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被造物たちの宇宙  僕らは創造主に反逆する  作者: 井上欣久
第二章 突撃、隣の宇宙船
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1 宇宙に待つ者

 ドーサン・デルタは惑星ブラウの大気圏を離脱した。

 大気圏離脱の最大の目的はシグレに食事をとらせることだ。コックピットを与圧したうえで、咀嚼する力もない彼女に口移しで食べ物を与えた。

 唇だけでなく時おりお互いの舌までが触れ合う。


 嫌がるそぶりはない。

 これは、もっと先まで進んでも良いかな?


 彼女と探るように視線を交わす。


 宇宙へ出たことで、お互いに当座の命の危険からは逃れた訳だけど、ここから先の協力関係はどの程度期待できるだろうか?

 肉体の関係をもって契約とする、と踏み込むことも考える。


 でも、彼女の体力がそこまで持たないかも。身体の発育的にも厳しい。


 惜しいと思いつつ、宇宙服の解除に向かいつつあった腕を戻す。


 と、ドーサンの無線機が何かを受信したと知らせてきた。

 つい、いつも通りに自分の角の端末で受け取ろうとする。このコックピットに居れば、壊れていても無線接続に支障はない。


「ロッサ、待って」


 シグレが制止する。

 彼女の銀の髪が、無重力の中でうねうね動く。ドーサンと有線接続した。

 今まではヘルメットを外せなかったのでこれが出来なかったようだ。


「音声通信だけでなく、ロッサをコントロールするためのデータも混ざっている。直接受け取らない方がいい」

「すまん。不注意だった」


 でも、それを一瞬で看破するって、シグレも同じことが出来るよね。注意しないと。

 この貧相な身体にちょっとでも欲情しちゃったのは操られていたのではないかと疑いを抱く。


「通信の差出人は星間結社ヴァントラル。任務の通りに整備補給基地VT-02へ体当たりしろっていう内容」

「ガスフライヤーを基地にぶつけろとは言われていたけれど、その命令に僕らの回収についての文言はある?」

「ないわね。代わりに自己犠牲とか忠誠心を増幅するデータ入り」

「命令『死ね』か」

「間違いなく」


 戦争をやっていて兵士に『死ね』と命令するのは必ずしもおかしなことでは無いが、助けようとする気配もないのは不愉快だな。

 と言うか、僕らがやっているのは戦争ではなくテロ。

 命令する側は命も何も賭けることなく、こちらの生命を一方的に捨てさせようとするのはアウトだろう。


「こちらの命を少しでも大切にする気持ちがあれば、組織への手切れ金代わりに底部装甲をぶつけるぐらいはしてあげても良かったんだが」

「それはちょっとやめて欲しいかな。あそこには『友達』とまでは呼べなくとも、死んだら惜しい相手ぐらい居るから」

「それは羨ましいな。僕にはそんな相手は居ない」

「それは必要以上に仲間意識を持たないように感情をコントロールされていたのではないの?」

「個人同士のつながりを断って組織への帰属意識だけを高める、か。あり得るな」

「ロッサって、意外に面倒見がいいから」


 それはない。

 僕は全体の効率を重視しているだけだ。


「ちなみに、発信源を捕捉したわ。ダフネ補給泊地に停泊している宇宙船よ。現在、逆にハッキングを仕掛けて、木馬を仕込んでいるところ」

「……そんな事、出来るのか? 相手だってテロ組織。素人では無いだろう」

「テロ攻撃をするのは得意でも、守りは薄いみたいね。私の能力ならばどうとでも出来る。ケースに入れられてすべてのアクセスを監視されていた時とは違うから」


 なぜだろう? 彼女が監禁されて厳重な警戒の元に置かれていたのが安全保障上、当然のことのように思えてきた。

 ま、その矛先が僕に向かないのなら構わないけどね。


「まあいい。ヴァントラルからの指示はとりあえず無視しよう。返事をする理由もない。こちらの無線が壊れているとか、適当に考えさせよう」

「了解」

「ハッキングで相手をどの程度操れる?」

「しばらく時間を貰えれば全面乗っ取りも夢じゃない。……さすがに、そこまで行く前には気づくと思うけど」


 シグレがその船のソフトウェアを乗っ取れるのならば、後は僕が物理的にも乗っ取ってやろう。

 そんな思案を始めた時、ドーサンのコックピットが真っ赤に染まった。


 レッドアラート。

 ロックオン警報!

 火器管制用のレーダーに捕捉された。


 敵は何者だ?


 考えている暇はない。

 とっさに使用できるすべての推進器を使用してドーサン・デルタの移動ベクトルを変化させる。


 攻撃は、来ない。


「シグレ、どこからロックオンされた?」

「調査中。ヴァントラルからじゃない、別方向。この延長線上にはブロ・コロニー」

「ブロって、そんなに遠くから?」


 ブラウ惑星系の首都、スペースコロニー『ブロ』。軌道要素まですべて暗記している訳では無いが、ここからなら光秒単位の距離があるはずだ。

 ロックオンされたと言ってもミサイル系の武器は到着まで何時間(下手をすれば何日)もかかるし、レーザーでさえこちらの未来位置を予測して撃たなければ当たらない。


「そちらからメッセージが届いた。映像と音声データのみ。……開ける?」

「聞こう」


 サブのスクリーンに厳つい姿の年配の男性の姿が映し出される。

 いや、彼を『厳つい』の一言で済ませて良い物だろうか?

 彼のもともとの生まれは原種に近い人間であるようだ。しかし、今の彼を見て『原種人類』と分類する者は居ないだろう。肉体の過半を機械化しているようで、しかもその機械化をまったく隠そうとしていない。『サイボーグ』と呼ぶよりも『機械化人間』と表記する方が適切な気がする。映像に映っているのは上半身だけだが、腰から下が宇宙空間移動用のバーニアユニットになっていたとしても驚かない。

 そして、彼の肉体には、生身の部分にも機械の部分にも無数の傷跡が残っている。


 彼は古強者だ。

 そう確信する。

 僕としては少しだけ憧れる。


「私はブラウ警備局所属、レストラット保安長だ。ガスフライヤーの残骸を組み合わせたとおぼしき宇宙機よ、貴機の所属と航行目的を明らかにせよ。念のために言っておくが、貴君はテロ組織との関連が疑われている。不用意な行動はしない事だ。明確な返答を期待する」


 あんな古強者と駆け引きができるなんて楽しいな。

 気がつくと僕は笑みを浮かべていた。……しかし、すでにアキツの事件がテロと認定されているとは。事故と思われてもおかしくないと思うのだが、ヴァントラルで犯行声明でも出したのだろうか?


 僕の記憶によれば『保安長』とは別名『保安官(シェリフ)』。本部と連絡がつかない場合は独断で対象の殺害も許されている立場だ。その相手が僕らをロックオン済み。いつ攻撃が来てもおかしくない。


 そら、来た!


 ブロ・コロニーの方向から高エネルギー反応。光速よりは遅い。粒子ビームか?

 撃つのが早すぎだろう。あちらからの通告に即答していても、まだ向こうに答えが届かないぐらいの時間だぞ。


 ビームが微妙に外れているのを認識する。

 威嚇射撃かも知れないが機体を回転させてビームの方向に底部装甲板を向ける。単体の砲弾ではないビーム攻撃ならばビームを振り回して『斬撃』とする手法が存在する。

 ま、これはビームに限らない。大昔の機関銃でも『肉切り包丁』などと呼称されたりしたらしいしね。


 ビームは振り回されはしなかった。

 そのかわりに宇宙を漂うデブリの一つに命中した。狙ったのならば恐ろしい精度だ。


 デブリは爆発した。

 真空中なので音はしない。衝撃波も広がらない。かわりにとんでもない量の放射線があたりに満ちる。

 核爆発級の放射線だ。装甲板をそちらに向けたのを幸運だったと思うレベル。

 ただの粒子ビームに見えるのに質量をエネルギーに変換する攻撃。

 反陽子砲だ。


 さすが古強者。

 この距離でもこちらを撃破するのが可能だと初手から示してきたか。


「ロッサ、大丈夫?」

「勝てる、とは言えないな。こちらからは応戦する方法が無い」


 ドーサン搭載のレールガンなどこの距離では何の役にも立たない。ロケットをふかして飛んでいけば、先に発射したレールガンの弾を追い抜くことすら可能だ。


「シグレこそ、あちらにハッキングは仕掛けられる?」

「無理ね。距離がありすぎる上に、油断もない。ヴァントラルに対して木馬を撃ちこめたのはドーサンが自分の所の機体だと油断していたからだから」

「戦わない対処しか無いか」


 ロックオンして来た相手を調べてみるが、こちらのレーダーには映らない。それどころか可視光線ですら見えない。本当に相手の方向しか分からない。

 おそらく相手は鏡面装甲装備機体だ。こちらから見ようとしても鏡に映った宇宙空間しか見えないのだ。


「返答しよう。音声だけをつないでくれ。相手に不要な情報を渡す必要はない」

「わかった。……どうぞ」

「こちらは星間結社ヴァントラル所属の宇宙機DML-13私はロッサ・ウォーガードだ。航行目的は破壊と略奪。すでに燃料公社のガスフライヤーを破壊し、その乗員一名をこの機体に乗せている。貴官の理性ある対応を期待する」


 これだけ言って通信を切る。

 嘘は一言たりとも言っていない。


「ロッサ、私に人質の価値があるかどうか」

「誰を乗せているかは言っていないからね。公的機関としては問答無用の撃破はやりにくくなっただろう」


 光の速さの限界に縛られた、間を置いたやり取りが続く。


「DML-13、人質の安否についてお尋ねしたい」


「レストラット保安長、貴官と交渉する予定はない」


「DML-13、その返答は人質の存在に対する疑問につながるぞ」


「レストラット保安長、人質の不在を証明しなければならないのは貴官だ。逆ではない」


「ウォーガード君、君の両親は泣いているぞ」


「私の遺伝情報をテロ組織へ売ったデザイナーは戦果の拡大を期待していると思われる」


「ウォーガード君、貴君の航行目的は認められない。貴君が既存の施設や宇宙機に接近する軌道をとった場合、人質の有無にかかわらず攻撃すると宣言する」


 そのセリフが聞きたかった。

 僕はシグレを抱く腕に力を入れた。


「シグレ、保安長とのやりとりをまとめてヴァントラルへ送ってくれ。反陽子砲に狙われていて整備補給基地への進路がとれません、ってな」

「了解」

「不自然でない程度にダフネ補給泊地へ近づく軌道をとる。ヴァントラルの宇宙船の奪取を狙うぞ」

「トロイの木馬は潜伏モードで」

「その時が来たら頼む」


 大気圏離脱時の話し合いで僕たちの当面の目的地は『地球』と決めている。

 地球へ行くためには超光速航行ができる宇宙船が必要で、まともな手段ではそれを手に入れるのは不可能だ。敵対勢力の宇宙船があるのなら奪い取らない理由がない。

 僕たちの航行目的は『破壊と略奪』だからね。


 ちなみに同じく敵対勢力であってもブラウ保安局の宇宙機ではダメだ。

 距離が離れすぎている事は横においても、その任務の性質上、保安局がもつ機体は『宇宙機』だ。外洋型の『宇宙船』ではない。他の星系まで飛んでいく能力は持っていないはずだ。


『ある程度補給泊地に近づいたら目くらましを仕掛けてから軌道を変更して……』と、この先の作戦プランを組み立てていると、シグレが注意を促した。


「ロッサ、三つ目の勢力が参戦よ。VT-02に動きあり」

「燃料公社から? あそこの戦力は大きいのか?」

「整備補給基地には軍人の駐在武官もいるし、それなりの防衛戦力も持っている。保安局と違って自分の所の人間が人質でも遠慮なく攻撃できるはず。乗っているのが私だと知ったら尚更にね」

「騙し討ち的にガスフライヤーを体当たりさせるのが最良の攻撃手段ってわけだ」


 レーダーに反応あり。

 整備補給基地から離れる物体がある。大型の宇宙機のようだ。


 望遠の映像で捉える。

 五つの円筒を束ねたような形状の宇宙機だ。反陽子砲のような超兵器は確認できないが、レールガンやミサイルランチャーは大量に装備している。見たところ、五つの円筒は分離して独立行動が可能な様でもある。

 大きさは全長・全幅・全高すべてに関しておよそ100メートルほど。

 目につくのは機体が黄色に黒の縞模様に塗装されている事。あれは災害救助時に周りから発見されやすくするためだろうか?

 それが目的にしては模様が細かい。

 どちらかと言うと地球原産の大型肉食動物を模した印象だ。


「シグレ、あの虎じまの性能は分かる?」

「細かい性能は非公開。でも、一点を除いてそんなに常識外れの性能は持っていないはず」

「一点って?」

「整備補給基地の駐在武官はタイプOだ、って言う事」

「それは、厳しいな」


 僕のような横流し品ではない正規採用型のタイプO。しかも装備も訓練もテロリストではなく軍事レベルとなれば侮れる相手ではない。

 普通に考えれば、勝ち目は薄い。

 搭乗者の能力が互角だと仮定しても、武装の質と量が違う。

 こちらがレールガンを一発撃ったら、冗談抜きに200発ぐらいが返ってきそうだ。


 僕が、負ける?

 僕が、殺される?


 僕と一緒にシグレも死ぬ?


 背筋に冷たいものが流れているような感覚がある。


 これは恐怖?

 僕が恐れを感じている?


 タイプOには恐怖という感情はないと思っていたけれど、それは間違いだった。これまでは脳に埋め込まれた端末で感情を消されていただけだ。

 僕が恐怖心で動けなくなる可能性もある?


 シグレが僕を見上げる。


「ロッサ、楽しいの?」

「え?」


 指摘されて気がついた。僕は無意識のうちに笑みを浮かべていた。

 恐怖心があろうとも、それを微笑みで抑えこむ。それが僕であるらしい。


「よし、勝つぞ。目標は虎じま宇宙機の撃破、あるいは捕獲。状況を引っ掻きまわして、遠くからこちらを狙っている反陽子砲も、どこを撃てば良いか分からなくしてやろう!」

「了解!」


 僕とシグレは微笑みを交わした。

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