隙間時間に事情聴取
いつの間にか夕日は落ち、夜になっていた。今日は三日月で月明かりはさほどでもないが、おかげで王都では拝めない満天の星に彩られた空が綺麗だ。
とはいえ、明かりもないので見えるものはそれくらい。キーさんの背から落ちたら路頭に迷うのは確実だ。まあ、この高さから落ちたらそれより前に命がないと思うが。
「ごめん、酔った」
ベル様はキーさんの背に突っ伏してぐったりしていた。
紫黒さんの話によると、ナナトの一件で嫁さんの月白さんに背に乗ったときも同じように酔ったそうだ。そもそも魔物、もとい神獣、の背中に乗って空を飛ぶ体験なんて普通に生きてたらまずないんだから(普通じゃなくてもないか)仕方ない。俺は訓練で馬だけじゃなく騎竜に乗ったことがあるから何とかなってるが、そういう体験がないベル様にはしんどかろう。
落ちないようにと紫黒さんが俺とベル様に絡みついてくれてる。俺がバランス崩したら一蓮托生と思うと怖いがまあ頑張ろう。
『ごめんねえ。もうすぐ着くから我慢してね』
「ありがと……。それより、どうしてキーさんはここに来たの?」
隙間時間に事情聴取か。ベル様頑張るなあ。俺もしっかり聞いておこう。
キーさんも同じことを思ったのか、苦笑交じりに話してくれる。
『実はね、リンリンがこの辺りにいるらしいの』
リンリンさんはキーさんの妹で、キーさん曰く『銀色のちょっぴりチャームな女の子』だそうだ。
2年前、ベル様と知り合ったときにはぐれてからずっと見つからず、最近この辺りで見かけたという話があったので探しに来たという。
ここに来たのは2か月ほど前で、ゼブラシア山脈のヌシだった山犬神とはすぐに親しくなった。事情を聴いた山犬神は同情し、腰を落ち着ける場所を提供してくれたのでさっそく妹を探そうとしたのだが。
『運悪く守護の代替わりの時期だったのよ。なのに交代の儀式の時に突然やってきた人間が儀式をぶち壊した挙句、後継を殺しちゃってね』
はああ、と大きなため息をつく。ひどいな、そりゃ俺でもため息つくわ。
山犬神の怒りはすさまじく、人間たち全員を生きたまま魔獣の巣に投げ込んだほどだった。
だがその程度ではもちろん怒りが収まらない。後継は卵の時から大事に育てた飛竜で、全身真っ白の珍しい姿をしていたため、冒険者に目をつけられたらしい。まあ、純白飛竜なんて珍しいもんなあ。レア素材ほしいし、冒険者って物欲に弱い生き物だから、噂でも聞いて意気込んで来たんだろう。
なんというか、俺も肩書だけだがCランク冒険者なので、冒険者の気持ちもわかってしまい、いたたまれない。
『まあ、実際はここがどうなろうとアタシが知ったことじゃないんだけどね。リンリン探しもしたいし、縁もできてるし、落ち着いたら山犬神も帰ってくるかなと思ってさ。仮の守護としてここを護ってるってわけ』
なるほど。それで『アタシの山に入り込んだのは誰だい?』と言ったのか。
そう言うと、キーさんはそれもあるんだけどね、と続けた。
『アンタたち『やわっこい人間』があれ以上中に入ったら危険だと思ったのよ。もう少し行ったら腐魔溜まりがあるし、厄介な魔獣がいっぱいいるしね』
代替わりの時期は周囲の気が不安定になるので魔物が増えやすい、とキーさんは教えてくれた。
不安定になった気は腐った魔力、いわゆる『腐魔』となり、洞窟や木のうろなどがたくさんあるところでは瘴気溜まりと同じように溜まって、そこから大量の魔獣が産まれるそうだ。だが腐魔から産まれてくる魔獣や魔物はとにかく数重視になり、存在が『薄い』という。
『わかりやすく言うとね、普段1匹分になる魔物の素から2体か3体の魔物ができるの。そうすると体を作るモノが少ないから構成するパーツが雑になるのね。例えばみっしりして艶々の毛皮が薄毛でチリチリしてたり、爪や骨がもろかったり、毒が薄かったり』
「なるほど。それで最近魔物素材の質が落ちたのか」
『そうなの。で、そういうのは知性がほぼないから、本能で動く。生命力とかは少ないからすぐ死ぬんだけど、オリジナルと違って自衛しないから突っ込んでくる分めんどくさいのよ』
確かに、同じように戦って、得られた素材が自然発生するモノと比べると格段に劣るとかしんどいな。
冒険者離れが進んでいるって話もわかる。命を懸けて取ったのに得られるのは低品質の素材なんて割に合わないし、なにより金にならないんじゃやってらんないよなあ。
『でももっと厄介なのは、薄い魔物が増えることによってその土地に適正な魔物の数を上回ってしまうことよ。放っておくと人間が『スタンピード』と呼んでいる現象になり、山に住むすべての生き物に害がある。最終的には土地が死んでしまうわ』
「死ぬ?」
『そう。あるゆる場の根には世界の理とも呼べる地脈があるのは魔法を使うものならみんな知ってると思うんだけど、腐魔がたくさんできるとその流れがそこを避けるようになるの。血が流れない体のように、水のない川のように、地脈のない部分は乾いて死ぬ。そうならないように土地の生き物を管理するのが守護の役目なのよ』
守護と呼ばれる神獣は、増えすぎた魔獣を間引いたり、洞窟に溜まった瘴気や腐魔を散らしたりしているという。ドライアド様たちも同じような役目をしているというが、神獣には精霊のようにその土地を祝福するとかそういう役目はないようだ。
『知能が足りない魔獣がこのままどんどん増えていくと、ほかの管理者の土地に入ってそこを荒らすでしょ? そうなると当然そこを守護してる神獣や精霊たちに迷惑をかけるし、なにより大事にしてる生き物がよそ者に殺されるのっていい気持ちしないじゃない。だからアタシ、リンリン探しより守護のほうを優先させて、魔獣を間引くの頑張ってたのにさっ』
キーさんは盛大に舌打ちすると、雷を一つ眼下に落とした。何かの悲鳴が聞こえたので薄い魔物とやらを間引いたんだろう。
『ちょっと前から人間たちがわらわらと入ってきて、山を荒らしていくもんだから迷惑してんのよ!』
キイイ、と黄色い呻き声をあげる。
『おかげでせっかく間引いて適度にばらした魔獣が増えるし、うっすいくせにやたら強いドラゴンたちが変なところに巣を作るし、なくなっていた緑がせっかく戻ったのに人間たちが再度踏み荒らすしで、もう最悪よ!!』
それは、なんか、すみません。
第三騎士団の騎士たちはそんなことは露ほども知らないだろう。彼らはただ仕事で山に入っただけだ。行先に魔獣がいたから退治し、野営場所の確保のために草刈りをしたんだと思う。
それに、演習は1か月半前からだから、時期的に飛竜を殺したのは第三騎士団の面々ではない。しかし殺されたほうにとっては同じ人間だし、いい気持ちがしないのもわかる。
とはいえ、山を荒らしているという点では冒険者も騎士たちも変わらないのかもしれない。訓練とはいえ藪漕ぎしたり野営地作ったり狩りをしたりしてるもんなあ。
「ごめんね、キーさん」
ベル様がキーさんの首に突っ伏したまま、はふはふと苦しげな息をしつつ謝罪する。
「冒険者のほうは置いといて、第三騎士団の精鋭たちがゼブラシア山脈で鍛錬するのは王が定めた訓練の一環なんだ。つまり、騎士団の仕事の一つ。兄上が定めたことだから、第二王子である俺にも責任がある。ごめん」
キーさんは大きくため息を吐いた。
『わかってる。ごめんね。ちょっと八つ当たりしちゃっただけ。ちょっとここ数日大変だったの』
「大変、とは?」
『さっきドラゴンたちが変なところに巣を作ったって言ったでしょう? 山の中に作ってくれるならまだアタシが何とかできたんだけど、奴ら、人間の街から遠くないところに巣を作ったのよ。餌の近くがよかったんでしょうね』
餌か……。確かに俺たち人間には硬い殻も面倒な毒もないし、毛も頭髪くらいだから食べやすかろう。特にろくに抵抗できない女子供なんかはドラゴンにとって手軽に入手できる餌だろうな。
『人間たちに見つかる前に場所を移動させようと思ったんだけど、この間見つかっちゃったの。そのせいでほぼ毎日、冒険者とか言うのがわざわざ食べられに来てね。警告しに行ったら殺されそうになるし、放置したら餌になってドラゴン増えてるし、面倒だわって思ってるところに騎士だっけ? ごちゃっと人間がいるのを見つけてさ、ついイラっとしちゃって』
あー……、それは、イラっとするわ。
「なんというか、申し訳ない。冒険者ってそういう奴らだからなあ。ドラゴンキラーはそれだけでランク上がるし、名誉になるんだよ。素材も高く売れるから」
『それは人間側の都合でしょう? まあ、名誉が目当てならドラゴンの間引きを手伝ってもらえそうね』
「うーん、それはどうだろう」
たてがみに顔を埋めたままだったベル様が身じろぎして身を起こす。
「実際、名誉目当ての冒険者は少ないんじゃないかなあ。実は俺もドラゴンの素材を売って国庫に役立てたいと思ったからで、そのためにライルに頼んで騎士団に連絡してもらったんだ。ついでに調査してきてって言ったんだけど、キーさんが言う薄いドラゴンの素材だと価値は期待できないね」
『ベルちゃんもドラゴンの体が狙いだったのね』
「ごめんね。大河の主や神の樹の精霊がいるのならゼブラシア山脈にだって同じ存在がいると考えるべきだった。キーさんに迷惑かけてしまったね」
『いいのよ。守護なんて同じ神獣でも知らないことのが多いんだから』
ごめんねと言いあっているベル様とキーさんが微笑ましい。
しばらく謝罪を続ける二人に、俺とベル様に巻き付いている紫黒さんがやれやれと呟いて息を吐いた。
「キー殿は人前に出て警告していたのだから謝ることはない。ベルはそもそも守護のことを知らなかったのだろう? 無知は罪ではないので謝罪に意味はない。それで互いの気がすむならいくらでもへこへこしあえばよいが、建設的ではないな」
続けて、尻尾の先でぺちぺちぺちと俺、ベル様、キーさんの順に叩く。ちょっと待て、なぜ俺が一番なんだ。解せぬ……。
「ヌシらの話をまとめると、まず、キー殿が妹君のリンリン殿を探しにゼブラシア山脈に来た。そこで知り合いとなった山犬神が守護の座を放棄したのでキー殿が一時的に代理をしている」
『うんうん』
「きちんと代替わりしていないので流れに影響が出て腐魔溜まりが多数でき、キー殿曰く『薄い魔物』が増えていた。薄い魔物の中にはドラゴンも含まれ、それが人里近くに巣を作った」
『そうなのよー』
「ベルのところにはドラゴンの巣ができたと報告が入り、調査をライルに頼んだ」
「うん」
「増えた魔獣どもがほかの生物に迷惑をかけぬよう、キー殿が間引いているところに、訓練のため騎士がやってきた。無粋な動きをするので腹を立てたキー殿が警告に行ったところで、ベルが使いに出していたライルと会った」
「それでイライラしてたのか」
「ライルからベルの匂いを嗅ぎつけたキー殿がライルにベルを呼べと言った。それでワシらはここにいる。そういうことか?」
そういうこと! と思わず三人で同じタイミングで声をあげてしまった。
すごい、紫黒さん、わかりやすい! さすがナナトの蛇の長!
賞賛の声に気をよくしたのか、紫黒さんは尖った鼻先を少し上げ、シュシュッと小さく息を鳴らした。
「では次に各々の仕事の確認をする。ライルは騎士どものところに行くのだな?」
「あんま行きたくないけどなあ」
「ベルはこの地の長に会いに行くと言っていたが、先に騎士でいいのか?」
「そうだね。とりあえずここで起こっていることを説明しないと。今も閉じ込められてるんだよね?」
『そう言えば入れっぱなしねえ』
「修行の身の騎士どもは無傷で生きておれば文句はあるまいよ」
キーさん、ガイ団長たちを放置してるのか……。ますます戻りたくないなあ。暇な時のガイ団長は碌なことしないし。そんなこと言っても結局行くんだけどさ。
「キー殿は守護とリンリン殿の捜索か。両立できるのか?」
『うーん。まあ、アタシは9体まで身分けできるから、最大10か所の見回りができるのよ。ただその分力も分割されるから魔獣を間引くのが大変になるんで、今は3体しか出してないわねえ』
「その3体はどこに?」
『えーと、リンリンを探してるアタシと、ドラゴンの巣を見張ってるアタシと、騎士の近くで魔獣を間引いてるアタシね』
キーさん、すげえ。さすが神獣。でもオネエさん麒麟が本体のほかに3体いるのか。……、囲まれたくはないな。
想像してげんなりしていると、紫黒さんはふむんと鼻から息を抜いた。
「ベル、キー殿の『魔獣を間引く』仕事はヌシの仕事に重なるな。魔獣を減らし、腐魔溜まりを浄化できれば、薄い魔獣が減って素材の質が安定するのではないか?」
「そうだねえ。紫黒も魔獣狩りする?」
「できればな。ドラゴンを狩って得る名誉とやらはワシにとって都合がいい。修行もなる」
そういえば紫黒さんは蛟になるために修行してるんだと言ってたっけ。ドラゴン狩りで得る経験はおいしいかもしれない。
あ、それって、俺も同じか!?
「俺もベル様のランクに追い付きたいから、魔獣狩り参加したい」
はーいはーいと手を上げたら、ベル様が苦笑した。
「別に構わないけど。というか、ライルは第三騎士団の騎士と一緒にいてほしいんだ」
「げっ!? マジスカ……」
「うん、マジ。俺はガイ団長と話をした後、パスコー辺境伯のところに行くつもりだから、その間にドラゴンの巣の調査をしてほしい。もちろん、騎士たちと一緒に薄い魔獣も狩ってくれると助かるな」
訓練って名目で頼んだら協力してくれないかなあ、などとのんびり呟くベル様。第二王子に命じられたら団長とはいえ王国騎士のガイ団長は頷くしかないが、ベル様のことだから王子権限など使わないで、ただお願いするだけなんだろう。まあ、ひねくれもののガイ団長にはそっちのほうが効くだろうから問題ないか。
「キーさんもライルと一緒に騎士といてほしいんだけど、いい? もちろん分身体でもいいんだけど」
『アタシが?』
「うん。魔獣を狩ったりドラゴンの巣を調査したりするのはキーさんの監視下でやったほうがいいと思うんだ。勝手にしてこれ以上迷惑かけたくない」
『ベルちゃんったら……、アタシのことを気遣ってくれて嬉しい』
キーさんは嬉しそうに身を震わせた。乗っている俺たちも震えるから怖いんだが、紫黒さんのおかげで抜群の安定感。
『それじゃ、騎士の近くにいるアタシを坊やにつけるわ。アタシはベルちゃんと一緒に行くね』
分身があるって便利だなあ。どんな感覚か聞いてみたら、同時にたくさんの通信水晶を使ってる感じだと言われた。俺なら頭が痛くなりそうだが、慣れているので問題はないと言う。すごいなあ、キーさん。
「ワシはベルと行くぞ」
ベル様が声をかける前に、紫黒さんが言った。
「修行も大事だが、ベルを一人にするとろくなことがないとリックから聞いている。聖女や王にも頼まれておるし、きちんと見張らねばな」
『あらん、アタシが一緒に行くから平気よ。アタシ、人型だって取れるから、町に降りても珍しがられないし』
「心強いが、ワシには弟を想う兄との約束がある。ここは譲らぬよ」
『ヤダ、義理堅し。ステキ』
キーさんに同意見。紫黒さん、陛下のことまで気にかけてくれるなんて、男前だ。
約束だと言われたらベル様も仕方ないと苦笑するしかなく、辺境伯に会いに行くときは紫黒さんも連れていくことになった。
この中で一番大変なのは絶対俺だよなあ。ガイ団長率いる第三騎士団の精鋭について行けるのか心配だ。まあ、頑張るしかないか。いざとなったらキーさんに助けてもらおう。
話をしていると、前方に小さな灯りが見えた。
てんてん、と目を凝らさなければ見えないくらいの小さな灯が山肌で瞬いている。夜の森と山影しかないのですでに視界は真っ暗だったから、夜空の星が山肌に降りてきたみたいに見えた。
近づいていくと、灯りの数が増え、それを覆うように虹色に輝く半円が見えてくる。さらに距離を詰めると、休んでいた騎士たちが集まってくるのも確認できた。見知った顔がこちらに向かって手を振っている。
ポータルを出てまだ10分くらいしか経っていない。行きの苦労は何だったんだろうなあ。おっさん二人を連れて第三騎士団の野営地にたどり着くまで、苦難の連続だったんだが。
まあ、キーさんに会ってから下山するまでは、魔術師のメルル様のおかげで一瞬だったけどさ。
苦く笑ったのと、キーさんが半円を抜けて地に降り立ったのはほぼ同時だった。
「今帰りました」
挙動不審な騎士たちの前に立つガイ団長は、騎士の礼を取った俺にただ頷いた。
読んでいただいてありがとうございます。
説明回ぽくなってしまい話が進んでいませんね……。まあよくあることなのでご容赦ください。
麒麟って「麒」が雄で「麟」が雌なんだそうです。中国妖怪たまらん……。




