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4 アーチーボルト

 ベルがナナトから戻ってきて3週間が過ぎた。

 その間、俺を始めとする執務室の面々はベルがこなしていた仕事の山を削るような作業を政務の合間に行っていた。

 正妃の公務の合間に手伝いに来てくれるアナも、今では欠かせないメンバーになっている。


 問題は、ここにいると面倒な輩が一人、混ざっていることだ。


「アーチー、ここの数字はおかしい」


 俺の机にデンと座って書類をチェックしているのは、聖女とともに戻ってきた父上。先日までは辺境から母が来て相手をしていてくれたのだが、めんどくさいと言って帰ってしまって以来、こうやって執務室に居座ってあれこれ言ってくる。

 前王なので仕事がわかっているのはありがたいのだが、俺と考え方が違うのでこうして衝突することもしばしばだ。


「父上、そこはそれでいいんだ」

「なぜだ? こんな古い水路にここまでの金額を出す意味があるのか? 捨てて新しいのを作ればいいだろう?」

「それだと住人たちが困る。新しい水路を作れば水路を拠点にしていた人々も移動しなくてはならないし、街道だって整備する必要があるだろう?」

「街道の整備は私が以前やっただろう? ミランダと旅して見て回ったが、整った道での旅はいいものだ。どうせなら街道全部を整備したいな」

「ったく、どこにそんな金があるんだよ」

「貴族たちが持ってる。そこから巻き上げろ。足りない分は税金上げればいい」

「父上は王座を離れていろいろお忘れのようだ」

「ずっと寝てた息子の癖に口は達者だな」


 こんな会話を一日するとそれだけでくたくただ。

 大体、俺が姿を消している間、助けてくれたのはベルと神官長のノウアだけで、父上は何もしてくれてない。俺が生きていたと知って王座に就く手筈をつけたのは認めるが、正直父親面されるとイラっと来る。


 ベルはこんなのとずっと顔をつきあわせていたんだよな。常に俺と比較されて失望の目を向けられていたのだとノウアから聞いた。ベルのことを知る前ならそれで優越感を憶えたかもしれないが、今ではそんな自分を恥ずかしく思う。同時にそんな父上には侮蔑の思いしかない。

 これにプラスして、ベリンダやウエイルの奴らもいたんだった。奴らから躾けという名の暴力を受けながらもオレのところに通ってくれ、学院の授業を送ってくれていたベルは改めてすごい男だ。

 さらに言うと、ベルを見下していたと聞く貴族の輩や、その子息たちにも囲まれていた。ベルの体中の傷を見るたびに心が痛む。


「……、まあ、お前の治世だ。好きにすればいい」


 黙り込んだ俺から目を反らした父上は、ペンで書類に何かを書き込み、差し出した。


「ただ、完全に修繕するのなら、最低でもこのくらいはかかる」


 予算として書かれた数字に0が一つ増やされている。


「これだと予算が足りない」

「だろうな。多くの水路を一度に直そうとするから足りなくなる。今年は大丈夫だと思うところは次年度にしてバランスを取れ」


 バランス!?

 俺は口に出しそうになった言葉を苦労して押さえる。

 少なくとも俺に王座を渡すまでの父上はそんな言葉を口にしたことがなかった。他者を思うとごろか、常に自分が一番賢いと言う顔をし、意見など取り入れずにさっさと決済をしていたと思う。

 手堅くコツコツと積み上げていくタイプではないと思っていたのに。


 ふう、とため息をついた父上は、目を丸くしている俺に目を合わせてくる。


「なんだ?」

「いや、今までの父上だったらそうはしなかったと思って」

「馬鹿にするな。これでも日々学んでいる」


 父上は苦笑をし、ジョシュに一息入れるよう指示をした。執務室にいた事務官たちが大きく息をついて部屋を出ていく。

 侍女が茶を入れて去ったあとは俺と父上だけが残された。

 今日はアナはドライアド様とのひと時を過ごしているので不在だ。正直、父上と二人になると息が詰まるので辛い。よく聖女はこの父上と結婚したと常々思っている。


「私は、悪い父親だ」

「……」

「と、ミラが言うんだ。私は別にそれが悪いとは思っていない。我がことより国が大事、王として当然だろう?」

「そうですね」

「だがな、ミラは家族を大事にできない男には国を発展させる力はないと言う。その証拠に、私の治世は安定していたがそれだけだと言い放つ。アーチーの治世になって見られるような発展はしなかったとな」


 なんというか、俺と同じ年の女にしてはとんでもない暴言を。配偶だから許されると思ったのかと驚くが、それ以上に驚いたのは父上がその言葉を認めていることだった。


「さらにな、ミラは私のせいでお前たちが歪んでしまったと言う。アーチーは成長する一番大事な時期を奪われ、ベルグリフは自分を愛する心を奪われたと。二人とも私にとっては自慢の子なのだと言ったらな『とてもそうは思えない。二人はそれぞれ自分で立派に育ったのであって、チャーリーが育てたわけじゃない。自己満足に子どもをつきあわせんな、この迷惑親父』などとぬかしよる」


 ふふ、と笑う横顔は少しベルに似ていると思った。やはり親子なのだな、と急に思う。

 それにしても、聖女、容赦ないな。ミラは俺にも容赦ないが父上にはそれ以上に手加減しないようだ。今までの父上だったらそれを受け入れなかったろうが、王座から離れた今は素直に受け入れている。母上やベリンダ以上にミラを愛しているのだろう。

 まったく、わが父ながらのろけもいいところだ。


「私はな、国は発展などしなくても安定していればいいと思っている。それは変わっていない。安定しているからこそ、お前たちを守ってやれると思っていた」


 そういえば祖父の代は西の国との状況が不安定だったと聞いたことがある。50年前には隣の彩の国から大河を渡って侵入する盗賊たちのために国交を断絶していたんだったな。そのころ、父上はまだ生まれていないが、物心つくころまでいろいろとあったのだろうと予測はできる。今でも彩の国とは多少の緊張感があるしな。

 彩の国と言えば……、ベルが行方不明になっている間に来ていた大使が今週あたりまた来るとか言ってたんだった。

 あいつは苦手なんだが、ベルはなぜかなついてるんだよな。ああ、めんどくさい。


 などとぼんやりして会話を流すところだった。こちらも聞いてないとバレるとめんどくさい。

 そんな俺に気づかず、父上は言葉を続けている。


「アーチーは小さい頃から私に似ていてそれだけで嬉しいのに、人より優れていて自慢の息子だった。まあ、私を追い抜くと知っていたから正直怖かったな」

「父上が?」

「私だって自分より息子のほうがいいなどと言われたら腹も立つさ」

「そうですか」

「しかし、ベルグリフは違う」


 父上の目が暗い色になった。口の端がわずかに上がったが笑ったわけではない。


「あいつは私の色よりウエイルの色を多く持って生まれた。初めて見た時からあの黒髪が気持ち悪くて、すべて剃り落としてやろうと思ったほどだ。そこに王家の緑目があるのも嫌だった」

「なんだそれは。ベルのせいじゃないだろうに」

「理性ではわかってる。だが、私はベリンダが嫌いだったからな。成長するに従ってベリンダに似てくるベルグリフが気持ち悪かった」

「……、ベルには何の落ち度もない。父上があの女を正妃にしたのが悪いんだろ?」


 あの女の顔を思い出すと今でも気持ち悪い。絶世の美女と言える美貌だが、毒々しさがにじみ出ていた。


「私だってあんな女と子を成したくはなかったさ。だが、父王の命は絶対だったし、ウエイルは押さえておかねばならない厄介な一族だった。それにあの美貌だからな。屈服させたくもあった」

「……」

「子ができた瞬間、ウエイルは増長した。あの日、ベルグリフが断罪しなかったとしても、何かしらぼろが出ただろう。私はウエイルの隙を探していたからな」

「……、俺が死にかけた時はダメだったのか?」

「本来ならあの日がチャンスだったんだがなあ。アーチーの死体を突き付けて乗り込む予定だったんだが、顔と手足を潰された死体では無理だった。返す返すも残念だ」


 ため息を吐く父上を殴りつけたくなるが堪える。俺を庇って死んだハンスを何だと思ってるんだ! その顔と手を潰したのは幼いベルだと知っているから余計に腹立たしい。


「まあ、ベルグリフの考えでお前が王となり、ウエイルは絶えた。結果としては上々だな」


 そう言いながら笑った父上を見ていたら、心の中のもやもやがどんどん濃くなって、耐えがたくなってきた。王としては問題だと思うが、今は休憩中。王ではなく息子として話をしていると言っていいと思う。


「父上は、ベルをそこまで憎んでいるのか?」

「憎む、か……」


 父上の目が再び昏く陰った。


「あれは私を父だと思っていないだろうな」

「え?」

「あれが私に会うとき、目はいつも私を見ていない。きっとウエイルの一族に私は父ではなく王だと教え込まれていたのだろう。だからか、私の向こう側に向けられているような気がして、気味が悪かった」

「……」

「それに、あれが人以外のモノに愛されているのは神殿からの報告で知っていた。私を透かして別のモノと話をしているのではと思うことだってあったよ」

「そんなことは……」

「ないと言えるか? ナナトでのことを見ればわかるだろう? 本人が意識せずしたことで、ドライアド様や泣き女様という上位精霊、神樹の森の妖精たち、ナナトの町に住む蛟や大蛇たちの好意を簡単に得る。人とのやり取りならば私やアーチーにだって可能だが、人以外の世界の理の中で生きるモノたちとは無理だ。聖女であるミラですら難しいことを苦労なくするベルグリフをどう扱ったらいいのか私にはわからない」


 ふう、と息を吐く父上。

 そういえば、今更ながら、父上が『ベル』のことを『ベルグリフ』と呼び続けているのに気付いた。俺のことは『アーチー』なのにな。

 そこまで心に距離があるのか……。

 心の声が漏れたのか、父上は俺から目を反らして苦笑した。


「ベル、と呼ぶのをベリンダが嫌がってな」

「え?」

「なんでも私と結婚する前に仕えていた護衛騎士が、あれをベルと呼んでいたらしい。あれにも少女のような気持ちが少しはあったんだと思ったら、そこだけは少し可愛いと思った」


 そうだったのか。


「ベルは父上のことを優れた王だと言っていたが、たしかにいい父とは言ってないな」

「だろう?」

「だが、ミラとの結婚は祝福しているし、父上を嫌ってはいないと思う」

「そう、か……」

「父上の気持ちはわからなくはない。俺だって、アナ以外の気に食わない女をあてがわれたとして、愛せるかはわからないし、子どもをかわいく思えるかも不明だ。そんな女との子を王太子にしなくてはならない王の葛藤もわかる。だがな」


 俺はギリっと痛むほど歯を噛みしめた。


「ベルは俺の大事な大事な弟で、恩人だ。ベルを傷つけることは父上だとしても許さない。父親殺しの汚名を後世に残すことになっても、ベルに何かしたら排除する」

「そうか」


 なぜか父上は柔らかく目を細めた。


「ミラが言うとおりだ。俺は悪い父親だな」


 呟いた後、くくっと笑う。


「だが、子どもたちは立派に育った。その点ではいい父親だ。そうだろう?」

「……、ポシティブだな」

「それでなければ王なんてやってられん」


 父上は何かが落ちたようなすっきりした笑みを向け、残っていた茶を飲むと、立ち上がった。


「よし、()()を見舞ってくるか」

「え? 今から?」

「お前も付き合え。私だけではあれが緊張するからな」


 がつりと腕をつかまれる。久しぶりに見た父上の手は相変わらず大きいが俺のほうが大きいような気がした。そういえば加齢のせいか、以前よりごつごつと筋張っている気もする。


 腕を引かれて執務室を出るとき、父上がベルのことを『ベルグリフ』ではなく『ベル』と呼んでいたのに気付いた。

 ただそれだけのことに、ここまで時間がかかったのか。


 正直、苦手な父親だが、少しだけ見直してやった。

 ベルがこの変化をどう受け止めるか、楽しみだ。







読んでいただいてありがとうございます。


実は今回はもう一人の学院仲間、ライルが来て次の章の布石になるところでした。それなのにお兄ちゃんとパパったら暗い話を……。兄の愛が暴走しなくてよかった。

まあ、閑話なので勘弁してください。次回はまた明るくいきたいと思います。

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[一言] 人外に愛されるベル君… そりゃ扱いには困るわなぁ…
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