救護室
トーラン・モンタールという男、平民侮辱の身分差別野郎かと思いきや、ふたを開けたらただの自分の婚約者に触るのが許せない嫉妬ボーイだったので警戒心を解くことにした。
年相応な心を持っているんだなと安心。どうやら私への印象も悪いようだしトーランと結ばれるルートは回避できそうだ。
「今の人ミューンの婚約者さんなんだね。」
「う~ん、まぁ、でも親が決めただけだし。」
おや?そういう設定なの?
トーランの熱量に対してこのミューンの落差、頑張れ。一方通行甘酸っぱいなと他人事だから楽しい。
チャイムと共に先生達もまた講堂に入ってきて授業が再開された。
「魔力発動は全員成功したようでよかった。まず魔力を発動できないと魔法を使うことができないからな。」
生徒全員が魔法石の欠片を光らせることができ、授業は次の段階に進むようだ。
「属性にはそれぞれ特性も相性もあるが、必ずしもそれだけでは終わらない。リューシュア先生、ダリア先生、お願いします。」
呼ばれた二人の先生が前に出て距離を空け向かい合うかたちをとった。
リューシュア先生は若い頃イケメンであったのだろう、良い感じに歳を重ねた中年男性だ。もう1人のダリア先生は、酸いも甘いも経験しつくしたと思われる初老の男性で、結構な魔力を持ち合わせているようだ。
「今から火の属性魔法と水の属性魔法で見本を見せる。まずは初級魔法を同じくらいの威力でぶつけてもらう。」
魔法のデモンストレーションのようで、双方の先生が同時に詠唱を始め初級魔法を発動した。
「火のご加護に感謝し、火の偉大さを尊ばん。赤の意思を携えた恵みの球を降らせよ!【クリティカルファイア】!」
「水のご加護に感謝し、水の慈悲を尊ばん。青の意思を携えた恵みの雨を降らせよ!【ウォーターレイン】!」
二つの魔法が中央でぶつかり合う。うへぇ、狭くはないけどこの室内で魔法ぶっぱなすの?中央最前列付近の生徒超VIP席なんですけど。
ぶつかり合った魔法は、衝撃音と共にどうやら相殺し消滅したようだ。
「このように、同等の力だとどの属性同士でも相殺する。次はリューシュア先生の火の初級魔法を全力でやってもらう。その後はダリア先生の水の初級魔法を全力でお願いします。」
ブルー先生の言葉にデモンストレーションの先生達は頷き、また同じ魔法を撃ち合った。
確かに、同じ魔法だけどクリティカルファイアの威力が先程より強いようだ。中央でぶつかり合うと水の魔法を消しさり、更にダリア先生の方へ魔法が飛ぶ様に生徒の方から悲鳴が上がる。
同じ先生同士、怪我をさせる事はないと思うけど。と思ってたらどうやらブルー先生が後処理担当らしく火の魔法を相殺してくれた。流石の匠の技である。
続けて威力を上げた水の魔法と威力を下げた火の魔法の撃ち合いが開始した。結果は先程と逆で水の魔法が火の魔法を押し切り、ブルー先生が水の魔法を相殺。
「見ての通り同じ初級魔法でも、使い手の威力次第では大にも小にもなる。」
名目上初級中級上級の魔法があるが、術者のレベルが高ければ初級でも強い。つまりのところ力のある者が強者だ!というわけですね。
どの世界にも実力社会の弱肉強食は変わらないのだなぁ。学生の内に実力社会を体験させ、強い精神を教える教育方針とは、ハングリーなお貴族様学園なことで。
「この時間はそれぞれの属性別に場所を移動して、初級魔法をマスターしてもらう。もちろんまだできない者も出てくるとは思うが、必ずしも今からの時間でマスターしなければならないわけではない。君たちはまだ1年生だ。先がある。この先ゆっくりマスターしていってくれて大丈夫だ。では!担当教師について移動してくれ!」
ブルー先生の合図で各属性、ぞろぞろと移動となった。「火の属性はこのままで!」リューシュア先生が火の属性の生徒にそう伝えていた。まさか皇子様がいるから火の属性は移動無しの特権を与えたのでは?!
「私達は救護室に行くわよ。」
救護室?保健室のことかな。何故に私達は初級魔法を学ぶのに癒しの救護室へ?
ノリア先生に言われるまま後ろをミューンと二人でついていく。そして何故か横にブルー先生までついてくる。他の属性は多人数に対して教師1人なのに私達にはマンツーマンなのだろうか。過保護だなぁ。
「サークレット、お前オルレアとエンジェルマウンテンに行く約束しただろう。」
「あー、はい。しましたね。」
「私まで巻きこんで。」
「みたいですね。」
そこは私のせいではない。ブルー先生を巻きこむ計画をたてたのはオルレア先生だ。文句なら幼馴染みに言ってくれ。いや、けしかけたの私だった。「行くんですか?」と聞いたらため息をつかれた。行くんだな。なんだかんだ幼馴染みに優しい男なのであろう。
私達の会話に興味はあるが、知らぬふりをするノリア先生とミューンはさすがの淑女である。
授業中ということもあり、静かな廊下には自分達の足音だけが響く。講堂を出て数分くらい歩いただろうか。まだお世話になったことはないが、向かった先、救護室には在中の先生がいたはずだ。
コンコン
救護室の扉をノリア先生が控えめに叩くと、「はーい!ど~ぞ~!」という女性の声がした。
「ディアラ先生、失礼します。」
「いらっしゃい。待ってたわ。」
ディアラ・マルタ 51歳 聖女 聖ホーリュウ学園の救護教諭
この先生聖女だ。この世界にきてこの表示は初めて見た。
細身の穏やかな雰囲気を漂わせた貴婦人と言ったかんじの方だ。視線を合わされて、微笑まれた。
「この子ね?」
「はい、この生徒がカノン・サークレットです。私は外でミューン・レーモンドの指導に当たりますから、よろしくお願いいたします。」
ノリア先生は私をこの先生にお願いして、ミューンを伴い奥の扉から外に出てしまった。出て行ったのはすぐそこのようだけど、窓から見える側で指導するらしい。
「てっきりノリア先生が指導するのかと思ってました。」
思ってたことを口に出すと、「ノリアは属性多数持ちだが聖属性はないからな、うちの学園で聖属性持ちはディアラ先生だけなのだ。」とブルー先生が答えたが、その回答に私の頭は疑問符が浮かぶ。
(ノリア先生のステータス見た時あったような気がするんだけど。バグかな?)
「サークレットは能力面では問題なさそうだが、知識が足りない。聖属性は特殊だ。無自覚に能力を発揮するのはあまり良いことではない。」
急に異世界転生した身である、知識が無いことの指摘は耳が痛い。
「ディアラ先生はこの学園の救護を担当する先生だ。救護教諭になれるのは治癒魔法が使える聖属性の人だけだ。」
この世界は聖属性の者のみが治癒魔法を扱えて、魔法以外では回復を促すアイテムで補う。
「すみませんがディアラ先生、この時間サークレットに指導をよろしくお願いいたします。」
「わかったわ、任せてちょうだい。」
ディアラ先生に私の事を任せて、「他のグループを見て回ってくる。」と言いながらブルー先生は救護室を出ていった。
二時限目はディアラ先生の個人授業らしい。そしてミューンも救護室の外でノリア先生の個人授業中だ。
「椅子に座ってお話しましょうか。」と椅子を出してくれたので失礼しますと座る。
「あなたは聖属性を持っているのね。ところで、聖女というのはどういう人か知っているかしら?」
「聖属性を持っている女性、ですか?」
「半分当たりで、半分外れかしらね。一概にもそうとはいえないの。」
『聖女』は設定上の地位、職業的なものくらいにしか思ってなかったから、改めて聖女とは?と聞かれて戸惑ってしまう。
「聖属性を持って生まれる者は、他の属性よりかなりの比率で少ないわ。今のこの学園にはあなただけだしね。その前は大分遡るけど10年前位に4名、そのまた前は私とノリアの母になるの。」
ディアラ先生とノリア先生のお母さんは同級生らしく、なんと二人ともに聖女ということだ。
じゃあやっぱりノリア先生聖属性持ちなんじゃ?とつい口に出てみたけどまたしてもそれは否定された。
「魔法には初級中級上級の3段階あって、聖魔法の初級は治癒魔法、中級は小規模結界、上級には大規模結界なの。」
先生の話によると、聖属性を持っていても習得できるのは一般的に中級魔法までらしい。
「ディアラ先生とノリア先生のお母さんは上級魔法を扱えるから聖女ということですか。」
「そうね。上級魔法を習得した際、現れるものがあるの。これよ、『聖女の証』といわれているわ。」
そう言って首飾りを見せてくれた。「正確にはこの中心の石のことね。」周りの装飾は後付けで加工したとのこと。
上級魔法習得したら急に石が現れる、なんとも魔法少女ファンタジー的なにおいがしないでもないが、この世界ファンタジーだからなんでもありか。
「今まででこの石が現れたのが女性ばかりだったから、いつの間にか聖女と呼ばれるようになってるというわけ。」
男性より女性の方が習得しやすい属性なのだろう。今男の身で私は習得してしまっているわけだが、人知れず世界初の称号を手にしている。
「ただ、その貴重さと能力ゆえ政治、戦争利用に聖女が関わることが歴史上あるのも事実なの。」
生臭い話になってきたぞ。
「それを避けるために、このアカルナ国では聖女達の保身のため、あらかじめ管理される存在よ。」
管理!?頭の中に拘束監禁の危険ワードがよぎったが、ディアラ先生をみるかぎりそれはないな。
「管理って言っても、所在地の確認や私みたいに国直営の施設勤務の紹介介入等だから心配ないわ。」
そのくらいの介入は転生前も普通に国民にあったものだからさして心配事でもないようだ。よかった、怖いことにはならないようで。
「さて、聖女の説明はこれくらいにして次は魔法の方にはいりましょうか。」
この世界での聖女の立ち位置もなんとなく理解できたところで、ディアラ先生が椅子から立ち上がるのに続いて私も立ち上がった。