CASE1
今日もタダ働きをする。
12月のある日曜日。車で2、3時間離れた市町でリレーマラソン大会が開催される。県内の高校生や社会人やらが各市町の代表を担って参加し、順位を競う。比較的規模が大きく、報道関係者が取材にやってくるほどだ。
リレーマラソン大会と同じ会場で開催されるのは参加市町のPR物産展だ。どこの市町のブースも特産品や料理なんかを作って選手や観覧者に売っている。自慢の野菜を使った焼きそば、特産肉のソーセージ、捕れたての魚介焼き、エトセトラエトセトラ…。その様子は、フリーマーケットや祭りの日の露店に似ている。
さて、そんな愉快なところで、僕は、今日ラーメンを売る仕事をする。
午前8時。天気は快晴。本日はお日柄もよく、まったく絶好のイベント日和だ。
この時間帯は、仕込みと準備の時間で、自分含む数名の職員と有志団員の手によって、何も無かった一角の空間にラーメン屋ができる。開店時間まで、いくつかラーメンを試作し、味を整える。
僕は、配膳兼レジ係として前に立つ。
午前9時。テレビ局が各市町のブースへ順に取材をおこなっている。2つほど紹介し終わるとついに僕らのブースの番である。
団長の中年男性と僕で取材に応じる。ほんの数分のことだ。
「こだわりはどんなところでしょうか?」とキャスターの女性が質問する。
僕は笑顔でそれに答える。ラーメンのタレに我が町のどこどこのものを特殊ブレンドしたものを使い、今ここでしか食べれないものなので、是非ご賞味ください、と。
あまり良くないことだが、団員スタッフは酒を飲みながら仕事をしている。しかし、これはある程度仕方ないことなのだ。なぜなら、あくまで有志者が集まってやっていることであって、彼らは自分の仕事を誰かに預けて無償で参加している。有志とは言ったものの、実態は地域の権威者による、地域奉仕という言葉を盾にした暇つぶしでしかない。だが、人によってはこの“暇つぶし”が違う意味を持つことに気付くかもしれない。そして、彼らはそれに振り回されているのだ。だから、せめて彼らの好きな酒を振る舞っている。という次第である。
ところで、僕は職員だ。“仕事”なら給料や何らかの手当が発生する。そう“仕事”なら。だが以上の実態により、これは仕事ではない。とはいえ当の権威者が、我が職場にとって重要人物である以上、おべっかは必要だ。僕はその要員ってわけだ。
販売時間になると、僕は「いらっしゃいませ」と声を張り上げて、客寄せをする。会計が終わった客へは「ありがとうございました」とニッコリと笑って感謝の意を伝える。
15時。ラーメンは全て売り切れた。ブースの中を片付けて、人が座れるスペースを作る。
顔を真っ赤にしたおじさんたちに囲まれて、出されたパイプ椅子に僕は腰を休ませる。
声を張り上げたおかげですっかり疲れ果ててしまった。頭がぼうっとする。しかし、周囲の喧騒が否応なしに耳に入ってくる。
「我々は、見返りを求めない故に格安で提供できる。他者奉仕は素晴らしいじゃないか!」
「そうですね!社長!」
「おっと、選挙用にフェイスブックに挙げておかなきゃ」
「さて、今日の飲み会会場はどこにしようかね~」
「すいません。ちょっと仕事が立て込んでて一旦帰らねばならんのです。」
「なんや。〇〇ちゃんが来ないと始まらないやんけなぁ」
「挨拶に頭の方だけ参加しますので、すんません。ほんと、すんません」
『最終走者がゴールインしました!皆様、本当にお疲れ様でした!』
16時。大会も物産展も終わり、片付けに入る。
リアカーに寸胴や食器を詰め込んで、僕は足腰腕に力を入れながら洗い場まで引っ張っていく。
行き来する人に気をつけながら慎重に運んでいると、右手にある芝生広場のメインステージに人だかりができていた。
無数のテレビカメラとマイクが月桂冠を被った高校生に向けられ、カメラのフラッシュは彼の栄光を讃えていた。最速トップランナーらしく、彼の顔は、誇りと自信に満ちていて、やり遂げた者が持つ栄華を全身に浴びていた。
ゴトン、と音がする。ああ、僕は手を離したようだ。だがそれ以上に、あの青年が放つ光に釘付けになる。
すると、僕の胸の内から寒気が全身を襲った。この寒さの正体は虚しさだ。
白状しよう。僕は彼が羨ましい。比べること自体が間違いだと言うだろう。だが、それは違う。なぜなら、彼はやり遂げた栄華者であって、僕は意志薄弱な従属者だからだ。
彼は自らの努力し、その手で結果を掴んだ者だ。では、お前はどうだ?
保身や同調圧力のイデオロギーに流されて、休日を無為に流しているのではないか?お前はそうして“仕方ない”といって“幾度も”時間を空費するのだ。だが、それを彼は努力する時間にあててきたのだ。
なに、ラーメンを売っている?お笑い草だ!仕方がない奴だな、お前は。
それはお前がやりたいことか?少なくとも耐え忍ぶのに“価値”があることか?
ああ、そうだ僕は嘘を塗り重ねている。嫌われるのが怖くて、敵にするのが怖くて、見捨てられるのが怖くて、尻尾を振ってきた。心では思っていない美辞麗句を、嘘で塗り固めた笑顔の仮面を被って、ニコヤカに話す。
お前の頭に月桂冠が乗ることは無い。お前は脇役で引き立て役が似合いだ。
これは悪意だと分かっていながら、正しさには屈服するしかない。
僕は、一体何だ。何がしたいんだ。