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被造物たちの宇宙  僕らは創造主に反逆する  作者: 井上欣久
第二章 突撃、隣の宇宙船
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3 ロボットモード!

 突貫急造宇宙機ドーサン・デルタと近距離迎撃用宇宙機ワンダガーラは戦闘中だ。それを観測している者は2グループあった。

 どちらのグループも交戦場所からは遠く離れているが、明瞭な宇宙空間での戦いだ。わずかなラグさえ我慢すれば見ること自体は容易い。


 一方の観測者は保安局。

 反陽子砲を用意しつつも人質の存在を明言されては簡単には撃てない。ジリジリしながら戦況の推移を注視するだけだ。


 そしてもう一方、こちらはダフネ補給泊地に三日前から停泊している外宇宙型の宇宙船だった。

 この時代、超空間航行が可能な有人機体が『宇宙船』と呼ばれ、通常の宇宙空間のみを移動する物はどんなに大きくても『宇宙機』と呼ばれる。だからガスフライヤーは『大型宇宙機』あるいは『大型大気圏往還機』と呼ばれ『宇宙船』ではない。

 ダフネ補給泊地に浮かんでいるのは全長1023メートルの巨体を誇る超光速宇宙船だった。直径240メートルの人工重力リングを備え居住性も抜群だ。


 船名はアタラクシア。

 富豪が道楽のために購入し、あまり移動しないことで知られている船だ。普段は所有者の別邸として機能しているとされている。

 もちろん、それは表向きの話で実際には星間結社ヴァントラルの移動基地の一つだったが。


 アタラクシアの所有者はジェイムスンと名乗っていた。彼はなぜか『教授』と呼ばれる事を好む。

 彼は長命者だった。

 タイプEのような遺伝子操作ではなく、異星生物との共生によって寿命を引き延ばした存在。しかし、1000年を超える時間をまともに生き延びられた者は少ない。長い時間の中に数を減らし、残った者も人間の肉体を維持できなかった。人としての意識すら消失した者も多い。


 教授は比較的マシな方だった。

 身体の大きさは太った人間ぐらい。手足の数が増えて触手に変化している。醜いその姿を直視するのを嫌って日頃は金属製の外被を被っている。そのため一見するとロボットかサイボーグのように見えた。


 彼は船橋からロッサとカランの戦いを見守り、触手化した手のうち2本を器用に打ち合わせて喜んだ。


「今度の子供たちはずいぶんと元気が良いのう」

「子供たちと言っても、生き残りは一人だけのようですが」


 ロボットのような教授に答えたのは一匹のイモムシだった。人間並みの大きさがある巨大イモムシで、脳の構造は人間とほぼ同じ。教授が自分よりも醜く、自分よりも惨めな存在が欲しいとして注文したカスタムメイドのデミヒューマンだ。

 教授の意に反してイモムシの側は自分を惨めだとは思っていなかった。生まれた時からその姿な以上、イモムシであることを正常な自分であると認識している。

 それでも、いつかは蝶になりたいと思わないでもなかったが。


「一人だけになってもこれだけの騒ぎを起こしてくれれば十分です。彼らの戦いに意味などないと承知している私たちだって手に汗を握って見ているではないですか。陽動としてはこれ以上ない効果を上げています」

「ま、そうでしょうね。今、この瞬間に外宇宙に目を向けているヤツは居ないでしょう。……そうは言っても、本当ならば陽動作戦が始まるはるか前からアレは観測できたはずなんですけど」

「フフフ。常識から外れる物を観測してしまったら、常識ではなく観測結果を疑う。人間なんてそんなものですよ。こちらで情報操作もしていましたし」

「こんな者に目をつけられるとは人類も不幸です」

「別に人類の存続という『幹』に手をつけるつもりはありません。増えすぎた枝を剪定するだけ、不要な枝がこれ以上増えないように管理するだけです。不幸などではありません」

「その剪定作業に切り捨てられる枝は不幸ですよ。具体的には私という枝が」

「イモムシよ、お前は私が私のために作り出した物です。最後までついて来てもらいます」

「本当に不幸です」


 名前を持たないイモムシはため息をついた。

 口ではなく身体の側面で出入りする空気を『息』と呼べればの話だが。





 虎じま宇宙機の最初の攻撃は凌いだ。

 僕はホッと息をついた。

 飛散する破片を受け流し続ける。不可能ではないと思っていたけれど簡単ではなかった。神経をすり減らすような作業だった。


 虎じま機が攻撃の第二陣を投射してくる。

 最初と同じ八発の弾頭。


 一度防がれたのと同じ攻撃を繰り返すような優しい相手なのか?


 虎じま機が分離した。


 もともと五つのパーツに分かれているのは見えていたが、分離形態の方が戦闘時の主力形態だったらしい。

 中央に一機。周囲に四機。

 慣性移動にしては不自然な動きがある。

 あの五機は分離しているようで独立しきってはいない。こちらからでは見えない単分子ワイヤーで接続されている。他の機体に引っ張ってもらったり、単純にワイヤーを巻き取ったりする事でこちらからは予測困難な運動が可能になっている。


 そして、弾を撃ってくる場所が五箇所に分散したことも、僕が敵弾の未来予測をする難易度を上げている。


 予想通り優しくはなかったな。


「ロッサ、大丈夫なの?」

「こちらの武器の有効射程に入るまではなんとか凌ぎ続けるしかない。それとも、あの機体にもハッキングを仕掛けられるか?」

「軍用機相手にそれは無理。相手のタイプOも軍用はスタンドアローンだし、機体のセキュリティも半端じゃない。直接接触できれば子機は奪えるかも知れないけど……不可能よね?」

「接触、か。期待しているぞ」

「え?」

「どうせ同族が相手では射撃が当たる気がしない。格闘戦に近い戦いになる」


 話しながらレールガンを撃つ。

 これも敵の弾頭の陣形を崩すだけの牽制射撃だ。

 弾頭は自律制御だ。虎じま機が制御しているわけでは無い。だから先ほど撃った時と同じように回避するかと思ったが、わずかな条件の違いで分岐するのか全く違ったパターンにばらけた。


 同じ動作の繰り返しで楽をさせてもくれないか。


 五つに分かれた虎じま機たちが先の弾頭よりも小型・軽量・高速の弾を嵐のように撃ってくる。

 命中を狙わないばら撒きだ。こちらの思考のリソースを奪うのが主目的。他の弾を避けた時の事故を期待してもいるだろう。


 本当に優しくない!


 先に撃たれた弾頭が破裂して破片をばら撒く。


「衝撃に備えろ。歯を喰いしばれ!」


 爆散円が広がる。

 襲ってくる破片を斜めに構えた盾で受け流す。二発目、三発目、四発目。


 !


 反対側から迫ってきた破片をこちらのレールガンで弾き飛ばす。


「被害は⁈」

「装甲のセラミック部分にヒビが入ってきた。それ以外は問題なし」


 単分子ワイヤーが健在ならば装甲を抜かれる事は無いだろう。しかし、セラミックを削られ続ければいずれは形を保っていられなくなって崩壊する。


 敵の弾幕のおかわりが次々に発射されている。

 僕の集中力が続かなくなるより盾が崩壊する方が先だろうか?

 しかし、打ち上げ式タンクを使った全開機動にはおそらくシグレが耐えられない。


 仕方なく破滅の足音を聞きながら受け流しを続ける。

 受け止め、反動で移動し、また受け止める。

 ドーサン本体の推進剤が補充できていないのも痛い。イチャイチャしている暇があったらタンクから移し替えておくべきだった。


 そうしている間に気づく。敵の宇宙機の接近がゆっくりになっている。

 敵味方の相対速度が低下している。


 考えてみれば当然だ。

 敵はレールガンで弾頭を投射しまくっている。前に向かって何かを撃てば反動で後ろに下がる。

 そして、こちらはその弾を受け止めている。斜めに受け流すことで横方向への移動をしているが、後方へのベクトルがない訳ではない。


 こちらも向こうも制動をかけながら戦っている形だ。


 受けとめ続ける合間にレールガンで反撃する。

 やはり距離がありすぎる。牽制にもなっていない。虎じま機に推進剤を使わせる事もできずに、単分子ワイヤーの伸縮だけで避けられてしまった。


 戦況を変化させなければ負けるだけ。


 僕はドーサン本体を底面装甲から分離させた。

 こちらも単分子ワイヤーで二機の多腕式宇宙機と接続する。


 そして、底面装甲を前方へぶん投げさせた。


 僕の制御から離れた装甲はたちまちのうちに多数被弾。ボロボロになって回転しながらあらぬ方向へすっ飛んで行く。


 その陰でこちらは新しい合体を完了させる。

 多腕式宇宙機たちを左右対称(シンメトリカル)な形でドッキング。小さなサブアーム同士で握手させてガッチリと固定。その二機を跨いでドーサン本体を取り付ける。


 多腕式の片手は打ち上げ式タンクを掴んだままだ。そちらの腕は左右に広げ、もう一方の腕はバランスを取るために後方へと伸ばす。

 全体として二脚二腕の人型に見えなくもない。


 機動力を確保するためには打ち上げ式タンクを使用したい。しかし、こいつの噴射は微調整が効かない。ドーサン・デルタの重量のかなりの部分を占めていた底面装甲を手放した今、タンクの使用によるGは大気圏離脱の時よりもさらに大きくなっているはずだ。

 だから僕は『両腕』のタンクをハの字に構えた。

 噴射による推進力の大半をお互いの推力を打ち消すことに使う。

 経済性を完全に無視した推進剤を浪費しまくる方法だが、これでなんとか適切な推進力を確保できる。


 ドーサン・ヒューマノイド。

 いや、こいつの名称はドーサン・ロボでいいか。


 重装甲で相手の攻撃を受け止める戦い方から高機動型への転換。盾の破壊を狙った厚い弾幕の外側を飛翔する。


 両腕に構えるタンクを動かすことで複雑な機動を可能にする。

 わずかな間でも敵の意表を突くことに成功した、と思う。虎じま機の攻撃をかいくぐって間合いを詰める。


 豆鉄砲のレールガンで砲撃しても効果はない。

 だから、別の武器を使う。


 ハの字に開いた打ち上げ式タンクの噴射口を前方に向ける。

 単体の弾体しかないレールガンよりもこちらのプラズマ噴流の方がずっと強力だ。二本の噴射炎で前方を掃射する。

 五つに分かれて的が増えたと言っても虎じま機たちは『点』の存在でしかない。そう簡単に当たりはしないし避けられもする。

 しかしここには『線』もまた存在する。


 虎じま機たちを結ぶ単分子ワイヤー。

 物理的衝撃には極めて強い単分子ワイヤーだが、核エネルギーを基にしたプラズマ噴流が相手では分が悪い。そして『線』と『線』が交差するのだ。外れるわけが無い。


 ワイヤーは断ち切られ、虎じま機たちは連携を失ってバラバラになった。


 ここで畳み掛ける。


 僕は打ち上げ式タンクをもう一度回転させて先端を前方に向ける。

 手を放して、発射する。

 常識外れの巨大ミサイルだ。

 膨大な質量と運動エネルギーに加え、動力源の核融合炉の存在も考えれば相当な破壊力の武器と言える。


 もちろん、戦闘用の兵器ではない。

 意表を突いたとしても軍用の宇宙機に命中するなどあり得ない。

 しかし、虎じま機の後ろには整備補給基地がある。まともな機動性など存在せず、小さなデブリを迎撃する程度の武装しかない民間のステーションだ。

 そちらを狙って撃った。


 わずかに間があった。


 全開噴射の打ち上げ式タンクがふたつ、虎じま機の横をすり抜ける。

 状況判断が遅い、と評価させてもらおう。


 虎じま機たちの一機が大慌てで反転。タンクたちに後方からの砲撃を行う。


 装甲など持たないタンクは簡単に爆散した。


 これも計算通り。

 水素やヘリウムが大量に詰まったタンクが爆発したのだ。

 水素と言っても周りに酸素が存在しないここでは可燃性の気体とは言えないが、それでも核融合炉の爆発の影響を受ける。普通ならば宇宙では発生しない衝撃波が広がる。

 電離した気体が遠方からのこの戦闘の観測を難しくする。


 僕たちの当面の敵は虎じま機だが、はるか遠方から反陽子砲で狙っている保安局の事も忘れるわけにはいかないから。


「そこか」


 僕は反転してタンクを迎撃した機体を指令機であり有人の機体であると判断。

 タンクを失って乏しくなった機動力をすべて投入してそちらへ向かう。

 ドーサン・ロボを構成するパーツはもはやドーサン本体と二つの多腕式宇宙機だけだ。多腕式に少しだけついているバーニアとドーサンの推力でもそれなりに加速できる。


 ドーサンの推進剤の最後の一滴まで使い切る。


 ロボの肩に何かが接触する。

 ありがたい事に虎じま機から伸びるワイヤーだ。手で掴んで引き寄せる。


 虎じま指令機に接近する。

 片方の腕を最大限に伸ばす。


 掴んだ!


 指令機の側面にまわり込む。相手の前方へ向けて固定された武器はもう使えない。

 ロボと指令機が相対速度の違いから、お互いの周りをまわりはじめる。


 虎じまにも至近距離用の武器はあった。

 回転ターレットがこちらを向く。


 だが、遅い!


 指令機を掴んだ腕を縮める。

 逆側の腕を伸長させる。

 伸びる勢い・縮める勢いを利用して、ターレットを思いっきり殴りつけた。


 多腕式宇宙機は工事現場で使用する物であり、何かと接触しても問題ないように頑丈に造られている。対して戦闘用の宇宙機が接近して殴りあいをするような事は異常事態だ。

 結果として虎じま機の砲塔はひしゃげ、その機能を停止した。

 こちらの拳は無傷だ。


 両手両足の四つの手で虎じま機にガッチリと貼りつく。


「よし、取り付いた。接触したぞ!」

「あとは私の仕事って事?」

「現状のドーサンには長距離航行能力はない。この機体を乗っとら無ければ僕たちの旅は終わりだ」

「やって見せるわよ!」

「あ、髪の有線接続はなしでな。ヘルメットはかぶっておくように」

「え?」


 虎じま機のハッチが開く。

 そこからゆらりと出現した姿に僕は警戒を強める。強敵の出現だ。

 どうやら僕の仕事もまだ終わっていないようだった。


 そして、宇宙の彼方では僕たち全員に関係する脅威が到来していたのだが、その事には誰も気づいていなかった。

 少なくとも僕には無理。

 目の前の状況以外に目を向ける余裕なんてないよ。

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