11:今この場で泣いているのは……
「ところで、あっちで緻織と一緒に冒険したり戦ったりしてきた仲間たちはどんな人なの?」
ボクの髪型の話が終わった後、また異世界の話題に戻った。
「いろんなタイプの人がいるよね。男女は同じくらいで、年齢は16歳のあたしとイヨヒくん以外みんな18+」
「緻織と同じ他の世界から召喚された人がいる?」
「いないらしい。勇者は一人しか召喚できないと聞いたよ。あたし以外みんな全員あっちの世界の人間のようだ」
その通りだ。ボクも、他の仲間たちも、みんな最初からあっちの世界の人間だ。
「なんで緻織が勇者に抜擢されたの? あっちでどうやって召喚される人材を決めたの?」
「この問題もあたしは神官長に訊いてみたけど、『転移担当神様が選んだから』って。それ以外答えられないらしい」
「あの神様の独断か?」
「さあ、実は神様についてまだ謎が多いそうだ」
チオリの言った通りだ。ボクもあっちの人間なのに、チオリより詳しく知っているわけではない。神官たちならもっと詳しく知っているはずだけど、全部教えたわけではない。
「なんか怪しい話ね。あの神官長って人は本当に神様と通話することができるのか?」
「そのようだ。神官長ならあの神様と連絡することができるみたいだ。だけど些細な質問を答えるためにいちいち神様を邪魔するのはよくない、って」
「つまり何もわからないってこと?」
「まあ、そんなところだよね。なんでわざわざ異世界から人を召喚したりするのか? どうしてあたしなのか? なんであの日あの神様が電話であたしに連絡してきたのか? いろんな疑問は、最後までまだ残っているよ」
チオリはそう言いながら呆れたような顔で溜息をした。
「神様の決めたことだから理由はどうであれ納得するしかない、ってことか? 小説とかでよくある神様之御都合主義みたいなものかしらね」
「まあ、そうかもね」
緻渚さんはよく物事を小説と比喩するね。さすが小説家。ボクはあまり小説とか読んでいないからよくわからないけど、多分小説をよく読んでいる人なら意味わかると思う。
でもね、チオリが勇者に選ばれた理由はボクには大体見当がつくと思う。だってこんなに優しくて正義感の強い人だから。これだけでも十分な理由だと思う。
悪い人だったらいきなり無理矢理に召喚されたら、必ずしも本気で人たちのために戦ってくれるわけではない。むしろ逆にその力を濫用したり、自己満足のために悪用したりして、いけないことをやらかしたら、却って大変なことになる。
だからチオリが勇者に選ばれたことは間違いなく大正解だと、これはボク自身の偏見が混じっている所為なのかもしれないけど、本気でそう思っている。
「でも、昔にも他の勇者がいたそうだ。数十年おきに魔王が復活するので、そんな時に『異世界から勇者を召喚する』のは慣例みたいなものになっている、と」
「せっかく苦労して倒したのに、結局魔王はまた復活するの? なんか酷い話ね」
ここまで聞いて、緻渚さんは眉間に皺を寄せた。
「ここでいう『魔王の復活』ってのは、倒された元魔王が蘇るということではなく、新しい魔王が誕生するってこと。それを阻止する方法もいろいろ見立てられたんだけど、結局やっぱり失敗しちゃって、今回もいきなり魔王が現れた」
「つまり、召喚された勇者は緻織以外にも、昔いろいろいたってことね?」
「うん、そうだと聞いたよ。みんなも同じように、魔王や魔物たちと戦って、魔王を倒したら元の世界に戻れたそうだ」
前代の勇者たちについて記録に残っている。ボクも以前読んだことがある。みんなは黒髪の若者だ。チオリみたいにね。
「みんな元の世界に戻ったの?」
「実はあそこに残って暮らしていくことを選んだ勇者もいるそうだ」
「あそこに残りたいなら戻ってこなくてもいいってこと?」
「そうみたい」
「そうなのか。でも結局緻織は帰ることを選んだのね」
「うん、もちろん、あの世界も好きだよ。会った人々もいい人だし。たくさん友達ができたし。魔法も使えていろいろ経験できたし。でもね……」
チオリは一瞬言葉が止まった。
「……やっぱり、あたしの家族はここにいるから。だから絶対帰る……と、最初からそう決めたんだ」
「緻織! ……私も、緻織がいきなりいなくなって悲しかったよ。帰ってきてよかった」
「母さん……、心配かけて本当にごめん」
この流れでまた、母娘の抱き合うシーンになった。ボクはこの場面を見つめている。
「イヨヒちゃん……?」
緻渚さんはボクを見て、心配そうな声をかけてきた。今ボクに何が?
あれ? 緻渚さんだけでなく、今チオリも緻羽ちゃんも、みんなの視線はボクに集まっている。なんでかな?
え? ボクの目に涙が……いつの間にか? 恐らくこの話の流れでボクがつい自分の家族のことを思い出したら、無意識に涙が出てしまったみたい。
「泣いてるの?」
「ごめん、つい家族のことを思い出してしまって」
「あたしこそごめん、いきなりそんなことを……」
「ううん、ボクが弱すぎたから。別に言って欲しくないとかではない」
過去に起きた悲劇というものは、思い出すたびに傷つけたりしてしまう。自分だけでなく、周りの人にも余計な気遣いをさせてしまうこともある。
「イヨヒちゃんの家族って……王族だよね?」
「はい、さっきの話の通り、8年前に政変が勃発して、わたくし以外家族みんなもう亡くなっています」
「……っ!」
だからあっさりと家族の元に戻ることを選べたチオリを見て、眩しすぎると感じてしまった。ボクはそんな選択すらないのだから。
「イヨヒちゃん!」
気がついたらボクは緻渚さんに抱擁されている。
「辛かったのね。大切な人を失うってことは。私も小さい頃から交通事故で両親を失ったの。あの時の私もそのことを考えるたびにすぐ泣いちゃうから」
緻渚さんも、ボクと同じ、子供の頃から両親を失ったの?
「だから今イヨヒちゃんのこの気持ちは理解できるつもりよ」
「緻渚さん……」
ボクを抱き締めている緻渚さんの柔らかな体から、暖かくて優しさを感じる。そして……懐かしい感じも……。
懐かしい? なんでかな? 出会ったのは今始めてなのに。でもこの感覚はなんか初めてではない気もする。
多分、わたくしの母上に抱かれた時の面影と重なっているからかも。違う人なのに。性格も外見も全然違うけど、優しくて娘のことを心配するっていうところは同じみたい。
その瞬間、なぜか何かの声と感覚がボクの頭の中に響いてきた。
誰の声? 何の感覚? どこからきた? わからない。だけど、一瞬ボクの意識はあの声と感覚に支配された。
・―――――・ ※
『〜⋯サチちゃん、どうしたの? なんかやけに元気そうだ』
『〜⋯’それはね……』
話している2人の声が響いてきた。多分、どっちも女性だ。
『〜⋯って、いきなり抱きついてきたし!』
『〜⋯’私はね、好きな人ができたよ!』
『〜⋯……っ!』
その瞬間なんか心がチクチクするような感じがした。こんな内容はそもそも喜ぶことであるはずなのになぜかな?
『〜⋯’シオリ、どうしたの?』
『〜⋯ううん、何でもない。おめでとう。で、その好きな人って誰なの?』
『〜⋯’イナネさんっていう人なの。東大の大学生』
『〜⋯そうか。年上の人か。東大か。頭いいよね。あたしなんかと住む世界は違うかもね』
今いきなり劣等感が湧いてきた。
『〜⋯’大袈裟ね。あの人は普通の人間だよ。異世界人じゃあるまいし。同じ日本人よ。まあ、東京じゃなく、石川県出身だけど』
『〜⋯石川か、遠くから来た人ね』
『〜⋯’でもかっこよくて頭もよくてすごい人ってのは本当ね』
『〜⋯ところで、あの人って男なの?』
『〜⋯’何この質問? それは当たり前でしょう』
『〜⋯そう……だよね』
『〜⋯’もし私が女同士好きだとしたら、今とっくにシオリと結婚しているかもしれないよね』
また胸が何かに刺されたような感じがした。なぜ?
『〜⋯は?』
『〜⋯’なんちゃってね。冗談よ。私たちまだ高校生だし』
『〜⋯サチちゃん、そんな冗談は……』
『〜⋯’シオリ……?』
『〜⋯あたし、用事があるから。じゃあね。サチちゃん』
胸の中で……、悔しくて……、悲しくて……、寂しくて……、狂おしくて……、愛おしくて……。嘆きそうな……。
そんな心情はどんどん頭の中に注ぎ込んできた。この現象は何なのか? ボク、どうなっているのかな……。
今ここで、悲しくて泣いているのはボク一人だけ、そのはずなのに。だけど……。




