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1:この戦いが終わったら……

 「ね、イヨヒくん、一緒に付いてきて、あたしの家……日本へ」


 目の前に凛々(りり)しく立っている美少女は、優しく笑いながら真剣な顔でボクに向かってそう告げた。


 「本当にボクでいいの?」


 ボクはまだ答えずに彼女に訊き返した。


 「もちろんだよ。一緒に行こうよ」


 今ボクと彼女2人きりで、キラキラ(かがや)く星空の下の草原に立ち()まってお互いの顔を見つめている。なんという絶好な雰囲気(ふんいき)だ。周りの景色も綺麗だけど、ボクの目には彼女の方が美しい。


 「チオリ……」


 彼女の名前はチオリ(・・・)、魔王と戦うために異世界から召喚されてここに来た勇者様(・・・)だ。年齢は16歳。


 そしてボクの名前はイヨヒ(・・・)、勇者パーティーの一員として彼女と一緒に冒険に出てずっと彼女のそばで戦っていた魔道士(・・・)だ。年齢は彼女と同じく16歳。


 3ヶ月の時間が経って、今やっとその魔王はもう彼女の活躍(かつやく)によってぶっ倒された。だから明日彼女が元の世界……日本に戻るということになった。


 チオリが日本から一人でここへやってきたから、本来なら彼女一人で日本へ帰るはずだけど、報酬(ほうしゅう)として何でも一つ持ち帰ることができるらしい。


 そして彼女が選むのは、ボクを連れていくことだ。


 彼女は『この戦いが終わったら一緒に日本で暮らして』って、何度もボクを誘ったことがある。今回もそうだ。実は誘われてとても嬉しかったけど、今までボクがずっと躊躇(ためら)っていた。でも今日はもう最後だ。ちゃんと答えなければならない。


 「あたしに何度も言わせないでよ。あたしはイヨヒくんと一緒にいたい。家族になりたい(・・・・・・・)よ」

 「家族か……」


 家族ってなんかいい響きだ。そんな言葉はボクの心を(おど)らせている。なぜなら正直言うと、ボクは……チオリのことが好き(・・)だ。恋している(・・・・・)……と思う。


 整った顔で背も高くてかっこよくて、本当にどこ見ても魅力的だ。サラサラ首の少し下くらいまで長い黒髪(くろかみ)は、今吹き抜けてきた微風(そよかぜ)(なび)いて、華麗(かれい)に見えて素敵だ。


 でも外見だけでなく、彼女の強さも本物だ。彼女は魔法も剣も使い(こな)せて、魔王と戦って勝てたくらい、最強の美少女勇者だ。


 それに比べて、ボクはただの普通の、子供っぽくて小柄な少年だ。身長はチオリより低い。女の子みたいな顔だと言われることも多い。可愛いと褒められたことも多いけど、やっぱり男としてこんな褒め言葉はなんか微妙だ。


 ボクのこの白銀(はくぎん)色の髪の毛はチオリが綺麗だと言って気に()ってくれたけど、ボクは彼女の黒髪の方が素敵だと思っている。


 魔法や戦いの才能も持っているけど、チオリには敵わない。何もかも彼女より劣っている。


 それでもチオリはいつもボクに優しくしてくれて、家族になりたいと言って、家へ誘ってくれた。本当に素敵でいい人だ。そしてボクはそんな彼女が好き。


 好きだ。大好きだよ。いつも強くて優しいこの勇者様が。いつもボクに元気をつけてくれた勇者様が。故郷から離れて辛いはずなのによく明るい顔をして笑っている勇者様が。ずっと踏ん張って勇敢に戦ってきた勇者様が。


 確かに面倒なところとか、天然(てんねん)なところとか、空気が読めないところとか、何を言っているかよくわからないところとか、……いろいろ気になる分も多いけれど、それはそれでよくてあまり気にしない。全て含めて彼女の魅力だよ。


 だけど……。


 「そうだよ。あたしにとってイヨヒくん、キミは()みたいなものだ」

 「……」


 そうだ。彼女はただボクのことを弟みたいに可愛がっている。


 「やっぱり、まだボクのことを子供扱い……」


 本当に同い年(・・・)なのに。確かに彼女の方は背が高くて、誕生日も先だけど、実は同じ16歳だ。


 「いや、そのつもりじゃない。イヨヒくんはあたしにとって友達だよ。大切な友達だ。でもそれだけじゃ足りない。だから友達以上(・・・・)……。あたしの()になって欲しい」

 「……」


 ボクも友達以上になりたいと思っているけど、そんな意味ではないのに。


 「やっぱり、あっちの世界に行ったら魔法が使えなくなるから不安だよね?」

 「まあ、それもそうだよね」


 こっちの世界では魔法が使えていろいろ便利だ。チオリもここに来て魔法が使えて大喜びしていた。でもあっちでは魔法が全然使えないらしい。チオリもあっちへ帰ったらもう二度と魔法を使うことができなくなるだろう。そしてボクも恐らく同じだ。


 彼女が元々あっちの世界の人間だから魔法が使えなくても困ることがないだろうけど、ボクは子供の頃からずっとこの世界で、魔法に囲まれた環境で育ってきた。ずっと必死に魔法を学んで鍛錬してきて、今は勇者パーティーに参加できるくらい立派な魔道士になれた。だからいきなり魔法が使えなくなるのはボクにとって結構ダメージが高い。それでも……。


 「でもあっちは平和で戦う必要がないから、やっぱり魔法が使えなくても大丈夫だよね?」

 「うん、そうだよ。心配しないで」


 そうだ。たとえ魔法が使えなくても大丈夫だ。チオリはそう言った。ボクもそう思うようになってきた。魔法はいろいろ使い道があるけど、戦いに使うことが多い。でも日本は平和な国で、戦うことなんてないはずだろう。


 「それにね、イヨヒくんの長所はただの魔法のことだけじゃないよ。キミは頭がいいし、物知りで、しかも頑張(がんば)()さんだ」

 「ありがとう。チオリ」

 「魔法がなくて最初は慣れないかもしれないけど、イヨヒくんが新しい環境に慣れるまであたしは全力でサポートする」

 「……わかったよ。ボクもチオリと一緒にいたい」

 「本当? よかった」


 彼女があっちへ帰ったらもうここには戻ってくることはだきない。もしボクが彼女と一緒に行かなければ、これからもう会うことができなくて、永遠のお別れになるだろう。そうなったらきっとボクは後悔してしまう。


 どんな立場でもいいから、ボクが彼女のそばにいられるのならそれだけで十分(じゅうぶん)だ。


 それに、時間が経てば彼女の気持ちも変わるかもしれない。ずっといつまでも弟でいるのはやっぱり不本意だよね。一緒にいる限りまだ希望がある。


 「それに、やっぱりここはもう嫌だ。日本で暮らしたい」

 「あたしとしては、ここも相当素敵な場所だと思うけどね。魔法が使えて冒険もできてとても楽しい」

 「でも危険いっぱいでいつ命を落とすかわからない残酷な世界だ」

 「そうだよね。だからあたしはこれでもう十分かな。両親と妹も待っているから、やっぱりどうしても日本に帰りたいね。そしてイヨヒくんもここが嫌いだからあたしと一緒に行きたいよね?」

 「うん」


 もちろん『チオリと一緒にいたい』というのは一番大事な理由だけど、それだけではなく、実は彼女の故郷……日本のことにもボクはすごく興味を持っている。


 ボクは日本についていろいろチオリから聞いていたよ。平和で魔王や魔物とも戦う必要もない世界……。彼女がいつも楽しそうに語っていたのだからきっとすごく素敵な場所だろうね。あんな平和で幸せに暮らせる国なんて本当に存在していると知ったら、ボクもあそこへ行ってみたいと思ってしまう。だから……。


 ううん、確かにその(あこが)れも理由の一つだけど、多分たとえもっと残酷な世界であっても、ボクがまだあそこへ行きたいと思う。


 でも、本当はどんな場所なのか、そんなのどうでもいいのだ。ボクがチオリとずっと一緒にいたい。それだけなのだから。彼女と一緒ならばどんな場所でもいい。


 それに、ボクにとってこの世界においてチオリより大切な人はもういないから。たとえここはボクの生まれ育ってきた世界といえども、未練なんてもうとっくになくなったよ。ボクに辛い思い出ばっかり与えてきた世界なんてもう要らない。


 だからボクは大好きな彼女に付いていくと決めた。


 「じゃ、決まりだね」

 「うん、ボクもチオリと一緒に日本に行く」

 「これでよし、そうと決まれば……」

 「よろしくね。チオリ」

 「こちらもね。イヨヒくん……」


 喜んで笑顔で言ったチオリを見て、ボクがドキッとした。やっぱりその笑顔は絶対失いたくない。これからもずっと、そばにいたい。


 こうやってボクはチオリと一緒に世界を渡って、日本で暮らして高校に通いながら青春を謳歌(おうか)していくことになった。


 勇者の冒険はすでに区切(くぎ)りがついたけど、これは終わりなんかではない。むしろ新しい何かの始まり(・・・・・・・・・)だと言ってもいい。


 これから一緒に、ボクたちの物語を(つむ)いでいこう。


この小説は、以前連載していた『曇りがちでも、拾われた白い花が育って咲いてゆく』の書き直しです。一部の設定はそのまま再利用ですが、登場人物など大部分の設定が違って、ほとんど新しい物語です。2021年7月21日から書き直し版連載開始。


書き直す前の物語を読んだことない(かた)は、その旧版の存在を無視してください。


書き直す前から読んでいた(かた)は、新しい物語にも気に入ってくれると思います。

その違いや共通点について詳しい説明はここで >> https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1323998/blogkey/2830003/

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