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肉食聖女


 夕食を食べに一階にまた降りていくと、空きっ腹に響くいい匂いが鼻をくすぐってきた。

 食事をする所は一階の受付右奥にオープンドアでお客様をお迎えしている。

 宿屋入口側の椅子にはすでに先生達の姿はなかった。自分の部屋に戻ったようだ。オルレア先生の酔い加減からいって、しばらくは夜ご飯に降りてこないんじゃないかな。早く寝ろと念押しするくらいだから、先生達も早めに食事をすると思うが。



 入口をくぐると更にいろんな香りが楽しめた。ここはホントに古い宿屋なのかと疑うレベル。部屋はビジネスホテル並の質素さだったが食が良い宿屋は最高だと思う。

 一番強い匂いは何かのバター焼き。バターはヤバい。個人的にバターとチーズはとりあえず使えば美味くなるやつ認定ツートップだ。

 牛肉を焼く匂いも素晴らしい。きもち控えめな豚や鳥ではちょい及ばない、ダイレクトに匂いで攻撃してくる牛臭。なんかいやだな牛臭という言い方…臭ってねぇ。自分で自分にツッコミつつ、様々な匂いに歓迎されてカウンターの方に座る。

 ここは作ってる所を直接見れるようになっており、だから尚のこと美味しそうな匂いがダイレクトに伝わるのだ。

 


「いらっしゃい、そこにメニューあるから決まったら言ってください」



 目の前で調理中のオジサマ料理人がすぐに声をかけてくれた。田舎の宿屋には少々お目にかかれないだろうロマンスグレーオジサマが料理人とは、なんなのだこの宿屋侮れない。

 手書きの文字のみのメニューに目を通し、やはり明日に備えて肉だなと1人決起会を開くことにした。夕食資金は十分すぎる位いただいたので躊躇なく高いのを注文する。



 じゅうじゅうと牛ステーキが視覚聴覚に刺激的なのはこちらもあちらも同じなんだな。食について言えば、転生前の世界とさほど変わらない料理が出てくる。極端に食が違いすぎては私もついていけなかっただろう、ありがたいことだ。



「お水だよ」



 入ってきた時は忙しそうにしていた女性がお水を持って来てくれた。「あら可愛らしい子だね」との賛辞に会釈しておく。顔を褒められるのが多いことに大分慣れてしまった自分がいる。

 今の自分は少々長めの前髪で目付近まで隠れている。あまり目立ちたくないから前髪カーテンのつもりでもあり伸ばしていたが、さほど効果がないようだ。さすがモテモテ主人公。



「はぁ〜ッまいった」



 程よく客の入ったホールに誰かの疲れた声が耳に入ってきた。別に他の客の会話を盗み聞きしようとしているわけじゃないが、その声の主と連れが数隣先のカウンター席に座ったので否応なしに会話が耳に入ってくる。



「4日登って収穫無しとか、ホントにあの山にあんのかよ」


「エンジェルマウンテンは魔法石の採石場…と聞いていたんだが」



 なるほど、私達と同じ目的で先にエンジェルマウンテンに登っていた人達のようだ。しかも収穫無しで降りてきた様子。



「も〜ッ!何あの魔物ども!あのレベルがうじゃうじゃとか聞いてないんですけどー!」


「回復アイテムも薬草も全て使い果たしてしまったな。まぁ、無事下山できただけでも幸運とするか」



 散々だった山登りの状況が会話からよくわかる。

 バレない程度にチラリと横目で見た感じ、傷などはアイテムで回復しているのだろうがなるほど防具や衣類の傷み具合は酷い。

 男3人に女1人の比較的若いパーティーの彼等の実力がどのレベルかはわからない。しかし収穫無くやっとの思いで下山しなければならないとは…

 比較的強者の部類の私だが、今の魔物のレベルアップ状態の世界線ではいつ何があってもおかしくない。遠足は家に帰るまでが遠足です精神で臨むとしよう。



「はい、特上牛ステーキの赤ワインソテーです。熱いので気を付けて」


「ありがとうございます」



 程なくして出てきた料理にさっそくナイフを入れ一口頬張る。あっつ!熱っ!でも美味しいっ!!赤ワインが良い仕事してる!でもアッツ!!

 


「なかなか一攫千金も難しいもんだなぁ」

 

「あっ!おねーさんビール4つ!!」


「だから言っただろう。今回のはランクが高いんじゃないかって」


「報酬金に目が眩んだな」



 この熱々な最上級に旨みを味わう状態で食べるのが牛に対しての礼儀というもの。熱さに怯まず私は食す。付け合わせのサラダも瑞々しく、熱々の喉を潤してくれる。



「でもよー、あれだけ探して採掘場所が見つからないっておかしいよな。本当にあるのか怪しいもんだぜ」


「やはり村の案内人に頼むべきだったか」


「依頼料があれじゃなぁ」


「服ボロボロさいあくっ」


「あははっ!俺なんかケツ破れてんぜ!」


「それは隠しなさいよ馬〜鹿」



 だいぶ周りがにぎやかに(主に横の集団だが)なってきたなぁ。あんまり長居せず部屋に戻るかな。肉汁たっぷりの牛肉にナイフを入れ食を進める。

 美味いなぁ。ぶっちゃけ転生前の胃袋ではこういうお肉!としたものはだいぶ胃もたれを起こしていたのだが、今の若々しい10代の健康胃袋には余裕すら感じられてすごい頼もしい。若いって素晴らしい。



「ねぇキミこの村のこ?いや宿屋にいるってことは違うか。俺らと同じ冒険者かな?」



 びっっっくりした〜!えっ?何、私に話かけてる?急すぎるわ。

 切ったお肉をもぐもぐ味わっていたら、いつの間にか隣に来ていたいかにも軽薄そうな男がお酒片手に右横に座っていた。さっきビール飲んでたのに違うお酒持ってるとこみると一体これは何杯目なのか。金髪で軽薄とかどこのヤンキー崩れだ。こいつ一番遠くに座ってなかった?



「うわっ!美少女だねキミ!もっと顔見せてよ〜俺ラントルって言うんだけど〜」


「……」



 これはとてもうざ絡み。自然と目も据わってしまうというもの。



「もぉ〜ッあんたなぁ〜にやってんのよぉ〜」



 増えた。

 しかも逆の左側に座られ挟まれてしまった。



「す〜ぐ若い子見つけたらそぉ〜やって絡んで!」


「女の子にはまず声をかけるのが礼儀だろーがよ」



 そんな礼儀知りません。



「わたしはぁファーランでぇ〜す!それ美味しそぉ〜」



 酔っ払いながら自己紹介する姿勢は二人とも好感は持てるが、酔って絡むだけでプラマイゼロである。



「俺達はさぁ、ロマン求めて旅をしててぇ」



 やだな、長くなりそうな話がはじまってしまったよ。早く食べねば。



「もぉっ男ってそればっかぁ!お金なけりゃロマンも何もねぇ〜って話よぉっ」



 それは一票。



「だぁ~からぁ一攫千金がっぽがっぽでうはうはなるのロマンの塊すぎるだろぉがよ〜」



 うわぁ頭緩い系男子だなぁ。酔ってるから尚頭弱いこと語りだしちゃってるよ。

 反して酔っててもまだ理性的な事を言ってるあたり女子のしっかりさ加減。

 さてさて二人で盛り上がっているがどうしたもんかね。



「あ〜ん」



 ポトッ



 急のあ〜ん!!

 思わず口に入れたばかりの人参落としてしまったわ!!

 男ならともかく、女性が口を開けて待っているのを容赦なく切り捨てるにはいささか良心がいたむ。仕方がないので一切れのお肉をファーランの口に運んでやると、それを嬉しそうに頬張りだした。横から「ずりーぞファーラン〜ッ」と聞こえるが無視だ。



あれ…?



 見間違いかな。

 ファーランの咀嚼時にちらっと見えたものが気になった。

 もう一口分お肉を差し出してみると、思惑通り彼女は食いついてくれた。横から「おい〜ッ俺には〜ッ」と聞こえるがまたもや無視だ。



 やっぱりだ。



 ファーランの左側の特徴的な前髪で隠していたものが、咀嚼時の動作でチラリと見えた。

 目端の所から頬にかけて赤黒くケロイド状になった皮膚。これは痛々しい。

 そっと手を添えてみると、まだ傷んだ皮膚の感触がダイレクトにつたわる。



「あ、やだ見えちゃった?回復してもらっても完全には治んなくて…もぉそんなに痛みとかないんだけど…っ」



 なるほど、これは毒性のある傷だ。スターテスを見るとヤドリガの毒とある。城下町のお茶屋のおばあさんが受けていた毒と同じだ。こんなに被害者に立て続けに会うとかなんだか厄介な魔物だな。



「あ〜、あの、あのね!本当に見かけだけでっ!だいじょぶっ!だからっ!あっあっあのっ」



 だがヤドリガの毒なら私の治癒魔法の力で解毒できると実証済み。

 治れ治れと皮膚を擦る。



「ひぁっ!あっあっ」



 ふむ。これはいけそう、ぃだっ!!!



 ゴンッ!!と頭上から鈍い音がした。

 敵襲か!!いや!チベットスナギツネブルー先生だ!!

 振り向くと私の頭に振り落としたロッドを腰元に収めているブルー先生と、「やるねぇカノンちゃん」とニヤニヤ事の成り行きをみているお酒飲み過ぎ赤ら顔のオルレア先生がいた。

 なぜ私はロッドで殴られたのか?納得がいかないのでクレームモンスターになってやろうかと思っていると、「食べ終わったなら早く部屋でやすみなさい」と至極まともなことを言われたのでそれもそうかと素直に従うことにした。

 


「美味しかったです。ご馳走様でした」



 こちらを見ていたオジサマ料理人に挨拶して、隣のファーランにも軽く頭を下げておく。「あっ!うっんっ」と言葉にならない語句を並べファーランが勢いよく頭を振っていたから傷が治った綺麗な皮膚が見えた。よし、また1人の女性を救ってあげれた。自己満足だが気分がいい。



「お先に失礼します」


「ああ、しっかり休みなさい」


「カノンちゃんおやすみぃ〜」



 相変わらずチベットスナギツネ顔のブルー先生達の横を通り過ぎ、支払いへと向かう。

 はぁ~お腹いっぱい幸せすぎる。今すぐベッド入って寝れそう。



「ぅお〜い、ファーラン〜?」


「ふわわわゎゎ」


「しっかりしろぉ〜ほら席もどるぞ〜ッ」



 賑やかな空間に酔っ払い達の会話は些細なもの。



「困った生徒ちゃんだねぇ〜」



 と笑うオルレア先生の言葉など聞こえるはずもなく、賑やかな場所をあとにした。

 

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