちゃんが知らないならそれでいいのよ」
また誤魔化された。気になっているのに……。でも今しつこく訊いても緻渚さんに困らせてしまうのだからもういいか。
「ところで、途中で遭遇した狙撃者からチオリを守った時のイヨヒちゃんはすごく強そう。大活躍よ」
「ボクが守る必要があったのは最初の時だけです。その後チオリも魔法を習得して、すぐ自分の身を守れるようになった」
あの時チオリはまだ魔法の使い方を知っていなかったから、ボクが守らないといけなかった。
「その後緻織は本当に魔法が使えるようになったの?」
「うん、思ったよりあっさりとね」
「すごい。やっぱり、チートだね」
「あはは、命懸けで魔王と戦わなければならないんだから、これくらいチートがないと困るよね」
そうだよね。魔物たちは強いからチオリが十分強くなければ歯が立たないどころか、無駄死にになってしまうかも。
「緻織は本当に最強だったのか? あまり想像できないわね」
「そこまでは。えへへ」
「はい、魔王を倒せたくらいですから」
照れているチオリの代わりにボクが自慢げに言った。
「どうやって魔法を練習したの?」
「まあ、それを説明しようと話したら長くなりそうだから、後でいいかもね」
話は脱線しているみたいだから、チオリは元の話題に戻そうとした。
「そうだね。今は王宮のこともまだ終わってない」
「じゃ、次はあたしたちが王宮に到着した後の話」
・―――――・ ※
「本当に申し訳ありません。勇者様」
王宮に到着したら、先ほどの狙撃のことを知った神官長たちから謝罪された。
「いいえ、いいんですよ。イヨヒくんのおかげで全然無事ですから」
「やっぱり、この子がいてよかったです。そのために大事な役目を与えたのですから」
恥ずかしいからかな。イヨヒくんはちょっと目を逸らした。感情表現はまだ少なめだけど。
「勇者様、王様がお呼びになっています」
そろそろ国王と会えるよね。なんか不安な気もしてしまう。もし『竹の勇者の盛り上がり』というアニメみたいに、勇者が召喚された途端最初から王様に嫌われて悪者にされたらどうするかな? さすがにあんなヤバい状況まではないよね?
あたしたちが大きな居間みたいな部屋に入ってきた。これは『玉座の間』って呼ばれる部屋みたいだ。奥にある豪華そうな椅子に座っている人は、訊くまでもなく王様だよね。重たそうな冠を被っている40代くらいの銀髪の男。服装は……とにかく王様らしくすごく豪奢だな。これも普通のファンタジーのアニメとあまり変わらないよね。
「ようこそ勇者様」
どんな挨拶していいか全然教えてもらっていないから、とにかく神官長や周りの人の動作を見真似しておくことにしよう。
挨拶の後はいろいろな話をしていた。だけど、王様の態度はあたしにとってあまり印象が良くない。なんか上から目線だし。王様だから当然なことだろうけど。それだけでなく、なんか押しつけがましいって感じ。こちらの事情や都合をあまり訊かずに、勝手に自分の話を進めていく。難しい話も多くてちゃんと把握できないところもあるからとにかくその部分は省略する。
周りには数十人の人がいるが、あたしがすでに知っているのは神官長と隣にいる魔道士だけ。
王様のそばに20歳くらいの銀髪の男が立っている。かなりのイケメンだよね。
「勇者様に仲間を紹介する」
王様に言われて、彼が自己紹介を始めた。
「勇者様、はじめまして。私は勇者様のパーティーのリーダーを担当する、コルヒア・フレイェン、この国の第2王子」
やっぱり王子様だよな。っていうか、リーダーって? 勇者パーティーと言ったら普通に考えるとリーダーは勇者じゃないのか? でも別にあたしはリーダーになりたいわけじゃないから、まあいいか。勇者より王子の方が偉いに決まっているし。
「この世界を救うために一緒に頑張ろうね」
「はい」
世界を救うなんてやっぱりどう聞いても大袈裟だよね。こんな責任重大なことだなんて、まだあまり信じられない。
その後、あたしとイヨヒくんはコルヒア様と一緒に他の部屋に移動した。
「そうか。勇者くんの世界ではそうだったのか。面白い」
王様と違って、コルヒア様はいろいろお喋りして、あたしとあたしの世界のことまで興味津々で伺った。とても親切な人だと感じられる。
ちなみに、なぜかコルヒア様からあたしへの呼び方は『勇者くん』になっている。ちょっと可笑しいとは思っているけど、悪くないかも。突っ込む余地もなかったし。
「勇者くんには誠に申し訳ない。こちらの世界のことなのにあなたを巻き込んでしまった」
コルヒア様はちゃんと気を遣ってくれているし。いい人みたいでよかった。
「いいえ、あたしもここに来られて見たことのないものをいっぱい目にして嬉しいですよ。いい経験になりそうです」
ここに来て嬉しいってのは事実だけど、いきなり慣れない場所に来ることは本当に不安で、しかも後で魔王と戦うことになるとわかったらあまり洒落にならない。でも、彼はあたしのその気持ちをちゃんと理解して、気遣いしてくれたのはとても助かった。
「それに、君の話も聞いたことがある」
今の言葉は、ずっとあまり喋らずに黙っていてじっと話を聞いているイヨヒくんに向かった。
「は? ボクのことですか?」
「国立師範学院では優秀な生徒だと聞いたからね」
最初からそうだと思っていたが、イヨヒくんって結構すごい人だよね。王子様にも褒められるくらいだから、きっととびきりの天才だ。
「勇者くんは、何か問題があったら、この子に訊いてもいいよ」
「わかりました」
「次は魔法の勉強のことだな。まずは魔法を習得しておかないと戦えないよね。勇者くんに魔法を教えてあげる教官はすでに待っている」
「は、はい」
王宮の話はここまで。その後は魔法の勉強のこと。来たばかりで、そんなのいきなりすぎじゃないか、と思うけど。それでもできるだけ早く強くなって魔物と戦えたいから、その勢いでいい。早く家に帰れるためにも。
あたしの異世界物語はまだ始まったばかり。




