1 始まりの襲撃
僕は独りぼっち。
僕は一人だ。単座の宇宙機に乗り込み、任務に就いている。同じ任務に就いている者はいるが、仲間でも友達でもない。
生還は期しがたい任務だ。僕は一人で戦い、一人だけで死ぬことになるだろう。
無限に広がる宇宙空間、と呼ぶにはここはやや狭い。
太陽系から150光年ほど離れたところにあるガス惑星ブラウ。その大気圏のすぐ外側を僕たちは飛んでいる。
僕たちをこの惑星系まで運んできた母艦はいち早く撤収した。今頃は超空間を通って太陽系かそのほかの拠点へ移動しているところだろう。
この辺りは荷電粒子の密度が高い。生身で外へ出たら僕たちでも黒焦げ、かな。
幸いにして僕が今搭乗している機体、強襲用単座ウェーブライダー『マムシ』は本体の上に被せた増加装甲の効果もあり、十分な強度を持っていた。ときおりバチバチと火花が散っているようだが、内部への影響はない。
僕はマムシに装備されたセンサーを総動員して、大気圏内を飛行している標的を探す。
相手は全長500メートル、翼長700メートルを超える大型機だ。だいたいこの辺りを飛んでいるのは確かなのだ。発見はさほど難しくないはずだ。
僚機が手こずっているのをしり目にいち早く発見する。
機体本体を直接見つけるのではなく、相手が移動した航跡を探知するのがコツだ。熱核ジェットエンジンで発生した熱はそう簡単には消えない。
「こちらロッサ。ガスフライヤー『アキツ』と思われる機影を発見。座標を転送する」
「受信した」
「確認中だ」
「先に見つけたからって偉い訳じゃねぇぞ」
「運が良かったな」
僕の名前はロッサ・ウォーガード。
同僚たちとの折り合いはあまり良くない。
僕たちは戦闘用の強化人間。いわゆるタイプOだ。戦闘用の識別指標として額に小さな角を持ち、並外れた体格も与えられている。筋肉の質も通常の生物のそれとは比較にならないぐらいに強力だが、そこに標準的な居住区で支障が出ないギリギリの体格が与えられているのだから正に剛力無双。白兵戦ならば同種の強化人間以外にはまず負けることがない圧倒的な戦闘能力を誇る。
だけど、僕は出来損ないだ。
並外れた体格の同僚たちの中で僕だけは標準的な人間よりもやや小さいぐらいの身長しかない。筋肉の量も原種人類の標準よりは上だが、タイプOから見れば哀れなほど少ない。
組織が僕の遺伝情報を買い取った時に、何か手違いがあったのではないかと言われている。具体的にはタイプHの遺伝情報が混ざったのではないかと評判だ。
僕は小さいから格下に見られる。
まったく困った事だよ。
格下に見られるだけならば少し困るだけで済むが、僕はそのあとに更にやらかした。
勝っちゃったんだ、素手の戦いで。
筋力では大幅に負けていると言ってもスピードならば僕の方がわずかに上だ。スピードで翻弄し、後は技を使う。
僕たちは外界の情報からはシャットアウトされていたけれどライブラリに古い武術のデータぐらいはあった。それを見て人体の力が入るところ、重心の崩し方や関節技の概念などを学んだ。結果として他のメンバーと互角以上に戦えるようになった。
僕のプライドは大いに満たされたが、見下していた相手に負けた連中は不満をぶちまけていた。
曰く「ズルをした」「正面から戦えば負けるはずがない」「何かの間違いだ」
負けるのが嫌ならば自分たちも技ぐらい学べばよい、と思うのは僕だけだろうか? 安いプライドを守るために三人がかりで襲ってくるのは何か違うだろう。
敵よりも大きな戦力を用意するのは戦略の常道だからダメとも言わないけどさ。
とにかく、部隊の中にいささかの不協和音を響かせながらも僕たちは標的の追尾を開始した。
五機のマムシが標的を取り囲むように大気圏への突入を開始する。
僕たちの任務はガスフライヤー『アキツ』の乗っ取り。そしてガスフライヤーを自身の補給基地へ体当たりさせるというテロ行為だ。
なお、ヴァントラルという組織で製造され育成されて来た僕たちの立場は組織の備品である。その方針に意を唱えられる立場ではない。
このマムシを与えられ、操作の全権を持っているというだけでも破格の自由だ。
僕は今という時を最大限に活用する。
光速の限界により速度は遅いが、手近の宇宙基地から可能な限りのデータをダウンロードする。
星間結社ヴァントラルは地球中心主義を標榜する過激な原理主義団体らしい。少なくとも、そう名乗っている。
実際にはどうなのだろう?
ヴァントラルが犯行声明を行った事件には一定のパターンがあるようだ。原理主義はただの建前で、本当はもっと即物的な理由があるのかも知れない。
僕が個人的に興味がある古武術や戦略・戦術に関するデータ、戦史なども収得する。脳内に埋め込まれた端末に保管する。これらは後で見よう。
今すぐに必要なのはこのブラウ惑星系やガスフライヤーに関する事柄だ。
ブラウはいわゆる木星型のガス惑星だ。九つの衛星と肉眼では判別できない程度の薄いリングを持つ。低重力で簡単に鉱物の採取が出来る衛星と水素やヘリウムの入手が可能なガス惑星がセットで存在することから開発がすすめられた。現在は恒星間宇宙船が数多く立ち寄る重要な中継拠点となっている。
惑星系の首都はスペースコロニー『ブロ』。恒星からの光が十分でないため反射板を持たない密閉型の
コロニーだ。百万人クラスの人口を誇るがここからは遠いためあまり重要でない。
今回の僕たちの標的であるガスフライヤーは核融合炉の燃料になるヘリウムと宇宙船の推進剤として使われる水素の採取のためにガス惑星内を長期にわたって飛び続ける機体だ。採取したヘリウムは簡単なロケットエンジンが取り付けられたタンクに収められる。十分な量が溜まり次第、衛星軌道へ打ち上げられることになる。
打ち上げ式のタンクを使い切ったならば本体が自分で宇宙へ戻る。補給基地へ帰還し、整備と補給を受ける。
現在、ブラウには12機のガスフライヤーと4基の補給基地があるらしい。
なるほど。
地球中心主義を唱える組織としてはこれを破壊すれば人類の宇宙進出を少しだけ妨害出来るわけだ。
大局に影響があるとはとても思えないが。
!
僕の思考にノイズが走る。
これは何だ?
外部から大量のデータをダウンロードした直後だ。ひょっとして僕がハッキングされているのか?
生身の脳にまで影響が出るとは思えないが、念のためにセキュリティを強化。通信速度を必要最低限のギリギリまで落としておく。
マムシの底面が赤熱していく。
先ほどダウンロードしたデータによれば、宇宙飛行の黎明期では大気圏突入が一つの壁だったそうだ。だが、今の材料工学からすればその程度は造作もない。強靭な単分子ワイヤーを編み込んだ増加装甲は危なげなく突入の熱に耐える。
「ロッサ、何している!」
「遅れるな!」
僕は機体の挙動を確認するためにも、マムシを手動で操作している。
そのせいか、完全自動で動かしているらしい他の四機よりわずかに後方を飛んでいた。
僕の動きよりも標的の挙動を注視した方がいいと思うよ。
大気圏外から降下する僕たちの機体を発見したのだろう。ガスフライヤーが進路を変更する。
自分を取り囲むように降下してくる小型機の群れを見れば、友好的な接触でないことは予想がつくよね。
自動操縦で動いている僚機たちはもたもたしている。
僕はマムシの増加装甲の性能を信じる。機体を横倒しにして大気圏への突入スピードを増大させる。
大気の濃い高度まで一気に侵入してから機体を水平に戻す。僕のマムシは横滑りしてアキツのすぐ後ろに追いついた。
でも、一気に追いついたせいで僕の機体の方がスピードが速すぎる。
このままではオーバーシュートしてしまう。
アキツがミサイルを発射する。
ガスフライヤーのミサイルは前方にしか撃てない。だけど、今はそれでいい。今ミサイルを撃てば、僕の機体が自分からミサイルの前に飛び出してしまう。
「増加装甲、パージ」
僕はマムシを覆う硬い殻を切り離す。
内部から一回り華奢な、有関節の機体が出現する。これがマムシの真の姿。通称ドクマムシだ。
僕は生命体のように自在に動くドクマムシの機体を操って急ブレーキをかける。
一般の人間ならばとてもではないが耐えられないとんでもないGがかかる。だけど僕は戦闘用強化人間の筋肉と小人型の対G仕様強化人間の性質を併せ持っているような存在だ。Gが負担でないとは言わないが、意識を失うことなく高重力に耐え抜く。
「電磁加速砲、ファイア」
僕はアキツの発射したミサイルを撃ち抜く。
これは危険要因を排除するだけでなく示威行為でもある。いつでもお前を撃墜できるんだぞ、という脅しだ。
ホント、ガスフライヤーを撃墜して任務終了ならば楽だったのに。
アキツは右に左に機体を蛇行させる。回避行動のつもりらしい。翼長700メートル超えの機体がその程度で電磁加速砲を避けられる訳がないのだが。
その形状ならばせめて上下にのたくらせた方がいいと思うよ。
役に立たない回避行動。
だけど僕の役には立った。
「ロッサ、そのまま抑えていろ!」
他のマムシたちが追いついて来る。
増加装甲をパージしつつ、アキツを取り囲む。
ここはお手並み拝見、かな?
一番槍の手柄は譲ってあげよう。
一番危険な部分は彼らにやってもらおう、っていう事でもあるけど。
ガスフライヤーへのドッキングを狙ってドクマムシたちが接近する。
そうはさせじと、アキツは機体を揺すって対抗する。当然ながら、質量はガスフライヤーの方が圧倒的に上だ。ぶつかったらただでは済まない。
彼らも手動操作に切り替えたようだ。
戦闘用強化人間の先読みと反射神経で体当たりを見事に回避し続け、隙を狙う。
突然に、頭痛がした。
僕の頭痛と同時にアキツの動きが変わる。
今までは行きあたりばったりに対応していたのが、戦術的な判断を感じられるものに変わる。
ボシュッと音がしたような気がした。ガスフライヤーの上面から何かが分離する。衛星軌道まで打ち上げるためのロケットエンジン付きのヘリウムタンクだ。それはロケットに点火すらしていなかったが、不意を打たれたドクマムシの一機に接触、破損させる。
あのぐらい、避けられるだろう。
そう言いたいが、ひょっとして彼らも頭痛に悩まされているのだろうか?
ガスフライヤーが増速する。
大気圏内用のジェットエンジンだけでなく、宇宙空間用のプラズマロケットまで使って加速する。
ロケットの使用目的は増速だけではなかった。
僕の所までは届かないが、噴射炎がドクマムシたちを襲う。破損した機体ともう一機が避けきれなかった。宇宙用の反動推進機関の噴射など、ビーム砲と大差がない。二機が共に爆散する。
あの二機に乗っていたのはカイナンとコラトルの二人だったかな?
僕と同時期に製造されて育成されてきた二人が機能を停止したわけだが、別に悲しくはなかった。
原種人類の常識ではこんな時にはショックを受ける物らしいが、僕たちにはそれは適用されない。
僕たちの情緒や社会性は限られている。僕たちに『家族』はなく、『友』と呼べるものがいるかどうかもかなり微妙だ。僕たちは『製造された』だけで『生まれて』はいない。生まれていない者が死ぬ事はない。
彼らの肉体が四散し、惑星ブラウの中心核に向けて落下していくだけだ。その構成物質は中心核にたどり着く前に高熱と圧力によって分解され、上昇気流に乗って吹き上がってくるだろう。
彼らのようにならないように僕も気を付けて戦う必要が、あるだろうか?
この作戦を立てた者が僕たちの生存について考慮しているとは思い難い。僕らが乗っているドクマムシには惑星ブラウの重力を振り切って衛星軌道に乗るだけの能力があるかどうか、少々怪しい。主に推進剤の面でそこまで持たない気がする。
もちろん、ガスフライヤーの奪取に成功しさえすればその能力で大気圏外に出られるが、そのあとに回収してもらえるかどうかは計画にはない。アキツと一緒に破壊されろと言われているような……
!
まただ。
僕の思考にノイズが発生した。
とりあえず、僕は自分の機体を増速させる。
味方機の爆発を隠れ蓑にアキツに接近する。
再度の電磁加速砲、発射。
二連射する。
狙いはこちらには必要ない熱核ジェットエンジンだ。大気圏内用のエンジンを壊してガスフライヤーの機動性を低下させる。
命中した。
ついでにもう二連射。
翼端を吹き飛ばして運動性能の低下も狙う。
真後ろに入るのを避けながら、ガスフライヤーに接近する。
データによればあの機体の武装は探査用のミサイルだけだ。後は先ほどのロケットの噴射炎の利用のみ。真ん前と真後ろにしか攻撃できないのは分かっている。
ワイヤーアンカー射出。
強靭な単分子ワイヤーがガスフライヤーとドクマムシをつなぐ。
飛行しながらの一本釣りだ。
ワイヤーを巻き取って接近する。
アキツも逃れようと動き回るが、その動きは隙となる。生き残りの二機のドクマムシが、僕と同じようにワイヤーを撃ちこむ。
チェックメイト、だよ。
相手の注意が分散した瞬間をねらって、僕はガスフライヤーの手動ハッチがある辺りに自分のドクマムシをドッキングさせる。
さあ、ここからは白兵戦だ。