蛇たちの言い分
全身の毛穴が開いたような気持になった。冷や汗がだらだらと背中を流れていくが、気にする暇もない。危険を知らせる警報が頭の中でガンガンと大音量鳴り響く。そのせいで耳の奥が痛い。
目の前の大蛇たちが今にも飛びかかりそうな顔で俺を睨んでいた。隣にいる紫黒がいつでも飛びかかれるように体をくねらせているのが視界に端に映る。
「おとなしくしていればいい気になりおる」
青褐が威嚇音のような音を出した。くすんだ緑がさらにくすみ、鱗が逆立っていく。
本能が危険を知らせている。膝を折って崩れたくなる体を励ましながらまっすぐに立つのは苦行だけど頑張った。瘴気を吸いたくないから呼吸は浅いけれど、何とか整える。
「本当のことを言われたからって怒るなよ」
俺は何でもない様子を無理に作って肩を竦めた。煽ったつもりはなかったが、それに苛立ったのか青褐の口から炎が飛び出る。
「我らは、蛇だ」
「それ、本気で言ってる?」
天井よりも大きくなり、身を折り曲げて俺たちを見下ろしている巨大な蛇は、怒りのために膨れ上がって瘴気と邪気を溢れさせている。全身から湧き出すような黒い瘴気は魔力が少ない者でもはっきり見えるだろう。めろめろと吐き出している炎は毒気を帯びて暗い紫色をしている。
「その姿を見て誰が蛇だと思うのか、こっちが聞きたいよ。どう見ても魔物だ」
「これは蛟になる過程なのだ!」
「もしそうなら驚きだね。蛟は神に近い存在だって聞いた。今の君たちみたいに瘴気で周囲に害をなす存在がそうなるとはとても信じられない」
言いながらじりじりと入り口に向かう騎士たちをさっと見る。
扉が壊れて開きっぱなしになっている入口周りは床が大きく割れていてそこから運河の水が噴き上がっていた。未だに目覚めなかったりケガで動けない冒険者を連れていくのは難しいだろう。
そういえば、壁に穴が開いてなかったっけ? 遠目で分かるくらい大きかったから、そこから逃げられるんじゃないかな?
大蛇の見張りはちょっとだけ紫黒に任せ、ぐるっと目だけで倉庫を見渡す。
壁の穴は倉庫の奥にある大きな箱の裏にあった。大蛇たちが上から見たら見つけられそうだけど、俺と視線を合わせていると死角に入る位置っぽい。運がいいことにそっちのほうが騎士たちに近いし、床も乾いてる。倉庫から出たくらいで状況が変わるとは思えないけど、少なくとも現状よりましだろう。
俺は紫黒に触れ、トントンと叩いた。
『紫黒、頼みがある』
『なんだ?』
『斜め後ろの木箱の裏、壁に穴がある。青褐たちの視界を少しだけ塞ぐから、リックを誘導してくれる?』
『……、わかった』
青褐たちに聞こえてないといいんだけど……。
そう思いつつそっと首元を撫であげると、紫黒は素晴らしいジャンプ力を発揮して騎士たちがいる方向に飛んだ。急な動きに大蛇たちの動きは一瞬止まったが、すぐに紫色の炎が紫黒に向かう。
その炎を覆うように水の盾を展開し、立て続けに土壁を出して紫黒と大蛇たちの間を遮った。壁を大きくして天井まで届くほどに伸ばし、分断する。
「貴様……」
青褐の声が震えている。青褐の怒りを感じるほど、自分でも驚くくらい心が冷えていった。同時に頭の中で鳴り響いていた警報も止まる。無駄な力が抜けて不思議なくらい落ち着いた気持ちだった。
「青褐、藍墨茶、君らがどう考えようが、俺は君らは魔物だと思ってる」
「っ!」
「俺は本当は蛇がどんなものかなんて知らない。ひょっとしたら魔法もバンバン使うし、人間だってなんだって食べて血を喜ぶ存在なのかもしれない。人間だっていろいろいるんだ、蛇だっていろいろいるだろう。だから君たちが自分のことを蛇だと思っているんならそうなんだろうとは思う。だけど」
「……」
「だけど、うう、だけどさ、君たちは自己の欲求のために他者の命を奪うことを喜び、多くを傷つけた上に体から瘴気を吐き出してる。そうなったら、俺にとってはもう魔物なんだよ」
話していたらなんだか悲しくなった。胸の近くの服をぎゅっと握り、顔を上げて大蛇たちを見つめる。
ふいに鉄黒の声が心をよぎった。
青大将の青褐はどこにでもいる普通の蛇で、目立たない存在だった。
藍墨茶はナナト様付きの侍女だった。
拗らせる要因は色々とあったが、もともとは普通の蛇だったと聞いた。紫黒達の棲み処で生まれ、共に暮らしていた蛇だったと。
先ほど話をしたとき、青褐は神経質そうだけど答えを誤魔化さなかった。藍墨茶は気が強そうだけど沈んだ俺を慰める言葉をくれた。そんな彼らがまだ自分たちは蛇だと、魔物にはなっていないんだと言い張るのが、なんだろう、ものすごく胸に刺さる。
「こんなところで邪魔されるわけにはいかんのだ」
青褐が苦し気に呟いた。
「今日のために耐え忍び、お慕いする月白様を紫黒の呪いから解放するため、血肉を啜って力をつけた。すべて、ナナト様とこの地に楽園を作り、月白様と幸せに暮らすためだ。そのために力をつけた。もっと力をつけて蛟になるのだ。それが望み。藍墨茶とてそうだろう?」
「え、私? そうね、私は……」
藍墨茶は青褐よりも俺と背後の土壁に目を向け、ふっと口元を緩めた。
「なんか、取り繕うのも疲れちゃった。良かれ悪しかれ今日で形が付くし、もういいわ」
「藍墨茶、お前いったい何を?」
「ごめんね、青褐」
藍墨茶はペロリと舌を出した。多分思ってもみなかったんだろう謝罪の言葉に青褐が大きく目を開く。
「私は紫黒様の心はもちろんだけど、ナナト様の筆頭侍女の座も手に入れたかったの。そのために魔力を高め、術を磨いたわ。その過程でたくさんの呪いを身に着けたし、眷属を使うこともできるようになった。でもね、正直なところ今はもうあなたほど月白や紫黒様、棲み処にこだわってないの」
「藍墨茶、お前……」
「そりゃあ最初は腹立たしかったし、何が何でも返り咲いてやるって思ってた。だから青褐の計画にも乗ったのよ。だけど今は、それより力を手に入れるほうが楽しい」
「……」
「魔物って言われてカチンと来たからつい攻撃的になっちゃったけど、この魔気のせいでもう蛟になれないんなら魔物でもいいわ。私は力さえあればそれで満足。特に最近は楽しすぎて、いろいろとこだわっていたのがバカみたいって思うときもあったもの」
愕然とした顔で固まる青褐を鼻で笑った藍墨茶は急に小さく縮んだかと思うと褐色の肌を持つ美女に姿を変えていた。
「ふふ、どう、私の姿? 人型でも美しいでしょう?」
ほぼむき出しの肌を見せつけるように周り、両手で自分の胸を持ち上げて嫣然と微笑む。首の横に手を入れて髪を指で流すと、首筋からふわりと湧き上がる甘い匂いが鼻に届いて一瞬頭がくらくらした。多分媚薬を仕込んでいるんだろう。この甘い匂い、ジャスに連れて行かれた娼館(お茶とお菓子を綺麗なお姉さんたちと美味しくいただいたなあ)で嗅いだことがある。王族の嗜みとして子どものころから毒に慣らされてなかったら、うっかり手を伸ばすとこだった。
思った通りの動きを見せなかったようで、グレイスの姿をした藍墨茶は不満そうに鼻を鳴らしたが、すぐににこりと笑った。
「私が人の姿を取るとね、人間の雄はものすごく喜ぶの。私を手に入れたいと欲望をむき出しにして触れてくる。人間の雌は雄の血肉を取らなくても子種から精気を得られるのだと知った時は感激したわ。手軽なのにとても気持ちよかったし、興奮した。まあ最終的には精気を絞り出し過ぎて死んじゃうから食べるんだけどね」
美女が煽情的に腰を揺らし、唇を突き出してウィンクした。なるほど、確かにすごい色香だ。他者を貶めても手に入れたいと思う男はたくさんいるんだろうな。
「あんまり楽しくて、今まで無駄に生きてきた気になったけど、それでもやっぱり月白を見ると腹が立つし、私を拒んだナナト様を見返してやりたいと思うし、今更やめる気はないわ。その点では青褐と利害が一致してるの」
話ながら巨大化していく。人の姿のまま天井に着くほど大きくなった藍墨茶は手を伸ばして土壁を押した。届かないと思っていたら腕だけがぐんぐんと伸びて壁に触れる。人差し指だけが長く伸びて土壁を押すと、壁は少しだけ斜めになった。パラパラと崩れかけたので慌ててもう一枚、後ろ側に壁を出す。
「あら、残念」
高い声で笑いながら、藍墨茶は元の大蛇姿に戻った。
「とにかく、私は私のために力をつけた。王子様、アナタが私を魔物だと言うのならきっとそうなんでしょう。だけどそれが何だと言うのかしら? 私は後悔してないし、蛟になれるならなるわよ。そしてそのためにナナト様が海に帰る前に人の血を注いで力をつけてもらおうと思うの」
口元を歪めて笑みを作った藍墨茶の隣で青褐は「そうか」とだけ呟いた。
「藍墨茶がそういう気持ちだと知らなかったが、思い出してみれば目的は同じだったな」
「ふふ、悪い雌でごめんね」
「いや、むしろ藍墨茶らしくて安心した。我はもう少しで計画が終わるからと少し気が緩んでいたようだ」
青褐はちょっとだけ上を向き、目を閉じていたが、すぐに俺に視線を合わせた。
「蛟であろうが魔物であろうが、藍墨茶の言う通り力があればよいのだ。この力を使って月白様を解放し、ナナト様にも認めてもらえばよい。むしろなぜ蛟にこだわったのか。我は愚かだったな」
「そうでしょう? やっと気づいたのね」
「フフフ。魔物だと認めた途端、ものすごい力が湧いてきた。取り込んだ血肉のせいか、体の奥から漲ってくるようだ。もう蠱毒など使わずとも紫黒を倒す力はある!」
叫ぶと同時に青褐の口から暗い紫色の炎が噴き出し、まっすぐこちらに向かってきた。
「だが、その前にお前を殺す! 紫黒への見せしめとしてな!」
勢い良く迫る炎は床を舐めるように進み、俺を取り込む輪になって足元を焦がす。そのまま全身を包むように向かってくるのを水の盾で防いだが、すぐに弾かれて真上に浮いたところを青褐の尾で後ろに吹っ飛ばされた。
「ぐっ!」
先ほど作った土壁に勢い良く叩きつけられて呼吸が一瞬止まる。うん、固くていい壁作ってしまった、などと自画自賛しながら床に落ちた。痛い。すぐに立ち上がりたかったけど、体に力が入らなくて膝が崩れる。そういえばさっきまで崩れそうにがくがく言ってたんだっけか。だいぶ酷使してたな、膝、すまん。
「次は私ね!」
藍墨茶の声と同時に紫に茶色が混ざった色の霧に包まれた。動けないのでとっさに腕で目を庇ったが間に合わない。一度だけ反射の魔力が込められていた目の色を変える魔道具が壊れ、元の緑色の瞳をさらけ出す。肌が出ている手や首に焼けるような痛みが走った。咳き込みつつ、ポーチから癒し水を1本出して飲み、ついでに水の魔法で解毒。霧がジュワジユワと泡立ち、足元に落ちた。痛みがあった手を見ると焦げた跡がある。多分猛毒なんだろうけど、魔法と癒し水の力で大事に至ってない。
「すごいな、毒霧か。さすが魔物だね」
「お褒めにあずかって光栄だわ、私の王子様。でもこんなのは序の口よ」
言葉が終わらないうちに青褐が再び尾を一振りする。尾の先が落ちた場所が衝撃で凹み、丸い輪のようにえぐれた。足場が悪くなってよろけたところに瘴気をはらんだつむじ風が襲ってくる。とっさに出した水の盾は薄くて風を受けきれなかった。残った細かい刃に切りつけられ、頬と腕、あと服のあちこちが裂ける。
「うわあ、なんてことすんだ……。俺の裸なんか見たって楽しくないだろうに」
いや、ひょっとしてミラだったら喜んでくれるかも? こういうシチュエーション好きそうだし。
って、いやいや、さすがのミラでもそこまでしないか。緊張から意識が飛んだのか、一瞬変な妄想をしてしまった。ミラごめん。
なんとか体中を切り刻まれる事態は防いだが、厚手の布がぱっくりと割れて下の皮膚が覗いていた。頬と腕を始め、服の切れ間にある無数の傷から血が滲んでいるが、ちょいと痛む程度だったので放置。丈夫な服を着てきててよかった。
一息付けるかと思ったら、休む間もなく何かが飛んできて俺の手足をさっき作った土壁に縫い付けた。細い紐みたいなものだったので抜け出そうとしたら、思いのほかしっかりと張り付けられて動けない。自分で作ったんだし土壁を消せばいいんじゃと思ったけど、向こう側にいると思われる騎士たちが全員穴から出たかわからないのでやめた。ついでだから補強しとこう。ゴードンとクラークもちゃんと撤退できたかな? また転んでないことを祈る。
そんなことしてたら、さらに追加が飛んできて全身がっつり固められてしまった。手首と腕と脇と足首と腿と胴と胸と首を何かが拘束している。顔は動いたのでよく見れば、それらは小さな蛇だった。多分眷属だろう。これに取り憑かれると最終的にはナレノハテになるんだろうか?
「困ったな、俺、綺麗な魔石になれると思う?」
「ふふ、安心して。アナタならきっと素晴らしく美しい石になると思うわ」
「ありがとう。美人に褒められると嫌な気はしないね」
「口がうまい雄は嫌いじゃないわよ」
「過分な言葉痛み入る。でも君は俺の手に余るなあ」
「……、こんな状況で余裕だな」
藍墨茶と楽しくやり取りしていたら青褐に呆れられた。
「仕方ないじゃないか。口以外動けないんだから」
「だからといって反撃すらせぬとは。口が動けば攻撃魔法が使えるだろう?」
「俺は無詠唱で魔法使うから、口が動かなくても魔法は使えるけど、実は攻撃系は授業以外で使ったことないんだよ。今更試す気もないし」
「……、そのまま殺してもいいんだぞ」
「それはそれで仕方ない。俺が君たちに負けたってだけだ。食うなりなんなりしたらいい」
「馬鹿を言う。我らを侮るか?」
「まさか」
こんな状況なのになんとなく楽しくなって口元が緩む。
「ただ、俺がここで死んだとしても誰かが君らを退治してくれるって知ってるからね」
紫黒や月白さん、リックや騎士たち。
俺よりずっと強くてこの世界の役に立つ存在はたくさんいる。ここで俺が退場したとしても、彼らがうまくやってくれるだろう。
にこりと笑うと、大蛇たちは目に驚きと戸惑いの色を浮かべた。
「俺を殺したら、君たちは死体をここで食べてくれるだろうから、少しは足止めできると思う。もちろんひとかけらも残さずきっちり食べてくれるって信じてるからそこはよろしく」
「なんだそれは?」
「えー、そのくらいは打ち解けたと思うんだけどなあ」
「……」
「まあとにかく、そしたら俺を食べてる時間分、余裕ができるだろ? 俺は月白さんがナナト様をちゃんと父君の元に返してくれるだろうって信じてるし、君らが妨害しようとしても紫黒やリック、騎士たちが何とかしてくれるのもわかってる。だからまあ、喰われたところでそれはそれでいいかなと思って」
「信じられない!他者のために自分が死んでもいいなんてありえないわ」
「いや、別に進んで死にたいとは言ってないけど、なんだろう、うーん」
うまい表現が見当たらない。困った。
何と続けようかと悩んでいたら、突然背中の圧迫感が消え、体が解放された。
「えっ?」
驚く間もなく、背後の壁が砂になって崩れ落ちていく。急に背を支えていたものがなくなり、後ろに転がりそうになった。壁にめり込んでいた子蛇達も消えている。全身が浮いたような感じがし、バランスを取るところの騒ぎじゃない。
「ええええ???」
土壁の魔法が解除された?
俺、いつ解除したっけ? 時限式になってたとか?
いや、そんな余裕はなかった。というか、リックたちの無事が確認できるまで残しときたくてさっき強化したばかりなんだけど。
「うひゃー!」
それはともかく、落ちてくる砂をもろにかぶりながら情けない声をあげて背後に倒れると同時に、穴からまばゆい光が差し込んだ。一筋の光だったそれは倉庫の中に入ると瘴気を焼き尽くすように眩く輝き、はじけ飛ぶ。
突然の光に視界が真っ白になった。さっき目の魔道具が壊れたのが惜しまれる。
青褐と藍墨茶の高い悲鳴が聞こえた。同じように目をやられて動けなくなっているだけかと思ったが、瘴気が薄くなっているところを見ると目以外にもダメージを受けたようだ。光魔法の退魔光だったのかな。
まだ降ってくる砂に埋もれそうになりながらも何とか立ち上がったら、正面から弾かれた。運悪く暴れている大蛇の尾が当たったらしい。
「うわわわわわ!!!」
そのまま飛ばされて、木箱にぶつかってよろめいた背に硬めのおおきなクッションみたいなものが当たった。運悪く背中の真ん中に当たったので、それを芯にしてぐるりと回ってしまい、コロコロと転がっていく。右足首を何かに捕まれ、そのままグイっと引き寄せられたのに勢いが止まらず、気が付けば倉庫の壁の穴から外に出ていた。勢いそのままに運河のほうまで転がってしまい、桟橋から落ちそうな場所で何かにぶつかって止まる。
気づけば手足を大きく広げた形で空を見上げていた。
「もう夜なんだ」
なぜか倉庫の中が薄明るかったから気が付かなかったけど、もうすっかり日も落ちて、空には満天の星が輝いている。大河を渡る風が涼しくて気持ちがいい。やっと深呼吸できてほっとした。
外に出て気が緩んだのか体中が痛い。体中にある細かい切り傷や大蛇たちからの魔法のダメージに加え、ものすごい勢いで転がってあちこちにぶつかったからだろう。なんというか、生きてるのを実感する。さっきまで死ぬと思ってたんだけどな。
手足を広げたまま一息ついたら、何かが飛んできて腹の上に乗った。
『このバカ者がああ!!』
どこからともく太めの縄が飛んできて、頭をスパーンと殴られる。
「い、痛い……」
ほんと痛い。藍墨茶の毒霧で焼かれたときくらい痛い……。
「痛いで済んでよかったなあ、ベル」
頭の真上から不機嫌な声がげんこつとともに降ってきた。
うう、こっちも痛い。青褐の尾の一撃みたいに痛い。
俺なんか叱られるようなことしたか?
涙目になって見上げると、銀色に輝く月白さんが紫黒とリックとともにいた。月白さんの体が月明かりのように光っていて、そのおかげで周りが見える。一緒にいた騎士たちの姿は見えなかったけれどきっと無事に撤退したに違いない。
二人が無事でよかった。
そう言おうとしたら、口から言葉が出る前にリックが低い声で呟いた。
「俺がここで死んだとしても誰かが君らを退治してくれるって知ってる、ってなんだ?」
あ、この声の時のリックは相当不機嫌だ。
「だからまあいいかなと思って、ってどういう意味で言ったのか、説明できるか?」
「……、できません」
「まさかとは思うが、あの場で殺されても食べられてもまあ仕方ないとか思ってないよなあ?」
「…………、謝らないよ」
「ベル?」
「心配かけたことは謝る。でも、ほかのことは謝らない。そこはリックと言えど譲らないから」
きっぱり言うと、リックが全身に怒気を溢れさせて俺の胸倉を掴んだ。苦しいけど、そこは痛い。ビリリッと音がして服の破れ目が広がった。さすがリック、ものすごい迫力だ。このままいくとまた説教だろうなと思ったから先手を打った。
「俺は自分ができることをした。できることしかできないから。それを咎められても悪いと思ってないから謝れない。リックだってそうだろ? 悪いと思ってないことを謝ったところで意味がない」
じっと目を合わせる。俺の緑の目に気づいたんだろう、リックが息を飲んだ。服を掴んでいた手が緩む。あーとかうーとか言葉にならない声を出した後、リックは手を離して俺の髪をぐちゃりとかき混ぜた。
「騎士たちは全員無事だ。ベルの壁が役に立ったよ。ありがとな」
珍しくストレートに褒められた。
ちょっと泣きそうだと思ったのと、倉庫に溢れていた光が治まってきて大きな影が出てきたのはほぼ同時だった。
読んでいただいてありがとうございます。
戦闘シーンの予定が安定のベル仕様でした。
藍墨茶が不二子ちゃんみたいになってしまったのも仕様です。ハイ……。




