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被造物たちの宇宙  僕らは創造主に反逆する  作者: 井上欣久
第一章 ガスフライヤー破壊指令
4/20

4 生存への一手

 ひたすらに厄介で面倒くさいと知られている種族、か。

 しかしその性質は基本的に上司や管理者にとっての物のはず。と言うか、厄介で扱いにくいという評判があると言う事は、その厄介さを押してまで使いたくなる能力があるという事だよね。


「それでシグレ、君をどうやってそこから出せばいい? ケースを叩き割ればいいのか?」

「私がここへ入れられた時、出す時のことはあまり考えられていなかったはず。工具を使って分解する気がないのなら、破壊でいいと思う」

「そうか」


 この部屋には外の空気は流入していない。だが、それがいつまで続くかは分からない。

 ケースを壊す前に非常用宇宙服を用意する。

 Sサイズで良いだろう。こう言った宇宙機には耐G仕様の強化人間であるタイプ(ホビット)やタイプ(ドワーフ)の搭乗もよくある事だ。だからSSサイズまで含めた各種の宇宙服がそろっている。


 空間狙撃銃を使うと威力がありすぎるだろう。

 装甲宇宙服の拳でストレートパンチを入れる。


 弾かれた。


 手応えはあったので走り込んで二発目を打ち込む。今度こそケースにひびが入った。

 ヒューイとかフルスペックのタイプ(オーガー)ならば一発目で十分だっただろうが、僕の体重ではこの程度だ。


 一度ひびが入ってしまえば後は脆い。簡単に穴が開く。

 ドロリとした液体が流れ出し、中の少女がグッタリと倒れる。一見すると死体にしか見えない有様だが、ケホッと咳をした。


「長いケース暮らしで全身の筋肉が衰えているのか? 自力呼吸できるか?」

「だい、じょ、うぶ」


 答える声は切れ切れだ。

 本人ももどかしく思ったのか、すぐに無線のみに切り替えた。外部の音声を宇宙服のマイクで拾うか、電波を無線で拾うかの違いだけなので僕にとっては大差がない。


「なんとか息はできる。立つのは難しい」


 有線接続されていた『髪』が外れる。

 ケースの壁に寄り掛かるように倒れた彼女を、僕は外へと引っ張り出す。有無を言わさずに宇宙服を着せていく。


「ちょ、ちょっと、そこは自分でやるから」

「そうしてくれるとありがたい」


 女性の部分への管の接続方法なんて僕も知らない。男性用は簡単なんだが。


 これで当座の安全は確保できた。

 彼女の移動は僕が運べば問題ない。


「で、どうする?」


 僕は彼女に問いかける。

 助かるためには何をすれば良いのか。脱出艇があるのか、ガスフライヤーを修理できるのか。方針を示してほしい。


 しかし、彼女は目を逸らした。


「ごめん」

「ん?」

「ごめんなさい。嘘です。私が死ぬ前にこのケースから外へ出たかっただけ」


 僕はシグレを見つめた。

 肉体的にはまったく無力な存在だ。だけど、僕たちの端末にハッキングを仕掛けて僕を追い詰めたのは彼女だよな? 途中から動きが変わった所を見ると、ガスフライヤーのロケットエンジンをビーム砲代わりに使ってカイナンとコラトルを撃墜したのも彼女だろう。

 そんな女の子の敗北宣言?

 そんなのは絶対に受け入れられない。


「許さない」

「ごめんなさい。私の望みはかなったから、後は好きなようにしていいよ。拷問の方法とか、知っているのでしょう?」

「だから、その謝罪を許さない。僕はガスフライヤー『アキツ』の中枢を務める君ならば助かる方法を提示できるだろうと判断した。この判断が間違っていたとしないで欲しい。君の望みがかなったというのならばなおさらだ。君には助かる方法を考える義務がある」

「でも、アキツは大気圏内用のエンジンと翼を破壊され、推力も揚力も不足している。機首が破壊されて空気抵抗も増大、メインフレームにも損害が出ていて空中分解の危険さえある。これでどうしろと?」


 半分ぐらいは僕がやった事だったか。

 こっちこそ、ごめん。


「手段は問わない。何とかして衛星軌道上に上がるだけでいい。どんなに無茶な案でも構わない。実行面で困難が伴うならば、それは僕が担当する。それでもダメか?」

「……アキツ本体を生かす方法はない。搭載艇も0Gの真空中で使うタイプだけ。ロッサの乗ってきた宇宙機はどう?」

「帰りの分の推進材は搭載されていない。ガスフライヤーを乗っとる以外、生きて帰る道は無かった。もちろん、ブラウの大気から推進材を調達するような装備もない。アキツから推進材を補給するのは可能か?」

「宇宙へ出ればともかく、大気圏内を飛行中にそれをするのは難しい。専用の装備をつくる所から始めなければ。でも、不可能ではない。これを第一候補にしましょう」

「決定でないのはなぜ?」

「時間よ。アキツがこのまま、三日かけて順調に墜落を続けてくれるならば作れなくもない、ぐらい」

「それはダメだな」


 ここは巨大なガス惑星だ。三日かけての墜落もあり得なくはないだろうが、さすがにそれだけ落ちたら圧力の増加がシャレにならないだろう。

 三日たったら圧力に耐える装備が追加で必要になりそうだ(以下、エンドレス)。


「あなたの宇宙機に補給をせずに衛星軌道に上がるには。……うぅん。さすがに無茶が過ぎるかな?」

「何か思いついた?」

「ロッサって、腕は良いのよね」

「悪くない方だと思うよ。仲間内での比較しか出来ないけど」

「そうか、タイプ(オーガー)だものね」


 シグレは少し考えこんだ。

 ためらいながらも、僕をまっすぐに見つめる。


「いいわ、あなたに賭ける。かなり無理やりな方法だけれど、何とかしましょう。とりあえず、あなたの機体へ行くわよ。私を運んで」

「僕の背中につかまれるか?」

「無理よ」

「少しは検討してから答えてくれ」


 とは言いつつも、彼女の衰えきった腕力では僕の肩に腕を乗せることも難しいかも。ま、シグレのご希望はこちらなのだろうけれど。

 僕は小さな身体をお姫さま抱っこする。

 嬉しそうな悲鳴が上がったのは黙殺した。


 彼女と接触するのは危険ではないかと、ふと思う。

 破壊したと言っても僕に埋め込まれた端末には通信機能が少しは残っているわけで、この距離ならば彼女には僕を操れる可能性がある。

 そうなったら、このまま彼女を抱き潰してしまえば良いだけか。僕の腕力ならば彼女の命を奪うぐらい一瞬あればこと足りる。

 どうせ僕には彼女を信用する以外に生存への道はないし。


 来た道を逆にたどって移動する。

 気密が保たれている区画をぬけると、空気が動いているのを感じた。新しい破口が生まれているのかもしれない。


 アキツが崩壊を始めているとなると、急がなければ。


「ねぇ、ロッサ。あなたの機体に名称はあるの?」


 黙っていろ、舌を噛むぞ。と、言いそうになったが、考えてみれば彼女は話すときに自分の口を動かしていない。


「特別な名前はない。ドクマムシL-13、だ」

「ドクマムシ?」

「毒蛇の一種だ。破壊工作用の機体としておかしな名前ではないだろう」

「可愛くないし、かっこ良くないし、言いにくい。……あの機体の名称はドーサンにしましょう!」

「ドーサンって、どこから出てきた?」

「斎藤さんでもいいよ」


 脳内の端末のデーターベースでドクマムシについて検索する。斎藤道三とかいうマイナーな人名がヒットする。


「この人もあんまり褒められた実績では無さそうだけど」

「毒蛇に喩えられる人なんだから仕方がない」

「ま、いいか」


 さらにマイナーな人名に行ってサンダユウとか言われるよりはマシだ。僕としては武人の名前ならばさほど悪感情はない。


「ところで、今、ロッサを経由してドーサンにアクセスしているんだけど」

「さらりと僕をハックするな!」

「こんな壊しただけの雑なセキュリティ、この距離ならば開いた扉と変わらないよ」

「それでもだ!」

「そんな事より、ドーサンにアクセスしているのは私だけではないみたい何だよね」

「なんだって?」


 誰だ?

 同僚の誰かが生き残っている?


 そんなはずはない。

 各機体のアクセス権限は独立している。僕が他の機体にアクセスできなかったように、他の同僚たちも僕の機体には入り込めないはずだ。


「どこからか、分かるか?」

「近くはないよ。1光秒ぐらいは離れていそう」

「ブラウを回る衛星のどれかから、か」

「ブラウならば大気圏内でもそのぐらい離れられるよ。他のガスフライヤーからかも知れない」


 さすがガス惑星だ。大きさが半端でない。


「星間結社ヴァントラルが戦果の確認をしているんだろう。僕たちを運んできた船は既に退避しているはずだけれど、現地に駐留している工作員もいるんだろうな」

「そのようね。それで、ロッサはどうしたいの?」

「別にあの組織に戻るつもりは無いな。可能ならばそちらには欺瞞情報を流してくれ。アキツと一緒に爆散したとかなんとか」

「それでいいのね?」

「もし組織に帰れたとしてもまた使い潰されるだけだろうしね。未練は無いよ」

「今、爆発したことにしたら観測データとの矛盾が生まれそう。順調に墜落中としておくわ」

「任せる」


 話している間に長い中央通路を抜けた。

 シグレ命名のドーサンはすぐそこだ。

 宇宙服の計器を見る。外気圧が上昇している。非常用の宇宙服では長くはもたないかも知れない。宇宙服は本来的には気圧の低い所で使う物だ。気密構造だからと水中にもぐるのに使って浸水した、とかいう笑い話は存在する。


 手動操作のエアロックを抜けてドーサンの機内へと戻る。

 (バブル)を使って作った臨時の通路はもう崩壊寸前だったが、ワイヤーガンを命綱に使って強引に突破した。


「男の子の部屋にご到着、ね」

「狭い部屋で悪いな。シートも一つしかない」


 僕は自分でパイロットシートについて、シグレは膝の上に乗せた。

 シグレごとシートベルトを締める。


「きゃっ」


 だから、嬉しそうな悲鳴を上げるな。宇宙服越しだから感触も体温も無いだろう。


「目的地へ到着だ。ここから先のプランをくれ」

「無茶で無謀な自殺的プランになるけど、覚悟はいい?」

「上等だ」


 シグレが肩越しに僕を見上げる。

 なんだか保護欲が刺激されたのは、彼女にハックされたせいでは無いだろうな?


「ロッサ、アキツに取り付くときにワイヤーを撃ちこんでいたよね。あれは何本を同時に扱える?」

「五本だ」

「全部一度に使って大丈夫ってこと?」

「一秒以内のラグを同時と捉えてくれるならば全部行ける」

「十分よ。二、三秒は確保できると思う」

「何をやらせるつもりだ?」

「アキツを構成するAI群は既に自分が機能を果たせない、廃棄処分品だと自覚しているわ。その状態であれば、中枢である私の権限でアキツを自壊させられる」

「自爆か?」

「爆発では無くて分解。アキツはこれから各パーツがバラバラに分解することになる」


 僕はその現象をイメージする。

 墜落していく全長500メートル、翼長800メートルクラスの機体がバラバラになる。各パーツは個別に空気抵抗を受けてそれぞれ明後日の方向へ飛んでいくことになる。

 そのパーツをワイヤーで捕獲しろ、って?


 なるほど、自殺プランだ。

 実行するのが僕でなければ、ね。


「どのパーツを捕まえればいい?」

「絶対に必要なのは打ち上げ式のタンクね。知っているとは思うけど、ガスフライヤーは飛行中に収集した水素とヘリウムをタンクに詰めて衛星軌道上へ打ち上げる。そのためのタンクがアキツにはあと二機残っている」

「それに掴まっていけば衛星軌道へ上がれる、か」

「次に欲しいのは多腕式の工作宇宙艇ね。0G仕様だけど腕力は十分。これでタンクとドーサンをつなげばガッチリと固定できる。これも二機あるわ」

「0G仕様ならば空気抵抗が大きいんじゃないのか?」

「もちろん、真空中以外での使用は考えられていない。空力はまったく考慮されていない形状ね。それでも頑丈だから短時間ならば持ってくれると思う。空気抵抗の問題はタンクの推力で強引に解決で」

「分かった。これで四つ。残り一つはどうする?」

「五つ目は考えていない。余裕があったら好きなパーツを捕獲して頂戴」

「了解した。好きにやらせてもらう」


 僕は自分の機体の各部をチェックする。

 もともとこの一回の使用しか考えられていない機体だ。あちこちにガタが来ているが、何とかなるだろう。


「僕はドクマムシ……」

「ドーサン!」

「ドーサンの制御だけで手がいっぱいだ。多腕式の宇宙機の制御はそちらで頼む」

「分かった。必須のパーツにはこちらでマーカーも付けておく」

「頼む。実行は早いほうが良い。準備が出来たらすぐにもやるぞ」

「カウント5で実行。いい?」

「問題なし。ドーサンをアキツから離脱させたらカウント開始で」

「了解」


 能率が必要な場面になると最低限の言葉だけで意思の疎通が出来るのが有り難い。

 僕はドーサンのエンジンを再始動。十分な推力を得た状態で翼を広げる。固定を解除する。


 ドーサンはふわりと飛んだ。


 ガスフライヤーの巨体と比較するとドーサンは哀れなほど小さい。


「始めます。5、4、3、2、1、Go」


 ガスフライヤー『アキツ』は分解を始めた。

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