国藤みえ
みえのポストの中には白い封筒が2つだけ入っていた。どちらもクレジットカード会社からの催促だ。
それなりに売れている芸人だというのに、こんな手紙以外ポストに入っていないというのに彼女の心の闇をうかがわせる。
みえはため息をつきながら封筒を開ける。
しかしこれでもゴールデンタイム番組のギャラのおかげでかなり返済出来ているのだ、ただ臨時収入は全部衝動買いしたブランド品に消えていく。
この2つの催促を止めるにはまた別の会社から借りなきゃならない。臨時収入の分を返済に回せばいいのだが、そんな当たり前の事をもうすっかり失念している。
頭の中は自分を満たしてくれるきらびやかなブランド品の事以外無い。
買えばそれで満足なのだ、高い物を買い占める行為こそが喜びだ。完全に人間として壊れていた。
部屋の隅には使わなくなったブランド品がタグが付いたまま乱雑に積み上げられている。酷いものになると他のブランド品に押し潰されていたり、シミや汚れも付いている。
まるでゴミ屋敷だった。美しい物を集めている筈なのに、どこか嫌な感じがするのは配置が乱雑で掃除もされていないからであろう。
色の暴力、という雰囲気すらもあった。
しかし、臨時収入を借金返済にではなく買い物に回す心の持ち主がその暴力的な異様さに気がつくはずもない。
生臭い異臭すらする部屋でみえはただひたすら借金の事を考えていた。自らが所属するお笑いグループ「うどん旅団」の事なんて全く浮かばなかった。
みえの両親は幼い時に離婚している。
そして、押しつけられる形でみえの親権は父親のものになった。家庭の事をしようとしない父をみえはひたすら避けた。
結局そんな父親とは和解せぬまま、逃げるように家を出た。高校生の時の事だった。そして転がり込む形で大して好きでもないお笑いの道に進んだ。
今思えば、笑う事で過去の記憶を上書きしようとしていたの知れない。みえは病んでいる。
相談出来る相手が居なかったわけではない。双麻芸能タレントスクールで出会ったうどん旅団のメンバーが居た。
みえは顔の事で虐めを受けた時期もあった。だからこそ顔の整った由加里ではなくオトミに相談を持ちかけた。
しかし、これがみえの病状を悪化させる引き金になっていた。みえはオトミに利用されるようになったのだ。
暗い性格だから、というのもあるがそれは一番の理由ではない。みえは万引きに手を染めていた、それをネタに支配下に置かれた。
滝斗は裏でこんなことが起こっていると気づいていなかった。リーダーの徳四郎が隠蔽したからだ。
脅迫行為に手を染めたオトミを止めるのではなく、波風が立たぬように隠蔽だけをする。徳四郎は恐ろしい人間だった。