16:べ、別にあなたを助けたのはただの任務なんだからね ◎
「「「いただきます!」」」
晩ご飯も準備完了した後、ボクたちはまた食堂に戻って、一緒にとり野菜を食べている。
ボクにとってこの世界に来てから初めての夕飯だ。なんかとても充実って感じ。
「じゃ、あたしは話の続きをするね」
食事しながらチオリはまた異世界の話を続けた。
「イヨヒくんと会ったところまで言ったね。その後は馬車で王宮に行くことになったね」
「王宮? まさかいきなり王様と会ったの? すごいわね」
チオリから王宮のことを聞いて緻渚さんは感嘆した。
「その通りだ。本当に突然だよね。でもそれより大変なのは途中で敵に遭遇したっていうこと」
「すぐ敵が現れたの!? 大丈夫なの?」
緻渚さんはちょっと心配そうな顔になった。
「あの時あたしはまだ戦い方なんて全然知っていないけど、イヨヒくんがいたから助かったよ」
「イヨヒちゃんが緻織を救ったの? 初日から大活躍ってことね」
あの時のことか。自分が話に出てそう褒められたら恥ずかしいよね。
「そうだよね。イヨヒくんがいなければあの時あたしは大変になったかも。あの時はね……」
こうやってボクとチオリの思い出話はまだ続く。次は国王と会うために馬車に乗って王宮へ向かう時の話。
・―――――・ ※
あたしが異世界に召喚されて、神殿で神官長から勇者としての役目の説明を聞き終えて、イヨヒくんと出会って、次は王様と会うために王宮へ呼ばれた。
「次はどこに連れて行くんですか?」
「王様は早くこの世界を救う勇者様と知り合いたいので、今は王宮へ向かっていただきます」
神官長の答えを聞いてあたしがやけに緊張してきた。
「えーと、王様って国で一番偉い人ですよね?」
王様や王宮とか聞いて、なんかわくわくしたけど、同時になんか不安感も湧いてきた。何というか……、これはいきなりすぎて、心の準備がまだできていないよね。王様と会うなんて大袈裟だな。
「はい。その通りです」
「もしかして、あそこで何か失礼なことでもしたらすぐ処刑されるとか?」
これは悲観的に考えれば、ヤバい話にも見えるよね。
「そんなことは……、勇者様は重要な人物ですので、その心配は必要ありません」
その言い方だと、一般庶民なら下手すれば不敬罪で簡単に命を落とすこともあるってことか。やっぱり中世欧州みたいな君主制だよね。ここって。
「王様にはどんな挨拶をすればいいんですか?」
あたしはここの文化についてまだ全然何もわかっていないよね。もしかして手を合わせて挨拶とか? いや、神社や寺院ではあるまいし。欧州風の方が正しいかな? 確かに海外の映画とかで見たこともあるけど、今すぐ真似することなんて難しいかも。
「好きにしても構いません。勇者様は異邦人だから、気にしなくてもいいです」
「いいんですか?」
こんな適当でいいのか? 確かに気にしすぎかもな。まあ、異邦人どころか、異世界人だけどね。
神殿の前で馬車が準備されている。馬一匹で引っ張る小型の馬車だ。
「これは馬車だよね? 始めて見た」
馬車は古代で一般に使われる移動手段らしい。この世界でも馬があるんだよね。姿は日本の馬とは随分と違うみたいだけど、見た目では馬だと認識できるくらい似ている。
馬車って映画やアニメとかで見たことがあるけど、本当に自分が乗れるとはな。なんか新鮮な感じ。
前の席は馭者が座っている馭者台。後ろの席にはあたしとイヨヒくん2人が乗る。
「あの……、これ2人で乗るの? 神官たちは?」
あたしはイヨヒくんに訊いてみた。
「神官長と他のお方は先に馬車に乗って王宮に向かっています」
二人きりで馬車に乗るってことか。まあ、一応前の席には馭者である男も座っているけどね。
神殿から出て、目の前の街並はやっぱり、よくあるファンタジーの世界みたいだ。所謂『ナーロッパ』もどきだね。石畳の道路と、橙色っぽい屋根の建物
「あっちは何?」
「市場です」
「大きくて綺麗だね」
「……」
「イヨヒくん、王宮に行ったことがある?」
「え? あ、ありませんよ」
あたしのこの質問を聞いて、イヨヒくんが少し動揺した。
「イヨヒくんはこの町に住んでるの?」
「はい」
「素敵な町だね」
「……」
「イヨヒくんはこの町出身?」
「……いいえ」
道すがらいろいろ面白いものを見てイヨヒくんに訊いてみたけど、彼はただそのまま答えただけで、それ以外はあまり喋っていない。なんかクールな少年キャラ……っていうより、寂しそうな感じ。本当に仲良くなれるのかな?
「危ないです!」
「は?」
右の方から光っている矢みたいなものがこっちに向いて飛んできている。
『……བ་རི་འ།……』
イヨヒくんが何かの呪文みたいな台詞を呟いたら、周りが障壁みたいな透明な結界が形成されて、光っている矢は止められた。助かったよ。これが当たったら命を落とすかも。
「何これ?」
「魔法矢……狙撃です」
「狙撃、なぜ?」
「あっちだ。……馬車止めて!」
イヨヒくんは馬車からピョコンと跳び出して、さっき矢が出た方向に向かう。矢はある3階建物の窓から出たみたい。イヨヒくんはあの窓から突入した。3階なのに? 普通の人間ならあり得ない高さだよね。さすがここは異世界、もしかして魔法で身体能力を上げたとか? ファンタジーって感じだね。
そしてその建物の中に何かが光って、その直後男の悲鳴が聞こえた。何か起こったのか? 見えないからよくわからないけど、大体のことは推測できる。どうやらイヨヒくんは狙撃の犯人を処罰しているようだ。その後、彼はすぐ窓から跳び出て、馬車の隣の地面に着陸した。
「この中には悪い人がいます。捉えてください」
イヨヒくんはその辺りにいる護衛兵(っぽい人)たちを呼んで犯人を捕まえさせた。
「勇者様、無事ですか?」
「大丈夫。助けてくれてありがとう」
「当然です。もし勇者様に何かあったら……」
やっぱり、こんなにあたしのことを心配しているよね。
「ボクは処刑されますので」
「は? 何これ、怖い!」
「勇者様の安全を守るのもボクの役目です」
これは、『任務だから仕方なく、別にあなたのことなんか心配しているわけではないんだからね』っていうアピールだね。
「あの、まさかあたしはいきなり命を狙われているの?」
「恐らく」
やっぱり、勇者って危ない仕事だ。
「さっきは魔物なの?」
勇者の敵だというと魔王や魔物たちだよね。
「人間です」
「え? じゃ、なんでだよ? 泥棒とか?」
「いいえ。よくわかりませんが、魔物に魂を売った人もいます」
「なんか怖い話だね」
魂を売ったってどうやって? 気になるけど難しそうな話だから、まだ訊かない方がいいかも。
「いつものことですよ」
「ここってこんなに危ないの? 今イヨヒくんがいなければ大変だね」
「魔王を倒す前に、死なれたら困ります」
これってつまり、あたし自身のことを思っているってわけじゃなくて勘違いしないでって言おうとしているみたい。
「あなたには人類を救うという重大な役目があります。気をつけてください。もうあなた一人の身体ではないので」
気を遣って言っているっぽいけど、こんな言い方だとちょっと……。まるであたしの中に誰かがいるみたいじゃないか。
とりあえず、こうやって狙撃の件は解決して、あたしたちの馬車は再び走り出して、王宮の方へ向かっていく。




