戦闘
キングウルフの視界にブルー先生が入ったや否や、子ウサギから完全に標的を変えたようだ。ゆらりと大きな体を向き直り、体勢を低く獲物を狩る姿勢にしてグルルルと威嚇しだした牙むき出しの口からは涎が垂れた。
ブルー先生の方も魔法を繰り出す合間を取っているのか、キングウルフから目を離さず少しずつ距離を取り出した。なんだろう、ブルー先生の持つ杖に魔力が集中しだすのが分かる。これは風属性の気配だ。
「我示す悠久の風の砲撃、サイクロンショット!」
風魔法の中でも中級クラスの攻撃力を持つ『サイクロンショット』は、台風のような風圧の渦が弾丸のように相手を撃ち抜く攻撃魔法だ。なんとなくネーミングがアメリカンっぽいな。サイクロンの次はハリケーンなんじゃないだろうか。ダサいな。
「通常ならばこの魔法で倒せるはずなんだが…。」
一点集中の強力な一撃がキングウルフを襲い、風圧で土煙が立ち込めた。確かに強力な魔法だ。風圧だけで周りの土壌が抉れていた。
でも、多分あまりダメージは無い。
徐々に土煙が晴れて浮かび上がってきた姿は、多少は毛並みが傷ついた感はあれど魔法を受ける前の低い体勢で此方を睨み付けた状態のままだった。むしろ攻撃を受けて更に怒り追加みたいな。
「無傷か…やはり強くなっている。これはちょっと危険だな。」
さすがに力の差を感じたのかブルー先生にも焦りがみられるが、また距離を計りだし右に駆け出し詠唱を開始しだした。今度はキングウルフも獲物に反応するかの如く右へ一飛び襲いかかった。うわ!キングウルフ速いっ!
「凍てつく楔をその身に受けよ。クリスタルフェターズッ!」
足留めの魔法で一時留め置くが一瞬だった、それも見越して更に攻撃魔法を繰り出すブルー先生の連続攻撃は少しずつ致命傷を負わしている。
うわー!RPGっぽくなってきた!ブルー先生頑張れ!
木の影で応援しながら冷静に状況を把握していく。確かに少しずつではあるが敵にダメージを与えて善戦している。敵もその巨体を生かして強靭な爪でかすめたブルー先生に少しずつ致命傷を負わしている。回復のポーションを使いつつ、連続魔法を繰り出す息の上がった先生には長期戦は少々不利であるようにみえる。
「サークレット!一旦撤退する!魔法で飛ぶから左の岩まで走れ!」
わかりました!と走ろうと体勢を変える瞬間、一瞬此方を向いたブルー先生の隙を付いたキングウルフが直ぐ様襲いかかるのが見えた。
これはまずい!だってこの先生防御力が守って差し上げなくてはスプラッター案件!
「サークレット!?」
ブルー先生にはいきなり目の前に現れたかのように思えるスピードでさっと守るように駆け込んだ。
攻撃ウィンドウ画面を見て、後の魔法程威力高いだろうから一番最初の攻撃を選択した。なるべく殺す程の威力は可哀想にとの配慮で選んだのだ。
キングウルフが凶悪な形相で襲いかかるのがスローモーションのように頭は澄んで行動できた。
《《 聖女のほほえみ 》》
バチコーーーーーーーーーーーンッ!!!
ドゴォーーーーーーーーーーーーーーーン!!!
『聖女のほほえみ』聖なる魔力をその手に集中し聖なる一撃を繰り出す。
事実を端的に述べますと、ほほえみながらキングウルフの横っ面をビンタいたしました。なんだこれ。恐いわ!可哀想に死なない程度にと選んだのにHP残り1で瀕死のわんわんがふきゅ~んふきゅ~んと鳴いてるとかどんな動物虐待!
「え…?今聖女のって…」
呆然としながら覇気無く呟いたブルー先生には、「平民なのでわかりません☆」といなしておくに留めた。
実はさっき攻撃ウィンドウを見た時に、見事に技名の全てに『聖女の』という名前が付いていたため嫌な予感はしたのだ。明らかに私は聖女です!と言っているものであるから。でも私が見たのは魔法攻撃のウィンドウだったはずなのに実際は平手打ちという力業だったのが不思議だ。
薄ピンクに光る我が手を先生に隠すように見ると、手の甲に紋章みたいな刻印が浮かんでいた。徐々に光も刻印も薄れていく様に一安心しつつ、瀕死のわんわんに目を向ける。死を覚悟してか瞳にはうっすら涙の膜が張っていて更に悲壮感を増している。ビンタ食らった頬もありえないくらいの腫れようだ。本当にすまんかった!
瀕死のキングウルフの顔元に歩みよって屈んでみると、ガタガタとあからさまに震えだし顔が恐怖に強ばりだした。
「ごめんね、痛かったね。」
そっと手のひらをキングウルフにかざして回復魔法を唱える。
唱えると言うより念じるに近いかな。治れっ!って込めたら一瞬で瀕死状態だったのがみるみる傷も消えHPも全快、きっとこれは回復を促す『ヒール』なのだろう。ただちょこっとだけ他の人より上質な聖なる回復魔法なだけ。
キングウルフは信じられないといった表情の次に、しゃきん!とお座りし、ザッ!と伏せを綺麗に決めた。すごいな、調教師になった気分。
「いいこだから元いた場所に戻りなさい。」
話を聞いてくれるかわからなかったが、そう語りかけ森の奥に戻るよう促してみた。「わおん!」と一鳴きし素直に従った巨体は颯爽と森の奥へと消えていってくれた。
「あ、戦わなきゃだった。」
すっかり当初の目的を忘れていた。私は何のためにここに来たのか、体力を消費するためだっただろ!RPGなんだから倒して経験値もらわなきゃだろ!
「本当に未知数で規格外なやつだなお前は。」
「大丈夫ですか先生。」
「お陰さまでな。助かったよ、ありがとう。」
回復アイテムで回復した先生が呆れ顔で私に近づいてきた。足取りは普通なので心配ないようだ。
「一回帰って立て直してと思ったが、思いの外お前が頼りになりそうだからもう少し進むか。」
よかった、全く体力消費してない上に森に踏み込んだだけで帰るとか残念すぎると思っていた所だったから、先生の話に力強く頷いた。
「ところでサークレットはヒールが使えるんだな。学園の調査書には魔法は未習得とあったぞ?」
「あれヒールって魔法なんですね。さっきのは傷が治ったらいいなと願っただけなんですが。」
「願って…、そうか、すごいな。」
なにやら微妙な笑顔で返されてしまって、返答間違えたかなと内心焦った。うーん、このまま先生と戦闘を繰り返すと聖魔法完全修得済みな事がバレてしまうのも時間の問題な気がする。魔法がダメとなると、うん、あれにしよう。今度魔物と戦う時はあれで戦おう。
戦う気満々だったのだが、洞窟への道すがら、魔物に遭遇した時どうもおかしい事に気がついた。どういう事なんだろうと平行して歩く先生に疑問の目を向ける。「私もよくわからん。」と返されてしまった。
どういうわけか、魔物という魔物が私達を確認したとたんキングウルフのように伏せをしだしたのだ。RPGではお決まりのスライムなんかは伏せなのかどうかわかりかねたが、主に動物型の魔物達だったので伏せと言うかにゃんこ愛好家で話題のごめん寝祭だった。
「原因お前じゃないのか?」
なぜ!?
「魔物のお前を見る目からは畏怖を感じるんだが。」
いやいや人を恐怖の対象呼ばわりとは失礼な!
「ちょっと試しにそのポイズンマッシュに近づいてみろ。」
仕方がない、私の無実を晴らすため、いかにも毒キノコの魔物に確認をとってみよう。魔物に近づくにつれ、とても分かりやすい反応をしてくれた。
ガタガタガタガタガタガタッ
あーッ!私ですね!私が原因ですね!!わかりました!!
くるりと反転してまた元の位置に戻り先生に顔を向けると、ほらな、と言わんばかりのドヤ顔を返されてしまった。納得いかない。このTHEヒロインのプリティフェイスに畏怖を抱くなど!
「うーむ、考えられるのは先程のキングウルフの戦いか。魔物にも要注意人物確定されてしまったようだな。」
「これでは調査になりませんね。すみません。」
「まぁ低級魔物が怯えて出て来ないというのはままあることだ。さすがに洞窟に入れば戦闘になるだろうが。」
洞窟までは戦闘はお預けだな、と言いながら足を進めだす先生について行きつつ、一応周りに気を配りながら歩いた。しかし本当に魔物との戦闘に至らず、30分程いい遠足気分で進んだら目的地についてしまった。なんというしょんぼり感。洞窟の強い魔物に期待するしかない。