14:一緒の部屋でも大丈夫……ではなさそう
「でももう一つの問題だ。イヨヒちゃんをどこに寝かせるつもり?」
ボクがここに暮らすことが決定された後、緻渚さんがもう一つの問題について指摘した。
「それはあたしも考えておいたよ。この家には空き部屋があるんだよね。その部屋なら……」
「それはいいけど、実はあの部屋は長い間放置しておいたから、今はいろいろ不具合があって、すぐには使えないはずだよ」
「え? そうなの? 知らなかった。それは困るね」
「まあ、ちゃんと修理して片付ければ寝室になれるはずよ。でも数日かかるだろう」
「そうか……」
チオリはなんかがっかりしたようだ。そこまでボクのこと心配してくれているよね。
「まあ、でも大丈夫よ。今のところ緻織と同じ部屋に寝かせてもいい」
「「へぇ!?」」
緻渚さんのその提案を聞いて、ボクもチオリも反応した。
「2人ともそこまで驚くとはね。女の子同士なのに問題ないはずよ」
女の子同士って、確かに今はそうだけど……。
「そ、それはそうだよね。うん、そ……、それでいいよ。イヨヒくん、あたしと……一緒に……」
「え!?」
チオリはなんか躊躇いながらも承諾した。でも声は震えているようだ。やっぱり動揺している。無理はないかもね。今までボクが男だと思っていたのだから、いきなり一緒に寝るのは……。そしてボクもいきなりチオリと寝ることになったら……うん、ヤバいかも。
「本当にチオリはそれでいいの?」
「うん、もちろん。イヨヒくん、気にしないで」
「いや、そんな……。ボクが気になるよ」
「なんで? あたしと寝るのが嫌なの?」
「そんなことあるわけない」
むしろ好きだよ。一緒にいたい。でも今は……。
「チオリこそ、ボクなんかと一緒では嫌ではないの?」
「は? な、なんであたしがイヨヒくんのこと嫌だと思うの?」
「でも今チオリはなんかふらふらしている」
「え? そ、そんなこと……ない……よ?」
なくはないよ。今だって……。
「チオリ、正直に言って……」
「えーと、その……。はー、ごめんね、実は少し動揺してた……かも」
「やっぱり……」
「べ、別にイヨヒのことが嫌ってわけじゃないよ。全然そんなことない。ただね……その……」
チオリはなんかボクを傷つけないように必死に言葉を選ぼうとしているようだけど。
「チオリは、まだボクが男だと認識しているよね?」
「え? えーと、それは……、うん、まあ、そうだね。その通りかもね。本当にごめん。今までずっと男だと思っていたから、つい意識してしまった」
チオリはそんなことで気を病んでいるようだけど、ボクはむしろそれを聞いて安心した。
「本当? なんか嬉しい」
「は? なんでそうなる?」
ボクの今の反応にチオリは愕然とした。
「チオリはいつもボクが男らしくないとか、女の子っぽいとか言っていたから、てっきりボクが男だと認めていないかと思っていた」
「そんなことないよ。多分女の子っぽいとは思っていたけど、別にイヨヒくんのことを女の子だと認識していたわけじゃない。なんというか……その、話は別だよ」
「なるほど」
どうやら今までチオリはボクのことを本当に『女の子』だと認識していたわけでなく、ただ『女の子っぽい男』だと思っていただけ。それってつまり、少なくともボクのことをちゃんと一人の男として認識していた。
確かに今までチオリはいつもボクと仲良く話そうとしていたけど、まだ距離を取っていた。チオリが勇者パーティーの女仲間を抱きついたところを何度も見たことがあるけど、ボクを抱いたことは一度もなかった。もちろん他の男仲間もだ。
それだけでなく、チオリの男と女に対する扱いの差から見れば、やっぱりボクに対する扱いは男の方に近いようだ。
そして今ボクが女の子になっても、チオリはまだそう認識し続けているようだ。そうだとわかれば嬉しい。
「チオリ、ありがとう」
「え? なんで今感謝? わけわからないよ」
いきなり感謝されてチオリ困惑しているようだ。
「ボクが男だと認識してくれるなんて、なんか嬉しいから」
「は? イヨヒくんはそれでいいの? 本当は女の子なのに」
「やっぱり心はまだ男だ」
多分ね。少なくとも今は。
「そう? 確かに話している感じは前とはあまり変わらないよね」
「うん、ボクはまだそのままだよ」
「そうだね。だからこんな姿になってもやっぱりイヨヒくんに対する認識はそのままのようだ」
「よかった」
やっぱりそうだったね。
「でも、女の子の服を着たり可愛い髪型をしたりしてあんなに嬉しそうなのに?」
「あれは……別の話だよ!」
確かにその部分は変化した。可愛いと褒められた時の抵抗感も大分なくなった。
これからどうなるか正直ボクもまだよくわからない。多分体は精神にも影響を与えるだろう。綺麗な服を着て嬉しいことも、涙が脆くなったことも。やっぱりボクの思想がどんどん変わっていくような気もする。このままどうなるか心配してしまう。
でもやっぱりチオリに対する気持ちはまだ変わっていない……はず、多分。ううん、絶対にそうだよ。だからチオリの態度も変わって欲しくない。
「とにかく、要するにチオリはボクのことを今までの認識でいい。変わらないで欲しい」
「そうなの? 本当にいいの?」
「うん、もちろんそうだよ。たとえボクの体が女の子になったとしても。たとえ女の子の格好や髪型をしても」
そしてたとえどうなったとしても、ボクはチオリのことが……。
「まあ、イヨヒくんがそれでいいと思っているのなら、あたしもそれでいいかな」
「それはよかった。助かった」
この扱いでいい。もしチオリが完全にボクがただ普通の女の子だとしてましったら、ボクは案外傷ついてしまうかも。
「で、でもそれなら部屋のことはどうしたらいいの?」
「ボクは別にどこでも寝られるよ。ベッドが必要ない。居間とかでもいい」
「そんなこと、できるわけがない。じゃ、あたしの部屋を使って。あたしの方がソファで寝る」
「いや、そんなの無理だよ」
女の子の部屋を奪うなんてプライド許さないよ。
「あの……」
ボクたちが悩んで考え込んでいる間に、緻羽ちゃんが声をかけてきた。
「母さん……、姉ちゃん……、イヨヒお姉ちゃん……」
「緻羽、どうしたの?」
「あのね、チハネはイヨヒお姉ちゃんと一緒に寝たいの」
「「は!?」」
先ほどからあまり何も喋っていなかった緻羽ちゃんはいきなりこんなことを言ったのは意外だった。
「イヨヒお姉ちゃん、チハネと一緒に寝てもいい?」
そう言ってボクの腕を抱きついた。
「えーと……」
この子はまた見当違いの行動をしている。別に緻羽ちゃんのことが嫌だと思っているわけではないけど、何を考えているかわからないところはちょっと不安させるというのも事実だ。
「それはいいかもね。緻羽もイヨヒちゃんのこと随分と気に入ってるみたいだし」
「で、でも緻羽ちゃんも女の子だよ。ボクは……」
「え? イヨヒお姉ちゃんは女の子、違うの?」
「そ、それはね……」
確かにチオリと違って、緻羽ちゃん最初からボクが男だと認識していない。だから気になるわけがないよね。いや、でもそもそも子供だから最初からあまり気にしなくてもいいかも。
「わかったよ。それでいいかも」
もっといい考えがないから多分これは最善策だ。
「そうか。ならよかったね。じゃ、緻羽、イヨヒくんのことよろしくね」
チオリも賛成したようだ。
「はーい!」
緻羽ちゃんはすごく嬉しそうな声で答えた。こんなにボクのことが気に入っているの?
どうやら、これで決定してしまったみたいだ。確かにもっといい考えがないかも。それに緻羽ちゃんのことはボクもいろいろ気になっているし。何というか……。よくわからないけど、なんかいろいろ引っかかっている。二人きりで話す機会があったらいいと思う。
短い間かもしれないけど、こうやって今夜から数日の間ボクは緻羽ちゃんと一緒に寝ることになった。




