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ミランダ 2

 そんな夏の日のこと。


「絶対に口外しないと約束できるか?」


 ベルグリフ様が珍しく真顔で言った。

 しかも、私の肩を両手でしっかりと押さえ、顔を極端に近づけて。


「近い近い近い!」


 お互いの鼻が付くくらいの距離だったから、さすがに驚いた。

 さらに言うと、申し訳ないほどまったくときめかないのにも驚いた。

 私の苦言に気が付いたベルグリフ様は顔を赤くして後ろに飛び退り、そりゃペコペコと謝ってくれた。素直だなあ。


「私の口が堅いのは殿下が一番ご存じかと思ってたけどね」


 服のほこりを払いつつ言う。

 その時、私はベルグリフ様にいつもの余裕がないのに気づいた。顔色も悪い。最近いろいろとお忙しそうだし、疲れが出ているのかも知れない。

 そっと回復魔法を唱え、手に触れる。暖かい光がベルグリフ様を取り囲んで消えた。じっくり回復したかったけど時間がないようだったからちょっとだけ。少しだけど回復したみたいね。


「ありがとう」


 ベルグリフ様は薄く微笑んだ。大丈夫とか言っているけれど、まだ触れている指先からいつもは伝わってこない体の不具合が珍しく届く。

 疲労の原因は、不眠と、栄養不足と、気鬱、魔力枯渇寸前、か。確かベルグリフ様の魔力量は同年代の男子生徒の倍くらいあったはずなんだけど(と言っても私の1/10くらいだけどね)いったい何に使ったのかしら。


「何を悩んでるのかわからないけど、私でよければ協力するわ。少しは信じなさいよ。貴方のゲーム盤に乗ってるんだから」





 そして、今、王家の神殿にいる。


 王宮の土地に入るのは初めてで少し緊張した。門番ですら輝いて見える。思わず体が震えたわ。私らしくないかと苦笑したけど、皇居の天皇陛下の居住区画に平然と入っていくようなものだと思ったら納得した。男爵家の養女だけど、しょせん私は庶民なのだ。

 ベルグリフ様は王宮から見えないような道を通り、裏から神殿に入った。


 本当に秘密なのねと、身が引き締まる。


 神殿では緑の神官服をまとったおじいさんが待っていた。緑は王家の色、王族の瞳の色。それでこのおじいさんが高位の神官だとわかる。さらに言うととても品があるおじいさまで、もろに好みのタイプ。いいわー。眼福だわー。


「お待ちしておりました」


 おじいさんは私に向かって頭を下げた。


「神官長のノウアだ。世話になりすぎて頭が上がらないお方だよ」


 ベルグリフ様の言葉に苦笑するノウア様。その姿は祖父と孫のようでとても微笑ましい。ベルグリフ様でもこんな顔をするのだなと少し驚いた。

 ノウア様は私の手を取ると。とても優しく、しかし反論は許さないという声で言いました。


「これから先のことは他言無用です。神官の中でも一部の者しか知らないことですので、心に留めてください。私の部屋から隠された通路で参ります。これからしばらくこちらに通ってもらうことになるかもしれませんが、ご安心ください。許可は取っています。他人には『神官長に光の魔法を学びに来ることになった』としてください」


 なんだかすごいことみたい。私は緊張しながら頷いた。



 神官長の部屋に入り、勉強していた雰囲気を作ると、奥の寝室に通された。

 ベッドの横にある本棚の上から8番目の棚にある本を1冊抜く。

 金色の文字が浮かび上がり、くるくると私たちを取り巻いた瞬間、視界がぼやけた。

 あ、これ、転移水晶だ! 初めてだわ~。

 目の前がチカチカして何も見えない上に、足元がないので気持ち悪い。「私たち飛んでる!?」とか叫んだら気分が乗ったのかもしれない。タイミング逃したわ。


 転移水晶は魔法を籠められる水晶に場所を憶えさせ、術を使うとそこに飛ぶ仕組みになっているというとても便利なものなのだけど、1つの水晶につき1か所なので同じところにしか行けない。しかも未熟な魔法使いが使うとどこに行くかわからない上に水晶が壊れてしまう。そのため、学院では禁止されているので使えないけれど、職場から家につなげておけば通勤も楽々。前世にあったらよかったのにと羨ましくなった魔法の一つである。いいなあ、ほしいなあ。


 などと思っているうちに、目的地に着いた。

 壁の感じが同じだから多分神殿の奥。隠された部屋があるって裏設定のテンプレよね。

 目の前に壁とそっくりの扉がある。

 ゆっくりと扉を開けると、そこは白い部屋だった。

 病室みたい、と思ったら、ベッドがあり、一人の男性が寝ている。

 みたい、じゃなくて病室そのものだった。


「俺の兄、アーチボルト=ヴィル=モンドだよ」


 豪奢な金の髪をした男性は、こちらに向かってゆっくりと手をあげ、やあ、と言った。

 隠された部屋、死んだはずの第一王子。

 さらに言うとめっちゃイケメン王子。

 これは、これは……!!


「ファンディスクキター!!」


 思わず叫んでしまった。後悔はしていない。




 もちろん、我を忘れたのはほんの一瞬でしてよ、ホホホ。

 私はビックリした顔をしているノウア様ににっこりと微笑み、何事もなかったように取り繕った。ベルグリフ様はいつもの私に苦笑している。

 私はそっとアーチボルト殿下に近寄り、習ったばかりのカーテシーをした。

 ついでに観察。

 ベルグリフ様とは全く違うタイプの王子様ね。たしか母親が違うんだっけ?

 金色の髪に、王家の証である緑の瞳。熱があるのかウルウルして色っぽい。ベルグリフ様はこんな目をしても艶は出そうもないわね。表にいたらさぞおモテになったでしょうに(駄洒落ではない)。

 顔色は、相当悪い。初めて見た私のために無理して起き上がってくれたようだ。ナイスイケメン。不機嫌そうな顔をしているけど、きっと具合が悪いのね。


「1か月くらい前、部屋に来たら、兄上が倒れていたんだ。それからずっと寝ついてしまっていてね。ここ1週間は熱が下がらず、ベッドから出られない日が続いているんだ」


 ベルグリフ様はアーチボルト殿下のそばに膝をつき、そっと手をつかんだ。

 

「兄上、ちょっと我慢してて」


 言いながら、すがるように私を見つめる。たしかに、このままの状態が続いたら体力が持たない。なすすべがない痛みは私にもわかるもの。


「任せて」


 そっと手をかざして光治療術の初歩、触診の魔法を唱える。光を通して体のあちこちが悲鳴を上げているのが伝わってきた。よくこれで生きている、と驚く。利き手らしい右手はずっと痺れたままみたいだし、妙な違和感もある。基本の魔力の流れもぐちゃぐちゃ。なにより生命力が絶望的に少ない。

 残り少ない生命力を必死につなぎとめているのは、外部からの魔法ね。これは、水と土かしら?


 水と土?

 まさか?


 思わずベルグリフ様を見る。目が合うとベルグリフ様はいたずらが見つかったみたいな顔をした。

 そんな程度の問題じゃないです!

 これが魔力枯渇の原因じゃないですか!?

 下手すりゃ命吸われるよ!!

 と、叫びたかったけどやめた。きっとノウア様に聞かれたくないだろう。

 ベルグリフ様は自分の水と土の魔力で傷やちょっとした毒なら対処できるんだと教えてくれたことがあった。私は『自分のだけ』と思っていたけれど、そうではなかったらしい。

 ただ、もともとそれらは単独で働く魔法だし、多少の回復はしても治療はできないはず。

 いろいろ思うところはあるけど、それはあとでゆっくり問い詰めよう。困った子だわ、まったく。


「私はこの方を治療したらいいのね?」


 ベルグリフ様は真剣な顔でこくりと頷いた。




 私の光魔法の量は神様からもらったものなので規格外らしい。

 触診していたところを見ていたノウア様は不思議なものを見た顔だった。聞いてみたら根本的にやり方が違うのだそうだ。

 ここでは有無を言わさず光魔法を使い、悪いところを消してしまうらしい。原因など関係なくどんなものでも元通りになるため、どこが悪いかなど知らなくてもいいのだ。


 うん、豪快だね! そういうの、嫌いじゃないよー。


 ただ治ればいい、痛みがなくなって、元気になれば問題ない。

 光魔法が愛されるのはそういうところなのだと思う。痛みってみんな嫌だもんね。


 私も初めはアーチボルト殿下の体をそうやって治そうと思ってた。

 だけど何かが気になって、まず触診って思ったの。勘が働くみたいな感じかな。

 手を触れたときに感じた違和感。それが頭から離れない。

 こうなったら直接触れてみるしかないか。


「ちょっと、試してみたいことがあるのだけど……」

「難しいこと?」

「わからない。もちろん試した後に治療するから、黙って見ていてほしいの。そのときもしも私に何かあったら、もちろん万が一だけど、誰かを害するようなことが起こったら……」

 ちょっと深呼吸。

「殺してくれて、いいからね」


 ベルグリフ様とノウア様が息を飲んだ音がした。

 私は自分に光をまとわせ、アーチボルト殿下の腕に触れた。




 衝撃が来て、体が吹っ飛びそうになった。

 たぶん、飛ばされそうなのは意識だけなんだろう。触れた指が動いていないのはわかっている。

 乱れた魔力に逆らいながら、ゆっくりと歩いていくと、先のほうにどす黒い塊が見えてきた。

 ドロドロして、流れ落ちそうなのに、何かが網目を作って捕らえている。このドロドロが魔力と一緒に体を巡った時、内側から破裂するのだとわかった。

 ぶるりと体が震える。

 黒いものに近づくほど、心に悪意が染み込んでくる。


 殺せ

 滅ぼせ

 殺せ

 滅ぼせ


 それ以外に語彙はないらしい。

 探ったけれど会ったことがない人の感情だった。一人じゃない、複数の人間のもの。それらがただただ悪意を押し付けてくるだけの毒。腐った感情で悪酔いしそうだ。気持ち悪い。

 たぶんこれが腕のしびれの原因だと思う。そこにこれが留まっていることで正常に気が流れないのだろう。でも留めていなかったら、確実にアーチボルト殿下は死んでいた。呪いとはいえ大した術だと思う。


 近づくほどに、私の心にも悪意が芽生えてくる。

 前世の嫌な記憶が蘇る。どろどろとした黒い感情が私の光を飲み込んでくる。


 自宅から家財一式盗んで逃げた男、呪われてしまえ。

 浮気して子供まで作った男、爆発しろ。

 ベタなクレームばっかり入れてきた客、炎上しろ。

 取り違えて異世界転生させた神様、ありがとう!


 あ、あれ?

 ありがとう?


 思わず笑ってしまった。


 こんなところでも神様、Mだったよ。

 どんなところでもMを見つけるのが真のMなんだっけ? 

 まずい、私、真正じゃん!

 とか思ったら気持ちに余裕が出てきた。神様、マジありがとう!


 私はこの世界に転生させてくれて、いろいろな人に会わせてくれたこと、感謝してる。


 孤児院は色々大変だったけれど悪いところではなかった。打算的な院長先生は子供たちのために必死だったからだと知っている。冷たい人じゃなかった。

 フールー男爵は最初は打算的だったけど、話したら気のいいおじさんだった。自分の領地のことを考えて、高位貴族と縁を持ちたかったから私を養女にしたけど、それだって自分の為だけじゃない。

 男爵夫人は最初すごくあたりがきつかったけれどそれだって『外で浮気してできた子供を入れた』と思い込んでいただけ。ちゃんと説明したら同情してくれて仲良くなった。

 兄になったセオドア様は最初は嫌な奴だったけど、ただ女の子に慣れてなかっただけだった。可愛い私って罪ね。それに今では素敵な婚約者がいて、デレデレぐにゃぐにゃしてるしねえ。


 学院で知り合ったベルグリフ様。ゲームだったら確実に攻略対象のはずなのに全然ときめかない謎の王子様。だけど彼の存在はここがゲームじゃないと教えてくれた。とても感謝してる。


 そうだ、毒ばっかりじゃない。

 この世界にはいろいろなものがあふれている。前の世界と同じだ。

 私は大事なものを守りたいと思うから、今、ここにいるんだ。忘れてはいけない。

 悪意に取り込まれたらいけないんだ。


 目の前にある塊を見る。

 黒い黒い、底が見えないドロドロ。多分、誰かの呪いなんだろう。

 腕の傷は幼いころに襲撃を受けて殺されかけたときのものだと聞いた。胸には瀕死の傷、それだけでも十分死に至るだろうに、呪いという保険まで掛けたのだ。大した執念だと思う。

 たしか、10歳くらいの時だったと聞いている。そんな小さい子を呪うなんてと思うけれど、相手には相手の想いがある。私の倫理が許すか許さないかってだけで、悪人にも理屈はあるのだ。

 想いは毒にも薬にもなる。このドロドロはそんな想いが作った呪いなのだろう?

 人の心が作り上げる呪いは、何より強いのかもしれない。


 呪いなら、解呪の呪文で、そう思ってそっと手を近づけようとしたら、また弾かれた。

 私の光魔法がただの解呪では危険だと告げている?

 ありがとう、光ちゃん、いい子だね、と私は自分の魔力のお礼を言った。

 そして、そっと、触診をする。


「うわあ……」


 思わず声が出た。

 光魔法で治療し、全回復して腕から毒が消えたら、持ち主の意思に関係なく近くにいる『一番大事に思う人物』を(くび)り殺す呪いがかかってる!


 私は想像した。


 ノウア様が光魔法でアーチボルト殿下を完全治療。腕のしびれまで完璧に吹き飛ばす。

 その時には絶対に隣にベルグリフ様がいるだろう。半分以上優しさでできているようなあの王子様のことだ。右手に触れて治療の術をかけているかもしれない。

 光魔法で全回復したアーチボルト殿下の腕が蛇のように動き、ベルグリフ様の首を絞める。

 あのガタイのいい王子様だ、ひょろり王子のベルグリフ様はとてもかなわないだろう。

 もちろんノウア様も。

 二人がかりでなんとか、ってのもワンチャンスあるかもしれないけど、きっとこの呪いには特殊な術があるに違いない。下手すれば二人とも殺される。

 そのときはアーチボルト殿下の意識は戻っているだろうけど、意に反して動く腕にどうしようもない。

 死んだ弟を呆然と見つめる兄。

 ひょっとしたら心が壊れるかもしれない。いや、きっと壊れる。献身的に仕えてくれたかわいい弟を自分の手で殺してしまったのだから。


「まったく、意地が悪すぎるでしょ!」


 ついでに言うと、下手に解呪しようとしたら術士にも被害が及ぶみたい。下手したら悪意に飲み込まれて廃人? みたいな感じ。

 ふふふふふ。

 面白いじゃん!

 さすがファンディスク、楽しませてくれるわね!!


「ヒロインなめんなっての!」


 私はとっても美しく微笑み、呪文を唱えた。


 色々なものが弾けた、と思った瞬間、すごい勢いで引っ張られ、意識が戻った。




「というわけです」


 説明すると、ノウア様の顔が真っ青になった。なんでも私が来なかったら、明日まさにそういう治療をしようとしていたらしい。

 ベルグリフ様などベッドのわきにへたり込んで震えている。愛する兄に殺されそうだったんだもん、仕方ないよね。


「兄上の心を殺してしまうところだったなんて……」


 あ、そっちなんだ? 自分が殺されそうだったのは気にしてないのね。ぶれないなあ。

 私はベルグリフ様の横に座ってヨシヨシと頭を撫でてあげた。


「まあそれはそれとして。気が付いたらこれが手元にあったんだけど、たぶん今回の毒ね。分析とかはそちらにお任せします」


 手の中には真っ黒なドロドロが入った小瓶がある。いつの間にこんなものを作ったんだか。私の魔力、いい仕事するわ。


「毒を除去し、魔力の流れを戻したので、ちょっとかかるかもだけど生命力は回復すると思う。手のしびれはアーチボルト殿下が目覚めたときに確認ね。それより、問題は……」


 私は横にいるベルグリフ様をガツンと殴った。


「貴方です、ベルグリフ様!こんなになるまで何やってるの!? ちゃんと自己管理できないなんて、子供か!!」

「だ、だって」

「だってもへちまもなーーい!!このバカチンがあああ!!」


 もう一度、スパーンと殴っておく。私の力程度では痛くもかゆくもないだろうけど、彼には理解してもらいたいことがあるのだ。

 私はベルグリフ様の胸倉につかみかかり、顔を近づけて叫んだ。


「少しは自分のことを大事にしなさい!さらに言うと、貴方のことを心配し、力になりたいと思う人がいるのも理解しなさい!あなたが死んだら、いなくなったら、どうしようもなく辛くなって仕方ない人がいるの!悲しむ人がたーーくさんいるの!!絶対に、ぜっっっっったいに、自分を粗末にしないで!!!」


 言いきったら不覚にも涙が出てきた。なんでかはわからない。難しい魔法の直後だったし、気が高ぶっていたのだろう。

 私の泣き顔を、ベルグリフ様はとてもとても困った顔で見つめていた。







読んでいただいてありがとうございます。


もうミランダが主人公でいいんじゃないかと思い始めました……。

もう少し続きます。


※アーチー、元気だったのにぶり返した?とご質問いただきました。

 たしかに、にーちゃん筋トレしてた!

 と、慌てて修正しました。ご指摘ありがとうございます。

 何かありましたらいつでもご連絡ください。お待ちしてます。


※誤字修正もいつもありがとうございます。助かってます。

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