三番倉庫
『また人間に助けられちゃったなあ。助けてくれてありがとう』
元気になった真赭は深々と頭を下げた。
月白さんの従妹の姪っ子の子どもという真赭は今年で二十歳になったばかりだと言い、紫黒達の集落では若手だそうだ。同い年だと思うとなんだか親近感がわく。向こうも同じように思ってくれてると嬉しいんだけどね。
回復した真赭から話を聞くため、取り急ぎ近くの倉庫に入った。
いつもならいっぱいだろう空間には空いた箱がいくつか転がっているだけだ。ここをいっぱいにするためにも何とか今夜中に解決しないと。
やっと落ち着いた二匹は情報交換している。見慣れた大きさに戻った紫黒と一回り小さな真赭の会話は時折シャーシャー言っているのだけはわからなかったけど、ほかの言葉はなんとなくわかった。
とりあえず、今のところ、蛇の住処は無事らしい。何度か人影を見たと報告が上がっているようだが、すべて近隣に住む顔見知りだったそうだ。
話し込んでいるようなので、壁を背に座り込んで荷物の確認をする。
愛用のポーチにはいつもと同じ荷物の他に魔力ポーションの空き瓶が三本と癒し水の入った瓶が三本。
あれ、三本? 五本くらい入れてた気がするんだけど気のせいだったかな? まあいいか、このくらいなら今の魔力残量で作れるし。
というわけで、紫黒と真赭に癒し水の瓶を渡し、自分も飲んで全部空にしてから補充する。水をおいしそうに飲みほし、二匹はそろって『ぷはぁ!』と息をついた。もちろんその瓶も回収して癒し水を補充し、ポーチにしまう。六本もあればなんとかなるだろう。
確認が終わったので、二匹の話に入ることにした。
「そういえばさっき『また人間に助けられちゃった』って言ってたけど?」
思いついて尋ねると、真赭はこくんと頷いた。
その直後、急に動きを止め、凍ったように固まる。
治療が完全じゃなかったかと心配したら、急にぴょんと跳ねあがり、紫黒のしっぽを咥えて暴れだした。
『あああああああ!思い出したああ!!』
『ど、どうした、いきなり!?』
『こんなところでのんびりしてる場合じゃないんだ!紫黒伯父さん、大変なんだよ!!』
何かが切り替わったような変化に戸惑っていると、真赭はもどかしげに身をくねりながら必死な顔をこちらに向けた。くりくりした焦げ茶色の目が大きく開かれている。
『人間が人間を殺してるんだ!それもたくさん!』
確かにのんびりしている場合ではなさそうだ。
倉庫を出ると、先ほど鼻を抜けたものの正体が分かった。
血の臭いだ。
最近は王宮にいることが多いので縁遠くなったが、冒険者として国から出ているときにはいつも身近にあるものだった。Bランク冒険者の依頼のほとんどは大型魔獣の討伐だからな。血も素材になるからと採取してると、いきなり吹き出して全身真っ赤になることもよくある。
さっきまではかすかに感じられる程度のものだったそれは、今でははっきりと感じられるほどになっている。口の中に独特の鉄味が上がってきて吐き気を憶えるほどだ。
先を行く真赭から聞いた話は想像していたものではなかったが思い浮かばなくもないことだった。
『人間たちが蛇らしきものの命で殺しあっている』
地を這う真赭の声は聞き取りにくい。急いでいるので息が上がっているのもあるのだろうが、何と言ったらいいのかわからないのだろう。
それを見たのは少し前かな、太陽がてっぺんから傾き始めたころだよ。
棲み処の巡回を仲間たちとしていたんだけど、紫黒伯父さんに報告するためにその場を離れたんだ。まだ術が苦手なんで、独りになって集中しないと念話が送れないんだよね。なんせ、オレら蛇が術を学び始めるのは15歳を過ぎたころからなんだ。ん? ベルにーさんは15歳で学院ってとこに入学したのかい? なんか似てるね。
まあそんなわけで、集中できる場所を探してうろうろしてたらさ、人の町に近いとこまで出ちゃったんだ。人間が木で変な陸と箱をたくさんこしらえたから、あんまり居心地よくないよ。この辺りも昔はオレらの蛇の住処だったと聞いてるけど、そのころを知らないオレら若い蛇には懐かしくもないしさ。
へえ、あの箱、倉庫って言うんだ。人が住む場所じゃあない? 荷物を置く? そういうもんなのか。オレら蛇は獲物はその場で丸飲みだし、ため込むことはないからよくわからないなあ。
でもあの中に入ると洞窟にいるような気持になるので集中できそうだって思ってね。中に入って、無事に報告を済ませた。
安心ついでに少し休んでいこうと、近くでのんびりしてたらさ、人の町のほうからたくさんの人々がこっちに向かってくるのが聞こえた。
最初はその人間たちがまさか自分のいる箱に入ってくるなどとは思わなかったし、来たところで隠れていて見つからなければいいと思ってた。むしろ伯父さんに送れる新しい情報が得られると興奮したくらい。
だけどさ、その中に蛇の気配がしたんだよ。
その蛇の気配は紫黒伯父さんと同じかちょっと若いくらいのものだった。オレは昔のことは知らないから、それが何者なのか、まったく見当がつかなかったよ。でもオレらの集落に住む蛇の中に似た臭いを持ってるのに気づいたから、すごく驚いたし、怖くなった。
誰かが裏切っている?
そう思うとつい、気になっちゃってね。気になると追及するのがオレの悪い癖って言われてる。
だからなんだろうな、気が付けば一番隅の目立たない箱に裏に隠れ、人間たちを観察してた。
その間も続々と人間たちは箱に入ってくる。隠れているオレのすぐ近くまでびっしり埋まって、ぎゅっと詰め込まれてるような数だった。とても数えられない。
人間の臭いにおいがあっという間に箱を満たして気持ち悪くなった。
人間は基本的に臭いけど、それだけじゃなかった。そこにいる全部から濃い血の臭いがしたんだ。それだけでも十分に気持ち悪いのに、全部の息が荒く、目が変だった。どこを見ているのかわからず、全員が同じ方向を向いてるのも怖い。
そっと顔を出すと、人間たちの目はすべて前にいる蛇の気配を持つモノに向けられているのがわかった。もちろんオレの目線じゃ見えなかったよ。でも、はっきりとそこにいるのは感じた。
そのときさ、気づいちゃったんだ。
相手がそこにいるのがわかるってことは、自分がここにいるのを相手もわかるんだってことに。
全身に震えが来た。
今のところはまだ見つかっていない?
そんな希望に縋るように後ろに下がった瞬間、前から恐ろしい声がした。
「お前たちは選ばれた、と言いたいところだがこれでも多い」
「私のために血を流せ。隣にいるものを殺し、血を啜り、大蛇を倒す選ばれし戦士となるがいい」
人間たちが恐ろしい声をあげた。
そこここで金属がぶつかる音が聞こえ、人間の悲鳴や怒号が響く。同時に血の臭いが濃くなっていった
同族で殺し合いをしている!?
信じられなかった。
集落の蛇たちは殺し合いなどしない。近隣の集落の蛇とトラブルがないわけではないが、こんな風には争わない。ましてや、殺せと命じられはしない。
人間が殺しあう生き物だと言うのは聞いていたが、今までに一度も見たことがなかった。20年しか生きてないからかもしれないが、こんな凄惨なのは見るに堪えない。純粋に怖い。
ゆっくり、ゆっくり、後ずさって箱から逃げようとすると、何かにぶつかった。
『こんなところにかわいい子蛇がいるなんてね』
ふふ、と笑う声がする。
振り返るとそこには月白と同じくらい大きな蛇がいて、ランランと光る眼でオレを見つめてた。
「はぐれたのか? ここにいたのが不運だったな。紫黒や月白に知らされると面倒だ。殺せ、藍墨茶」
直後、首の後ろに鋭い牙が立てられる。先っぽの細いところが当たっただけだったと思うけど、傷口から入った毒は強烈だった。
あっという間に体が動かなくなり、地に落ちる。
動けなくなったオレは横にいた真っ黒な人間によって争いの中に投げ込まれた。
「恨むならナナト様と蛇を恨め」
そこでぐちゃぐちゃに踏まれた。骨が折れ、内臓も潰されて死にかけた。もうだめだと思った。報告しなくちゃっと思ったんだけど、そんな魔法使えもしなかったよ。
激しい痛みの中、気も失えず苦しんでいると、オレに気づいた人間がそっと倉庫の外に出してくれた。
「そのケガじゃ長くないだろうが、ここで潰されるよりはマシだろ……」
人間はそう言った後、動かなくなった。すごくたくさん血を流していたので死んだんだと思う。
せっかく逃がしてもらったのだからと、オレは必死で地面を這って、騒がしい箱から少し離れたところまで進んで、そして……。
『気づいたら紫黒伯父さんとベルにーさんがいたってわけ』
ここまで話して疲れたのか、真赭は動きを止めて一息ついた。
「大変だったね」
そっと真赭を持ち上げ、腕に納める。真赭は俺の腕を登って肩の後ろをを通り、だらんとぶら下がった。
『落ち着く』
「それはなにより」
ついでに紫黒も登ってきたので、それぞれ右と左の腕に分かれて巻き付いてもらった。耳元に顔が来るので話するには便利だけど、少し重たい。
二匹と一緒に血の臭いに向かいながら、頭の中で情報を整理した。
退治派で前日集まっていた人数は大体300人と聞いている。
そのうち冒険者ギルドに来たのが約30人。クラークの話だと町に出で班は多く見て50人とのことだから、大蛇のほうに割かれたという冒険者がだいたい250人になる。
そんな大人数、町の酒場で一晩過ごしたら目立つはずなのに、冒険者ギルドでは把握できてなかった。クラークたちから前日から朝にかけて、裏通りの酒場で騒いでいた話は聞いたが、そこから先の消息が分からない。町の催しが始まってからの足取りが追えてない状況だ。
これだけたくさんの人間が姿を見せずに隠れられ、かつ、月白さんたちに危害を加えられる拠点として、空の倉庫は最適解なのかもしれないが、気になるのは渡し場に来る途中、集団が移動した跡が見当たらなかったことか? 街中に行った人が多かったからか、町はとても静かだった。
ひょっとしたら、半分くらいは朝までに逃げ出したり改心して町に隠れたりしているのかもしれない。
希望的観測が頭をよぎる。
それはともかく、真赭の話では今現在も冒険者が殺し合いをしている可能性がある。一刻も早く争いを止め、蛇による虐殺を食い止めなくては。クラークの話だと大蛇退治に行く冒険者たちは手練れが多いらしいから、思いとどまって逆に蛇と対峙するくらいになっていてくれるといいんだけどなあ。
『こっちだよ』
真赭の案内する方向に向かうと、血の臭いがどんどん濃くなってくる、胃液が上がってきて、吐き気を押さえるのに苦労した。
「真赭の見たたくさんの人は、きっと退治派の冒険者だ。この血の臭いからして何人生き残っているか……」
『まだそ奴らを保護するつもりなのか?』
「できればそうしたいけど、俺よりランクの高い冒険者とか、ランクは低くても集団で向かってくる冒険者が相手だと、話が通じるかってところから考えなくちゃだめだね。青褐だっけ? 彼を妄信してるなら俺の話なんて聞かないだろうし」
『そんな輩にベルは一人で相手にするつもりか?』
「うーん。絶対無理」
『あっさり言う。まあ真実か』
さて、どうしようと考えても、できることは一つしかなかった。
「三人で行って全滅したら目も当たられない。ここは三手に分かれようと思うんだけど、どうかな?」
『三手、とな?』
「うん。まず真赭は月白さんにこのことを知らせに行ってもらう。ナナト様が海に向かうのはまだ先だろうから完璧に守ってもらわないと困るよね。この中で棲み処に戻れるのは真赭くらいだと思う」
『わかったよ!任せて!』
「紫黒はリックたちを探して合流。ここまで急いで連れてきてほしい。紫黒の嗅覚だけが頼りだ。頼むよ」
『わかった。しかしベルはどうするのだ?』
「俺はこのまま進んで冒険者たちを見つける。あわよくば説得したいけどたぶん無理だから、さりげなく後ろのほうで様子見しながら待ってるよ」
軽く言うと、二匹は目に見えて狼狽えた。
『ななな!!それはいくら何でも無謀だ!ここで待っておれ!』
『そーだよ!にーさん!!危ないよ!』
「危ないのはわかるけど、真赭にはリックのにおいはわからないだろ? 紫黒はあの蛇に嫌われてるみたいだから火に油注ぐだろうし。その点俺は人間だから冒険者に混じってたら見つかりにくいかもしれない」
『しかし……』
「まあそんなわけで、俺の安全は紫黒にかかってるからね。さくっとリックと合流して、早く連れてきて。よろしく」
にへらっと笑うと、二匹は何も言わず、ものすごい速さでその場を去った。すごいな、もう見えなくなった。蛇の本気を見た感じがする。
俺は装備を確認しつつ、臭いが強くなるほうに進んだ。
少し進むといろいろなものがぶつかる音が聞こえてくる。ほとんどが金属音だけど、生肉同士がぶつかるような音も聞こえた。地を這うような低い音は人の声なのか足音なのかわからない。
「あー、怖い」
思わず呟いたら、二つ向こうの倉庫の壁が抜け、何かが大河に落ちた。大きく開いた穴の向こうから煙のような物が出ている。倉庫の中は埃だらけなんだろうな。
倉庫の壁には大きく『3』の文字が書かれている。三番倉庫というらしい。倉庫のすぐわきには橋げたが設置されていて、直に船をつけられるようになっている。周りを見ると1.2.3.4とある倉庫は他より二回りほど大きく、大型の船が接岸できるくらいの橋げたがあった。きっと普段は大店の船がひっきりなしに入っているんだろう。そういえばエルファリア商会では2番倉庫をよく使うって聞いたような気もするな。
そっと大河を見ると、三番倉庫のほうから流れてきたらしい木の板があった。端のほうが焦げている。魔法でぶち抜いた感じ?
もう少し見ようと身を乗り出したとき、わあっと大きな声が聞こえた。
三番倉庫からだ。目を向けると穴から人影がいくつか出てきていて、その後ろを太くて長いものが追いかけている。穴の直径は人の背丈より少し小さいくらいで、外に出るためには身をかがめなくてはならないようだ。
追いかけているものはいったん引っかかる人影を逃がさないように咥えて戻しているように見えたが、よく見ると違った。
咥えられた部分から、体が消えていく。まるで飲み込まれているようだ。
それを見たからか、外に出た人々が狂ったような動きで戦いを始めた。悲鳴が上がり、血肉が飛ぶ。
気が付いたら走ってた。
一番端で倒れている死体の脇に落ちている剣を取り、殺人者と対峙する。
突然現れた俺に驚いた顔をしたが、相手はすぐに切りかかってきた。振り下ろされた剣を受けながら、顔を寄せる。
「なぜこんなことを?」
相手は俺と同じくらいの年の戦士だった。がっちりとした筋骨たくましい男で、体格だけだったらルイスもかなわないだろう。だけど力がなく、ガタガタと震えている。血しぶきで所々赤い髪は恐怖の為か逆立っているし、顔中ものすごい汗だ。
「殺らなきゃ、殺られる……」
「教えてほしい、なにがあった?」
「奴らが、奴らが、殺せと。みんな、死んで、殺して、ああああ」
「そうか。で、何人殺した?」
「さんにん、いや、よにん? わかるもんか……。お前も、殺す。そうしないと俺が、俺がああああ!!」
男は後ろに飛んで俺と距離を開けた。口は半分開いてよだれが流れている。目もうつろだし、息も荒い。ランク以上の魔物と戦ったときにこんな顔をした戦士がいたっけ。確か直後に我を忘れて暴れて死んだな。
気がそれた瞬間、男が飛びかかってきた。
一歩下がり、男の着地点の地面を魔法で緩める。泥に足を滑らせ、バランスを崩した男のみぞおちに剣の柄を叩きこむと、げぼっと胃液を吐いて崩れ落ちた。すでに精神が限界だったのだろう、意識を手放すのがやたらと早い。
ほっとする間もなく、周りにいた奴らがこちらに向かってきた。目をつけられたらしい。
「こいつ、どこから来やがった!?」
「くそう、減らさないと、俺以外を、減らさないと!」
「嫌だ、喰われたくない、喰われたくないいいい!!」
顔色の悪い男たちがそれぞれ武器を手に近づいてきた。素早く来られたら困るなと思ったけど、疲れているのか足取りが重そうだ。倉庫の中からはひっきりなしに戦いの音が聞こえているが、同時に何かをすりつぶすような音もする。濃い血の臭いで気持ちが悪くなってきたけど、まだ最悪な状況ではないな。
「いくつか聞きたい。返答できる?」
借り物の剣を振りながら聞くと、俺を取り巻く輪の中から二人の男が襲い掛かってきた。
戦士のようだけど、それぞれの武器が違う。片手剣と、両手持ちの大剣か。俺のは軽い薄刃の剣。しかもさっきの競り合いでちょっと刃こぼれしたようだ。持ち主が死んだのもわかるような脆弱な安物だけど、借りてる身としては文句は言えない。
ブン!と音を立てて振り下ろされる剣を刃の表面で受け流す。
ものすごい勢いで落ちてきた大剣は、刃全体を巻き付けるようにして力の向きを変える。
あとはちょっと身をひねるだけ。体当たりに気を付け、剣さえ避ければ傷はつかない。当たらなければ切れないし。
急に力の向きが変わった結果、二人はバランスを崩して転んだ。
周りの人々が息を飲んだのが聞こえる。
「そのくらいじゃ殺せないよ」
苦笑する。一撃で殺せると思ったんだろうなあ。まあ、革鎧すらつけてないからね。戦えるようには見えないんだろう。
「魔法使いか?」
「どう見える?」
「ふざけたことを……」
転んだ男が立ち上がる。再びこちらに切りかかってきそうなので足場を泥にしちゃおうかなあと思ってたら、輪の中から強そうな人が出てきた。体型は俺と同じくらいだけど、強者のオーラが出てる。男は血にまみれた剣を一振りし、先を下に向けて敵意がないことを示してくれた。
「いくつか聞きたいとか言ってたな?」
こくりと頷く。
「俺は冒険者ギルドから来た、Bランク冒険者のベル。助けに来たと言いたいところだけど、見た通り非力なんでね。援軍待ちしてた」
「それが何で出てきた?」
「だって目の前で殺し合いしてたから。ついうっかり」
「うっかりかよ」
「ごめん。返す言葉もない」
頭を下げると、周りからブーイングが湧いた。まあ、うん、気持ちはわかる。ほんとごめん。
「でもできることはするよ。手短に情報提供してもらえると嬉しい」
「わかった。俺はCランク冒険者のシードだ。周りにいるのは生き残るために組んだ臨時パーティの面々」
「よろしく」
「で、ベルはどこまで知ってる?」
「ここにいるのが大蛇退治派として集まった冒険者で、中にいる先導者のブルータスとグレイスはナナト大河にいる銀色大蛇に恨みを持ってるってことくらい」
答えると、シードは頷いて肯定した。
「今朝まで250人いた冒険者は今は1/5の約50人だ。さらに言うと今も減っている」
「どういうこと?」
「選ばれし者になるために殺しあえ、そう言われて、朝の酒場で100人になり、今はさらに30人程度まで減るように戦っているところだ」
「それってつまり、同士討ちしてるってこと?」
「そうなるな。死体はブルータスさんが連れてきたらしい大きな蛇が処分したから、朝までいた酒場には何も残っていないはずだ。あの蛇は貪欲ですごかった。死んだ奴らも流れた血も、どこからか来た蛇の魔物にきれいさっぱり食っちまったよ」
「蛇の、魔物?」
「ああ。大河の大蛇と同じくらいでかい、黒い蛇の魔物だ。生き胆を食い、血を啜り、骨を砕く化け物。ブルータスさんとグレイスさんがどこからあんなのを連れてきたのかはわからない。大蛇に対抗するために魔物を連れてきたんだろうな」
「大蛇を退治するのに魔物を?」
「その辺はわからん。とにかく、俺たちは数が多いと言われて隣の者を殺し、生き残ってここに来た。さらに先ほど、選ばれし人間としては数が多いと再び殺し合いを命じられた。俺たちは言葉通り殺しあったが、それがおかしいと思わなかった。そして今に至る、だ」
シードはとても得意そうに胸を張った。
「生き残ったら俺たちは選ばれた冒険者として大蛇を退治する。ナナトの港に迷惑をかけた蛇を退治するんだから、俺たちは英雄だ。この町の救い主だ。きっとBランクにも上がれるし、たくさんの富を得られる。俺は上に行く人間だからな」
シードの話に同意して笑っている男たちを見ていると心がとても冷えていった。
「朝、隣にいた冒険者は、仲間だったんじゃないのかい?」
「あいつか? ああ、確かにそうだな。二年半、Dランクの時から一緒に組んでいたよ」
「それを殺したんだ?」
「もちろん。俺は優しいからちゃんと食われるところまで見てやった。絶望して涙を流してたな。仕方ない、奴は弱かった。そろそろ潮時だと思ってたから蛇様にゃ感謝しかねぇ」
「……、周りにいる皆さんも同意見?」
顔を動かして全員を見ると、全員が得意げに頷いていた。今の気持ち、ブルータスの術だったらいいな、グレイスの呪いだったらいいな、心底そう思う。術が解けたときの後悔は半端ないだろうけど、正気でこんなことを言ってるとしたら俺のほうが心折れる。
倉庫の中からは金属音や悲鳴、魔法の煙などが絶えず聞こえていて、大きなものが這いずっている気配もしていた。このままいくと全滅しそうだけど、今は何もできない。
さて、どうしようかなと思っていたら、シードがにやりと笑い、手をあげた。
「というわけで、俺らに冒険者ギルドは必要ない。ベル、お前は邪魔だ。ここで死んでいけ!」
いつの間にか狭まっていた輪を作っているのは六人の冒険者たち。
先ほど転んだ二人の他、魔法使いっぽい人や槍を構えてる人がいる。臨時パーティとか言ってたけれど生き残るためにバランスの良い組み合わせにしたんだろうな。
ふう、と俺は大きく息を吐く。
「今死ぬと後が大変なんだよね」
借り物の軽い剣をあげたと同時に、シードが襲い掛かってきた。
読んでいただいてありがとうございます。
前々回のあとがきに「次回でやっとベルと合流できそうです」とか書いたのに全然合流できませんでした。今回合流予定だったのに。次回はちゃんと合流しますので副題も「合流」です。
最後の話はできているのですがそこに行くまで時間かかってます。不定期ですがまた読んでもらえると嬉しいです。




