10:ボク、ツインテールになります!
「神官長さんっていい人みたいね」
この話を聞いたら緻渚さんも神官長のことがいい人だとわかったみたい。
確かに神官長はあの神様の名前を覚えていないみたいだけど。あれは長いから仕方ないよね。別に神様の名前を間違ったらクビになるとか、そんなことはないよね? よくわからないけど。
「実際にあのグルノ(後略)という神様はあまりあたしに何も言っていなかったね。でも、この神官長は全然違って、結局彼から冒険の内容を詳しく聞かせてもらった。詳しくはかなり長いから今は割愛する」
「なるほど。でもやっぱり神様といい異世界といい、あまりにも常識外れの話だけど、嘘や冗談のようにも見えないわね」
「まあ、信じがたいってのはわかっているけどな」
ボクやあっちの世界の人間たちなら多分普通に受け入れるはずだが、この世界の人間にとってこんなのは非常識みたいだ。
「信じるよ。だって緻織はそのような作り話ができるとは思わないし」
「母さん、これは褒め言葉かな?」
「緻織は嘘吐けない、いい子だと言ってるのよ」
ボクもチオリが嘘を吐いたところなんて確かに見たことがない気がする。
「確かにそうだよね。あたしは母さんみたいな小説家ではあるまいし。このようなよくできた作り話なんて思いつくはずがないもんね」
「あら、小説家は嘘吐きだとでも言いたいのね?」
小説家か? そういえばチオリは、『お母さんが小説家』って言ったことがあるね。なるほど。
「いや、そこまでは……。ただなんか作り話が上手くできそうな人だから、口に出したことも作り話である可能性が高いと言ってるだけ」
「まあ、実際に小説家は人にそう思われることもあるから、否定はしないわ」
そのように考えるのは、小説家の方々に対して失礼なのではないかな……。
「でもなんで緻織みたいな女の子が召喚されたの? 勇者として魔王と戦うのなら男の方がいいはずだよね?」
「理由はあたしもよくわからないけど、あっちでは魔法も使えるから魔力のことから考えれば、男女の差はあまり関係ないかも」
「なるほど」
その通りのようだ。記録によると、今まで歴代の勇者は男も女もいるようだ。
「まあ、でも緻織なら問題ないでしょう。元々緻織の性格も男っぽいよね。喧嘩が強いし、自分で服を買わないし、お洒落もしたことないし、部屋の掃除もガサツだし、それに……」
「母さん、イヨヒくんもいるのにそんなことを言うなんて!」
自分のだらしなさをバラそうとしている緻渚さんをチオリは慌てて止めようとしたけど、ボクは全部聞いたよ。
でも別にあんなに意外ではないかも。一緒に旅をしていた時からチオリのだらしないところはボクも見たことがあるから。隠そうとしても無駄というか。
「人に言われて恥ずかしいことだったら、最初からちゃんとやればいいのに」
「服とかお洒落とか面倒だし、そんなに気になる必要ないと思うし。掃除も一応頑張ってたけど……」
確かにあっちでもチオリはずっと勇者服を着ていたね。お洒落も全然しなかった。アクセサリーは使ったけど、あれは戦闘に適応するための防御力や特殊効果を重視して選んだものだ。
「まったく、女の子なのにもっとしっかりして欲しい」
「そんな言い方だと、もしあたしが男だったらそこまで厳しくはないってこと?」
「まあ、そうかもね」
「そう言うとなんか男女不平等だ! まったく、もしあたしもイヨヒくんみたいに男になれたらいいかもね」
「いや、ボクは男になりたくてなったわけではないし」
8年前のあの時、わたくしは別に男になりたいとかこれっぽっちも思ったことがなかった。全てはあの事変の成り行きで突然起きたことだ。
「あ、そうだよね。ごめん。今のは失言だ。あたしはつい八つ当たりしてしまった。いろいろ大変だったよね?」
まさかチオリも実は男になりたいとか考えているからそんなこと言ったのか?
「いや、いいよ。悪いこともあればいいこともある。それにこうやって元に戻ったし」
とはいっても、別に元に戻りたかったってわけでもない。とっくに男として生きていくという覚悟ができたから。心まで変えた。それなのに勝手に元に戻るなんて……。
「そうよね。イヨヒちゃんみたいな可愛い女の子を男にするなんてもったいないわよ」
「か、可愛いって……」
可愛いと言われてまだ変な感じだけど、男だった時とは違って、今あまり抵抗感がない。むしろ心の中喜んでいるようだ。
「しかもこんな綺麗な白銀色のツインテール、すごく素敵よ。超可愛い」
「もう、緻渚さん……。あれ? ツインテールって?」
「ちょうど完成よ。やっぱり似合ってるわ」
「へぇ!?」
いつの間にかボクの髪の毛は右左に分けられて、それぞれ結われている。
「ほら、鏡よ」
緻渚さんから渡された手鏡で、ボクは今の自分の姿を見て絶句した。
「すごい……」
この髪型……。これはツインテール? ボクが? 何これ、可愛い! 自分でも見惚れてしまう。
「気に入ってる?」
「はい、ありがとうございます!」
なぜかボクは今の自分を意外と簡単に受け入れられた。むしろ可愛い自分を見たいし、見て快感を得た。
「緻織はどう? 感想は?」
「え? えーと、まあ……悪くないかな……」
チオリはじっとボクを見て照れながら答えた。言葉より顔の方が反応している。
「よし、今日からイヨヒちゃんはツインテール少女ね」
「へぇ!?」
ボクは本当にこれでいいのかな?
「イヨヒちゃん、嫌なの?」
「そ、それは……別に嫌ではない……かも」
不思議なことに、今自分はこれでいいと思っているようだ。こんな自分を気に入ってしまった。
「じゃ、それでいいんじゃないか? ね?」
「……」
それはどうかな? ボク自身なら意外と納得できる。でもボクがもっと気になっているのは……。
「チオリ、こんなボク……嫌かな?」
一応チオリに訊いてみたい。なぜかさっきからチオリはあまり気乗りしないように見える。やっぱりチオリの目には変に見える?
「べ、別に嫌なんかじゃないよ。こんなイヨヒくんは……。正直……、すごく似合うよ……」
チオリは照れてもじもじしながらも『似合う』と褒めてくれた。
「本当に?」
「なんであたしに訊く必要があるの?」
「それは……、チオリこそさっきボクが着替えた後なんで無視したの? やっぱり変だよね?」
もしこうやってチオリに変に見られたらやっぱり嫌だ。
「さっきはごめん。でも違うよ。あの時は……」
なぜかチオリの顔が赤くなってきた。
「その……、何というか……、えーと……」
何か言いにくい理由があるようで、チオリは言うのを躊躇している。あまり言いたくないのかな? 無理して訊いてしまった。
「イ……、イヨヒくんが可愛すぎるからだよ!」
「え!?」
やっとチオリは言い出した。そういうことか? あまりにも的外れな答えだから、どう反応すればいいのか……。
「そうだよ。女の格好をしたイヨヒくんはすごく似合って魅力的だよ。最初はどう表現すればいいかわからなくて、つい無視してしまった」
「そ、そんなこと……」
「今のツインテールだってやっぱりすごく似合ってるよ」
「……っ!」
複雑な心境だ。なぜかそう褒められて、ボクは恥かしいと同時に、つい喜んでしまった。それでいいの? 本当に褒め言葉として受け入れていいのか? もうわからなくなってきた。
ボクとしては今までチオリに男らしいところを見せるために頑張っていたのに、彼女からの感想はいつも『可愛い』ばっかりだ。つまり最初からチオリはボクの『可愛いところ』が気に入った。ならそれでいいのでは? できるだけ可愛くなって彼女の心を掴んで……。
「本当にこんなボクでいいの?」
「いいに決まってる。すごくいいよ。こんな可愛い姿を見せられると反対する余地なんて毛頭ない」
「……っ!」
どうやら今のボクの髪型はチオリも本当に気に入ってくれているようだ。
「わ、わかったから、もういいって!」
褒められすぎると恥ずかしくて卒倒してしまいそうだからもう止めて欲しい。
「と、とにかく……あたしはどんなイヨヒくんでもいいと思っている。好きにしていい。だから大切なのはイヨヒくん自身の気持ちだよ」
「ボク自身の気持ち?」
「結局イヨヒくんは、女の格好をするのが好きなの? こんな可愛い髪型が好きなの?」
「ボクは……」
確かに8歳までわたくしがまだ幼女だった頃は、自分の可愛い姿を周りの人に見せることが好きで、褒められると気に入って喜んでいた。
その後、男になってからは逆に、可愛い女の子を見ることが好きになってきた。チオリを見た時もすぐ惚れてしまった。近づくとドキドキする。
そして今はなんかまるでその人格が混ざっているような感じかもね。チオリみたいな可愛い女の子を見ることはもちろん好きだけど、自分の可愛い姿を見ることも確かに好き……だと思う。なんか自分自身の姿を見てドキドキしてしまった。褒められるのも嬉しい。
だから結論は……。
「……やっぱり、ボクは今の女の子っぽい格好と今の髪型がいい」
「そうか。じゃ、それでいい。あたしもこんな可愛いイヨヒくんを見ることが……す、好きだよ!」
まだ恥ずかしいけど、好きだと言ってくれて嬉しい。チオリもちゃんとこんなボクを受け入れてくれたから、それでいいよね? こんなことになって素直に喜ぶべきかどうかまだ微妙だけど。
とりあえず、そういうわけで今からボクはツインテールになるのだ!




