赤の洞窟
おだやかな太陽の光を浴びた木々や草花の森を歩く先に、ぽっかりと大きな口を開けた洞窟が現れた。これが赤の洞窟。乙女ゲーム内ではこの洞窟攻略と学園生活が同時進行で話が進むわけだが、レベル上げと称して何度でも行き来は可能なステージだ。
「この世界には今我々が住んでいるアカルナ大陸の他に3つの大陸がある。それは知っているか?」
「アカルナの他は、セリアナとライファナ、ハクリョナ、ですか。」
「正解だ。それぞれの大陸にはこの赤の洞窟に似た構造の洞窟が存在する。青の洞窟、黄の洞窟、白の洞窟。そして各洞窟に伝承が残されてるのも似ている。」
「伝承?」
「最下層に守護魔獣が生息していると。」
赤の洞窟の底にレッドアースドラゴンが眠っているように、他の3洞窟にも大物が眠っているということか。伝承とあるが、実際赤の洞窟にはその守護魔獣レッドアースドラゴンがいるのは事実なので伝承などではない。
「それなのに学園での演習にこの危険な洞窟を使うのですか?」
「確かにな。しかしここ何百年と何も起きていない所をみると伝承止まりなのかもな。」
いやいやいますよ?守護魔獣しっかりいますからね!?ゲーム制作会社によるご都合設定だろうからブルー先生に抗議してもなんの解決にもならないけど。親御さん達からお預かりしている大事な子供達を危険な場所で演習させる事は物凄い責任だ。私が教師の身ならごめん被りたい重圧だ。
「演習で使うのも第三層までだ。我々教師もそれ以上下へは立ち入る事を禁じられている。」
教師でさえ第三層止まりだというのに、生徒のみで第七層まで開拓するとはゲームの中での生徒の無鉄砲さはなんと恐ろしい。王族や上位貴族に騎士等パーティー内は充実していたのだろうが、なぜ最下層まで開拓したと問いただしたい。
赤の洞窟はその名の通り洞窟内が赤い、床や壁、天井に至る地質に赤が混ざっている。この洞窟の最下層にマグマが流れているのが原因の一つだろう。
「今日調査に入るのは第一層のみだ。先程のキングウルフの例もある、もしも万が一の時はまず自分の身を第一に考えろ。」
わかったな?と念を押され返事をしてみたが、多分またブルー先生のピンチには身体が勝手に動くんだろうなと思う。困っている人を見捨てることは道徳心が許さないだろうし、良い教育をうけてきたもんだなと在りし日の幼い自分を思い出す。でも実際の所、今の自分に力があってこその行動というのは大きい。
「行くぞ。」
「はい!」
先生が火の魔法でランプの種火を作って辺りを明るく照らしてくれた。赤の洞窟内は進む度に赤色が濃くなってくる感じだ。
そういえばブルー先生って属性魔法は水と風だったような。
「ブルー先生は魔法全般扱うことができるのですか?」
「ある程度はな。属性は水と風なんだが、初級程度ならその他の魔法も会得することは可能だ。しかし中には合わなくて属性魔法しか会得不能という者も多々いる。特に聖魔法は属性適正者じゃないと会得はできない。サークレットは聖魔法のみ属性みたいだが、他の属性もある程度は嗜めるだろうな。」
はい、どうやら全属性全魔法嗜んでいるみたいです。
なんて事だ。魔法ウィンドウをよく見たら何重にもウィンドウが折り畳んでいるではないか。恐ろしい、選び放題すぎてもう聖魔法だけでいいやって感じで折り畳まれているんだなきっと。だって邪魔すぎる。
「先生魔物です!」
ズルズルと現れたそれは、赤と白の斑模様が特徴の蛇型魔物レッドネススネーク。攻撃を連続で使ってくるという、ゲーム的には1ターンに二回攻撃してくるやな敵だ。
早速魔法攻撃してくるレッドネススネークに、反射的に2人それぞれ逆方向に分散して回避した。続けて私に向かって突進攻撃してきたので「サークレット!」と言う先生の焦った声が聞こえたが、安心してください、と片手で答え敵をロックオンする。
ドゴンッ!!!!
一撃必殺、やりました!とブルー先生に向けて手を振る。先生的にはこん棒一振りで魔物を倒した女生徒が自分に向かってこん棒をブンブン振っているようにしか見えないようだったが。
「お前、それどこから。」
「はい!落ちてました!」
さらっと拾い物アピールして攻撃武器を紹介する事に成功した。魔法未習得の手前、魔法は使えないから何か武器は~と考えた結果、またこん棒さんのお力を借りる事にしたのだ。魔法はもちろんの事、通常攻撃もMAXな為物理攻撃もお手のものである。
足下でお陀仏になってしまったレッドネススネークを見ると、身体が七色の粒子にパラパラと分かれ四散してしまった。南無阿弥陀仏。
とりあえず自由に戦って良しとのブルー先生からのお言葉に甘えてそうさせてもらうことにした。何せ体力がまだまだ有り余っているから少しでも消費したい。
それからもちょこちょこ魔物が出てくれて、先生の魔法と私のこん棒で捌いていくことができた。よしよし、いいぞ。
中腹位に来た時だった、不気味な事にゴトリゴトリと岩の音がしだしたのである。
「これはアイツだな…。集団で来るから気をつけろよ。」
集団でくる、といえば、あーはいはいアイツですね。ロックフロッグ!!
岩影から蛙型の魔物、ロックフロッグが飛び出してきた。こいつは集団で行動する上にかなりの防御力で倒すのに一苦労するから持久戦覚悟で挑まなければならない。
ぼちぼちではあるが私が転生する前に戦った魔物の情報の記憶が一致してきているようだ。ロックフロッグに苦戦した記憶に苦笑いしてしまう。大抵のゲームプレーヤーはまずここでパーティー全滅なんてことになってしまうからだ。
蛙らしくゲコゲコ言いながら現れた数は8体、まだ少ない方だ。レベルは本来なら13程度だが今はレベル30か。先生も早く決着を決めたがいいと判断したのか直ぐ様連続上級魔法で攻撃していく。私も近い奴から一振り二振り三振り、高い防御力が無かった事のように一発KOでロックフロッグが消滅していく。残り一体!という所でぴょい~んとガッチガチボディの身体が後ろに飛び、ゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロと言う鳴き声が洞窟内に反響した。
「やはり呼んだか。」
魔法回復アイテム『MPポーション』をあおりながら、この先の疲れる戦いに備える先生に頷き自分も気合いを入れる。
またゴトリゴトリと周りから音がし始めた。
ゴトリゴトリゴトリ
ゴトリゴトリゴトリ
ゴトリゴトリゴトリ
ゴトリゴトリゴトリ
ゴトリゴトリゴトリ
「これはまた呼びましたね~。」
仲間を呼ぶロックフロッグに呼応したロックフロッグはなんと私達をグル~と囲む程の数だった。「ありえん。」愚痴りたくなる先生の気持ちも分からなくもない。完全に逃げるを選択できない状況に、戦って状況打破するしかないのだ。ゲーム的にもめんどくさい敵である。しかしながら体力を気持ちよく消費したい私には好都合な状況、腕がなるぜ。いざ!!
手加減など考えずブンブンこん棒を振り回す。標的が密集しているため面白いほど攻撃が当たる当たる、フィーバーである。ロックフロッグのかわいそうな断末魔がゲロ~ッ!ゲロ~ッ!と響き渡る。聖魔法を使うまでもなさそうで良かった。草を刈るかの如く私側の敵を順調に殲滅に励んでいて、ふと、視界の隅にドでかい影がチラついたのに気が付いた。ロックフロッグの相手をしながらよ~く視界を凝らす、洞窟のまだまだ先の薄暗い奥の方、またドでかい影がもぞりと動いた。
ちょっとよく見えないな。何か照らすモノ、ライト的なのは…。あった!これならどうかな。
初級聖魔法にライトボールというのがある。これは攻撃魔法ではなく暗闇を照らすだけの魔法だ。私が本気だしたら初級魔法ながらこの洞窟全て明々と明るく照らしてしまうような気がするから、え~と、手加減とかできるのかな。
「ライトボール極少~。」
ちいさ~くちいさ~くと願いながら作った光の玉を、ブルー先生に気付かれないよう直ぐ様洞窟の奥の方に投げる。ブルー先生の盛大な連続魔法でロックフロッグの悲痛な叫びが木霊する。よし、気付いてない。
豪速球で投げられた小さな光の玉がドでかい影の方へビュンッと飛んでいく。
襲いかかるロックフロッグを相手しながら視線を洞窟の奥に集中させる。
もうちょい。
もう…ちょ…あれは、頭?竜?赤い竜のあた…ま…
いやいやいやいやいや!!!!!!
お前の出番まだだからぁーーー!!!!!
もぞもぞ蠢くドでかい影の正体に気がついた私の行動は速かった。瞬間移動ではないのかと思う程の速さで洞窟の奥に移動して勢いのままドでかい影の主に向かって一振り渾身の力を込めて叩きこんだ。それはもう、もぐら叩きの如く。