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答え合わせのようなもの

 今、俺の目の前には大きな蛇がいる。どのくらい大きいかというと体の1/3を持ち上げて倉庫の屋根に届きそうなくらい。まあ入り口から入ってきたんだろうから太さは思ったよりないのかな?

 そんな巨体がなんと二つも。

 ただ大きいだけの蛇だったら「うわあすごいなー」くらいの感想で終わるけれど、それらは魔物化していて瘴気と呼べるほど禍々しい気を放っていた。以前、大勢のBランク冒険者で退治した災害級の蛇の魔物よりは弱いと思うが、しっぽの一振りでこの辺りの騎士たちが吹き飛んでしまいそうな邪気を発してる。

 それらが飛び出してくるのと同時に毒霧を放ってきた。なんとか水の盾で防いだけど、隙間から怯えた冒険者が一人逃げ出し、食べられてしまった。まあ食事中に少し気が逸れたのか魔気が弱くなったんで撤退の指示が出せたのはよかった。全員無事に逃げられるかは運を天に任せるしかない。


 さて、どうしようかなと思ってた時に、紫黒が大蛇たちを討伐してほしいと言った。二体は知り合いだから自分で始末をつけたい、ナナト様には自分が責任を負う、と。紫黒にとっては辛い決断だと思うが、この国の王子としても冒険者としてもここまで被害を出す魔物は見過ごすことはできない。二つ返事で引き受けた。

 報酬の件を気にしていたので必要なら俺が出すと言ったがリックは断った。友達から報酬をもらう気はないとの返答に嬉しくなる。

 そんな話をしている間に水の盾が破られた。もともとそんなに丈夫な盾じゃないから仕方ないね。土壁のほうが丈夫だけど、目の前見えなくなるからこの場合は向かないし。


 紫黒は大蛇たちを見上げて小さく名前を呼んでいた。

 くすんだ暗い緑色の大蛇に青褐(あおかつ)と。

 右の体側面に赤と黒の斑紋が入っている灰色の大蛇に藍墨茶(あいすみちゃ)と。

 表情はわからなかったけれど、その声に心が痛んだ。


 何とか話をしようとしていたのに、騎士の一人が飛び出して藍墨茶に無駄な傷を負わせてしまったのは困った。自信があったらしき一撃は大蛇の鼻先をかすめて血を滲ませるが、それだけだ。


「躾のなってない……」


 藍墨茶が忌々しげに呟く。騎士がもう一度剣を振るおうと構えたので、急ぎ大蛇たちの気をそらすことにした。怒らせてもいいことは一つもない。


「俺はベル。紫黒の友達だ。せっかくだから少し話をしたいんだけど、時間は大丈夫かな?」


 立ち上がってにこりと笑うと、大蛇たちのギラギラ光る目がこちらに向いた。

 同時にものすごい殺気と瘴気に襲われる。それだけで気絶しそうだなと思ったけど、以前ラメール国に1人で行って不手際を謝罪した際に睨んできたラメール王と比べたら大したことはないのでゆとりがあった。あの王様、邪眼持ちかと思ったよ。経験って大事だなとつい口元が緩む。

 そっと合図すると、リックが頷いて騎士たちと後退し始めた。よく見ればゴードンとクラークもいる。目が合うとゴードンは罰が悪そうな顔をして目を伏せたが、クラークは小さく笑って目配せしてくれた。来てたんだ、と危険なのに少し嬉しくなる。冒険者に向いてないって言っちゃったけど、自分の意志で続けるなら頑張ってほしいと思ってたから。


 じりじりと外に向かって下がる騎士たちに気づいたのか、大蛇のしっぽが震える。それが地面に強くぶつかると、ゆらゆらと揺れた床に亀裂が走り、ひび割れの下からにじみ出た水が足元をジワリと濡らした。


「話をしながら騎士たちを逃がす時間を作る作戦か?」


 青褐が嗤う。俺は苦笑して肩を竦めた。


「それができたら一番いいんだけどね。どうせ逃がす気ないだろ?」

「無論だ。ここにいる人間はすべて我らの贄。逃がすわけがなかろうて」


 ニヤリ、と音が聞こえそうな顔に、後ろで誰かの喉が鳴った。捕らえられた冒険者たちもやっと自分の立ち位置を理解したらしい。自分だけは死なないと高をくくって殺し合いをしていたようだけど、それはただ大蛇たちのためにせっせと調理していただけだ。活きのよい冒険者たちは食いでがあったに違いない。


「やっぱりなあ」

「何がだ?」

「100人の冒険者たちに呪いかけてけしかけて、残った奴は大蛇を倒すために選ばれた勇者だ英雄だと煽ってたみたいだけど、全員ここから出すつもりはないようだし、最終的に残る一人以外の死骸は喰うんだろうなって思ってた」

「あら? なんでそう思ったの?」

「だって蠱毒の材料だから」


 目の前の大蛇たちが口を大きく歪めた。

 笑ったのかな? そんなに楽しいこと言ったつもりはないんだけど。


 蠱毒とは簡単に言うと南の島国に伝わる呪術の一つだ。瓶の中に100匹の毒虫を入れ、互いに共食いをさせて勝ち残ったものを神霊として祀ることで完成し、呪術の媒体として使う。出来上がった蠱毒からはさまざまな目的の毒を採取できると呪術辞典に書いてあった。ただし、どの国でも禁呪扱いなので、作っただけで重犯罪者になるって話だ。


「考えるほどに矛盾してるってもやもやしてたんだ。こうして対話する時間が取れたんで、解決できたらすっきりしてとても嬉しい。答え合わせのようなものかな。付き合ってくれると俺が喜ぶ」


 笑みを返す。大蛇たちの目は相変わらずギラギラしていたが、俺が何を話すのか興味を持ったようだ。


「面白い。まだ時間もある。話くらい聞いてやろう」

「ちょっと、青褐!」

「こいつが何を話すか楽しみではないか。紫黒を探す手間も省けたしな」


 くくくと声を出しながら、少しだけ小さくなって視線を合わせやすくしてくれた。もう人の姿にはならないのかな、などと思ったけれどそこまで望むのは贅沢か。せっかくだからブルータスとグレイスにも会ってみたかった。ちょっと残念。


 背後の騎士たちをちらっと見る。少しだけ下がってたが大蛇たちは反応していない。その調子で離れてくれるといいが無事出られなくても恨むなよと思いつつ話を始めた。


「最初に気になったのは人の数」


 人差し指を立てて見せる。


 退治派の冒険者は昨日の時点で300人を超えていたと聞く。そこから町に出されたのが約50人。その後、朝の酒場で250人以上いたのにきっちり100人に減らされた。それを連れて三番倉庫に来て、さあこれから大蛇を退治するぞって時なのに、なぜかさらに減らしている。


「純粋になんでかなあと思ったんだよね」


 だって『戦うなら少数精鋭!』なんてのは現実的じゃない。弱いモノばかりだとしても、手数が多いほうが圧倒的に有利だろう? 小鳥だって1羽じゃ無理だけど100万いれば大熊を殺せる。


 そもそも銀の大蛇、すなわちナナト様の侍女で蛟の月白さんを退治しようと本気で考えているのなら、この程度の冒険者(手合わせした体感だけどBランク以上はいない)だと300人でも足りないはずなんだ。

 月白さんには神気に似た清らかな魔力があった。ナナトの騎士団が束になっても無傷であしらわれたくらいだから、敵になったら多分恐ろしく手ごわいだろう。Aランク冒険者でも30人じゃ無理じゃないかな。


 それなのに「朝の酒場で100人、ここでさらに30人程度まで減るように戦え」と言われたと聞く。

 だけど俺が封じた11人とここで確保した23人で計34人、指定された30人程度になっているにもかかわらず、ブルータスやグレイスの姿はない。二人の指示がなければ倉庫にいる冒険者たちはいつまで戦っていいのかわからないから、最終的には一人になるまで戦い続けたかもしれない。剣を合わせた冒険者たちは死にたくないと口にするのに、全員が「選ばれし者になるためなら、他人はすべて殺してもいい」と言っていた。実際、生き残るために臨時パーティを組んだと話しながら、隣の男を殺しても気にしない雰囲気だった。


 首をひねりつつ、答えっぽいものに気が付いたのはついさっき。紫黒を待っていたときに剣を交えていた冒険者の呟きがきっかけだ。


「その冒険者は『死にたくない!せっかくここまで生き残ったのに!』と叫びながら、満身創痍で闇雲に大槌を振り回すだけの力しか残っていなかった。残念だけど手元にある拾い物の剣は折れかけていて大槌の相手ができなかったから、後ろから斬られて死ぬのを見てるだけしかできなかったよ」


 その冒険者が偶然俺の足元で崩れたので、最後の声が届いた。


『俺は何のためにダダを殺した? ブルータス、グレイス、お前らは絶対、許さない……』


 直後、大量の血を吐き出して息絶えた。

 残ったのは思わず背筋が冷たくなったほどの恨み。きっとここで命を散らした冒険者たちも似たような気持だったろう。

 恨みだけじゃない、恐怖とか、苦痛とか、後悔とか、言葉では足りないくらいの想いを抱えて死んだのではないかと思う。

 そういう想いは積もり積もって毒になる。場に、空気に、残された人に、注がれ、満ちて、淀む。強く強く押しつぶされた澱は粘度を持った塊になって存在を蝕んでいく。こうして毒が完成する。

 王宮にある悪意を固めたような毒とは違う、だけどどこか似ている。ねっとりとして体中にまとわりつき、やがて目に見える害になる。子どものころから浸されている空気だからわかるんだ。

 ここにはそんなものが満ちている。さらに言うと人が死ぬたびに濃くなっている感じがする。


 溜まっていく毒。

 最終的にそれはどこに向けられるんだろう?


 その時、100人を倉庫に集めた理由が分かった気がした。


「100人ってとこと密閉した場所が大事だったんだね。それに気づいたらグレイス嬢は南の国から来た呪い師って言われてたことを思い出した。設定が細かいなあって、思わず感心したよ」


 こだわりがすごいと素直に褒めたのに、藍墨茶は不機嫌そうに鼻を鳴らした。そこは喜んでほしかったんだけどなあ。女性を褒めるのは難しい。


「まあそれはそれとして、君たちはここで蠱毒を作ろうとしてたんじゃないかと思ってる」


 この倉庫を瓶として考えて、毒虫、じゃない、100人の冒険者を閉じ込めて殺し合いをさせる。

 残った一人を勇者と祀り上げて紫黒や月白さんを害する道具にする。

 蠱毒の材料のスタンダードは虫らしい。それに比べるとだいぶ規模が大きいとも思うけど、それは俺が人間だからであって魔物にしたら変わりないんだろう。


「ただ、気になる点があるんだよ。人間は殺し合いはしても共食いはしない生き物だから、最強の一人が残るだけで、正確には蠱毒って言えないよね? できたところで使えるの?」


 うーんと悩んでいると、青褐が口をゆがめたまま言った。


「人間は『殺した相手を精神的に食う』と聞いたから、広い範囲では共食いになるだろう? 人が食べない肉体は我らが喰った」

「なるほど。精神的に共食いしているなら、残った死骸をおいしくいただけば『食べて蛟になるために力を得る』という当初の目的に合うし、一挙両得だ。それで『贄』なんだ。やっとわかったよ」

「うむ」

「ということは、この場合、残った『一番強い個体』が蠱毒なのか。それを勇者に祀り上げて、紫黒と月白さんに嫌がらせするのに使う。どちらかを潰したら、出来立ての蠱毒をパクリと飲み込んで蛟になるための糧とする。こんなところ? 蠱毒は猛毒なのに食べられるのかとかいろいろ思うところはあるんだけど、君たちはもう魔物だから大丈夫なんだろうね」


 魔物、と言うと大蛇たちの目が凶悪な色を作った。事実なんだからそんなに怒るなと言いたい。それともまさか自分たちは『ただの力が強い大蛇』とでも思ってるんだろうか?

 とりあえずそこは突っ込まない方向でいくことにして、まだ相手に聞く気があるうちに気になることはぶつけてしまおう。


「人の数がらみで申し訳ないんだけど、町に残してきた分も正直疑問なんだよ」


 町に残って毒を入れたり市場を荒らしたりするように指示された約50人の冒険者たち。


「大蛇退治派としてせっかくたくさん人間を集めたのに、何でおいてきたんだろうと思ってた。レベルの低い冒険者か冒険者もどきだって聞いたけど、わざわざ眷属を使ってナレノハテにする意味が分からない。ナレノハテになったら血肉を啜って力にとかできないよね? もったいないことするなって、びっくりした」

「フフ、人間に人間を食わないのを不審がられるとは思わなかったな」


 青褐が面白そうに言う。


「だってそのために苦労して集めたんでしょう?」


 きっと最初はブルータスとグレイスの二人だけで、大蛇退治派とか呼ばれるほどのものじゃなかったんだと思う。

 月白さんが大河に姿を見せて、渡し船の妨害を始めてから、大蛇を退治しろという声は出ていたが、最初は少人数もしくは単独で騎士団に乗り込んでくる者がいると報告されていただけだった。

 それがまとまって大蛇退治派となったのはつい最近のようだ。実際、昨日騎士団で見たデリクの報告書には『大蛇退治派』の文字はなかった。リックが冒険者ギルドでゴードンとクラークを勧誘されてるのを見て知ったくらいだ。

 ジャスが聞いてきた話では、ネリーが勧誘されたとき、ブルータスは「同志は16人」と言っていた。

 それぞれが1日に1人連れてきて、次の日には32人。

 そうやって増やして、騎士団の本部で話を聞いた時には200人以上になっていた。一人勧誘したら金貨一枚支払うと言っていたそうだから相当金をばらまいているはずだ。

 そうまでして集めた人間を、細工はしてあると言え、なんで町に放したんだろう? たくさんの人間を管理するのが面倒だったなら、必要分以外は食べてしまえば楽なのに。


「俺は鉄黒から直接『ナナト様が大河から出てくる直前、冒険者たちの血を捧げて我らが血肉を喰らう』って聞いたんで、蛟になるためにたくさんの贄がいると勝手に思って、力をつけるために集めた者はみんな食べるんだと思ってたんだよね」

「……、鉄黒と話をしたのか」

「うん。おかげで友達を失いそうになったし、痛い記憶を思い出して散々だったよ。でも鉄黒はナレノハテになっちゃったし、そちらの言い分が少しわかったし、ここで君たちと会えたから差し引き0かな」


 そういえば最初にナレノハテになったのは鉄黒だった。俺の手で魔石にしたけど、俺も鉄黒もこの大蛇たちに利用されたんだと思うと気分が悪い。だいぶ歪んでいたけれど、鉄黒には鉄黒の生があった。他者が利用していいものじゃないと思う。


「鉄黒は青褐に利用されただけだって言ってた。自分の話をたくさんしてくれたけど、君らの話もしてくれたよ」

「ほう」

「君たちは紫黒や月白さんに恨みがあって、そのために自分は利用されただけなんだとか、そんなこと言ってた。そういえば『人がいなくなったこの地は我ら蛇がナナト様と永遠に暮らす楽園となる』とも言ってたっけ」


 人がいなくなったこの地を求めていたのはきっと鉄黒だけじゃない。紫黒ほど長生きしていない大蛇たちはここが湿原だった時代を知らないと思うけれど、蛇の楽園というくらいだから人は不要なんだろうな。

 この町から人を追い出すために、手っ取り早い方法は……。


「ああ、わかった。そういうことか」


 何かがかちりと合わさった気がした。勘違いじゃないことを祈りつつ、答えを求める。


「青褐、君はとても賢い。それに、道具の使い方がうまいね」


 隣で固まる紫黒に触れ、にこりと笑うと、藍墨茶がなぜか視線をそらした。普段からあんまり女性に好かれない自覚はあるけど、蛇にも不評なのはちょっと切ないな。まあいいか。


「町を荒らすための冒険者は残すって、最初から決めてたのか。しかも後腐れがないように眷属をつけて、冒険者たちが町で暴れたあとはナレノハテになるようにしたんだね。水場に毒を投げ入れろって話もその一環かな? ただ暴れるだけでいいからレベルの低い初級冒険者でいいし、冒険者が暴れることで冒険者ギルドがダメージを受けて潰れる、かもしれない。そうすれば冒険者が来なくなるので町はどんどん廃れる、かもしれない」


 あえて「かもしれない」を強調して話すと、青褐は嫌な顔をした。こちらとしても楽しい話じゃないのでこのくらいの嫌味は甘受してほしい。


「用意した道具がどれ一つ役に立ってないことへの皮肉か?」


 青褐は憤懣やるかたないと言いたげに息を吐きだした。

 ちゃんとした答えは得られなかったけれど、きっと間違ってない。なんとなくだけど、青褐は間違っていたら正解を教えてくれるんじゃないかと思った。


「お前のせいで予定が狂った」


 苦々しげに言われて、目をしばたかせる 。


「言いがかりだよ。俺は何もしてない」

「いや、すべてお前のせいで台無しだ」


 ガチリ、ガチリ、としっぽを震わせながら、青褐が睨んでくる。そのたびに瘴気が漏れ出て視界が悪くなるので少しだけ水魔法で散らした。倉庫が湿気でじっとりする。


「最初はいい道具だと思ったんだ。だが、あれを使ったのが敗因だった」


 青褐が付いた溜息にはチロチロと炎が混じっている。


 会合に面白い子どもが忍び込んだと藍墨茶に聞き、話してみて興味を持った。なるほど、人間にしては反応が早く、会話も楽しめそうだ。

 どうせ使い捨てるんだが長く使ってやろうと思い、鉄黒をつけた。

 鉄黒はいい働きをしたため、それがこの国の王弟の親友で大きな商会の会頭の息子だと知った。


「利用価値の高さに笑いが止まらなかった」


 人間は外見を気にするから、人が好みそうな顔をした男はそれだけで価値がある。

 金持ちだから金を吐き出させてより多くの贄を集める、会頭の子だから商会を町から撤退させて人の出入りを減らす、親友だから王弟に渡し場の廃止を求めさせる、など、させたかったことはたくさんあったのだと青褐は悔しそうに呟いた。


「同時に王宮から大蛇の調査に来た王弟のことも知ったが、大したことはできないと思ってた。それよりも手に入れた道具を有効活用するためのことばかりを考えていた。だが、ふたを開けたらどうだ?」


 夜明けと同時に町は人で溢れている。

 鉄黒の気配がなくなった。

 町にはなった冒険者たちの気配が消えた。

 ナナト様の帰還のための準備に追われて手薄になっているはずの住処に丈夫な結界ができていて手が出せない。

 倉庫に集めた冒険者が思い通りに動かない上に騎士が来た。


「全部俺のせいだと?」

「違うのか?」

「違うよ」


 誤解もいいとこだ、俺は大きくため息を吐く。


 人が溢れているのはジェロームとルイスが頑張ったから。彼らが主体となって自由市や芝居などを提供した結果、町は活気で溢れた。

 鉄黒の気配がなくなったのはジャスが自分の手で片を付けたから。痛みに悲鳴をあげながら眷属を剥がした結果、鉄黒からたくさんの情報が手に入った。

 町から冒険者の気配が消えたのはナレノハテになったから。冒険者ギルドでの悲惨な光景はルイスとリックから聞いた。胸が痛んだ。

 蛇の住処は紫黒と月白さんに先見の明があったから。灰青も走り回ってたみたいだし、蛇たちが一丸となった結果だ。俺は気を付けてとは言ったけど何もしてない。

 そもそも、冒険者が殺しあわないのは俺のせいじゃないし、騎士団は自分たちだけでもここに着いていたと思う。俺はただ紫黒が見つけた真赭(まそほ)を治療して偶然ここに来ただけで、むしろ巻き込まれたんだと思ってる。


 昨日今日と何かしたかなと思い返すと、ただうろうろしていただけな気がして大変切ない。

 やったことは……。

 ええと、癒し水作ってぶっ倒れ、治療してぶっ倒れ、気が付いたらぶっ倒れ、って倒れてばっかりだな、俺……。しかもそのたびに誰かの世話になってる気がする。ダメじゃん……。


「考えてみたら俺、なんにもしてないなあ」


 しょんぼりと呟いたら、なぜか周囲にいた全員から呆れた視線を投げられた。


『いや、お主、何を言ってるのかわからんのだが……』


 まさか紫黒に突っ込まれるとは。


「ベル……、お前……、天然も過ぎると嫌味だぞ」


 遠くからリックの声が聞こえる。

 ちょ、騎士たち、頷かないで!ゴードンとクラークまでひどい!というか、ちゃんと撤退してくれないと困るんだけど!


「何もしてないって……」

「アナタが動いたから周りの人々が動いたのでしょう?」


 青褐と藍墨茶の声までなぜか柔らかく響いた。

 なんだろう、慰められたのか? 周りの空気が生ぬるくて、なんというか、非常にいたたまれない。


「と、とにかく、アナタがここに来なかったら、私たちの計画は完璧だったの!」


 肩を落とした俺を見て、藍墨茶が叫んだ。


「ナナト様がお渡りになる前に冒険者の血を使う。蠱毒を作り、合間にたくさんの血肉を食べて蛟になる。憎い月白と紫黒様は始末。月白は青褐が、私は紫黒様を手に入れる。煩わしい人間は残してきた道具(冒険者)に始末させる。使い終わった道具はナレノハテにして処分。私たちがこの地を支配する。そんな簡単なことなの!」


 う、うわあ……。

 藍墨茶のぶっちゃけた言葉にさすがの青褐も固まっていた。一瞬だけど気持ちが一つになったかもしれない。


「か、簡潔な回答をありがとう。おかげで推測が正しかったのがわかってもやもやが消えたよ」


 でも、それ簡単じゃないんじゃ……?

 突っ込みどころが満載だと思ったけど、口に出すのはやめた。蛇と言えども女性を怒らせるのは怖い。


「それなのに、アナタのせいでほんと全部ぶち壊しよ!」


 藍墨茶が涙目で口を開いた途端、紫色の炎に襲われた。反射的に水の盾で防ぐ。はみ出ていたシャツの裾に炎が当たり、その部分だけ消えた。闇属性の炎魔法、強烈すぎる……。


 炎が流れたせいで、後ろにいた騎士にも被害が及んだようで、派手にぶつかった音がした。

 振り向くと入り口に近いところまで撤退した騎士たちの横でクラークがひっくり返っている。炎を避けようとして足元に転がっているハンマーに引っかかったらしい。クラーク、スカウトでそれはまずいよ……。


「……、話が長かったか」


 逃がしかけていた騎士たちが気に障ったのだろう。青褐がしっぽをぴしゃりと叩くと、騎士と入り口の間に大きな亀裂が入った。意識のない冒険者を引きずって移動していた(床の水でびしょびしょなのに起きない冒険者も問題あるよな)ので面倒なことになっているようだけど、あっちはリックや騎士たちに任せよう。

 俺は大蛇たちに頭を下げた。


「思うところはあるだろうが、逃がしてやってほしい」

「虫のいい話だな」

「俺もそう思う。だけど蠱毒は失敗したんだろう? もう冒険者は必要ないよね?」

「……、なぜそう思う?」

「俺が来た時点で101人ってのもあるけど、それより前に壁に穴を開けて逃げた冒険者がいる。そもそも倉庫の扉が開きっぱなしの時点で蠱毒の作成条件満たしてないよ」


 蠱毒を作るためには入れ物の中に1()0()0()()()()()()()()()()()()共食いさせる必要があるとあった。冒険者が倉庫から逃げたり、全員戦闘不能だったり、俺や騎士団が来た時点で蠱毒作りは失敗している、はずだ。


「今から殺しあえば……」

「また100人集めてやり直す? 時間的に無理だよ。そろそろ日が落ちる」


 ここに来た時は光が金色に色づき始める前だったけど、今は夕日の半分が大河に沈み、世界をオレンジ色に染めている。


「完全に真っ暗になったらいくら冒険者と言っても何も見えなくなる。蛇とは違うんだから」

「……」

「それと一番大事なことを忘れてるんじゃないかな?」


 俺はまっすぐに大蛇たちの目を見つめた。


「君たちは()じゃない。()()()()だ。もう蛟にはなれないよ」


 言い切ったのと同時に、大蛇の体から瘴気がを溢れ出たのを感じた。







読んでいただいてありがとうございます。


少し遅れましたが続きです。伏線を回収し始めましたので答え合わせその1みたいになりました。

いつも誤字報告・感想などありがとうございます。少しずつですが進めていますので、今後ともよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「考えてみたら俺、なんにもしてないなあ」 に対する皆さんの反応が。何故そういう結論なの、ベル君…。紫黒さんの説教とか効果なかったのかしら。 皆さんの頑張りでベル君の自己評価が上がる日が来る…
[一言] 色々人を動かしたのに凹むベル君可愛い(笑) 青褐達も気が削がれるねww
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