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被造物たちの宇宙  僕らは創造主に反逆する  作者: 井上欣久
第一章 ガスフライヤー破壊指令
3/20

3 危機の少女

 僕は撃ち抜いた。

 自分の角を。


 この角が僕に埋め込まれた通信端末だ。これさえ破壊すれば外部からの影響はシャットアウトできるはず。

 そう考えての行動だったが、脳の中にまで届く端末を破壊するのは想像以上に不快な経験だった。


 頭痛という言葉はあるが、脳自体は痛みを感じない。だから『激痛』という訳ではない。

 ただ不快だった。

 あまりの不快さにその場でのたうち回った。

 端末と一緒に脳の機能の一部が損なわれたかも知れなかった。能力や人格の一部が失われたとしても、今の僕にはそれを認識する事すら出来ない。

 今までの僕は死に、今ここにいる僕はたった今、誕生したのかも知れなかった。


「畜生め!」


 人格が失われた、という線は無いな。

 先ほどまでの僕に『人格』と呼べるほどのものがあったかどうか、少々あやしい。

 僕の思考と行動を思い返して見ればわかる。僕の行動は端末によって操作されていた。組織の命令に反した行動は取れないようになっていた。僕が端末を破壊する事ができたのは、これが外部からの影響を断ち切るための緊急避難的な行動だという認識があったためだろう。


 荒い息を吐きながらも、多少は回復してきた。

 結局、ここの空気には物騒な細工はなかったようなので何よりだ。


 僕はあたりに気を配りながら、自分自身を点検する。

 端末を破壊したと言っても、脳の中に埋め込まれた深いところにある部分は無事なようだ。

 大気圏突入前にダウンロードしたデータは普通に閲覧できる。壊れたのは主に通信機能だ。ドクマムシとの直接通信ができない。しかし、装甲宇宙服の生命維持装置とは努力すれば接続できた。

 接触するぐらいの至近距離とはかろうじて通信可能なようだ。


 通信手段が失われただけで僕の思考が自由になった。

 という事は僕の考えを検閲していた中枢は少し離れたところにあったのだろう。一番怪しいのはドクマムシの機内。まあ、『苦労して接続』しなければ通信できない現状ならあそこへ戻っても平気だと思うが、警戒は必要だろう。


 立ち上がって手足を動かす。

 大丈夫だ。運動機能は損なわれていない。失認の症状が出ていて『実は僕には三本目の腕がありました』とかでなければ問題ないはず。

 今になって気づいたが、僕がのたうち回っている間はガスフライヤーは水平飛行を続けていたようだ。

 僕が満足に動けないうちに垂直上昇でもしていれば僕を殺せたかもしれないのに、チャンスを逃したな。


 思考の制御が外れた今でも任務を継続する必要があるかどうか考える。


 続行するしかないな。


 このアキツの乗員にとっては僕は侵入してきたテロリストだ。肉体そのものが兵器であると言える戦闘用強化人間を捕まえて置ける装備など民間機には無いだろう。投降したところで殺されるのがオチだ。

 そして、僕が乗ってきたドクマムシには惑星ブラウから脱出できるだけの推進剤が無い。逃げ出すのも不可能だ。

 結局、ガスフライヤーのコックピットを占拠して宇宙へ出る以外にやれることが無い。


 ただし、最初の計画通りにガスフライヤーを補給基地に突っ込ませるかどうかは状況次第だ。組織が僕の回収手段を用意しているならば考えても良いが、僕自身もミサイル代わりの使い捨てにするならばそこまで付き合う気はない。


 またしても傾き始めた通路を前進する。

 垂直上昇しようが錐もみ飛行しようがそこら中に手すりがあるのだ。問題にせずに前進する。


 通路の途中に非常用の宇宙服が入ったロッカーを発見する。

 扉を拳でたたき割って中身を取り出す。目的のブツはヘルメットだ。目論見通りに標準的な規格品。僕の宇宙服とも互換性がある。


 有り難い。

 これで有毒ガスにも対抗できる。

 強度は元の物より大幅に落ちるが、当たらなければどうという事はない。


 バイザーが砕けた元のヘルメットと手早く交換する。


「ちょっと、そこの人。答えてくれない?」


 どこかから通信が入ってきた。僕に対する発言であろうと無かろうと、応じる必要はない。

 無視して前進を再開する。


「今さらコックピットに向かってどうするつもり? 外であなたたちが乗って来た宇宙機が自爆しかけているのに!」


 なんだって?


 これは無視できない。

 僕は宇宙服を通じて自分のドクマムシにアクセスしようとする。さすがに宇宙機内の標準回線を経由しなければ電波が届かない。情報を盗み見られる危険があるのは承知の上で、ガスフライヤー内の回線を利用する。


 僕のドクマムシは機内の核融合炉の出力を危険水準まで上げようとしている所だった。

 慌てて中止を命じる。


 自分の機体に他の二機の様子も探らせる。

 こちらにはアクセス権限がないので外部からの観測しかできない。しかし、中性子線量が増大しているのが分かった。


 どいつもこいつも全部自爆するつもりか⁈


 僕たち全員が戦闘不能になったと判定されたのだろう。僕の場合は角の喪失が死亡と同等の判定になっていると見た。

 組織への忠誠心がゼロになったから、あながち間違いでもない。


 どうすればいい?


 ガスフライヤーと運命を共にするのはごめんだ。僕は自分の機体に電磁加速砲(レールガン)の起動を命じる。


「撃ちますの?」


 機体の動きを見たのか通信の声が訊いてきた。

 これにも返答の必要は感じない。別になれ合うつもりは無いから。


 幸いにして僕の機体がアキツに取り付いた場所は三機の中で一番後ろだ。前方にしか撃てない電磁加速砲(レールガン)でも両方を狙うことが出来る。取り付いた場所が全機ガスフライヤーの上面だったのは……別に不思議ではない。ガスフライヤーの下側は大気圏突入のために装甲が分厚くなっている。そちらに取り付いても内部への侵入は難しい。


 思考による遠隔操作だけで砲撃する。


 ドクマムシは可動する翼を使ってガスフライヤーの機体を掴んでいる。その翼を撃ち抜いた。

 風圧を受けて吹き飛んでいく。

 これで一機目。

 もう一射する。


 間に合わなかった。


 翼を撃ち抜いてガスフライヤーから引きはがす所までは成功した。

 しかし、十分に離れる前にそのドクマムシが閃光を放った。暴走した核融合炉が超高熱のプラズマを噴出したのだ。プラズマジェットはガスフライヤーの機首方向へと飛んだ。単分子ワイヤー編み込み装甲と言えども核の炎の前では無力でしかない。

 アキツの機首はあっさりと引き裂かれた。

 コックピットのある辺りがごっそりと蒸発する。僕のいる通路にも水素とヘリウムの混合大気が流れ込んできた。


 惑星ブラウの大気の流入は衝撃波に等しい威力を持っていた。


 僕はとっさに非常用宇宙服を取り出したロッカーの中に隠れてそれをやり過ごした。僕が後ろに残してきたヒューイは、まだ生きていたとしてもおそらく助からなかっただろう。


 通路全体が前方に傾いている。

 墜落が始まっていると考えられる。


 どうなんだろう?


 このガスフライヤーはもう飛べないのだろうか?

 コックピットが無くなっているのでは、僕にはこの機体を操作できない。このままでは落下していく一方だ。

 地球型の惑星だと大気圏は惑星の表面を薄皮一枚覆っているだけだが、ガス惑星の場合はその大気こそが本体だ。まあ、中心まで到達するはるか以前に圧力で圧壊することになると思うが、それでも地球の直径一つ分ぐらいの落下ならばさほど問題にならない、かな?

 一体、どのぐらいの時間、落下を続けることになるのだろう?


 長い長い墜落の間に何か方策を考えなければならないが、戦うべき相手はもういない。


 どうすればいいんだ?


 このまま死ぬしかないのだろうか?


「ねぇ、そこの人。まだ生きている?」


 通信が来た。

 正直言って意外だった。この声の主もコックピットと一緒に消滅していると思ったから。


「生きているし、聞こえているぞ」

「あら、なんだか若いし、少年っぽい声ね。一人だけ体格が小さいし、その割に腕はいいからあなたが襲撃者のリーダーかと思っていたのに」

「そちらは若い女性の声、か。声だけならばどうとでも加工できるから何の判断材料にもならないが」

「本当に若いって」


 落ち着いてみると、若いというよりも幼い声のようにも感じられる。


「それで、用件は? お互いにさほど余裕のある状況では無いだろう」

「まだ1キロしか高度が下がっていない。時間はまだまだあるわ」


 無駄話を続けられる時間は無いと思う。

 憮然としていると、相手はコロコロと笑った。


「ずいぶん嬉しそうだな」

「それはね、今まで私の頭を押さえつけていた連中がみんな死んだからね」

「コックピットに居たのか」


 少し親近感がわいた。


「私の名前はシグレ・ドールト。このガスフライヤー『アキツ』の全体制御をおこなっている中枢コンピューター代わりの強化人間よ。今はガラスケースに閉じ込められているの」

「僕はロッサ・ウォーガード。星間結社ヴァントラル所属の強化人間だ。先ほどまで思考制御を受けていたが、角の端末を破壊したことで自由になったようだ」

「自由を手に入れたばかりの奴隷二人、という訳ね」

「このままだと死に方を選ぶ自由しかないぞ」

「私にはその自由もないわ」


 ガラスケースの中で身動きが取れない訳か。


「それで、ロッサは生きることを選ぶ気はあるの?」

「ある」

「では、手を組まない?」

「そちらが提供できるものは?」

「この惑星からの脱出手段」

「大きく出たな」


 この宇宙機の中枢をやっているならばその程度の事は出来るか。


「こちらがやる事はガラスケースからの救出、かな?」

「それもだけれど、その後の護衛も含めてお願いするわ」

「その後、とは?」

「惑星ブラウから脱出してもそれで終わりじゃない。私一人で脱出しても惑星資源公社に連れ戻されて別のガラスケースに入れられるだけ。それでは意味がない」

「僕も星間結社ヴァントラルには戻りたくないな」

「私が居れば彼らから逃れるための脚が手に入るわ」

「断りようがない依頼だ」


 僕は避難所として利用したロッカーから通路をのぞく。

 衝撃波が吹き荒れたのはあの一瞬だけのようだ。今は安定している。

 ここの空気は水素を主体としたものに変わっているはずだ。ヘルメットをとったら呼吸は出来ないだろう。


「君はどこにいる?」

「名前で呼んで」

「それが重要か?」

「女の子として重要」

「ミス・ドールトの居場所を教えてくれ」

「名前を呼んで」

「だからミス・ドールトと」

「……」


 これ以上ひねくれると話が進まなそうだ。


「シグレ、君はどこにいる? 早く顔を見たい」

「……いきなり殺しに来ないでよ!」

「殺し文句は嫌いか? 女の子としての満足度ならこのセリフが適していると思ったんだが」

「いきなりは心臓に悪いのよ。このジゴロ!」

「ひどい風評被害だ」


 それでも多少は機嫌を直してくれたようだ。ここからの道順を教えてくれた。

 あまり遠くない。


「隠されているわけでは無いのだな」

「私は重要だから核融合炉からなるべく離れている機体の中心部分に位置しているの」


 民間機がテロリストの侵入を想定した構造になっているはずもない、か。

 聞かされた通りのルートをたどる。気密扉をいくつも抜けて、警戒が厳重な区画に入る。このあたりの警報装置はシグレにも解除できないそうなので狙撃銃で無力化しながら進んだ。


「ここか」

「ここだけど……。あんまり見ないでね」

「?」


 大きな扉だった。

 電気系の一部に異常が出ているのか自動では開かなかったので腕力で押し開ける。中には液体で満たされた透明なケースが収められていた。


 別に驚くほどの物でも無いだろう。


 幸い、考えを口に出さないだけの分別はあった。

 ケースの中に『巨大な脳がぷかぷか浮いている』ぐらいの事は覚悟していたが、中におさまっていたのは普通に女の子だった。

 歳の頃は10歳ぐらい?

 平らな胸だ。衣服ごしではなく、すべて直に見れる。

 頭から頭髪の代わりに有線接続ケーブルが伸びている以外は普通だ。いや、強化人間の異相として耳が尖っている。この特徴を持つのは知能特化型の強化人間で寿命も長く設定されているはず。


「タイプ(エルフ)か」


 ケースの中の女の子が僕をキッと睨みつけた。彼女の口は動かないが、通信の声は届いた。


「あんな感性特化の愛玩人形と一緒にしないで。こちらは論理性を重視した実用品なんだから」


 耳が尖っているのにタイプ(エルフ)でない?

 その特徴に合致する種族となると、タイプ(エルフ)の初期型で、あまり美しくないのでその名を剥奪された連中しか居なかったはずだ。

 彼らに与えられた名前は、確か……


「タイプVか」


 ケースの中の少女はニコッとした。

 その手がタイプV独特の挨拶の形をつくる。


「平和と繁栄を」


 タイプ(ヴァルカン)

 ひたすらに面倒くさく厄介な種族だ、と聞いたことがある。

 その評判に偽りはないようだった。

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