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狼・告白録  作者: 與部 仁人
12/14

最後の試練

・劇場での前芝居


座長  あんた方二人には、これまでもたびたび

    苦境のなかから助けだしてもろうたが

    いやはや、今度ばかりは困り果てた。

    動き回ることに慣れてはおったが

    あの世この世と人の頭の中だのと

    節操が無いと言うほかあるまいに。

    ここはでは劇場もひどく場違いだろうに、

    さぁ、答えなされ、脚本家よ。

作家  私は、新たな一歩を踏み出すために

    意を決してここに書き起こした。

    雛鳥が卵の殻を打ち破って世界に

    生まれ落ち、高く産声を上げるように

    ここに最後の舞台を作った。

    しかるに世界は卵の殻、やがてそこを

    離れて、天へと飛び立つのだ。

道化役 それで最後にあっしが呼ばれたというわけですな。

    これまでとこれからを滑稽だと罵る人がいるとわかっていながら

    それでも筆を止めなかった、あんたの精神は

    自分の狂気ぶりに半分ばかり気づくべきですな。

    まぁ、いいでしょう。道化は道化らしく

    せいぜい演技だとバレないように演技してみましょう。


・最後の試練


天井の高い、ゴチック風の狭い部屋

ヨブ、机の前の肘掛椅子に座って落ち着かぬ様子。


ヨブ    これも夢の続きだろうか。だが、どうも様子が変だ。

      映る景色がぼやけてるように見える。

      それに言葉もおかしい。口と頭が一緒になって、

      まったくおかしくなりそうだ。

ヨブ、机の上に置かれた聖書を手にとって読む。


ヨブ    こう書いてある、「始めに言葉があった」

      しかし、僕は前に言葉の奴隷にならないようにと本から学んだ。

      いや、違う。やはりそれは英雄の真似事だったか。

      頭がおかしくなる。「汝、自身を知れ」という言葉が

      またしても、言葉が、僕を狂気に陥れようとしている。


机の下からプードルがあらわれ、ヨブに尻尾を振る。


ヨブ    犬、可愛らしい犬だ、助けてくれるのかい。


プードル、悪魔メフィストフェレスへと変身する。


メフィスト どっこい「平和ではなく、剣をもたらすため」に来ました。

      今宵のお相手はあっしですぜ、旦那。

ヨブ    プードルが変わった、変身術が使えるのは天使か悪魔。

      主のお言葉を口にしたのだから、あなたは天使か。

メフィスト 悪魔に向かって天使などと、無礼千万。

      あんな機械のような連中と一緒にしてもらっては

      困ります。ほら、これが証拠です。


メフィスト、片足のズボンを引き上げ、馬の足を見せる。


ヨブ    馬脚を露す、とはこのこと、そして何が望みだ。

      悪魔とは取引をしないぞ。

メフィスト 取引ではなく、試しにきました。

      旦那の心が脆く、ぐらついていたので、

      突きたくなったのです。

      良ければ破片をいただけないか、とも思った次第です。

ヨブ    僕を試すのだな。逃げ場なんて最初からない

      とこに閉じ込めて、卑怯くさい真似を、

      来るなら来い、怪物め!


・答弁


メフィスト 現実は悪夢の源泉にして、地獄の門前。

      地獄階層の仲間達も、現実を裁判の証拠として

      飯を食べていますからね。


部屋一杯に霧が立ち込め、メフィストは姿を変える。

霧が晴れると、高齢の男性が立っていた。

ヨブ、驚く。


メフィスト  仕事を辞めると君が言った時、俺たちは裏切られたと思ったよ。

       君の失敗をフォローしたのは誰だと思う?

       君の気持ちを汲みつつ、上司と顧客の間を取り持ったのは誰だと思

       う?

ヨブ     その節は、大変お世話になりました。そのことに関しては言い訳の

       しようがありません。感謝と謝罪をする以外に、言葉が出てきませ

       ん。

メフィスト  しかしねぇ。薄情じゃないか。みんな、同じ苦しみに我慢して耐え

       て頑張っているというのに、迷惑をかけたまま、自分だけ立ち去る

       なんて。

ヨブ     ええ。ですが、僕は決めたのです。悪人になることを。

       我慢が美徳だと僕も思っていました。

       しかし、忍耐と服従は違います。

       罪を背負ってでも、自分のやりたいことをやると決めたのです。

       それは、合理性の欠けた判断で、とても感情的です。

       だからこそ、心に従いました。あのイデオロギーに適応すれば

       僕の心は腐っていってしまう。そんな気がしたのです。

メフィスト  何ということだ。俺たちは病原菌か何かだと、そう言いたいのか?

ヨブ     ある意味においてはそうですが

       別の意味においてはそうとも言えません。

       結局のところ、運が悪かったのです。

       だから、僕にも原因がある。

       もっと本音で話をできる、対話をする準備をしておくべきだった。

       そして、職務に誇りを持てない罪悪感とも

       もっと上手い向き合い方があったのかもしません。

メフィスト  君は個人性を重視する。

       集まって仲良くすることに何のためらいがある?

ヨブ     物事には程度問題があります。

       あなた方は、古い慣習を押し付けては歩みよろうとしない。

       過去の栄光の幽霊に魂を縛られているのですよ。

       未来を憂う振りをして、現実から目を逸らす。

       見たくないから見ない、見ても言わない、言っても聞かない。

       散々開かれる会議と飲み会がいい例です。

       弱みを見せたら負けると思っているから、

       でもその互いの弱みを見ていながら、冷酷な振りをする。

       集まって許しを得ようとしている。

       だから、僕は僕自身の中にある神を信じることにしました。

       何もしてくれないイデオの神ではなく、

       どんなに非力であっても可能性を持てる神を。

メフィスト  神様か。俺たちは神様なんてものを信じたことが・・・。


メフィスト、再度、姿を変える。

ヨブ、メフィストが友人になるのを見て、悲しむ。


メフィスト  俺がそんな夢を応援すると思うか?

       俺は、俺自身の手で未来を掴んだ。

       それなのにお前は、夢なんかを追ってやがる。

       いい加減、現実見ろよ。将来は2000万円必要なんだぞ

ヨブ     いちいち腹が立つが、言ってることはいつも正しいな、お前は。

       これは僕だからこそ感じてしまったことで

       なるほど確かに社会不適合者なのかもしれない。

       僕もそう思うよ。安定した生活が一番だって。

メフィスト  だったら、なぜ。

ヨブ     いつか幸せになるために人は努力し苦しむ。

       そして忍従を重ねた果てに、そのいつかはやってくることがない。

       なぜなら、今幸せになろうとしないからだ。

       死を想え、という言葉がある。

       死の瞬間、自分の人生は幸せだったと

       何人の人が言えるだろうか。

       いつか死ぬなんて生易しいものではない。

       いつも、死と隣り合わせの世界に僕らは生きている。

       僕はいつ死んでもいいように生きたい。

       今、そう思う。

       それに人の生き方は、その人にしか生きることができないんだ

メフィスト  まぁいいよ。時間が答えを出すだろうさ


メフィスト、三度姿を変える。

ヨブと同じ姿になる。


メフィスト  綺麗な言葉ばかり飾り立てて

       行動が伴っていなければ君は所詮でくの坊だ。

       結果が出てないじゃないか。

       いつ、君の行動が正しいことが証明されるのか。

ヨブ     でくの坊なんかじゃない!今に見てろ。必ず、成してやる。

       才能があるとすれば、それは継続することだ。

       忍耐が賛美される時があるとすればそれは

       心に決めたことを諦めずにいられる時だ。

       何もかも諦めた時、それが人間の死だ。

メフィスト  人と人は分かり合えず

       エゴの押し付けあいと奪い合いをする社会の中にあって

       君ごときに何ができる?

       それすらも嘲笑する愚民を相手にするだけ無駄だと思わないか?

       そんな堅苦しいことを考えるのを放棄して

       もっと気楽に生きたいと思わないのか?

ヨブ     そうだな。あまりにも勉強熱心なのはむしろ怠惰だ、とも言う。

       しかしね、こういう生き方しかできないんだ。

       逆に言えば、これは僕にしか出来ないことなんだ。

       それとね、世界に諦観を抱くわけにはいかないんだ。

       僕の周りを見回してみると

       気にかけてくる人がいることに気づいたんだ。

       知りたいことも、やりたいこともたくさんできた。

       良くしてくれる人には笑顔でいて欲しい

       そんな風に思うようになった。

       今やりたいことが増えたよ。笑顔が素敵な人を描きたい。

       もう十分、気は楽なんだ

メフィスト  それが、君の答えかい?

ヨブ     そうだよ


ヨブは笑顔を浮かべた。

メフィスト、それを見て姿を元に戻す。


メフィスト  道化の役はここまでです。

       おうと、獲物を取りそこなったわけですし、

       ここらで引くとしましょうか。

       いいですか、旦那。くれぐれも時間よ止まれ

       などと言ってはいけませんよ。では。


メフィスト、逃げるように消える。

ヨブ、眠気に襲われて眠る。


合唱     清澄の天へ帰ろう

       あなたがた愛の火よ!

       わが身を呪う不幸な者を

       救いたまえ真理よ。

       悪の手が逃れた者が

       救済の安堵のうちに

       大いなる団欒まどいのなかで

       祝福を受けるよう。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・。

・・・・。

目を覚ますと、僕は病院のベッドで寝ていた。上司がずっと傍にいてくれたらしく、大丈夫か、と心配された。どうやら、勤務中に倒れたらしく、しばらく僕が目を覚まさなかったので、事務所はあわやパニックだったらしい。

なんというか、僕は最後まで誰かに迷惑をかけているし、こうして心配してくれる人が少なからずいる、ということを理解した方がいいと思った。

退職願いを出してからも、仕事が減るわけではないし、無茶なアレコレや心労が祟ったのだろう。

それにしても、おかしな夢を見た。いや、あれはムセイオンの一員だと名乗った彼のせいだろうか。

不思議と心は穏やかで、憑き物が落ちたようにスッキリとした気分だった。

病室から覗く窓には、桜の木が美しい花を風と共に舞い散らせていた。


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