帰る場所がある
いろいろあったが、今回の騒動は無事に片が付いたようだ。
やまない歓声を背中で聞きながら、あの後すぐ、笑いあって別れた。
紫黒と月白さんは蛇の住処に戻っていく。
「またナナトに来たら寄れよ」
「また会いんしょう」
登りきった朝日と共に去っていく蛇たちに手を振る。
誰もいない通りの先で、ちっこい蛇が合流したのが見えた。たぶん灰青だ。魂火を体に戻したんだろう。今度会うときは食べ過ぎで苦しんでいないことを祈りたい。
リックはまたなと言いながらニヤリと笑い、冒険者ギルドに向かった。これまでの顛末を報告してから騎士団に帰ると言う。
「騎士団のほうはランドが一足先に戻ってるはずだからな」
そっちも任せろ、とウィンクする。頼もしい兄貴分だ。
去っていく背中に、ありがと、またな、と言って手を振った。
冒険者をしていればまた会えるだろう。その時はまたパーティに入れてもらおう。
リックは振り向かなかったが、右手を上げてくれた。
一人になった俺はエルファリア商会に戻り、ジェロームとジャスに報告した。
ルイスは机に突っ伏してダウンしていた。うなされながら転寝してる。
「ルイス君は体の割の気が小さいからねえ」
ジェロームがくすくす笑った。いろいろあったらしい。お疲れ様。
ジェロームの話では自由市は思った以上の成果を上げたそうだ。カード決済のおかげでかなりの売り上げがあり、計算上では潰れかけていた小さな店も息を吹き返すのではというほどらしい。カードだから現金を使っている気がしなかったのではないかとルイスは推測しているそうだ。
頑張ったなあ、ルイス。そりゃ疲れるよ。
「舞台でのこと聞いたよ」
ジャスが目をキラキラさせて言った。見に行きたかった!と拗ねられたけど、親友に見られるのは恥ずかしいと言ったら悶えていた。ジャスらしい。
「そういえば何であんな時間に芝居をやってたんだ? 朝も早い時間だったのに」
街についたのは夜明けから1時間くらい過ぎた早朝だった。いくらなんでも夕方の芝居がそこまで長いわけがない。
「ああ、好評過ぎてみんな帰らないから、同じ芝居をもう一回ずつやったんだよ」
なんてこった。夜と深夜と2回もやったんだ。よくみんな帰らなかったな、と変な感動をしてしまった。
ジェロームが言うには「非日常を終わらせたくなかったのではないか」とのこと。ドーラと騎士団と街の重役たちと協議して実現したそうだ。
実は俺が帰ってくるまでの時間稼ぎの意味もあったと、ジェロームが教えてくれた。とにかく街に人を引き付けておきたかったそうだ。夜が明けてナナト様が大海に戻ったら渡し場が元に戻ると言う話を信じて待っていてくれたとか。
「夜中に大河の方角がものすごく明るくなったときは、さすがのパパも心配で様子を見に行きたくなったよ」
そう言われて、渡し場でのことをすべて報告したら、ジャスが大泣きし、ジェロームは珍しく顔をしかめて俺の額を指で弾いた。
商会を出て冒険者ギルドに行くと、ドアラとデボラが酒場のテーブルで潰れていた。
一人で受付を守っていたダリルに聞いたら、先ほどリックがやってきて、ドアラと何やら話していたとのこと。リックが帰ったのと同時にデボラを捕まえて、二人で仲良く笑いながら酒を飲んで撃沈したんだそうだ。
リックが何を話したのかわからないけど、疲れているようだからそっとしておこう。
詳細はあとで書類にして送ることにし、挨拶して辞した。
騎士団の本部へ向かっていたら、ばったり会ったマルクスが来たときと同じく馬車で送ってくれた。
眠そうだけどご機嫌だ。
「夜番で今帰ってきたとこだから見てないんだが、ベルグリフ殿下の演説、よかったんだってな!」
実は夜番で帰ってきたばかりのところで俺を見つけたため、わざわざ騎士団本部まで引き返しているとこだとか。申し訳ないので自分で行くと言ったら、丁重に(というか泣き落としで)断られた。後で娘さんに自慢するんだとか。ありがたいやら申し訳ないやら、なんだかなあ。
「大蛇の件、ありがとうな。ナナト大河代表じゃないが、礼を言うよ」
馬車から降りた時、マルクスはまじめな顔で頭を下げてくれた。なんだかくすぐったかった。
騎士団本部には倉庫から帰ってきたランドルフ騎士と仲間たちがいて、捕縛した冒険者たちを足蹴にしていた。こちらもいろいろあったらしい。
リックは次の任務を命じられてふてくされつつ出かけたそうだ。なんかすごいな。
「いろいろとありかとうございました」
報告を受けたと言いながら頭を下げてくれたアランとデリク。目の下にくっきりしたクマがあるが清々しい顔だった。役に立てたようで嬉しい。
後処理は任せた、と頭を下げたらものすごく慌てられてしまったのでちょっと困った。
行きに2時間かけて歩いた道のりは騎士団の馬車で送ってもらったら30分だった。
礼を言って別れ、ポータルに入る。
到着した時には涙目だった魔術師たちは心なし興奮した顔で迎えてくれた。ここまではナナトの町の喧騒は届かないようだ。
「ベルグリフ殿下の舞台、すごかったんですってねえ」
いや、ちゃんと届いてた。というか情報速っ!
思わず真っ赤になったらその場にいた全員に生暖かく眺められた。うう、いたたまれない。
「実は先ほどドライアド様と泣き女様がいらっしゃいまして、なんとお言葉をいただきました!」
「よくがんばっている、これからも尽力してほしい、と」
「これからしばらく泣き女様がナナト大河の主になるそうですね。また事故を起こすといけないとのことで、実験するなら声を貸すとおっしゃいました。ありがたいことです」
お二人の心遣いが染みる。帰ったら姉上にお礼を言ってもらおう。愛し子である姉上からのほうがドライアド様もお喜びになるだろうし。
ポータルで移動して、やっと王宮に戻ってきた。
「ベル様!」
兄上の執務室に入った瞬間、姉上の声が弾ける。同時に柔らかくて小さな体が抱き着いてきてとても焦った。
「あ、姉上! 兄上に殺されますから!!」
姉上は人目もはばからず(と言ってもここには兄上とジョシュしかいなかったけど)泣きじゃくっている。
心配いたしました、と嗚咽の隙間に呟かれてはぐうの音もです、おとなしく泣き止むまで待とうと思っていたら、兄上がそっと引き取ってくれた。
「今回は許す」
そこは毎回許してほしいなあ。
などと思っていたら、兄上の左手が体に回り、ぎゅうっと引き寄せられた。
目の前には姉上の奇麗な金の髪がある。兄上の左に俺、右に姉上。どんな図だ……。
「よく戻ったな、ベル」
兄上の声が湿っていた。そういえば行方不明にもなったんだったな。心配かけて申し訳なかった。
「うん」
何か言おうと思ったけど、言葉が出ない。
ぱたん、と扉が閉まる音がし、気が付いたらジョシュがいなくなっていた。なんかごめんと思いながらも、体中から力が抜けていく。
「報告いっぱいあるんだけど、さすがに、疲れたあ……」
ポロリとこぼしたら兄上が豪快に笑った。
姉上も泣き止んでくすくす笑っている。
だいぶ心配かけたみたいだけど、今回も二人のところに無事戻ってこられてよかったよ。
瞼が重たい。いろいろやることがあるのに、足から手から力が入らなくてぐにゃぐにゃだ。
ごめん、と口の中で呟いて、目を閉じた。
帰る場所があるっていいなとしみじみ思った。
それから2週間、高熱のため動けなくなるのはまた別の話。
ナナト大河の大蛇 終
読んでいただいてありがとうございます。
ひとまず大蛇編完結です。長かった!お付き合いいただきありがとうございました。最後なのでいつもの半分くらいの描写にしてサクサク進めてみました。箇条書きみたいになりました、くぅっ。
そしてベルがまた倒れてます……。すまん、趣味だ、許せ。
閑話は病み上がりベル君とお友達の会話的な感じのをポチポチ入れていく予定です。
閑話の次の話はお金稼ぐためにドラゴン狩りかなーと思ってます。その際はよろしくお願いします。




