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被造物たちの宇宙  僕らは創造主に反逆する  作者: 井上欣久
第一章 ガスフライヤー破壊指令
6/20

6 新たなるステージへ

 ひも状生物の群れの間を抜けた後、しばらく滑空をつづけた。


 ドーサン・デルタの機体はまだ持つ。

 計器を見る限りではそのようだが、僕はもう一つの懸念材料を見つけていた。


 シグレ・ドールトの事だ。

 彼女はケースの中に収められて生命維持装置で生かされていた。筋肉の量の低下も深刻だが、胃や腸の中に何も入っていないことも考慮しなければならない。


 ドーサンのコックピットは一応は与圧されているが、宇宙服の着用が前提でもある。特に外部の気圧が高い場合は信頼性がかなり低い。と言うか、現状でも水素ガスが混入している。つまり、ガス惑星内にいる間はヘルメットをとることが出来ない。

 そしてシグレが身に着けている宇宙服は非常用の簡易型で、着たまま何かを食べられるような機能はない。それはつまり、シグレの身体機能は惑星ブラウにいる間、低下していく一方だという事だ。


 僕の行動目的を僕自身の生存に限定するならば、シグレの生命や健康の維持は必須ではない。

 彼女の価値はドーサン・デルタの完成の時が最大でその後は下がってる。この先、戦闘がおきたら足手まといになる可能性が高い。


 僕の利益を最大にする方法は彼女のことは気にせずに行動して、足手まといになったら遠慮なく切り捨てる、だ。


 でも、それが最善の手だという気がどうしてもしない。


 僕は膝の上の小さな身体をそっと抱きしめた。

 宇宙服の上からでは嬉しくもなんともないけど。


「え、何?」

「シグレ、腹は空いていないか?」

「えぇと、そういう感覚は麻痺しているかな」

「しかし、消化器系には何も入っていないはずだ。今はこの身体に入っている栄養だけで動いている」


 その栄養も多いとは思えない。脂肪の厚みは少ない。筋肉もないから燃費は良いかもしれないが。


「心配してくれるの?」


 備品のメンテは必要だ。

 そう答えようとして思い止まる。真実、備品として扱われ続けてきた彼女には、それは絶対に言ってはいけない。たとえ軽口でも許されない。


「心配、と言うか、シグレの能力低下について懸念している」

「ありがとう」


 なぜ、礼を言う?

 僕は全体の効率の問題から発言しているだけだ。


「シグレは食事をとる必要がある。それも、最初は消化の良いものを小量しか食べられないだろうから、なるべく早く食べるのが望ましい」

「そうね」


 タイプOならば無茶な食事をしても問題ない。暴飲暴食は僕らの標準的なスタイルだ。しかし、タイプEの初期型にはそんな機能は無いだろう。


「つまり、シグレがヘルメットを外せる、食事をとれる環境を手に入れるために大気圏離脱を始めようと思う」

「任せるわ」


 隠れんぼはもうヤメだ。

 敵になるかも知れない、程度の相手から隠れ続けるメリットは大きくないと判断する。


 コックピットへの水素の流入が気になる。

 外気の侵入は止められないので呼吸できる空気を維持するのは放棄する。対処としてコックピットから酸素を追い出す。

 水素そのものには毒性はない。酸素と結合しての爆発さえ起こさなければ問題はない。

 毒性はない、と言っても酸欠空気なんかを吸い込んだら原種の人類ならば一発で昏倒するけどね。


 ドーサンのロケットを再始動する。

 加速しつつ高度を上げようとする。


 レッドアラート。


 推進剤の残量が5%を切った。


「ドーサンはもう限界だ。タンクのロケットを起動してほしい」

「細かい調整は効かないけど、大丈夫?」

「調整が効かないって、大昔の化学ロケットぐらい?」

「そこまで酷くはない。弱、中、強の三段階は行ける」

「とりあえずは弱で」

「いいけど、推力の中心と機体の重心位置がズレているのが問題」

「このまま噴射すると機首が下がる?」

「そう」


 デルタ翼の上にブースターを二つ無理矢理に乗っけている構造だからニュートン力学的にはそうなる。でも、流体力学まで考えるとどうなるかな? 翼の上に大きな空気抵抗になる物体が二つ載っているわけだが。

 機首が上がるか下がるかはやって見なければ分からない。


「ロケットの噴射方向はいじれる?」

「打ち上げ式タンクは多腕式で掴んでいるだけよ。いくらでも動かせる」

「ならばそれの制御権をこちらに渡してくれ。推進軸に対して翼の角度をつけてそれで調節しよう」

「宇宙に出てしまいさえすれば、後はどうとでも出来るものね」

「そう言えば、タンクの推進剤はどのくらい?」

「満タンでは無いけれど8割充足、かな。ほぼ無尽蔵に使えると思っていい」


 本来ならば他の船に補給するための推進剤だからな。自分で使うならばそうなるか。


 そして僕らの旅立ちが始まる。


 機体の進路を惑星の自転・公転方向と一致させる。

 これをやっておかないと、宇宙に出た後でどこへ行くにしても苦労することになる。


「大気圏離脱準備は完了だ」

「カウント5でロケットに点火します」

「了解」

「5、4、3……」


 シグレの声帯を震わせない声がひびく。

 

「2、1、点火」


 タンクのロケットは無人のタンクを宇宙へ運ぶものだ。出力最小でもその推力はかなり大きい。ググッと身体がシートへ押し付けられる。膝の上のシグレの重みもかかるが、その程度は僕にとっては何ほどでもない。


 強力なロケット噴射にドーサン・デルタはガス惑星の大気中を驀進する。

 大気の密度と推力の関係から、デルタ翼の角度を手動で細かく調節する。

 こんな状態では進路を定めるのは難しいが、元からまともな軌道計算などしていないから問題ない。


 そもそも、目的地すら決めていないからな!


「シグレ、身体は大丈夫か?」

「なんとか耐えられる」


 彼女のためには加速を強くして一気に大気圏を抜けるのが良いのか、それともこのままゆっくりと抜ければ良いのか、どちらだろう?


「それにしても、ロッサはまだ肉声で会話が出来るんだ」

「体感からして2G超え、3Gに届かないぐらいだろう。問題ないな」


 特に鍛えていない原種人類でもこの程度ならば会話ぐらいできるだろう。

 シグレの肉体は息も絶え絶えと言った風だが。


「ねえ、ロッサ。ロッサはこれから何がしたい?」

「何って? とりあえず、宇宙に出てドーサン・デルタをまともに航行できるように改装する」

「そうじゃなくて、もっと先。その場をしのぐ方法では無くて、何を目的に生きていくか、人生の大目標、かな?」

「つまり僕の長期戦略、あるいは戦略目標を知りたい、と?」

「そんな感じ」

「もっともな質問だけど、あんまり考えていなかった。これまでの僕にとって作戦目的とは結社から与えられるものであって自分で決めるものでは無かったから」

「それが問題、よね。私も同じ。私たちは突然に首輪を外された飼い犬のような物。元の飼い主の所へ戻る気が無いのならば、行く先を探さないと。何の目標もなくあたりを彷徨ったあげく、野犬狩りに会うのは嫌よ」

「何の制御もされていない戦闘用強化人間は単独でも危険物だが、それがタイプVのサポートを受けているとなると脅威度は跳ね上がりそうだな」


 そう考えると、人類社会のすべてが僕の敵になることもあり得るのか。

 戦うことは嫌いでは無いが、戦力差が大きすぎるのは考えものだ。


「それで、ロッサは何をしたい?」

「これまでの僕に戦略があったとすれば『僕個人の能力を上げること』だったな。どんな任務を命じられても、どんな環境でも『勝ち抜き・生き残る力を身につける』のが戦略。半分は趣味のような物だったけれど」

「筋トレが趣味なの?」

「そういうトレーニングだけではなく、宇宙機の操縦や格闘戦の技量なんかも含めた個人の能力全般の向上」

「分かる、かな。私もあのケースに入れられて肉体が使えなくなったのは悲しかったけれど、アキツを飛ばすこと自体は好きだった。機体の改良案を出したりもした」

「自分を磨いたり、能力をフルに発揮するのは楽しい、よな」


 話がそれた。


「自分の能力を最大限に発揮することを『幸福』と考えるならば、僕たちとしては困難な目標を設定してそれに挑むのが正解では無いだろうか?」

「何か間違っているような気がするけど、行動の指針としての大目標を決めるのには賛成」

「で、最初の質問に戻るわけだ。何がしたい?」

「なるべく大きな目標にするべきよね。……神様に挑むとか?」

「神なんて居るのか?」

「居るらしいわよ」


 なんだって?


「神と名乗る超知性体が宇宙のどこかに存在している、あるいは偏在しているって聞いたことがある。人類と接触したことも何度かあるらしい」

「宇宙にあまねく存在するって、そんなとんでもない化け物が人間なんかに何の用があるんだ?」

「人類の育成方針について別の超知性体と対立しているんじゃないかって、仮説が立っている。一方の超知性体が超空間航法とか真空エネルギーとかの『神の奇跡のような』オーパーツを人類に渡していて、もう一方がそれを妨害しているって」

「神と悪魔の対立か?」

「どっちが神でどっちが悪魔か分からないけれどね。超空間航法は便利だけれどそのせいで時空に混乱が起こったりしているし」

「それは……。超知性体とやらは実は一人で、自分で種をまいたり間引いたりしているだけなんじゃないか?」

「そうかもね」


 神様談義の間に大気圏を突破した。

 星の煌めく宇宙空間。惑星ブラウには大小さまざまな衛星が存在し、薄くはあるが肉眼で確認できるレベルのリングもある。惑星間・恒星間の宇宙空間よりはだいぶん賑やかだ。


「第一宇宙速度にはまだ達していない。もうしばらく加速を続けよう」

「もう少し離れないと宇宙服での船外活動も無理だしね。この辺りでは荷電粒子にやられる。重宇宙服が必要」


 アキツの中でヒューイたちが蹴散らした重宇宙服はこの為の物だったか。

 僕の装甲宇宙服ならば耐えられる可能性もあるが、今はヘルメットを非常用の物に取り替えている。危険は侵さない方が良いだろう。


 2Gから3G程度の加速がまだ続く。

 ドーサン・デルタは星の海を駆け抜ける。


「神様のことは横に置くとして、僕たちの目的をどうするかって言う話だったよね。シグレは何をしたい?」

「もう言った。神に挑む」

「本気?」

「私の知るなかで一番強そうなのが神。最終目標としてこれよりも相応しい物はない」

「僕以上の戦闘狂だな」


 そんな存在と敵対するとして、どんな準備をすれば良い?

 既知の宇宙を征服して人類の力を束ねた程度でなんとかなるのか?


「本気で実行するならば情報収集からかな?」

「それは私がやるわ。だから、ロッサの望みを言って」

「僕にはこれといった望みなんか無いんだけどな」


 僕は考えこむ。


「強いて言うなら、僕は旅をしたいな。あちこちに行ってみたい。バーチャルなものではなく、自分の肉体でね。僕が結社のアジトから外へ出たことはほとんどないから」

「それは立派な望みだと思う。最初はどこへ行きたい? タイプV的には『外宇宙(あっち)の方』が、鉄板だけど」

「そう言われると逆を突きたくなるな。地球へ行ってみよう」

「地球? 太陽系の?」

「星間結社ヴァントラルは地球至上主義を掲げているけれど、僕自身は地球に行ったことは無いんだよ。それを抜きにしても、人類の歴史の過半が刻まれている場所には興味がある」

「では、私たちの目標は地球へ行ってそこで神に関する情報を集めると言うことで」

「言うほど簡単ではないけどね」


 地球へ向かうと言っても、まさかドーサン・デルタではどうにもならない。デルタの居住性では惑星間の移動も難しいだろう。これで動けるのはブラウ惑星系の内部ぐらいだ。超空間航法が使える宇宙船が必要になるが、僕はガスフライヤー破壊の実行犯だ。真っ当な手段で利用できるとは思えない。


 密航でもするか?

 それとも奪い取る?


 ブラウのドクマムシが宇宙船を略奪する、か。

 ドーサンのネタ的に面白いかも知れない。


「そろそろ大丈夫だろう。シグレ、ロケット噴射を切ってくれ」

「そうね、私の身体も限界に近いし」


 無重力が訪れる。

 外は真空だ。僕は水素と窒素の混合気体となっていたドーサン内の空気を外へ追い出した。呼吸可能な空気と入れ替える。


「もう、ヘルメットをとっても良いよ」

「私、疲れちゃった」


 無重力でも動きたくないほどに衰弱しているのか?

 彼女が何時ごろからケースに入れられていたのか分からないが、寝たきりの病人よりも筋肉を使わない状態だったことは間違いない。

 僕は彼女のヘルメットを外してあげる。


「少しずつでも食べたほうが良い」


 僕は規定により常備されているカロリーバーを取り出した。


「食べさせて」


 カロリーバーを口元に運ぶが、大して固くないバーを噛みちぎる力もないようだ。


 解決策は、ある。

 だが、それにはちょっとした決心が必要になる。


 僕は自分のヘルメットも外した。

 カロリーバーを自分の口に入れてよく噛んだ。


 口移し。


 独りぼっちだった僕は女の子と口づけを交わした。

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