僕の甘え
とはいえ三人では不安なので、騎士団に向かったって聞いてるリックと合流することにした。
もしも冒険者たちが酒場にいたら僕たちだけだといろいろ心もとない。二人の話では残った退治派の皆さんはランクの高い冒険者がたくさんいたって話だし、なにより荒々しい雰囲気だそうだ。そんなところに呑気に入っていく度胸はないよ。
リックならきっと騎士団の詰め所か冒険者ギルドにいるなと想像し、近いほうからと前者に向かった。
詰め所と外にいる騎士を見てゴードンとクラークはなんだかびくびくしてるけど気にしない。さっきの話だと無罪放免だったんだし、怯えることないと思うんだけどね。
「……、騎士団怖い騎士団怖い騎士団怖い」
クラークはプルプルと震えている。横で大丈夫だと呟くゴードンも声が揺れていた。騎士に対して苦手意識が付いてしまったみたいだ。まったく、冒険者と騎士団と仲いいほうがことの進み早いってのにねえ。組織同士が対立しやすいのはこういうささやかなところからなのかもしれないな。
そんな二人をせっつきながら詰め所に行くと、顔見知りの騎士がいて手を振ってくれた。
昨日、馬車に乗せてくれた門番のマルクスさんだ。今も馬車の横にいる。これから本部に戻るところのようで、お弁当の袋をたくさん馬車に積んでいた。こんなところにまで支給してるなんて、お弁当班の皆さんの労力に頭が下がる。
「芝居を見たかったんだけどこれから夜番なんだ」
マルクスさんは苦笑いしつつ言った。僕はわざと控えおろーうとポーズをとって笑いを取る。昨日のやり取りがあるからこその気安さだ。
そんなやり取りをクラークとゴードンは口を開けて見つめている。騎士にもいろんな人がいる。仕事と個人は違うってのはこういうことなんだよね。
「仕事のところ悪いんだけど、昨日一緒に街に来た騎士、見なかった?」
「リチャード騎士か? たしかちょっと前に出かけたぞ。ランドルフ隊と一緒だったと思うが」
「うわあ、入れ違った!どこ行くとか言ってた?」
「そこまでは知らんなあ。でも小隊で見回りみたいだったし、芝居のほうじゃなくて人気のない大河方面に行くみたいなことを言ってたから、裏通り通って近道したら追いつくんじゃないか?」
「ありがとう!これ、娘さんと食べて」
ポーチからマダムスララのクッキーおすすめ三枚セットを出して渡す。袖の下様にいくつか買っておいてよかった。クラークが羨ましそうに見ているけどそこは無視。
「それじゃ、おっかけよう」
僕らは騎士団の詰め所を後にした。
裏通りはほぼ酒場と娼館と連れ込み宿で構成されていると言っても過言じゃない。いわゆる『いかがわしいお店』ってやつだね。もちろん人が住んでいれば売るものはいくらでもあるから商人はどこでも行く。ここにも当然来ているよ。
今日は呼び込みはいなかった。近くを通るとクラークは顔が赤くなり、ゴードンは目玉が面白いくらい動く。ちっちゃいころから通ってる僕ならともかく、このくらいの年の男の子だったらそうだよね。
「あら、ジャスティンじゃないの」
不審な動きをする二人をニヤニヤしつつ見ていたら、上から声がかかった。
顔を上げるとなじみのお姉さんが手を振ってる。気が付かなかったけどマダムララの娼館の前だったのか。いつもと違う道で来たから素通りするとこだった。まあ用事はないから素通りでいいんだけど。
「こんにちは、サリねーさん。今日は休み?」
「そりゃそうよ。お客がみんな町にいるもの。おかげで久しぶりに休めるわ」
「サリねーさん人気だもんねえ」
「ありがと。まあ最近は渡し場の船がなくてみんな暇でしょ? 持て余した冒険者がたくさん来てくれるから客に困らないんだけど、朝になってみんな帰っちゃったのよ」
「ありゃー」
「だから暇なの。上がってお茶でもいかが? そこの可愛い子たちも一緒に」
ふむ、と考える。正直それどころじゃないんだけど、ねーさんのあの顔には見覚えがある。
「行きます!」
背後でゴードンが大声を出した。
振り返る顔を真っ赤にし、鼻を広げて手をあげている。そうか、男の子はこんな時興味津々しちゃうのか。でもそんな暇はないんだけどなあ。
「ま、いっか」
ちょっとだけなら、ね。
娼館の入り口には客が待つためのホールがあり、簡単な酒場のようになっている。
僕は二人を連れて中に入るとそこでサリねーさんを待った。
サリねーさん、すごくうっすい布のきわどい服でやってきたよ。グレイスよりは慎みあるけど、胸もお尻もビキニアーマー並みに見えている。あ、でも胸の先と腰回り以外の肌色が透けて見えるからサリねーさんのが色っぽいな。さすが本職。それと、あからさまに二人をからかってるね。
酒場の席だと階段から降りてくるサリねーさんのひらひらなスカートが揺れて足の付け根がちらちら見え、クラークが鼻血を出した。ゴードンはもう死んでいいとか呟いている。生きろ。
「まあ、かわいい」
クラークとゴードンの真ん中にちょこんと座り、僕と向かい合ったサリねーさん。ふわっと花の匂いがする。さすがマダムララの娼館の三枚看板の一人。顎の下を撫でられ、ほっぺにチュッとキスされて、あっという間に篭絡された二人はしばらく使い物になりそうもない。
腑抜けた二人の腿の上に手を置いたねーさんはいたずらっぽい顔をしたまま笑った。
「昨日まで『どぶ板のネズミ亭』って酒場にたくさん冒険者がいたの。うちにも何人か流れてきて楽しんでいったんだけどね、朝になったら呼ばれたとかでみんないなくなったのよ」
言いながら、右手を僕の顎にかける。そのままくいっと持ち上げられて、至近距離で目を覗き込まれた。香り玉を含んできているのか、口から花のいい匂いがする。実はこの花の香りは媚薬だと僕は知ってるし日常的に毒消し飲んでいるので大丈夫だけど、耐性のない二人は早くも夢心地だね。
「私がこの話するの知ってた?」
「うん。だってねーさん、用事がないと僕に声かけないもん」
「そんなこと、あるわねえ」
ふふっ、と笑う。
「さっき、騎士団がばたばたと下を走っていったのよ。うるさくて目が覚めたんだけど、冒険者がとか探せとか言ってるからなにかあったのねって思ったの。べつにどうでもいいんだけど、そのあとすぐにジャスティンが冒険者みたいな子たちと来たから、ちょっと声かけたってわけ」
「この子たちをオトナにしたかったのかもしれないけど?」
「それはそれでいいじゃない。私が相手したげるわよ、三人まとめて」
「どうせ僕は後始末でしょ? 遠慮しまーす」
「許嫁ちゃんができてから冷たいわねえ。昔はあんなに可愛かったのに」
「ふふふ。昔も今もサリねーさんは綺麗だし大好きだよ。僕の許嫁が可愛いのはその通りだから否定しないー」
「もう!甘いお菓子で埋もれてなさい」
ひとしきり笑いあったのち、魂抜けてる二人はそのままで情報収集をする。
サリねーさんの協力で娼館の店員からも話を聞けた。
先ほど話に出たどぶ板のネズミ亭は裏通りにしては大きな酒場で、やさぐれ気味な冒険者が多く利用する店だそうだ。そこの客の多くは娼館に流れてくるのでこの近隣の店主たちとマスターは仲がいいと言う。どぶ板のネズミ亭のマスターは以前冒険者をしていたが、Dランクに上がったところでパーティの金を持ち逃げして捕まった前科があり、普通の店では働けないからと自分で店を開いた。そんな経緯なので店員もすべて訳アリ冒険者だと言う。
「よくいえばガッツがある、悪く言うとガツガツしてる、そんな店よ」
だからたくさんの冒険者がそこで騒いでいてもこの辺りの者は誰も気にしない。
最近になってやけに羽振りがいいと思っていたって話だけど、そこが繁盛してると周りの娼館にも客が来るのでこちらにとってもありがたいのだとか。
「でもね、あの店の客層はいまいちだから、うちの店に来ても上に上がれるのは半分くらいかしら?」
なるほど、お行儀のいい客ばかりってことではないんだね。
冒険者には特殊性癖を持つ者が結構いるからなあ。自分が痛い思いするのが好きって人ならまあ我慢できるんだけど、お姉さんたちを傷つけたり付きまとったりする人も少なからずいる。そういう人はほとんどが娼館の入り口で弾かれるけど、店の外で襲い掛かったり、裏路地に引きずり込んで殺したりって話も聞く。そのあたりの問題は店主と用心棒がなんとかしてくれるが、どぶ板のネズミ亭マスターにも苦情を入れているって話だ。
「朝、大慌てで出ていった冒険者があんまり多いんでね、店の子に頼んでちょっと見に行ってもらったの。そうしたら全員どぶ板のネズミ亭に入っていってね。そのまま見張っててもらったら、昼少し前には100人くらいの冒険者が装備を整えて出ていったんだって」
「ふむん……」
100人の冒険者、か。
それだけたくさんの冒険者、どこに消えたんだろう? まさか全員芝居を見に来てるってことじゃないよね?
「どっちに行ったのかわかる?」
「大蛇を退治するぞって言ってたらしいから、ナナト大河に向かったと思うんだけどね。蛇のところには来てなかったわ」
「来てなかった?」
「ええ。うちの子で蛇が好きな子がいてね。大蛇が心配だからって毎日様子を見に浜まで行ってるのよ。ほら、船の残骸が上がった浜があるでしょう? あの近くにご家族が住んでいる子でね。今日は蛇がたくさんいたから遠くで大蛇の無事を確認して戻ってきたって話なんだけど、そっちには冒険者はただの一人も来てないって言うの」
ポケットの中で灰青がもぞもぞした。どうやら心当たりがあるらしい。思いもかけないところで大蛇の無事が確認できてよかった。
「そうなると、たくさんの人間が隠れる場所は多くないね」
「私もそう思うわ。ジャスティンならどこを探すかしら?」
「うーん、さっきは浜にいなかっただけって考え方もできるけど、一番手っ取り早い隠れ場所は渡し場の倉庫かなあ? 今空っぽだと思うし、何より浜にも近いし」
そう言うと、サリねーさんはまたふふっと笑った。
「それをね、早く騎士団の人に教えてあげると喜ばれるんじゃないかしら? この子たちと一緒にね」
どうやらサリねーさんは僕が二人を連れてきょろきょろしていただけでなんとなく事情を察知し、力を貸してくれたようだ。
「ありがとう。さすが、いい女は違うね」
「ふふ。言葉がなくてもわかるようになったら一人前の男として扱ってあげるわ」
「精進しまーす」
僕はサリねーさんの手を取って甲に軽く口をつけた。
どぶ板のネズミ亭の近くで騎士団見つけると、やっと二人の魂が戻ってきたようだ。店を出るときに気付けと言って鼻の穴に詰められた薬草も効いたらしい。あれ臭いんだよね。
二人とも涙目になってるけど、あの程度の色香と媚薬で懐柔されちゃうんだったら冒険者続けるの大変だよと笑ったら、僕のことをすごい上級者だと言って崇められてしまった。何の上級かは聞かないけど、婚約者の前では言わないでほしいな。
二人は動きこそ挙動不審だったが、しっかりと僕の後ろについてきた。
大声で呼び止め、手を振る。気づいた騎士たちが止まったので、そちらに向かって頭を下げた。
「誰だお前ら?」
後ろのほうにいた痩せてる騎士がこちらに向かってくる。
僕は自己紹介をし、リックの知り合いだと伝え、話があるので会いたいと言った。ちゃんと手順を踏んだと思ったのに、騎士は眉を寄せて鼻を鳴らす。
「疑ってる?」
「すごく」
「騎士さん、モテないでしょ?」
図星だったか、騎士がすごい顔をして一歩後ろに下がったところで、前方から別の騎士が走ってきた。見覚えのあるガタイのいい騎士が同じようながっしりした騎士と並んで近づいてくる。すごい肉圧だ。ちょっと怖い。
「ジャスティン!」
途中加速した騎士がすごい勢いで目の前に来たと思ったら、脇の下に手を入れてひょいっと持ち上げられた。そのままくるっと一周して降ろされる。うわあ、びっくりした。高い高いなんて子どもの時以来だよ。まあ楽しかったからよし。
「お前、なんでここに!? 傷はいいのか? っていうかなんで来た!?」
「質問は一つずつ受け付けまーす」
「げっ!なんでこいつら連れてきた!? ここは危険だ、帰れ!」
「反論も一つずつ受け付けまーす」
「……、商人に口で勝てるわけなかったな」
まったくもってその通り。
それにしてもリックがこんなに親しみを込めて僕を扱ってくれたのには驚いた。昨日紹介されたばっかりだし、僕とは行動を一緒にしていないのでそこまで親しくなった気はなかった。むしろ鉄黒に乗っ取られたときの黒歴史的な行動で警戒されてると思ってたんだけどな。
後ろにいる二人もビックリした顔でこっちを見ている。
「あの、お二人は、仲がいいんですね。友達なんですか?」
クラークの問いに、リックは笑顔で首を振った。
「いや、昨日会ったばっかりだ」
「え!?」
「こいつはベルの大事な友達だからな。それで十分だ」
嬉しいことを言ってくれる。これだけで僕もリックを心から信じることにした。
というわけで、さっそくサリねーさんから聞いた話をする。
追いついた大きい体の騎士は「うるさくて目が覚めた」の部分で申し訳なさげな顔をしたけど、すぐに散らばっていた全員を集めるよう指示した。目的地が決まっているなら全員で行こうってことらしい。
さて、僕はどうしようかな?
正直、ベルと合流できるまでは一緒に行きたいと思うけど、そろそろ痛み止めが切れてきた。水の治療でごまかせるけど、万全の体調じゃないのでついていくのはリスクが高い。
「ジャスティンはここまでだぞ」
リックが心を読んだように言った。心配してくれてるらしい。いかつい顔してるけど面倒見のいい人みたいだ。これなら、頼めるかな?
「わかってる。利のない商いはしないよ。その上でお願いがあるんだけど」
僕は後ろにいた二人の背後に回り、背を押して前に出した。
「この二人、連れてってやって。こき使っていいから」
「ちょ!?」
「ジャ、ジャスティンさん!?」
二人の顔を見たリックは渋い顔をした。その場にいなかったから何かあったことしか知らないんだけど、よっぽどのことをしたようだ。クラークもゴードンもがちがちに身を固め、僕の手に寄りかかるみたいに腰が引けている。
「聞いたよ? なんか言いたい放題言ったんだって? 言いっぱなしは先輩としてどうかなあ?」
「断る」
「初心者を見放さないのも先達の務めだよ?」
「だが断る」
「成長した彼らと次に会ったとき、身悶えるくらい恥ずかしい話のネタを持ってるってアドバンテージ、欲しくない?」
にっこり。
周りにいた騎士が喉の奥でヒッと息を吸った音がする。きっと自らの黒歴史を目の前で滔々と語られた記憶があるんだろう。経験って大事だねえ。
手にかかる二人の背も強張っている。返答が気になるんだろうな。
「まあそれは冗談として」
僕はリックと騎士団の皆さんに頭を下げた。
「甘えて申し訳ないんだけど、今の僕は足手まといだから。この子たちを頼みたい。でも、連れていくことで不必要なリスクがあるのもわかるし、騎士団の皆さんにも負担がかかるだろうから、無理にとは言えないよ。だってこれは僕の甘えだから」
「甘えとは?」
さっきリックの隣にいた大きな騎士が言う。僕は大きく頷いた。
「僕は二人に失敗することは悪くない、でも失敗したらそこから学べって大きなことを言っちゃったからね。本当なら一緒に行って見守りたかったんだ。自分がしたいことをリックに無理やりさせようとしてるんだから、リックに甘えてるってことじゃないかと。まあ僕は商人だから冒険者のことはあんまりわからないけどね」
「ふむ」
「ま、最悪、二人とも失敗して死んじゃうかもだけど、それはそれで選んだ道ってことで」
ゴードンが情けない顔で振り返り、クラークはしょんぼりと肩を落とす。
仕方ないよ、こればっかりは事実だしねえ。
二人の背中を軽く押すと、慌てたように深く頭を下げた。それを見た騎士たちはみな吹き出す。
「さすが商人。言い方がひどい」
「まあ誰しも新人の時ってありますよね」
「いいじゃねえか、俺たちで鍛えてやろうぜ、血まみれリック」
「……、その呼び名はヤメロ」
周りの騎士たちが助けてくれたのがとても嬉しくて、自然と笑顔になった。それにしても血まみれってなんだろう?
やがてリックは頭を掻き、悶絶しながら頷いてくれた。二人の頭に手を置き、そのままつかんで後ろに押す。二人は転がるようにして騎士団の輪に入った。
「よろしくお願いします」
頭を下げる。優しい人が多くてよかった。僕には甘えられる人がたくさんいてありがたいとしみじみ思う。
この御恩は近いうちに、と呟いたらリックが舌打ちしたけどもちろん無視した。
読んでいただいてありがとうございます。
誤字・脱字・感想などもいつも助かっています。心から感謝を。
次回でやっとベルと合流できそうです。なかなか話が進まないですが、ゆっくり行きますので温かく見守っていただけるとありがたいです。




