2 雌虎の咆哮
惑星ブラウ保安局、星間結社ヴァントラル、燃料公社。
僕たちを取り巻いているのはこの三つの勢力だ。ヴァントラルにとっては僕が、燃料公社にとってはシグレが使い勝手の良い『備品』であり、僕たちにはその立場に戻るつもりがない。
保安局とはこちらからは敵対する理由が無いのだが、生憎むこうから見れば僕はテロの実行犯。手加減する理由がない。
宇宙に出た途端に三者と遭遇する事になるとは、見通しが甘かったか?
最初の相手は燃料公社。と言うか、そのバックにいる連邦軍。
整備補給基地の駐在武官が操る虎じま宇宙機だ。
虎じま機は五つの円筒で構成されていて、それぞれが独立行動可能な模様。各パーツにレールガンやらミサイルランチャーやらが多数搭載されていて、わざわざ数える気にもならない。
超遠距離からこちらを狙っている保安局の機体とは違って、近距離での空間制圧を狙う設計思想。一発の破壊力や弾数まで考慮すればその火力はこちらの100倍程度では済まないだろう。
対してこちらが優越している能力はあるだろうか?
防御力はこちらが上かも知れない。大気圏突入用の単分子ワイヤー編み込み装甲は物理的な衝撃に対しても有効だ。レールガンが相手ならば十分に受け止めてくれるだろう。
打ち上げ式タンクの推力を全開にすれば加速性能もこちらが上の可能性がある。そして、最大加速を持続する能力ならば間違いなくこちらが上だ。他機に補給するための推進剤を自分で全部使える以上、経済性などの要求を無視した常識外れの持続時間がある。機動性で相手を翻弄するのも現実的な選択肢だ。
シグレの虚弱さ、という枷が無ければの話だが。
ドーサン・デルタはブラウの大気圏を離脱したところであり、虎じま機の発進した整備補給基地は一仕事終えたガスフライヤーが翼を休める場所である。
位置関係上、虎じま機はこちらの頭を抑えるような動きをしている。虎じまの横をすり抜けるのは難しそうだ。
「ねぇ、ロッサ。私は邪魔でしょう?」
「君がこの宇宙機の中で一番に脆弱な部分であるのは否定しない」
「好きにして良いよ」
「え?」
「どれだけ加速しても、どんな衝撃を受けても良い。それで骨が砕けても血反吐を吐いても構わない。命を落としても私の望みはすでに叶っている。……あのケースに入れられて10年、外へ出ることをずっと夢見て生きてきた。それが外へ出られてキスまでできたのだもの。悔いはないわ」
ケースの中に10年?
そんなほとんど赤ん坊の頃からかと一瞬思い、タイプEは長期間の使用のために寿命を2倍程度引き伸ばされていたはずだと思い出す。学習能力が高い幼少期も同じように長くなっている。
タイプEのプロトタイプであるタイプVも同様の性質を持っていて不思議はない。
僕の腕の中にいるこの少女が僕よりも歳上である事に気づいて不思議な気持ちになる。
タイプEの初期型とタイプOの亜種ならば、当然そうなるな。
タイプOは戦闘用。兵器には性能と同じくらい生産性も重要だ。こちらは逆に幼少期を半分ぐらいに短縮されている。
僕は生産されてから10年しか経っていない。
それにしても、シグレの言葉はあざとすぎではないだろうか?
「好きにして良い」なんて別の意味にしか聞こえないぞ。そんな事を言われたら意地でも彼女を守り通したくなるではないか。
そんな心理戦は僕には通用しない、かどうかは横におく。
こちらだって生き残るために彼女を肉体的に籠絡しようかと考えていたぐらいだから、アレコレする事に何の障害もないな。
虎じま宇宙機から8つの何かが射出されたのを観測する。
その何かはドーサン・デルタを取り囲むようなコースをとっている。まず間違いなく破片飛散型のミサイルだろう。この辺りの空間を破片で飽和させるつもりだ。教本通りの攻撃だ。
ならばこちらは教本破りの手で対応しようか。
いや、アレは教本では必勝の攻撃とされているから教本にない応手でなければ敗北が確実だが。
「こんな相手はさっさと撃破してイロイロとぶち抜く事にしよう」
「イロイロって、何を⁈」
イロイロ、さ。
整備補給基地VT-02所属の虎じま宇宙機は正式名称はワンダガーラだった。
搭乗しているのはシグレの記憶どおりタイプOの強化人間、カラン・インベーションだった。
タイプOとしては珍しくカランは女性だった。
戦闘用の強化人間が無制限に増えるのを抑制するためにタイプOの遺伝子は劣勢として設定されている。その上で製造されているタイプOの大半が男性であり、第一世代のタイプOが同じタイプOの子供を持つことはほとんどない。第三世代以降でタイプOの子供が自然発生することが稀にあるが、その程度は大きな問題にならないものと考えられていた。
戦闘用兵器の製造ラインにはある程度の予備が存在する事が望ましい。
カランの存在はその予備であり、在野で偶発的に生まれる女性タイプOを受け入れる受け皿だった。
余談だが戦闘用強化人間の製造をこの『予備ライン』だけで賄おうとする構想がかつてあった。生殖能力を強化したタイプO。この構想が実現していたらタイプOはオーガーではなくオークと呼ばれていたはずだが、無秩序に増殖する可能性を持つ兵器は危険だと開発が見送られた。
その事で一部のタイプEたちが胸を撫で下ろしたとか。
それはさておき、カランの戦士としての力量は決して低くはなかった。
交戦相手がヴァントラル所属の強化人間だと聞き、侮ることもしていない。侮ってはいないが、自分よりも少しだけ下の相手だとも思っていた。
テロ組織に所属する強化人間は基本的には鉄砲玉だ。
戦力になるぐらいに育ったら、早めに作戦に投入されて使い潰される。維持費を最小限に抑えるためにそうならざるを得ない。防衛任務などで長生きする者はいないし、当然ながら経験を積んだベテランなど存在しない。
カランは対戦相手のことを軍の平均よりも少しだけ下の技量の持ち主だと想定していた。
カランは接近してくる宇宙機を観測し、それがガスフライヤーのパーツを組み合わせた急造の物であると知る。
機体に対する評価を一段下げ、逆にそんな物を急造できる相手パイロットに対する評価を一段上げた。
基地からの通信が入る。
「こちらVT-02。カラン、司令から該当宇宙機の破壊許可が出た。速やかに実行せよ」
「こちらワンダガーラ。ギム、本当に良いのか? 私ならば人質の奪還も不可能ではないぞ」
「君の能力は信じるが、危険は犯せないというのがこちらの判断だ。相手もタイプOなのだろう?」
「ウォーガード姓を名乗ったのならばまず間違いなくタイプOだ。アレはタイプOの中でも、優秀だがクセが強くて扱いにくい者に与えられる姓だからな。スペック性能の高さを活かして抑止力としてどこかに置いておくぐらいしか使い道がない。だからウォーガードだ」
「相手が優秀だと言うのならますます許可できない。万が一でも君が負けたらこの基地が破壊される。安全確実に相手を殲滅せよ」
「了解した」
そしてカランは破壊の化身を投射した。ロッサが観測したとおりに八つのミサイルを。
宇宙空間においてミサイルと砲弾の区別は明確ではない。空気抵抗がなく地表への落下も重要視する必要のない世界では、推進器を働かせ続ける必要がない為だ。
ワンダガーラがレールガンで射出した物体は敵性機体に向けて慣性で移動する。
敵性機体が進路を変えて弾丸の包囲から逃れようとすると、弾丸表面に設置された爆薬が破裂して弾丸が移動するベクトルを変える。
その程度で逃げられはしない。
それは敵性機体の撃破で終わる決まりきったルーチン、のはずだった。
八つのミサイルが敵機を包囲して爆発すれば、死を呼ぶ破片が八方向から敵を襲う事になる。どんな超人にも避けられるものではない。
懸念材料があるとすれば、敵性機体との相対速度がやや小さい事か。破片飛散型の弾頭が真価を発揮するには足りない。しかし、破片が命中して被害が出ないということはあり得ない。
敵性機体が発砲した。
直進しかしない至近距離専用の単純なレールガンの射撃だ。
狙いは正確。
カランの撃った弾頭めがけて一直線に飛ぶ。
正確な狙いであっても意味はない。自律思考する弾頭は自己の判断で弾丸を回避する。
敵性機体が連続で発砲する。
「ほう?」
カランは感心する。
敵性機体の撃った銃弾がカランの弾頭を追いかけ回す。弾頭が破壊されることはなかったが、その隊列は乱れた。これならば敵性機体の撃破確率が100%から99%ぐらいに下がっただろう。
生き残るためにはどんな小さな手でも打つ。その姿勢は見事だ。
1%の可能性に備えてカランは次弾を用意する。
自律思考する弾頭たちが敵性機体に近づく。弾頭は次々に破裂して大きな運動エネルギーを持つ破片を振りまいた。
「は?」
あり得ない事柄にカランは思わず声を上げた。
複数の爆散円が広がり、敵性機体はその中に捕らえられた。よほどの偶然が無ければ敵機は破壊を免れない。
そのはず、だ。
レーダー上で敵機はヌルリと横へ滑ったように見えた。
滑るように動いて爆散円間を抜け、こちらから見える限りでは無傷であるようだ。
馬鹿げている。
こんな事はあり得ない。
今、いったい何が起きたのだ?
カランは考えた。
真剣に考えた。
何も思い浮かばなかった。
助けを求める。
「ギム! そちらでも観測しているのだろう? 今、いったい何が起きた? どうして奴は無事なのだ? 伝説の慣性制御装置でも持っていると言うのか⁈」
戦闘に関して素人だと見なしている相手に教えを乞わねばならない。屈辱だった。
笑い声がかえって来た。
「そんなファンタジーな物ではないよ。現在、検証中だが原理は簡単だ。奴は破片を受け止めてその反動で動いたんだ。あの即席宇宙機はガスフライヤーの底面装甲を持っている。単分子ワイヤー編み込み装甲ならば破片を受け止めてもそう簡単には破壊されない。正面から受け止めずに被弾傾斜を利用すれば尚更だ。破片が持つ運動エネルギーを利用して移動した訳だ」
「何だって?」
「それを二度三度と繰り返した。それだけだ」
「いや、それは無理だろう。破片は八方向から飛んでくるのだぞ。片方に盾を構えても反対側からの破片に被弾する」
「避けたのだろうな」
「すると、何か? 奴は破片を盾で受けた衝撃を利用して移動して、その移動で逆方向から来る破片をすべて回避した、と? 奴には未来が見えているとでも言うのか⁈」
「対象の宇宙機が極めて高度な演算能力を持っているのは間違いないな。……ただの偶然かもしれないが」
「敵方に都合の良い偶然が起きたなど、そんな想定をして動くのは愚か者だけだ」
あり得ない事が起きた。
その事だけははっきりと分かった。
ロッサ・ウォーガードと名乗ったというその同族の事を、カランは自分よりも格上であると戦慄とともに認定した。
「ウォーガードどもは訳がわからん奴が多いから」
心の底から呻き声をあげる。
正確には『訳がわからん能力を持っている』からウォーガードと名付けられるのだが。
「あらためて訊こう。カラン、勝てるか?」
「わからない。しかし、火力は間違いなくこちらが上だ」
敵性機体の攻撃を回避する能力は認めよう。しかし、それならば回避する空間を与えないぐらいの飽和攻撃をくれてやるだけだ。
カランは再度、八発の弾頭を射出した。
そしてワンダガーラの真の姿を露出する。
「ワンダガーラ最強殲滅形態、起動」
宇宙の雌虎が本気の牙を剥いた。