2 産まれるための終わり
白兵戦に持ち込みさえすれば僕たち戦闘用強化人間に負けはない。それは確かだ。ガスフライヤーに僕らと同種の存在が搭乗していなければ、だが。
本物の軍隊に所属している強化人間が居たら装備の差でこちらが敗北する可能性が高い。
僕は自分の装備品をざっとチェックする。
運動性を重視した軽めの装甲宇宙服と古式ゆかしい火薬式の空間狙撃銃MK-775。
サブウェポンの振動ブレードと非装甲目標に使うニードルガン。
移動用に使うロケットパックとワイヤーガンも。
すべて問題ない。
ドッキングしたドクマムシとガスフライヤーの間の空間に与圧バブルを発生させる。
こうしておかなければ非常用の手動ハッチと言えども惑星内を飛行中に開くことは出来ない。
ハッチを開けようとしている間に軽い衝撃が二回ほど伝わってきた。生き残りの僚機たちもドッキングに成功したようだ。
続けて比較的強い衝撃と爆発音。こちらも二回ずつだ。
ハッチを手動で開く手間を省いて指向性爆薬で処理したな。
指向性爆薬と言っても当然ながら作用には反作用が伴う。爆発のエネルギーが本当に一方向だけに向くわけでは無い。
ガスフライヤーの外壁をぶち破るほどの衝撃を与えたのならば、彼らのドクマムシにもそれ相応のダメージが返っているはずだ。彼らの機体はもう飛べないのではないか?
僕には退路を完全に断つような勇気はない。
時間をかけて手動でハッチを解放した。
ガスフライヤーの内部へと侵入する。
待ち伏せはなかった。
侵入に時間をかけたと言っても、兵を移動させるほどの猶予は与えなかったつもりだ。それでもほっとする。
これは民間機だ。時間の問題ではなく、元から白兵戦に対応できる人員が搭乗していない可能性も高い。
惑星ブラウの大気圏上層部の重力はおよそ1G。
無重力ではないし気にするほどの高重力でもない。ふつうに廊下を立って歩く。
移動を妨害する気があるのか、機体が揺さぶられる。しかし、僕らの反射神経にとってはこの程度の揺れは問題にならない。ジェットエンジンと翼端を破壊したことで飛ぶだけで精一杯になっているのだと期待する。
装甲宇宙服のマイクが外部の音を拾う。
非常用のサイレンが鳴り響いている。
ここは与圧された空間だが、宇宙服の脱ごうとは思わない。向こうが馬鹿でなければここら辺の大気を窒素で満たすぐらいの事はやっているだろう。
僕らの額の角は脳と直結する情報端末にもなっている。そこに蓄えたガスフライヤーの見取り図を頼りに足早に移動する。ここからコクピットまでは300メートル程度は離れていそうだ。相手にはそれだけの空間に罠を仕掛けることが出来る。
待ち伏せよりも恐ろしいのは罠だろう。
特にこの廊下を丸ごと爆破するような、逃げ場のない罠を仕掛けられるのが一番怖い。
外には大量の水素があり、生命維持装置には酸素がある。上手く混合させれば爆破はたやすい。
「侵入者に告げます。今すぐに武装を解除して投降してください。でなければあなたたちを殺害しなければなりません」
女性の声でそんな放送が聞こえてきた。
素人だ。
わざわざ手間暇かけて侵入してきたのに、はいそうですかと投降できるはずが無いだろう。
これから攻撃を開始しますよ、という予告を受けたとしか思わない。
侵入口から続いていた廊下から、ガスフライヤーの幹線道路とでもいうべき機体を前後に貫く中央通路へ出る。コクピットはこの先だ。
前方に宇宙服を着こんだ人影が二つ。
僕のと同型の宇宙服だ。違うのはサイズだけ。同僚二人だな。名前はヒューイとバルク。
どちらがどちらかは僕にも分からない。アイツらの体格はみんな同じだから宇宙服の上からでは見分けがつけられない。
え?
だったら宇宙服に識別用のナンバーか何かを書いておくべきだって?
アイツらが同じなのは体格だけじゃない。能力も性格もそんなに大きな違いはない。わざわざ見分ける必要もないな。
通路の奥から荷物運搬用のカーゴが現れた。
その無人操作の荷車にはこちらの装甲宇宙服よりもさらに一回り大きい重宇宙服が四つも載せられいる。
重宇宙服。
通常の宇宙服では作業できない過酷な環境で使用するための物だ。原種人類の筋力では動くことが出来ず、パワーアシスト機能を最大限に生かしてようやく使い物になる。
なるほど、タイプOに民生品で対抗しようと思ったらこれよりもふさわしい物は無いだろう。
重宇宙服を載せたカーゴがヒューイとバルクに向かって突進する。
僕はちらりと後ろを見る。
大丈夫だ。挟み撃ちにされたりはしていない。
二人の戦闘用強化人間はカーゴに向かって銃撃した。僕の狙撃銃よりも一回り大きい機関銃でカーゴを穴だらけにする。
スクラップになったカーゴだが、その勢いは止まらない。二人に向かって突っ込んでくる。
車輪に向けての銃撃でようやく動きを殺すが、その時には荷台から重宇宙服が飛び降りてくる。
下手な銃弾ぐらい跳ね返しそうな重装甲だ。手に持った鉄骨やプラズマトーチで二人に対しても有利に戦えそうに見えた。
そんな訳ないのは僕にはよく分かっているけどね。
重宇宙服たちは手に持った得物を振り下ろし、また突き出す。
パワーだけならば強化人間コンビを凌駕するだろう。
だけど、スピードは? 反射神経は?
重宇宙服の攻撃は二人にとっては遅すぎる。まったく掠る気配もなかった。
ことごとく空を切る。
二人が反撃のために取り出したのは斧だった。
僕が持ち運ぶには大きすぎるアックス。それが重宇宙服の分厚い装甲を叩き、抉り、切り裂いた。
装甲の内側から血しぶきが上がり、あたりを赤く染めた。
非戦闘タイプの素人が少しぐらい良い装備を持っても勝負になる訳がない。
こちらは戦うために造られた兵器なのだから。
勝負あった。
そう思った時、ガスフライヤーが加速した。水平だった廊下が急に坂道になったように感じられる。
違う。加速しただけじゃない。
ガスフライヤーが機首を起こし、垂直に立ったようだった。
長い真っすぐな廊下が垂直の落とし穴へと変化する。カーゴや重宇宙服の残骸が僕に向かって落ちてくる。
だから、どうした。
この程度の事は僕らにとっては何でもない。
背中に背負ったロケットパックで自分が落下するのを防止する。今まで床や天井だった壁を蹴って移動し、落下して来る残骸たちを回避する。
すると、ガスフライヤーはアクロバット飛行へ移った。
右へ左へ上へ下へ。錐もみ飛行も含めてランダムに動く。
だけど、僕は動じない。
有関節のドクマムシならばともかく、半壊した大型大気圏往還機のアクロバットなんかたかが知れている。重力の方向が変わる前兆をとらえて足を突っ張り、あるいはロケットパックで対抗する。
もともと無重力の衛星軌道まで上がることのある機体だ。廊下のあちこちに体を固定するための手すりもある。それらを利用して落下を防ぐ。
防ぐだけではなく前進までしてのけた。
僕だけじゃない。ヒューイたちだってこの程度の事はたやすいはず。
そうでも無かった。
見ると意外に苦戦している。
情けないぞ、と思った時、僕にもソレが襲ってきた。
最初は軽い頭痛だった。痛みは次第に強まり、集中が乱される。
そして、何かをしなければならないという、強い焦燥感が生まれる。
何をしなければならないのだ?
前方にいる二人を撃ち殺さなければならない。
そして、そのあとは自分もだ。
そんな思いが、ごく自然なものとして自分の中に生まれる。
その思いが生まれたのは僕だけでは無いようだった。ヒューイかバルクか、どちらかが機関銃を振り上げる。もう一人を撃った。
正体不明の殺害・自殺衝動に悩まされながらでは回避行動もままならなかったのだろう。撃たれた側はまったく無防備に頭部を撃ち抜かれた。
僕たちの再生能力でもあれでは助からない。即死だ。
機関銃の銃口がこちらに向けられる。
ためらっている暇は無かったし、殺害衝動のおかげでためらう必要もまた無かった。
僕は空間狙撃銃を肩づけして引き金を引いた。
MK-775は発射時のガスが後方へ抜ける無反動タイプだ。こんな状況でも問題なく照準・発射できる。
可能ならば殺さない、程度の理性は残っていたので狙ったのは肩だ。
装甲の厚い所だとこの銃でも貫通できない可能性があったので肩の関節部分を狙撃した。
相手の肩が壊れた。
腕がぶらりと垂れ下がり、機関銃を保持できなくなる。
取り落とした銃を彼は腹立たし気に、当たり散らすように蹴り飛ばした。
僕の身の安全のためにとどめを刺しておくべきかも。
マズイな。
思考が物騒な方向に誘導されている。
僕の素の思考なのか殺害衝動に触発されたものなのか分からない。
とりあえず、戦闘能力は奪っておくべきだろう。
左肩も撃ち抜くべく、僕は狙撃銃を構えなおした。
ヤツも反応した。
右腕をだらりとさせたまま、重力の方向が変化し続ける廊下を走って来る。左手がアックスの柄をつかんだ。
せめて逃げろよ!
僕は内心文句を言う。
銃を向けられたのだから反撃したくなるのは理解できる。だけど同士討ちを強要されている現状、すでに負傷している者が逃走するのが正解だと思う。
そんな判断もできないぐらいに思考を侵されているのか、それとも元からの『僕を気に喰わない』という感情が強いのか、どちらだろう?
どちらなのか判定する必要はないか。
僕は遠慮なく引き金を引いた。
ヤツは飛んでくる銃弾を見切った。
最小限の動作で装甲の厚い所で受け止める。被弾傾斜も利用して銃弾をあらぬ方向へ弾き飛ばした。
二発目の発砲は許さずと、跳躍して接近してくる。
僕は彼の壊れている右腕側にサイドステップ。左手のアックスから距離を置く。彼がアックスを振りかぶるのを見て、その懐へ飛び込む。狙いはアックスよりも交戦距離の近い振動ブレードによる一撃だ。
‼
やられた。
懐へ飛び込んだ僕は膝蹴りで迎撃された。頑丈なニーパッドとヘルメットのバイザーが激突する。僕のバイザーが砕けた。
僕は息を止める。さいわい、タイプOには五分やそこらの無酸素運動はたやすい。
僕の動きは読まれていた。だけどバイザーが砕けたことで僕自身へのダメージは比較的抑えられていた。
僕はのけぞりつつも移動を続ける。
止まってしまったら、捕まってしまったら、体格差に圧倒されて負ける。それは模擬戦で何度も思い知らされている。
ここまで近づけば、その動きを見ればわかる。こいつはヒューイだ。
僕はヒューイの背後にまわり込む。
肩の負傷のせいか、彼の動きがいつもより鈍い。訓練ならばここから頸動脈を狙ったりするのだが、今回は実戦だ。腰の後ろの装甲の隙間から振動ブレードを突き刺す。
背骨を断ち切った。
ヒューイの腰から下が動かなくなる。
強化人間はこの程度では死にはしないが、神経の再生には時間がかかる。しばらくは無力化できたと言えるだろう。
ここで倒れていろ。
敵が致死性のガスでも使ってきたら危ないが、その程度のリスクは負ってもらう。と言うか、そうなったらバイザーを砕かれた僕も危ない。
ヒューイに背中を向けて先へ進もうとする。
そして、僕は死にたくなった。
こんな事を続けて何になるんだ?
僕を愛する者など居ない。
そもそも、愛って何だ? 僕には理解できない何かの概念だよな。
苦しい訓練に耐えて、辛い戦いをして、でも僕にはすべての事が無価値だ。
僕が生きている意味などない。
今すぐにでも、すべてを終わりにするべきだ。
この想いは外部からの敵の攻撃だ。
そう理解はしている。
だが、想いのうちの半分は僕自身の物だ。
それだけに抵抗しづらい。
振動ブレードはヒューイの背骨に突き刺したままだ。
空間狙撃銃で自分を撃つのは、不可能では無いが適してはいない。銃身が長すぎる。
僕は狙撃銃を手放してサブウェポンのニードルガンを待機状態にした。この武器は銃の形は取らず、右手首の部分に固定されている。
ニードルガンの銃口を自分の額に向ける。
そして、撃ち抜いた。
僕の世界が砕け散った。