ミランダ 1
この世に生まれて早20年(前世年齢38年)。
いろいろあったけれど、今が一番破天荒な人生だと思うわ。
夢を見ている。
という自覚がある。
だって目の前に青い肌で金髪のどこぞの宇宙総統閣下みたいなイケメンがいるんだもの。
しかも、腰巻一つで。もう少し筋肉質だったら体型は好みだったのに惜しいわ。
これが夢じゃなかったら、どこかのコスプレパーティに入り込んじゃったのね。間違いない。
「残念、夢でもパーティでもございませんっ」
ほら、夢だ。イケメンが私の心を読んでいる。
「ちょっ、ちょっと、話聞いて。お願い」
仕方ない、聞いてやろう。
私は導かれるままに白い世界を歩き、ふわふわの雲に腰かけた。
「簡単に説明しますと、貴女、馬場未來さんは先ほど前世での生を終えたのでこちらにお呼びしたのですが、それってこちらの手違いだったんですよ、はっはっは」
ヲイ、コラ、どういうことよ?
「まあそんなにけんか腰にならないで。お亡くなりになったのはこちらの手違いじゃないんですよ。それは誤解なさらないでくださいね。ただねー、連れてくる魂間違えたみたいなんですよ、送迎課の天使が新人でして」
新人だから間違えていいわけなかろうが!
「ええまあ、仰る通りなんですがね」
私、声に出してないんだけど、その辺はスルーなのね。
って、人の心を勝手に読むなんて、このド変態。
「ド変態とは失礼な。私は正統派のMです」
………、う、うむ。素直でいいね。
それで手違いってどういうこと?
「簡単に言いますと魂の取違です。大変心苦しいのですが、馬場未來さん、あなたは本来、こちらに来て別の世界に転生する予定でした羽場ライミさんと間違えられました。羽場さんはすでに輪廻の輪に溶けてしまいましたので、事後承諾になりますがあなたに転生していただくことになりました」
おおっと、これがはやりの異世界転生ですか!?
それは楽しみですなあ。
「うわあ、順応はやっ!」
ふふふ、伊達になろう系小説読みまくっていたわけではないのだよ。
しかも私、乙女ゲームが大好きで、趣味が高じて攻略サイトも作ってましてよ、ホホホ。
「て、転生するに十分な資格を持つ方でしたか。いやー、話が早くてよかった。こちらの不手際ですからね。部下の責任とは言え、危うく私、処分されるところでしたよ。M的にご褒美だったのに」
ご褒美がもらいたいのかい?踏んでほしいとか?
「いえ、私の趣味は精神的なやつです。ご主人さまの放置プレイ、辛くてステキ、みたいなやつでして」
……、流石ド変態ね。
とはいえ、こう馬鹿話をしていたら仕事が進まないのではないのかな?
六花商社に20年、結婚もせず会社に尽くした社畜の私が言うのもなんだけど、時間は大事よ。
「あっさり承諾いただけてありがたいです。大体は現生のしがらみなどで呆然とされたり、涙ぐまれたり、ひどいときには暴れられて転生不可能になったりするのですが」
いやー、私、両親も兄弟もいなくてね。一人暮らしだし、貯金もたくさんないし、仕事が恋人みたいな生活だったから未練はないのよ。
というか、未練たらたらだったほうがよかったとか?
「ご心配なく。どんなときにもMを見つけるのが真のMです」
さ、さいでっか……。
「おかげさまで早く決まりましたので、少しくらい希望をかなえますよ? どんなところがいいですか?」
そうね、私は今までの生き方を振り返る。
不幸だったわけではない。両親は早くに亡くなったけれど、親族に良くしてもらった。高校卒業後入った会社はブラックと呼ばれそうなほど忙しくて大変だったけれど、社長以下社員の一致団結な空気が心地よくて定年まで頑張れると思っていた。
彼氏だっていたことはいた。ただ、一緒に住んでいたアパートに戻ったら家財一式無くなった上に戻ってこなかったり、「君は強いから一人で大丈夫」と、おなかの大きな女の子を連れて去っていっただけ。
くそう、泣けてくる。まあ尽くしもしなかったけどね。
地味でいいから、幸せになれる世界に行きたいわ。
「幸せですか……。わかりました。善処しましょう」
ふわり、と体が浮いた。
「あなたに幸せがあることを」
そして…………。
気が付けば馬車に揺られている。
隣にはお世話になっている孤児院の院長先生、目の前にはやけにニヤついている貴族がいた。
クッションの利いた椅子の割にお尻が痛む。
乗ったことのない立派な馬車に落ち着かない気持ちだったけれど、今は別のことで落ち着かなかった。
急に流れてきたいろいろな景色と情報。
まるで馬車のリズムにのって頭に飛び込んできているようで、頭が痛くなる。
そうだ、私は、転生者なんだ。
それにたった今気づいた。
めまいがした。
転生した私の名はミランダ。この世界では珍しくもない捨て子だったらしい。ストロベリーブロンドと紫の瞳が愛くるしい女の子で、そこそこ頭もよかったみたい。
おかげで今までの情報がきちんと整理されて頭に入ってる。
10歳になった時に孤児院の子供達全員と一緒に魔力検査を受けたところ、光属性の魔力で最大値をたたき出した。今ならわかる、転生チートだと。でもその時は知らなかったのでとても驚いたと記憶にある。
それから2日後、孤児院があった村の近くに住んでいるフールー男爵がやってきてこう言った。
「昔、自分が手を付けた侍女の娘を見つけた」
もちろん証拠はない。魔力が高い子供を利用してのし上がろうとしている、と言ったところだろう。
でも、孤児院にはたくさんの子供たちがいて、一人でもいなくなってくれればありがたいのだ。それも貴族の娘としてなら寄付もたくさん来るから文句はない。
あれよあれよと手続きが終わり、3日後には屋敷に向かっていた。
それが今、ってことみたい。
これはあれだ、聖女的な?
ということは、ヒロインに転生したのね。やったー!
今までのゲーム知識と鍛えた技がここで役に立つに違いない。私はにやにやを抑えるのに苦労した。
男爵家に着くと、正妻と息子が一人ずつこちらを睨んでいた。
素晴らしいテンプレ!
私はおずおずと挨拶する。二人は不快だと私を睨み、言いたい放題言い出した。
うんうん、テンプレだね。対処はちゃんと考えているよ。
そうして1か月後。
男爵一家は私を溺愛していた。
魅了の魔術?
そんなもの使ってないわよ。きちんと誠意を持って対応し、相手の欲求を満たしつつ、不安を共有したり悩みを分かち合ったりすれば、歩み寄れるものなの。伊達にクレーム対応係が長かったわけじゃないのよ。
心の中で『攻略完了』と呟いたのは内緒だけどね。
15歳になり、学院に入学。
さて、出番です。
見渡せば、金・赤・青・緑、攻略対象がうじゃうじゃいる。
あのイケメン神様は何も言わなかったけど、きっと王子を含む多くのイケメンたちに愛されて幸せになれってことよね?
これはゲーマーの血が騒ぐわ。
とか思っていたので肝心なマナーとかを忘れており、いろいろやったけれど全然効果がなかった。
第二王子のベルグリフ殿下など私を見て逃げたりしている。絶対おかしい!
息子がいたらこれくらいの年ってお子ちゃまたちには私の魅力が通じないのだろうか? 困ったわあ。
ついさっきも噴水のところにいたはずなのにいなくなっていた。噴水前で濡れちゃったイベントをしようと思ってたのになあ。
「第二王子の好感度上げ、ヒロインなんだから成功するよね」
呟きは風に乗って消えた。
「君は転移者? それとも転生者?」
ベルグリフ殿下の口からとんでもない言葉が飛び出し、私は目を丸くした。
なんで、知ってるの?
ひょっとして、この子も転生者なの?
だから私の攻略が効かないの??
膝から力が抜ける。へたり込んだところ、ベルグリフ殿下が自らの上着の上に座らせてくれた。なんという気遣い。惚れてまうやろ。
脱力してしまった私はもういいやと思い、事情を説明した。
ベルグリフ殿下は紳士らしく最後まで聞いてくれた。ちゃんと相槌をうったり頷いたり、大変話しやすい相手でした。王子様ってすごいわ。
そんな王子様、少し考えたのち、私を見つめて溜息を吐いた。
「申し訳ないが、今のままの君の行動では男はみんなドン引きだ。イベントとやらが成功しないのはそのせいではないだろうか?」
ガーン!!
な、なんということでしょう!?
たしかに舌出し+げんこつこつん+ウィンクはあざといと思ってたけど、まさか通じないとは。
硬直する私にベルグリフ殿下は貴族のマナーや婚約者のいる相手に対する対応などを説明しているらしい。
らしいってのは半分以上耳から抜けていったからで……。
私の頭の中には断罪される自分の姿が浮かんでいた。
まずは広間で断罪イベント。
多くの貴族の前で這いつくばる私。
暗い牢屋で魔力を吸い取られる体。
町の広場で公開ギロチンもしくは首つり。
魔物の餌にされるために森に置き去り。
などなど。
自然と血の気が引き、体が震えた。
「私、幸せになれないの? 断罪されちゃうの? 死んじゃう?」
そんな未来しかないなんて!!
幸せな世界を望んだのにこれじゃ一体どうしたら!?
そのとき、天から降ってくるように甘い声が聞こえた。
「断罪なんてとんでもない。この世界がゲームだと言うんなら、俺のゲーム盤に乗ってみないか?」
何という誘惑!
私は思わず縋り付いた。
目の前にいる夜の闇の髪をした美しい王子様は、にっこりと悪魔のように笑った。
それからの学院生活は少しばかり慌ただしかった。
放課後、ベルグリフ様から貴族の歴史やマナーを学び、この世界での約束事を憶えた。男爵家では教えてくれないようなことを知っている殿下はさすがだと思う。そういえば攻略本にもこの辺りは書いてなかったわね。ご都合主義だったから仕方ないか。
ゲームの知識はあったけれどあれはしょせん作り物なのだと学ぶうちに理解できた。前世の自分の半分くらいの子供にそんなことを教えてもらうなんてと、とても恥ずかしい。
まあ、知らないことは仕方ないから落ち込まないけどね!
「貴女はなんだかほっとけないな」
と、ある日サイラス様に言われた。
宰相の次男であるサイラス様は青髪眼鏡の典型的インテリタイプで、一見冷たいのだけどとても心配症。前にわざと転んだときは無視されたんだけど、その時はマジ転びだったので膝をすりむいてしまったのだ。
ビックリしたサイラス様はハンカチを傷に当ててくれ、なんとお姫様抱っこで保健室まで連れて行ってくれた。
ヤダこの人マジイケメン!
危うく攻略されそうになった。
次の日には上から落ちてきた植木鉢をライル様がキャッチしてくれた。危ないと叫んで私を後ろから抱きしめてくれて。騎士団で鍛えられた厚い胸板にキュンキュンしたわー。
ライル様は腕の中の私に「貴女は、ほっとけないな!」となぜか叫んだ。脳筋タイプもいいなと思ったわ。ゲームの攻略では脳筋は微妙だと思ってたけど実物はいいわね。
同じ日の午後、しまっていた教科書が破かれて捨てられてるのを見つけた。いじめのテンプレ!と地味に喜んでいたら、ジャスティン様が新しい教科書をプレゼントしてくれた。ふわふわゆるかわ系の美少年は腹黒と決まってる!のでにこやかにお礼を言ったら、顔を真っ赤にして照れていた。やばい、術にはまりそう。
ジャスティン様にも「貴女は、……、ほっておけませんね」と言われた。少し高めの声が可愛い系子犬男子で不覚にもときめいてしまったわ。
そんな姿を見ていたらしく、放課後、ベルグリフ様に笑われてしまった。いつかこいつを超えてやると思いつつ、たしかこの人も攻略対象だったはずなのにときめかないなあと思ったのだった。
2年になり、生徒会の書記に任命された。
ちなみに会長はベルグリフ様、副会長がサイラス様、会計はジャスティン様、庶務にライル様。イケメン勢ぞろい。
おかげで私に対する風当たりが強くなり、いろんな意味できゅんと来た。まさに攻略に適した環境♪である。
毎日のように降ってくる植木鉢。転がされる巻物。週に2.3回なくなる教科書。降りかかる水。
女生徒からの嫌がらせは星の数。
ビバ乙女ゲームのモブたち。素敵すぎてはちみつ吐きそう……。
うっとりしていると、生徒会の皆様は呆れた顔をするのだけど気にしないのだ。
「「「「アナスタシア様に謝って!!」」」」
一人でランチ取っていると、今日も女生徒たちが押し掛けてきた。
一人で来ないところは前世と変わらないのね、と感心しつつ、相手を見つめる。
今日のお客様は、フィリシティ伯爵令嬢、シーラ侯爵令嬢、セアラ侯爵嬢に、メイベル侯爵令嬢ね。なかなか高位のおうちの方々じゃないですか。
「謝るって何をですか、フィリシティ様」
名前を呼ぶと、ぴくり、と体が震える。
「アナスタシア様を差し置いて、ベルグリフ殿下とお話していることをよ! アナスタシア様は泣いておられたのよ!」
「それは濡れ衣です、シーラ様。お仕事をしているだけですよ」
「一緒に廊下を歩いたり」
「先生方に頼まれた書類を渡しに行く途中のことです。公務でしてよ、セアラ様」
「生徒会の方々と一緒にあなたみたいなのがいること自体おかしいのよ!」
「そういわれても困ります、メイベル様。私は殿下に任命されたのです。拒否権などあるわけないではありませんか」
名前付きで返答すれば、全員の顔が白くなる。クラスが違うのでわからないとでも思ったのかな。その他大勢の立ち位置でいれば自分は安全だとでも思っているらしい。少し頭が軽いのではないだろうか?
まあ仕方ないか、テンプレだもんね。こういう展開は大事よね。後でいじめの証拠にするんだし。
しかーし!
私はいじめの証拠などいらん!! だから、そんなの通じないのだ!!
「時にフィリシティ様」
「な、なによ?」
「最近婚約者のモードリン様とお話していないそうですね? 大変寂しがっておられましたよ。憧れの君ですしお恥ずかしいのはわかりますが、ツンデレも過ぎれば殿方の心が離れてしまいます」
のぼせたように真っ赤になるフィリシティ様。ふふふふ、可愛いなあ。
「シーラ様は押しが強すぎです。好きアピールも大事ですが、サミュエル様にはお気持ち、ちゃんと伝わっていますからそんなに焦らなくても大丈夫ですよ。相思相愛なのですから、次はもう少しお話を聞いて差し上げることで、さらに愛が深まると思います」
「ちょっ?」
「セアラ様は極端に無口になってうつむいてしまうみたいですね。怖く見えるのも仕方ありませんが、拒絶していると取られて逆効果です。騎士であるエイブラハム様は大柄で強面ですが、情の厚い男前な方ですから、心配しないでお話してあげてください。でもセアラ様はその恥じらいが可憐でいいと私は思いますので、もっと効果的に使いましょう。よかったらお教えします」
「えっ?」
「メイベル様は、できるものならばさっさとオースチン様を捨てて違う婚約者を探すことをおすすめします。アレはダメ、ゼッタイ!メイベル様の努力がわからないバカ令息なんてさくっとぶっちぎってしまいましょう!ざまぁするならお手伝いしますわ!ちなみに私のお勧めはオナー子爵令息です。爵位は少し低いですが、御父上は事業を立派に成功されておりますし、三男なので婿入りできるかと。性格もすこぶる良いですし、何より女性を大事にするお方です。確かメイベル様、一人娘で婚約相手は婿入り希望でしたよね?」
「うっ……」
生徒会に入ったことで全生徒の名簿を手に入れた(もちろん規則違反なので内密に、である)私は、片っ端から声をかけ、情報を集めてきた。
全校生徒と言ってもたかが90人。先生方を含めても150人程度だ。優秀な社畜だった私にこの程度の記憶力は完備されている。一度の顔合わせと名刺だけで顧客を憶えなくてはならなかったし、一度話した方とまた会うときはその方の最近の事情や好みを把握している必要があった。その程度ができなかったら20年も同じところで頑張れないのよ。
まあ、その過程で婚約者持ちの男性に話しかけることもたくさんあったから、誤解を招いてしまったのだけれど、仕方なかったってことで。
というわけで、すべてのデータは頭に入っているし、攻略サイトを作っていたせいでテンプレタイプならアドバイス可能。伊達に転生してないのだ。
(自分の恋愛経験値+成功率は絶望的に低いのは言っちゃダメよ……)
絶句して立ち尽くしている令嬢たち。アナスタシア様みたいにものすごい美女とは言えないけれど、それぞれ個性的でとてもかわいらしい。貴族らしく髪はつやつやだし、肌も綺麗。ただちょっと化粧が似合っていないところとかあるのが残念。メイベル様に至ってはいろいろ手を入れたいなと思っていたところなのよね。
しばらく固まっているのでもういいかなと立ち上がったところ、令嬢たちはみな、膝をついて私のスカートに縋りついた。
「「「「お願いします、ミランダ様!!」」」」
こうして私は恋の女神、愛の女神、と呼ばれるようになったのだ。
読んでいただいてありがとうございます。
ミランダが元気すぎて長くなってしまったので分けました。ご了承ください。