17:べ、別に心配なんてしているわけじゃないんだからね ◎
「今の話に出たイヨヒくんはなんかかっこいい。お姫様を守る騎士って感じ」
「いや、実は逆だよね。あたしが勇者だけど」
本当はお姫様がボクの方だよね。あの王宮だって実は子供の頃住んでいた場所だった。でもあの時チオリはまだボクの正体のことを全然知っていなかった。あの時いきなり「王宮に行ったことあるか」と訊かれた時ボクもつい動揺してしまったけど、やっぱりチオリも気づいたようだね。
「でも、今の話ではイヨヒくんは本当に今とは別人みたいね」
まあ、そう見られるのは当然かもね。チオリと出会う前のボクと今のボクはいろいろ違うから。
「まあ、あの時のイヨヒくんはショタっ子だったからね」
「いや、外見のことじゃなく、人格や喋り方のことよ」
姿だけでなく、性格も変わったよね。そもそも外見より行動や言葉の方が詳しく描写されているし。
「うん、そうだね。喋り方はぎこちなくて。最初からあたしに敬語を使わなくていいって言ったのにね」
「それになんか暗い雰囲気ね」
確かにあの時のボクはああいう人格だった。チオリのおかげで本当にたくさん変わった。
「でもあの時からあたしのことを心配してくれてたよね。ちょっとツンデレっぽいけど」
「ね、チオリ、『つんでれ』って一体何なの?」
この単語はチオリから何度も聞いたことがあるけど、意味を訊いてみても答えてくれなかった。ボクのことを示しているようだから気になっているけど。
「いや、何でもないよ。それより、話の続きをしよう」
今回もなんかまたわざと誤魔化しているっぽい。
「次は事件が終わって馬車が再び出発した後の話……」
・―――――・ ※
狙撃の件が解決した後、あたしたちの馬車が再び動いて目的地へ進んでいく。
でも先ほどのことを考えたらあたしはなんか命の危険の実感した。もしあの時イヨヒくんに助けてもらわなかったら、あんな攻撃が当たってしまうと、あたしはどうなる? 致命的かな? いきなりそう簡単に命を落としてしまうのか? そう思ったら怖くなった。
最初は異世界に来ていろいろ見たことのないものを目にしてわくわくしていたけど、やっぱりこれは遊びなんかではなく、あたしは戦いのために来たんだ。
これはゲームなどではないよね。いつでもあっさりと死を迎えるかもしれない。あの神様は「あたしが絶対死なない」……とか言って、ちょっと安心できたかもだけど、やっぱり何の保証もないじゃないか。
ひょっとして『Ze:ソロから始める夷世界生還』というアニメみたいに『殺されたら死に戻り』できるとか? それはないと思う。
確かにチートの能力がもらえるようだけど、これからも命懸けで戦わなければならないと思ったらやっぱり不安だ。今更だから止めたいと思ったら駄目かな?
どうしていきなりあたしが戦わなければいけないの? この世界のことだからこの世界の人間で解決できないの? なんか理不尽だよね。
やっぱり、家に帰りたいよ。家族のところに戻りたい。いきなりあたしがいなくなって父さんと母さんは心配しているのかな? あたしのいない間はどうなるの? もしここで死んで帰れなくなってしまったらどうなるの?
あたしみたいなただの平凡な高校生は世界を救うなど、そんな身の丈に合わないこと……。
そんな暗いことを考え込んでいたらあたしが何も喋らなくなっていた。イヨヒくんも何か用がない限り自らあたしに話しかけてくることはないみたいだから、しばらく沈黙になった。
「ふん?」
いつの間にかイヨヒくんはあたしの顔をじっと見つめていると気づいた。全然何も喋ってこなくて、あまり無表情だけど、多分あたしのことを心配しているとか? あたしが勝手にそんな都合のいいことを想像しちゃった。
「イヨヒくんはどうしてこの戦いに参加するの? 無理矢理押しつけられたとか?」
一人で思い込んでいてもどうしようもないから、とにかく何か話をしよう。イヨヒくんのこともいろいろ気になっているから。
「……いいえ」
「自分の意志でなの?」
「はい」
「なぜ?」
「……」
なんか答えたくないみたい。でも、どうやらこの子はあたしとは違って無理矢理選ばれたから戦場に出るっていうわけじゃないようだ。
イヨヒくんみたいな小さい男の子でも戦いに参加するなんて……。いや、本人があたしと同い年だと主張したけど、実はまだ半信半疑だ。
とにかく、せっかくあたしは勇者として召喚されたのだからね。そう思ったらやっぱり何かしないといけないよね。腑甲斐無さを見せたりしては駄目だ。
確かにこれがそもそも自分には関係のないはずの戦いだけど、巻き込まれてしまったからには放っておけないよな。
「イヨヒくん、強いね」
「べ、別にボクは普通です」
「さっきは魔法を使ったのか?」
障壁とか、高く跳ぶこととか、攻撃の技とか、それは初めてみた。元の世界ならあり得ないはずの現象だ。それはすごく興味ある。
「はい」
「魔法ってどうやって使うの?」
「後であなたにも、魔法を教えるお方と会っていただきます」
「難しいかな? 本当にあたしも魔法が使えるのかな?」
「勇者様ならすぐできるはずです」
先ほどの神官長の話によると、魔法の使い方を一週間教えてもらえるそうだ。勇者はそもそも素質があるからちょっと練習したらすぐ上手く使えるはずだって。
つまり、これってテンプレだね。異世界に召喚されて、チート能力をもらって、仲間と出会えて。そして次は王様と出会うってこと。
「イヨヒくんはいつから魔法を勉強し始めたの?」
「小さい頃からです」
今もまだ小さいけど……と、突っ込みたいけど、実はあたしと同じ16歳だよね。なら数年前ってことだろう。
「つまり数年前からってこと? ならあたしなんかいきなり魔法使えるのかな? たった一週間だけで」
本当にすぐ使えたらそれはすごいチートだよね。
「あなたはあの神様に選ばれた勇者ですので」
「あ、そうだね。強くなれなければ困るよね」
あたしが神様に期待されているってことだよね。これは意外と責任重大だな。なんかすごくプレッシャーを感じてしまう。あたしなんか本当に大丈夫かな? そもそもどうしてあたしが選ばれたのかな? 信頼してもらったからなのか?
確かにずっと異世界もののアニメや小説をたくさん見ていてこんな物語に憧れていた。自分も異世界へ渡って冒険とかしてみたいって、何度も思ったことがあるよ。もしかしてあたしがそんなこと考えていたから、神様が叶えてくれたってことなのかな?
だけどいきなりすぎて、しかも無理矢理で、自分で選択する余地もないなんて……。いかんせんこれは遊びなんかじゃない。本当に命懸けで戦うことになるんだよね。悲壮な感じに打たれながらも、それは忘れてはいけない事実だ。絶対に無鉄砲な行動を取っては駄目だ。
でも、確かにこんな異世界の冒険はあたしが自分で心の奥から望んでいた。だから、たとえ無理矢理じゃなくても、多分あたしはここに来ることを選ぶかもしれない。普通ならこんな体験は滅多にできないはずだからね。
あたしがまた暗い顔をしている所為なのか、イヨヒくんはまた心配そうな顔で……いや、実は表情が薄いから考えが読みにくいけど、あくまであたしが勝手に解釈しただけだ。
とりあえず、不本意ながら、ここまで来たからには途中で止めることなんてできないよね。
だから悩んでいても仕方があるまい。自分が家に帰るためにも、イヨヒくんみたいなこの世界の人々のためにも、一生懸命頑張らなければならないよね。
「あたしは頑張るから。これからよろしくね」
「……」
返答なしか。これは質問じゃないからだよね。
「ずっとあたしのそばにいてくれるかな?」
イヨヒくんは一瞬あたしと目を合わせて、ちょっと顔が赤くなって、すぐ目を逸した。
「……はい、任務ですので」
やっぱり、質問ならちゃんと答えるよね。
「キミに心配かけちまったね」
「べ、別に、心配なんて……」
何これ、この子。ショタっ子っぽい容姿といい、ツンデレ(?)っぽい喋り方といい、しかもアニメヒロイン(?)っぽい雰囲気。これはさすが異世界の魔法使い、いける要素たっぷりだ。
コホン、つい盛り上がりすぎちゃった。とにかく今もっと会話を……。
「あの建物は何?」
「わかりません」
「この辺りにはまだ来たことないの?」
「はい。もう王宮の近くなのだから、特にようがない限り一般庶民はあまり来ません」
「なるほど」
この道の向く先に見渡したら、王宮らしい建物を目撃した。こんな距離まで近づいたら、視界いっぱいに迫ってきて、やっぱり王宮が大きいよね、と実感した。
「もうすぐだよね?」
「はい」
王様ってどんな人なのかな? 怖い人だったらどうするか? まだいろいろ不安だけど、冒険は始まったばかりだから、これも乗り越えなければならない一つの壁だよね。魔王より先にまずは国王だ。人間の王様相手でも怯むのなら魔王を倒すことなんてできないよね。
よし、頑張らなくちゃね。前向きで。やるからには気合を入れてちゃんとやり果せるよ。
いつでも元気溌剌で前向きな考えができるのもあたしの得意なことの一つでもあるんだよ。どんな出来事でも悪いことばかりではないはずだから。その中からいいことを見つけて、それで自分自身を納得させようとする。そうしたらどんなことでも乗り越えられるはずだ。




