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6 ライル

 どっぷりと日が暮れた時刻、俺たちはやっとこさ王都に戻ってきた。

 とにかくしんどい旅だった。王宮のポータルに着くなり脱力してへたり込んでしまい、ポータル職員に早く出ろと引っ張り出されてしまったけど仕方ないよなあ。

 急いだからポータルを5つも梯子したんだ。ポータルの利用は一日に3つまでと決められているけど、急ぎの場合は入らない。

 俺たちをここまで急かすのは、現在ゼブラシア山脈で100キロ行軍訓練をしてる、普段は北国との境を警備してる第三騎士団だ。


 後ろで同じように倒れた二人の騎士に休むよう言い、俺は重たい体を引きずってベル様の私室に向かった。




 二回ノックし、返事が来てから扉を開ける。

 ふわりと鼻を通り過ぎた花と森の香りはアナスタシア妃殿下のものか? 素晴らしく心を落ち着かせてくれる香りで疲れが吹っ飛ぶようだ。

 ベッドの上から迎え入れてくれたベル様は話に聞いていたよりは元気だった。まあナナトから戻って1か月くらい経ってるし、ミラが来てるって話だから回復しないほうがおかしいか。


「なんか、ボロボロだね」


 俺を見たベル様は苦笑して椅子を勧めてくれるが、俺から見たらベル様だって人のことは言えないと思う。ベッドの上でたくさん積まれたクッションに寄り掛かってる姿は病み上がり以外の何物でもない。


「そっちこそ顔色悪いぜ、お互い様だな」


 ニヤリと笑い、椅子に座ったらベル様の膝がもそりと動いた。黒いひざ掛けかと思ってたものが鎌首を上げて俺を見ている。


「お、これが噂の紫黒さんか。ベル様とジャスが世話になったな。ありがとう」


 ここに来る前にナナトでの話は聞いているし、各方面に宛てた報告書にも目を通した。何やってんだって頭抱えたし、一緒に行けばよかったと後悔したけど、終わったことは仕方ない。ベル様だけじゃなくてジャスまで死にかけたのを書面で知ったときは、宿にいたことをありがたく思った。なんせ目の前が真っ暗になって一瞬だけど気絶してたからな。


 頭を下げると、真っ黒い蛇はシャッと音を出した。威嚇されたかと思ったが違うようだ。


「いい友達だなってさ。俺もそう思うよ」


 ベル様はにっこり笑い、紫黒さんの頭を軽く叩いた。


 しばらく雑談し、運んでもらった夕食を三人で食べた。

 ベル様がまだ食欲がないとのことで簡単なサンドイッチとスープだったけど、俺も一緒だからととにかくたくさん持ってきてくれた。さすがベル様付きの使用人、気配りがすごい。しかも美味い。


 紫黒さんは使用人たちに認められているのか、ベルの膝の上に乗ったままなのに誰も追い出しはしなかった。むしろ丁寧に挨拶などされている。ナナトの蛇たちの長だと聞いているが、入り浸ってていいのか?

 聞いてみたら『あと少しで蛟になるので修行の旅に出たところ』とのこと。いいのか、旅?


「そう言えば、ジョシュアから聞いたんだけど、俺にどうしても来てもらわなくてはならない案件があるって何のこと?」

「ああ、そうそう。それを言わなきゃならんかったんだ」


 俺は手にしていたカツサンドをゴクンと飲み込み、スープで喉を湿らせてから話を始めた。


「実は、ゼブラシア山脈にいる第三騎士団が変な魔獣に捕まって、結界から出られなくなっちまってな。そいつがなぜか、ベル様に会いたいって言うんだ」






「ドラゴンの巣か。そりゃ楽しそうだな。調査の件も了承した。こちらで調べて逐一連絡するから、お前らはさっさと王宮に戻るがいい」


 ガイ=ウェインライト第三騎士団長になんの躊躇もなく言われたのは一昨日のことだ。

 その時、俺はやっとのことで騎士団に追い付き、ベル様からの伝言を伝えたとこだった。王都を出てから1か月くらい経っていたと思う。行きは1日3ポータルを守っていたから、ゼブラシア山脈の入り口にあるポータルまで2日かかったんだよな。そこから第三騎士団がいると聞いている山の麓まで行くのに2週間、なかなか会えなくて山の中と麓の村を何度も往復して3週間。訓練より大変だった。

 行軍なんて言ってるけど、森の中で気配を消してどこまでできるかという実戦のようなものだから、居場所を探すだけで苦労したってのにもう帰れと。藪漕ぎすぎてボロボロの俺と一緒に来てる城の騎士二人を見て少しは労わってくれ。


「王宮の騎士は脆弱だな」


 不満が顔に出ていたらしく、鼻で笑われる。

 くう……。

 まあ、否定はしない。だってここの騎士どもには全く敵う気がしないからな。

 ベル様のおかげで冒険者登録もしつつ修行に励んでいるけど、この癖ある集団に歯向かっても確実に地に這う自信がある。間違っていることには反発するが、正しいことは受け入れる、それが俺のモットーだ。


 というわけで、わかったと頷き、戻ろうとしたら、一緒に来た騎士が不満をぶちまけた。


「ふざけるな! 我らを何だと思っている!?」

「王宮からはるばる来たのに、子どもの使い扱いとは許しがたい!」


 やめればいいのに、大声で喚く騎士二人。初日に泊まった宿で食事中に兵士から騎士に上がったばかりなのだと話していた。酒癖も微妙だし、正直口数が多くて閉口したけど、基本的に気のいいおっさんたちだ。

 ここまで来るのにも散々愚痴ってたもんなあ。うっぷん溜まってたんだろうな。

 優秀な王様たちのおかげで今は騎士団が出るほどの国同士の争いなどないから、兵士たちは王宮の外の訓練所くらい体験してないと思うし、遠征に行ったとしても近場の山だろう。ずっと藪漕ぎしてた俺のが大変だったはずなのに、このキャンプを見つけた瞬間へたばっていた。

 第三は国境警備を担当する騎士団で、魔物の討伐はもちろん、国境を越えてくる盗賊の討伐なんかもしている。見ただけで王宮の貴族のコネで威張り腐ってる騎士たちとは違うんだから、素直に頷いておけばいいのに。


 ちなみに、俺はベル様に内緒でサイラスやジャスと冒険者登録して休みの日にいろいろ回ってるからそこまでしんどくない。むしろ、ジャスが失敗して死にかけた時に比べればはるかにましだ。何でもやっとくもんだな。


 そんなことを思いつつもうっかり二人を庇ったら、一緒になってあっという間にのされていた。

 と言っても拳骨を落とされただけだ。手加減してくれてるんだが、一発で意識を刈られた二人を見ると何とも言えない気持ちになる。

 親父様にもっと鍛えろと進言しよう。


「いてて、口ん中切った」


 起き上がりながら血と唾を一緒にペッと吐き、苦笑いした。


「勘弁してくださいよ。俺たちもここを探すの大変だったんです。この程度の不満くらい、受け流してくれてもいいっしょ?」


 べルトに着けたポーチから回復ポーションを出して二人にかける。

 第三騎士団の騎士たちは鼻で笑った。


「努力したらすべていい方向で叶うと思うのは傲慢だろう? 兵士上がりのようだが、俺たちと同格に思われると腹立たしい」


 ごもっとも。


「その点はよく言っておきます。まあ、俺も学院出てまだ2年なんで、そこんとこよろしくっす」


 頭を下げると、ガイ団長は面白いものを見たと言う顔になった。

 ああ、嫌な予感がする。


「よく見たら、ランダルフんとこの三男か。でかくなったな」

「ガイ団長は変わらず小さいからすぐわかりましたよ。正直あんまり会いたくなかったですね」

「ほー、言うようになったな」


 しまった、ちびは禁句だった。

 ま、俺も疲れてるんで仕方ないか。


 ニヤアリと目を細めたガイ団長を見て第三騎士団の騎士たちがさっと青くなった。

 ガイ団長、どこぞの精霊の血筋らしくて俺よりちっこいのに強いんだよな。ガキの頃うっかり揶揄って痛い目に遭ったのを思い出す。


「やっと20才になった若造の戯言ですよ。言い訳させてもらうと、皆さんに会うために1か月前に王都を出て、何度も麓の村と山を往復してたんです。今回も5日間も山ん中彷徨って、くたくたになって、やっと会えて嬉しいんですよ。寝転がってるおっさんたちも同じです。もうその辺でお許しを、ガイ団長」


 ま、日常的に親父様や副長のパスカルの罵声を聞いてれば、この程度、大したことはない。

 山で野営したと言ったら、第三騎士団の騎士たちが倒れた二人を見たのち、俺に同情を向けてくれた。うん、このおっさんたちとの道のりはすげえ大変だったよ……。


「役目大儀だったな。少し休んだら王都に帰るといい。報告は日に二度、暗号通信で送る」


 副長のビルが間に入ってくれたので場が納まった。

 俺はベルトのポーチから報告に使う魔道具と滞在に使えそうな魔石を取り出し、ビル副長に渡す。魔石は野営では貴重品なので、喜んでもらえた。


「それではお言葉に甘えて、俺たちは王都に戻ります。遠征中にお邪魔しました。ドラゴンの巣の件、よろしくお願いします」


 騎士の礼をし、まだ転がっている二人を起こして帰る準備をする。来た道を戻るのは大変だが、ふもとを目指すだけだから行きよりは楽そうだ。


「帰りは私が送っていくよ~」


 騎士たちの中から魔術師が一人出てきた。語尾をほんわりと伸ばす話し方をする、垂れ目の兄さんだ。

 魔法騎士は何人かいるが、騎士付きの魔術師は珍しい。冒険者のパーティでは魔術師と戦士が一緒のいることは珍しくないが、騎士団に身体能力が劣る魔術師を蔑む者がいることや魔術師に騎士を脳筋と馬鹿にする者がいるため、共に行動する必要はないと言う風潮がなんとなくあるのだ。

 俺は考えてることが顔に出やすいので、魔術師にはすぐにわかったんだろう。楽しげに笑い、ウィンクした。


「ガイはアホだから~、私がいないとダメなんだよ~」

「……、まあ否定はしない。実際、うちはメルルがいないと烏合の衆だからな」

「さすが団長~、わかってるぅ~」


 なるほど、策士的な仕事なのか。それは大事だな。


「まあそれはともかく~、ゼブラシア山脈のポータルなら~、マークしてるから~、簡単な転移陣で飛べる~。三人くらいなら~、余裕だから~、私が連れていくよ~。そこから帰れば楽だろ~?」


 やっと起きた二人がおおっ、と歓声を上げた。気持ちはわかる。俺も口開いてた。転移陣だったらポータルまでの下り道を考えなくて済むからすっごくありがたい。


「よろしくお願いします」

「任せて~」


 そう言ってメルルと呼ばれた魔術師が転移陣を展開しようとしたときだ。



『アタシの山に入り込んだのは誰だい?』



 轟音とともに小さな竜巻が湧き、周りにあったテントやかまどを吹っ飛ばした。

 直後、まだ空が明るいのに大きな雷が落ち、視覚と聴覚を奪う。小さな氷のつぶてが雨のように全身を打ち、めちゃくちゃ痛い。

 衝撃で転がった二人の騎士が悲鳴を上げる。


「野郎ども、その場で待機! 各自身を守れ!」


 ガイ団長が指示を出すと、近くにいた騎士たちがざっと離れてどこかに行った。さすが第三騎士団の騎士たち、身のこなしが軽くてかっこいい。

 メルルさんも大きく手を広げて防御陣を展開しようとしている。


 しかし。


 ばちん! と何かが爆ぜる音がし、同時に騎士たちのくぐもった呻き声が聞こえた。メルルさんが張りかけていた防御陣もきれいさっぱり消えている。全員、大きく悲鳴を上げないのはすごいと思うが、熟練の騎士たちが呻くなんてよほどのことなんじゃないか?


 そんな状況下で未熟な俺が動いても足を引っ張るだけだ。

 ガタガタ震えながら逃げようとする二人のベルトを両手で持って引き寄せ、少し考えて背後に回す。

 やっと視覚が戻ってきたので周りを見渡すと、虹色にテラテラと輝く透明な半円の中に閉じ込められているのがわかった。シャボン玉の内側にいるような空間には散開したはずの第三騎士団の騎士たちが全員いて、薄い膜のように見えるそれに押されながら、どんどんこちらに寄せられる。


 葉っぱを塵取りで押してるみたいだな、などと思ってたら、俺の目の前にすとんと何かが落ちてきた。


「うわ、びびった!」


 思わず声が出た。

 ガイ団長とビル副長がこれまたびっくりするくらいの速さでこっちに来たが、何かに弾かれて元の位置まで飛ばされる。無様に転がらないのがすごい。

 後ろにいた二人もガイ団長の近くに追いやられ、気が付けば俺一人がそれと対峙していた。


 すごい存在感だけど、悪意は感じない。好奇心、というか、興味津々というか、とにかくひたすら観察されてる感じがする。


 唐突に、長い四角いものが目の前に来た。

 近すぎて焦点が合わない。ちょいとイラっとしつつ、目を細めると、銀色に輝く体毛に覆われた馬みたいな生き物の顔だった。耕したばっかりの畑みたいな茶色い目がじっと俺を見てる。頭のてっぺんには俺の腕と同じくらいの長さの角が一本、ぴんと空を向いて伸びていた。


 アレに刺されたら痛そうだ。とりあえず挨拶でもしとくか?


 などと思っていると、でかい生き物は俺の頭から足先までをクンカクンカ嗅ぎ始めた。5日も野営してさぞ臭かろうと苦笑する。


『アンタからえらい懐かしい匂いがするわ』


 でかい銀色の生き物は一歩下がって俺をじいっと見つめた。しばらく風呂に入らず汗だくで相当臭い俺からどんなにおいがするのか。見当もつかん。


「どっかで会ったか?」

『バカ。アタシたちは初対面。アンタじゃないわよ』


 そいつはフン、と鼻を鳴らし、俺の額にゴツンと鼻を当てた。吹っ飛びそうになるくらいの勢いだ。仰け反るくらいで済んでよかったけど、いきなりなにすんだ?


 むっとしていると、そいつは再び俺のことを嗅ぎ回り、嬉しそうな声を出す。ヒヒン、みたいな声だったから馬の魔獣かもしれないな。


『ああ、懐かしいわあ。あの黒髪の子よ。緑の目の、可愛い子』


 黒髪に緑の目。そして、可愛い。

 うん、心当たりがありすぎる。


『冒険者たちが寄ってたかってアタシをいじめて、面倒だからみんな殺しちゃえっと思ってた時に、身を挺して助けてくれたの。涙目になって両手をうんと伸ばして、必死になって庇ってくれたのよね』


 あー……、ベル様らしい。

 そういえば、ここに来る前、気を付けてねって抱き着いてきたんだったな。それで匂いが付いたのか。近くにいたポータル職員が『死にフラグやめてあげて』とか言ってた気がする。俺も今生の別れじゃないと苦笑したんだった。


「それは間違いなくベル様だなあ」

『そうそう! 確かそんな名前だった! アンタ、知り合いなの!?』

「知り合いも何も」


 俺はエヘンと胸を張った。


「俺はベル様の剣だ」

『きゃー! やっぱりぃぃ!』


 馬の魔獣は嬉しそうに雄たけびを上げ、ひょいと後ろ脚だけで立って前足を俺の肩に乗せた。

 お、重っ! 潰れる!

 足裏が若干地面に埋まる。背骨が軋んで嫌な音を立て、膝がかくんと折れた。ヤバイ、このままだと足が死ぬ。


『アラヤダ、ごっめーん』


 魔獣は慌てて俺から離れた。その際、ふわりと銀色の光に包まれる。痛みや疲れが綺麗に消え、今までにないほど体調がよくなった。光魔法が使える魔獣らしい。


『でも、ちょうどいいとこに会えたわ。アタシ、実はちょっと困ってるのよね』


 言いながら、魔獣は第三騎士団の騎士たちをぎろりと睨んだ。


『アンタらが勝手に山を荒らすから、めんどくさいことになってるんだからね! 責任取りなさいよ!』


 ぴしっ、と右前足で器用に団長たちを指す魔獣に、ガイ団長は思い切り眉を寄せた。


「何のことだ?」

『キイイ! 無自覚ムカツクわっ!』

「そう言われても、知らんものは知らん」


 言い合いが続く。魔獣相手でもマイペースなガイ団長はさすがだ。

 あ、俺もそうか。まあ俺の場合は唐突すぎて何も考えられなかっただけなんだけどな。


 その間も魔獣の魔法らしい薄い膜は騎士たちをぐいぐいと寄せている。今はもう団長を囲んで押し合いしてるみたいになってた。あそこにいなくてよかったなあ。正直、何日も野営してる騎士は臭い。仲間同士なら慣れてるだろうが俺には無理だ。第三にまみれている二人のおっさん騎士は鼻を押さえて呻いてた。


『こいつらじゃ埒が明かないわ』


 しばらく言葉を交わした魔獣だったが、やがてイライラと地面を蹴り始め、半分になった目で俺を睨んだ。

 いや、俺に八つ当たりされても……。


『ベルちゃん連れてきて』

「え?」

『こんなムサイおっさんたちとだらだら話なんかしたくない! かわいいベルちゃん呼んできて!』

「かわいいって言っても、ベル様だって2年前より年食ってるぞ」

『いいから! 呼んでこないとこいつら潰すううう!!』


 薄い膜が勢いを増して騎士たちに迫り、ぎゅうぎゅうと押し始めた。それでも悲鳴を上げない騎士は立派だけど、あのままだと死ぬかもしれない。


「わかった! 連れてくるから時間をくれ! 王都までは遠いんだ」


 俺は両手を上げて叫んだ。


「あと、俺を待つ間、騎士たちはもっと広い場所で野営させてほしい。こんなに詰まってたら死んでしまう。一人でも死んだら、ベル様を連れてこない」

『むう』

「ベル様は優しいから、騎士たちが元気じゃなかったら心を痛める。いいのか?」

『ううっ』

「もし誰かが死んだとしても、あの方は絶対にお前を責めないだろう。だが、確実に『自分が来なかったから騎士がこんな目に……』と泣くぞ。それでもいいのか?」

『わ、わかった、わかったから!』






「というわけで、一緒に行った騎士二人と共にその魔獣に山脈の麓にあるポータルまで送ってもらい、急いで帰ってきたってわけだ」


 食べかけのサンドイッチを口に押し込むと、ベル様は目の上に手のひらを載せて天を仰いだ。


「心当たりは?」

「ある、すごくある」


 ベル様はため息を吐きつつ、冒険者になったばっかりのときに、駆除対象の魔物と仲良くなって殺せなくなって依頼失敗したことがあると話してくれた。

 そう言えば、冒険に出て帰城したベル様が仲間に迷惑かけたって落ち込んでた日があったっけ。


「でもたしか、そいつを駆除したら森が枯れてたんじゃなかったか?」

「そうなんだけど。迷惑をかけたことには変わりないからね」


 はふ、と息を吐くベル様を見ていた紫黒さんが腕を伝って肩に登り、そっと首に回る。耳元でシャーシャーと息を鳴らしているので、何か話しかけているのだろう。


 話を続ける二人を見ながらサンドイッチを齧る。最後の一切れをベル様に押し付けると、困った顔をしながらも全部食べてくれた。相変わらず俺の半分も食べないが、食欲があるようでよかった。


「わかった。これから兄上のところに行って、それからすぐに出かけようか」


 ぺろりと唇と指先をを舐めつつ、笑う。


「それはありがたいが、ベル様、体調はいいのか?」


 正直、この顔色のベル様を連れて行きたくない。


「もう大丈夫だよ。だいぶ寝かせてもらったからね。それに俺が行かないといろいろ面倒なんだよね?」


 その通り、面倒だ。

 ベル様を連れて行かないと第三騎士団の遠征部隊は動けない。居残り部隊がいるとはいえ、団長を含む精鋭が抜けているのは痛い。

 それにあの魔獣、なんかめんどくさいし……。

 紫黒さんとベル様の匂いが付いた何かで勘弁してくれないかなあ。


 そのとき、首から降りた紫黒さんが赤い目を俺に向け、目が合うとちらりとベル様に視線を向けてから、頷くように首を縦に振った。


「もしや、一緒に来てくれると?」


 シャっ!


「紫黒、俺は大丈夫だからナナトに戻りなよ。え、修行にちょうどいいって? まあそれはそうだけど……」


 ベル様は紫黒さんと少し話し込んだが、やがて大きくため息を吐き、お願いしますと頭を下げた。


「というわけで、案内よろしく、ライル」

「任された」


 こうして、俺はベル様と紫黒さんとともに、ゼブラシア山脈へと戻ったのだった。






読んでいただいてありがとうございます。


本文長いですが、やっとライルを出せました。次回からは次の章になります。


※時系列がおかしいので修正しました

 具体的にはライルが第三騎士団の騎士たちと会うまで1か月ほどかかってます。ポータルから山脈の麓までが約2週間、その後合流まで2週間ほどです。

 大変だったろうなあ……

 ライルがお使いに出たのはベルがナナトに行く前です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 久々に登場かと思いきや…ライルったら騒動の運搬者だったのね(笑) 馬か…スレイブニル? 大物過ぎるか(笑)
[良い点] 紫黒さんのレギュラー化キタコレ! 何気に貴重なベルの保護者目線な方なので、この方がいるだけでも安心感が違ってきますね!
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