やすらぎの森
チュンチュンと可愛らしい小鳥の声に起こされ、いつものように朝の準備にとりかかる。毎朝思うんだけどチュンチュン鳴くあの鳥絶対雀よね?こんな異世界で異世界らしからぬ見慣れた小さい姿の鳥を今日も思い浮かべる。まだ鳴き声だけで姿を見たことないから、余程警戒心強い鳥なのかもしれない。
休日というのもあり、まだ人通りのない寮内を静かに歩き玄関を目指すと、丁度玄関の扉が開き、大輪の花が集団で入ってきた。ように見えたが顔が隠れる位の花束を抱えたアクアリータだった。
「おはようございます、アクアリータ様。」
「え…。おはようございます。」
人がいるとは思っていなかったのか、鳩が豆鉄砲をくらったような顔を披露したアクアリータは瞬時にいつもの令嬢然とした顔に戻り朝の挨拶を返してきた。
「綺麗なお花ですね。では、失礼いたします。」
心はいざRPG!な為、その場をさっと済まして先を急ぐことにした。あまり彼女の側に居ると、眠れるカノンくんが起きてしまう事態になるからね!
『赤の洞窟』というのは、聖ホーリュウ学園の南方に位置する魔物の巣窟である。第一層から第七層まで地下に続いており、最下層には守護魔獣レッドアースドラゴンがボスで鎮座している。寝ている所に皆で押し掛けてフルボッコにするのだ。ちなみに【聖なる乙女のdestiny】のラスボスは赤の洞窟の最下層にいるレッドアースドラゴンである。
さすがに徒歩で行ける圏内ではないから、移動手段は馬車か移動魔法といった所か。
自分の取得魔法を見てみると【ルートラ】移動魔法、というのがある。ブルー先生が移動魔法を使えるかはわからないが、…うん、私が使うのはまずい。
………やっぱ一回クリアしてるなこれは。
赤の洞窟内部状況など知るはずのない知識をカノンは持っている。多少朧気な記憶の箇所があるのは転生による記憶の融合のズレなのか。
「おはよう!早いなサークレット!」
校門でしばらくぼーっとしていたら、朝から元気ハツラツにブルー先生が挨拶をしてきた。
「ブルー先生おはようございます。今日はよろしくお願いいたします。」
軽く会釈をしてブルー先生を見ると、いつものきっちりした格好と違い冒険者風の身なりをしていた。やはりマントは必須よね。私もマントくらい装備してくればよかったな。2回目は是非とも用意しよう。
「よし、では早速出発だ。赤の洞窟付近までは私の移動魔法で行く。」
腰に装着していた細長いロッドをさっと取り出し、地面にカツンと突き立て詠唱を始めた。ブルー先生は移動魔法が使える、と。ブルー先生って確かレベル40だったよね。このゲーム的にはレベル60そこそこでラスボスを倒せるレベルだから、序盤でレベル40ならば結構強いということか。
「ルートラ!」
足元が光ったかと思うと、瞬時に目の前の景色が変わった。目の前に現れた緑豊かな景色に目を見張る。なんという便利魔法。
赤の洞窟は【やすらぎの森】の中程に位置している洞窟で、乙女ゲームでの戦闘は主にここら一帯での戦闘で構成されている。入学してからの3年間かけて赤の洞窟を攻略するといったシナリオである。
「ここがやすらぎの森だ。目的の赤の洞窟はまだ先になるんだが、まずはレベルの低い森の魔物から練習といこう。ただ…。」
少し考えこむような素振りをしてブルー先生は話を続けた。
「最近、なぜか全ての魔物が強くなっているとの話があるんだ。ギルド経由の話だから間違いはないだろう。」
各地でギルドから仕事を請け負った者達の話によると、ここ最近急に元々生息している魔物達が通常レベルより数ランク上がった状態で現れるという。
「この森から洞窟まではレベル的には低級の魔物しかいないはずだが、どの程度強くなっているのか、実は学園としても把握しておきたくてな。この森と赤の洞窟は演習で使うんだ。」
「私が一緒でよかったのですか?」
「魔力が高くて今年の注目度ナンバー1だと言ったろ?だから実戦で使い道を学んで正しく使えるようになってほしいのだよ。」
「それは私が平民だからということでしょうか。」
「その通りだ。貴族階級の者は学園に入るまでにあらかた家庭教師を付けて学んできている、しかし平民出の者はそうもいくまい。」
貴族も平民も分け隔てなく学べるというのが聖ホーリュウ学園の美点であり、最初から差のある平民出の生徒にはちゃんとアフターフォローが成されているらしい。素晴らしい学園ではないか!
「というのは建前で、サークレットの魔力が魔力計を破壊する程未知数なのが興味引かれてな。良い機会だったから魔物の調査に付き合え。」
職権乱用だったー!!
魔力計を破壊する程の魔力持ちだが入学間もないか弱い女生徒(表面上)を危険な魔物調査に駆り出すとは!
「ステータスを数値化で目視できる魔法があるんだが、魔力計を破壊した後それもされただろ?」
そういえばそんなこともあったなーとカノンの記憶を探る。
いつものように小銭稼ぎの宅配アルバイトをしてる最中の事だった。王都の役人とやらが急にやってきて、名前を確認する早々魔力計を目の前に翳された。しかし派手な音をたてて割れてしまい、その場の人間が全て固まったのも記憶に新しい。そして後ろの方からいそいそと年配の聖職者っぽい人が前に出てステータス目視の魔法を唱えた。そしたら今度はバチィッと火花と共に軽く飛ばされて尻餅付く術者が一言、「ごっ、合格で!」といったいきさつで私は学園に入学する事になった。
「術者を弾き飛ばすとか規格外すぎてな、一応要注意人物として学園の管理下に置くことになったんだ。」
いやいや先生ぶっちゃけすぎですよ。本人に向かって要注意人物だから管理するとか。
「今の所品行方正で目立った悪評価はないが、愛想は良いが人見知りが過ぎてあまり人との関わりを避けるのはどうかと思うぞ?」
本当にズケズケ言うなこの先生。そんなんじゃ最強に恐ろしいモンスターペアレント来ちゃうぞ!
「サークレットの無言の微笑みは被害者出てるみたいだがな。」
え?関わるなって圧でも出てました?それはいけない。これから気を付けよう。悪目立ちはしたくないので、先生のアドバイスは素直に受け入れます。
「さて、行くか。」と森を促した先生に続いて一緒に歩き出しながらキョロキョロ周りを観察した。青々と茂る木々や草花には太陽の暖かい光が惜しみなく注がれキラキラと優しい世界が広がっている。日常生活に疲れを感じるアラサーには確かにやすらぎの森である。あ~緑が目に優しい。耳心地の良い控えめな小鳥の声、あっちには可愛らしいリスが木の実を頬張っている。草むらでは子ウサギが仲良く追いかけっこしてるのが微笑ましい。そして子ウサギ達の側で今にも獲物に飛びかからんばかりの3メートルはあるだろう狼さん。
「先生。あのでかいのは?」
「もっと最奥に生息しているキングウルフだな。だいたいレベルは30位だが、でもなんでこんな所に。」
そんなデカイ図体であんなちっちゃな子ウサギを餌にするのか。お腹を満たす為にはこの辺一帯のウサギを全滅してしまうのではないだろうか。
「サークレット、巻き添えくらうから木の影に隠れていろ。」
おっ!戦闘ですね!ではあちらで観戦といこう。
適当な大木を見つけ素早く隠れて様子を伺う。え~と、子ウサギを狙っていたキングウルフはレベル…52ってなってますけど!ブルー先生大丈夫!?かなり誤差ありますよ!!
しかしこれは、急に魔物の強さが通常よりアップしているというギルド情報が正しいと言う事になる。生態系の狂いはこの世界に生きてる者全てに被害が生じる恐れがあるんじゃないだろうか。