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新米冒険者の覚悟

「ジャス君、もし体がしんどくないようだったら、灰青君と一緒に外の空気でも吸いに行くといいよ」


 めんどくさい計算書を片付けて大きく伸びていたら、商業ギルドから戻ってきた父様が笑顔で言った。

 あ、笑顔が黒い。さらによく見ると父様の後ろをルイス兄様がしょんぼりとついてきてる。僕がいたらできない話をするみたいだね。


「そうだね。ベルの水のおかげでだいぶ楽になったし、そろそろ芝居も始まるころだから会場の見回りついでに一息入れてくるよ」


 体の確認をしながらゆっくりと立ち上がる。胸元の傷は急に動くとひっつれるけどそんなに痛まないし、近くを回る程度なら問題なさそう。2.3日は安静にって言われてるけど、ちょいと無理した自覚はあるからしばらく動けないかと思ってたけど、さすがベル。サイモン先生んちのジョシュアさんも初期治療がすごくてすることがほとんどないって褒めてくれたっけ。


 ベルのことを思い出したら、ついさっきのことを思い出した。


 よかった……、それだけ言って急にうつむいたベル。

 癒し水を作る魔法とはいえ術を途中で止めるなんてどっか痛むのかと心配したら、急に眼をぎゅうっと閉じて、ボロボロ泣き出したんだった。

 自分では泣いてると思わなかったのか、溢れ出る声を必死に抑えてるって感じだったけど、ものすごく心配かけていたのを再確認してものすごく心が痛くなり、僕まで一緒に泣いちゃったよ。いわゆるもらい泣きだよね。もちろん嬉しかったさ!

 学院時代、ベルはほとんど気持ちを出してくれなかったし、僕もどうしていいのかわからなかったこともあって距離があったと思う。いろいろあってやっと最近、近づいた気がするんだよね。怪我の功名ってやつかな。

 これからもずっと『ベル』って呼んでいいみたいだしね。


「ふ、ふふふふ♪」


 ダメダメ、顔がにやける~。

 ウキウキしている僕を見て父様はご機嫌な笑顔をくれたけど、ルイス兄様は恨めしそうな顔で睨んだ。何したのかは知らないけど、きっと叱られるんだろうなあ。頑張れ、ルイス兄様!


「それじゃ、行ってきます」


 机で僕を見上げてる灰青をポケットにしまい、涙目の兄様に手を振って、部屋を出た。






 芝居の舞台が設置された町の中央広場は多くの人々でごった返していた。

 夕方からの夜の部の芝居のためにもう行列ができている。


「うわー、すごい人だねえ」


 先に見てきた自由市とは異なる活気に目が細くなった。

 屋台もたくさんあるけど、舞台の袖からずらっと並んでいる列の熱気がすごい。提案した整理券システム、うまく稼働してるみたいで何よりだよ。

 この行列、芝居を見る人たちが座席を取るための列なんだけど、実はどこで観てもよいのであれば並ぶ必要はないんだよね。座席はものすごくゆったり作ってもらったから、町の人以上に人がいてもちゃんと全員はいれるはずなんだ。

 並んでもらえる券はいわゆる「ちょっといい席」を取れる券。場所に限りがあるから枚数が決まってるのが余計に心くすぐられるってところなんだろうね。

 ちなみにちょっといい席にはおまけでお菓子が付いてくる。もちろん非売品。行きつけのお菓子屋、マダムスララの焼き菓子店に頼んで作ってもらったクッキーで、芝居に合わせて昼は王子様、夜は聖女様のイメージにしてもらった。前日に急に頼んだから大変だったみたいだけど、マダムスララに「芝居の翌日から店舗限定販売しない? 」って声かけたらタダで作ってくれたよ。行きつけの店ってありがたいね。


 行列の最前列で券を配布している店員に手を振ったらそれぞれリアクションで応えてくれた。みんな、忙しいとこありがとうー。


 ポケットの中の灰青が少しだけ顔を出してキョロキョロしている。好奇心旺盛な灰青はとてもかわいい。僕の言葉は灰青にはわかるようだけど、僕には灰青の言葉がわからないのが残念。このまましばらくうちにいてくれないかなあ。使い魔とか従獣みたいじゃなく、友達として付き合っていけたらいいなと思う。まあ棲み処は近くらしいから会いに行けばいいのか。


 一般席の入り口付近にはお弁当を配るカウンターができていて、たくさんの弁当が積まれていた。挨拶がてら確認すると、これでも少し足りないかもとのこと。聞けばルイス兄様の使いって人が来て、騎士団の分を持っていったんだとか。なるほど、それで父様に叱られるのかもね。兄様、まじめな上に人がいいからなあ。

 近くにいた手すきの店員に追加を頼めるか聞いてもらったら、そちらはすでに兄様が連絡していると言う。返事とばかりに追加がたくさん来たのでほっとした。そういう抜かりはないのに、ルイス兄様って昔から残念な部分多いんだよね。


 追加のお弁当は昼ごはんで試食したものと違って箱じゃなく紙袋に入ってた。追加分は材料が足りなかったので料理人が残った材料を使ってなんとか作り上げたという。開けてみたら大き目のハンバーガーと刻み野菜のサラダだった。そこに揚げたジャガイモとか小さめのパイとか入ってる。残り物なんてとんでもない!これはこれでいい!昼と違うメニューってのもいい!追加を持ってきてくれた料理人の手を取ってありがとうと歌いながらくるくる回ったらすごく笑われた。だって嬉しかったんだもん。


「僕ももらっていい?」


 いくつでも、と言われたので、ありがたく3つほどもらった。僕と父様とルイス兄様の分。早く持ち帰って食べよっと。




 紙袋を抱えて広場から出ようとしたとき、どこかで聞いた声が耳に入ってきた。


「クソッ!あの騎士、言いたいこと言ってくれやがって……」

「仕方ないよ、王子様が言ったのは全部本当のことだったじゃないか……」


 王子様?

 今、この町にいて僕が知ってる『王子様』と呼ばれる人物は芝居の役者以外では一人しかいない。

 なんとなく気になったので耳を澄ますと、屋台と屋台の隙間にある花壇の縁に座っている二人組を見つけた。

 くすんたオレンジ色の髪を緑のバンダナで巻いてるスカウト風の子と、明るい茶色の髪を短く借り上げた戦士風の子が並んで座ってる。どちらも軽装だけど茶色髪の子の足元には革鎧が置かれていた。休むために脱いだのかな?


 この声、どこで聞いたんだっけ?

 顎をつまんで記憶をたどったら割とすぐ思い出した。


 さっき、商会で騒いでた子たちだ。仕事に集中してたから話はまったく聞こえなかったんだけど、ちょうど騒がしく出ていったときに目の前の書類が崩れて迷惑だったんだよね。

 今も怒りが収まらないのかぶつぶつ言ってるのに耳を傾ける。どうやらさっきの『王子様』はやっぱりベルのことのようだ。これは教育的指導だね。リックのこともいろいろ言ってるけどそっちは放置で。


 二人は自分たちのことしか気が向いてないので近づいて隣に座ってもこちらを見ない。このくらいの年頃って自分たちの世界で終わっちゃってて面白いな、とか思う。まあほら、僕って大人だから。


「どうせ奴らはオレを馬鹿にしてるんだ。見てろよ、絶対見返してやる」

「見返すって? どうやって?」

「そうだねえ、どうやって?」

「それはな、って、あんた誰だ!?」


 しれっと会話に参加したらすぐ気づかれた。うん、そのリアクション面白い。


「君たち、さっきエルファリア商会にいたよね?」


 二人はぎょっとした顔で僕を見つめた。逃げ出そうとしてるのか浮いた腰をちょっとつまんで引き下げる。


「実は僕、隣の部屋で書類を作ってたんだよ」


 にっこり。


「で、どっちが扉開けたんだい? 勢いで書類が崩れてやり直しになったところあるんだからね」

「あ、謝れってのか!?」

「もちろん!」


 にこにこにこ。

 笑ってると戦士の子は毒気を抜かれた顔になり、しゅんと肩を落とした。その肩をバンダナの子がそっと叩く。それからすぐ、二人そろってごめんなさいと頭を下げた。


 ふむん。

 なかなか素直な子たちみたいじゃない。


「謝罪は受け取った!僕は優秀だからちゃんと仕事は終わってるんで心配ご無用だよ。これも何かの縁だから、一緒にこれ食べよ」


 もらってきた紙袋を二人に渡す。父様と兄様にはあとで笑顔でも送ろう。スマイル0銀だしね。




 思った以上においしいハンバーガーだ。並んでも食べたくなる味。町の食堂で売らないかなあ? 買いに行くのに。

 もちろん二人にも好評だったけど、予想以上に(文字通り)食いついたのは灰青だった。


「うわあ!」


 灰青を見たスカウトの子、クラークが悲鳴をあげてぴょんと飛んだ。周りの視線が集まりかけたので紙袋で灰青を隠す。

 人差し指を口に当てて内緒と合図を送ると、隣で固まっていた戦士の子、ゴードンが首をコクコクと動かした。

 食べ始めた直後、ポケットの中から顔を出した灰青は僕の腕に絡みつきつつ上に上がってきて、驚く二人をまったく気にせずハンバーグにかみついた。噛んだ部分の周りをえぐってやると器用に咀嚼して飲み込んでいく。蛇って生肉しか食べないと思ってたけど、灰青は紫黒の子どもだし普通の蛇じゃないのかな?

 それにしても、噛んだだけで肉汁が口の中に広がってとってもおいしい。そのままパクパク食べてたら、灰青にお代わりをねだられた。仕方ないなとサラダを差し出したがこちらはお気に召さなかった。まあ僕もハンバーガーのが好きだもん、仕方ないね。


「そ、それは?」

「それ?」

「そ、その、腕にいる、蛇さん、です……」

「ああ、灰青ね。僕の友達」

「そ、そうですか」


 二人の視線がちらちらと向けられるが、気にせずハンバーガーを食べる。おいしいうちに食べないともったいないもんね。

 僕が気にしないので二人も慣れてきて、食べ終わるころにはリラックスしていた。

 座席券の配布が始まったからか、人々の興味は全部そっちに向かってるっぽい。早くも一番いい席付近はなくなったみたいで悲鳴が上がっている。

 クラークは列の先のほうを見てなんとなくそわそわしてた。並ぶつもりだったのかな?


「芝居を見に来たの?」

「あ、いや、オレは……」

「ボクは芝居よりあのクッキーが気になってて……」


 ふふふ、クラーク君、お目が高い。


「そのクッキーとはこちらのことですかな?」


 にやにや笑いつつ腰のポーチからクッキーを二枚出した。実はこれ、自由市に出店しているマダムスララが形崩れたけど味見してとくれた奴なのだ。たくさん作るとどうしてもできる失敗作を試食としてカウンターに並べつつ販売していたマダムの店はどの店より売れてた。試食サービスなんて王都でもなかなか見ないからマダムの剛腕を尊敬したよ。

 その証拠にほら、クラークの目がものすごい輝いている。


「ほしい?」

「はいっ!」

「そしたらさ、お茶でも飲みながら一緒に食べよ。ちょっと聞きたいことあるし」

「はいっ!」

「お、おい……」

「ゴードンは黙ってて!どこにでもついていきます!」


 うん、クラーク、チョロい。おいしいものの効果って偉大だな。

 ゴードンも同じことを思っているのか、大きくため息を吐いてた。




 芝居担当スタッフの休憩用に借りた近所の喫茶店のテーブルに座り、一息つく。

 窓の外はすぐ行列。うんうん、盛況でありがたいね。原作協力のミラも喜んでいるに違いない。


「なるほどねえ。そういう話をしてたんだ」


 一通り話を聞いたのち、僕は紙カップの紅茶を啜った。


「そりゃまた大変な目に遭ったねえ。でも治してもらってよかったじゃん」

「まあそれはなあ」

「傷跡一つ残さずなんて、ベルもすごいことしたなあ。僕の時はそこまでしてくれなかったのに」

「えっ?」

「ほら見て、僕のはこんなん」


 シャツの襟ぐりを広げてぐるぐる巻きの包帯をちょっとずらして傷跡を見せたら二人は硬直した。


「あ、あの、今更だけど、貴方は?」

「ああ、僕? 僕はジャスティン=エルファリア。ベルは僕の友達だよ。友達、いや、むしろ心の友」


 うひゃー、と二人は頭を抱えて悶絶する。


「と、いうことは、20歳!?」

「オレらより5つも年上!??」

「そこかい!!」


 若い子の着眼点って身近なところからなんだなと変なところで実感した。まあ、エルファリア商会の四男ってだけでなぜか平伏してくる商人とかいるんで、それがないのは嬉しい。

 二人の額にデコピンしたあと、それぞれ怪我をしていたと言うところを見せてもらった。まったくわからない。むしろ肌がきれいになってる気がする。


「これだけのことしたらベルもただじゃすまなかっただろうなあ。僕も水魔法使うからわかるんだけど、水魔法の治療って実はそんなに強くない上に水の共感能力のせいか治すほうにも同じくらいの痛みが来るんだよ。僕の時も死にそうだったみたいだし、二人を治療した時も相当大変だったんじゃないかなあ」

「……。オレの時はわからないけど、クラークの治療のときは何度か倒れそうになってた」

「魔力切れだけでも辛いからね。今のベルは後ろで支えてくれる存在がいるみたいだけど、町医者レベルだったらこの腕、たぶん切断。あ、壊疽で全身に毒が回って死ぬってこともあるか」

「うっ!!」


 二人が黙り込んだので、ちょっとだけど僕のほうの話もした。

 僕が昨日の会合に参加していたのは知らなかったみたいでびっくりしてたけど、ちょっとごたごたしてたのは気づいてたそうだ。でもすぐに酒場に繰り出したし詳しくは知らなかったと言う。

 鉄黒に乗っ取られかけて死にそうだったとか、自分で自分を刺して眷属を取り出したとかそんな話をしたらものすごく尊敬されたけど、二人の心に一番残ってたのは「ルイス兄様が22歳」ってところだった。もっと老けてると思ったと言う。兄様らしいというかなんというか。


「それにしても、ルイス兄様も頑張ったなあ。僕は自分でナレノハテ切り離したからどこに素があるのかわかってたけど、君たちの場合は目だけで判断したんだからね。よく乗っ取られずに助かったよ。冒険者ギルドで何があったか聞いた?」

「……、話だけは」

「タイミング悪かったら乗っ取られてたねえ。君たちはすごく運がいいんだと思う」


 二人は苦笑いしながら視線を落とした。


「運なんて、なあ」

「ボクらは結局、騙されて捨てられたし」

「冒険者に向かないって言われちまった。これからどうするか、ちくしょう……」


 ああ、リックの話か。


「そんなん、気にすることないと思うけど?」


 二人は意外そうな目を向けてきた。何か言いたげに口をパクパクしてるけど言葉が出てこない。

 まあ、二人とも素直っぽいもんね。


「だってさ、二人は新米冒険者じゃん。初心者は失敗する権利があるし、間違える自由があると思うんだけどなあ」


 そう、誰だった失敗するし、間違いだって犯す。

 他人にものすごい迷惑をかけたりすることもあれば、ケガをさせてしまうことだってある。

 でも、それが意図的じゃなく、本人が反省して間違いを繰り返さないように努力する気があるのなら、その機会を作ることは先達の務めだと僕は思う。


「誰だって失敗するじゃない。僕も何度か父様に任された取引で相手を怒らせたことあるし、荷物を大河に落として損害を起こしたこともある。君たちは今回以外で失敗してないの?」

「……、そりゃ、まあ」

「たくさんしてます……」

「だよね。で、それに対してどうした?」

「謝った、くらいだな」

「逃げちゃったこともあったね」

「そかー。それはダメだなあ」


 まあ、失敗したら逃げたくなるよね。


「失敗はしてもいいんだ。だって失敗しないと失敗した時どうしたらいいのかわからないし、失敗した相手の気持ちもわかんないからね。失敗から学ぶことはたくさんある。それが失敗する権利ってやつ。でもさ、権利を振りかざすときは対になって義務を果たすことが必要なんじゃないかと思うんだ」

「義務?」

「そう、なんというか、失敗しないようもしくは同じ失敗を繰り返さないように努力する義務、みたいな感じかなあ」


 僕は自分が失敗した時のことを思い出した。

 学院でもいろいろしたけど、卒業して商売を何回か任されたときの失敗は辛かったな。思わず逃げ腰になって兄様たちに叱られたっけ。


「僕も結構失敗しててねえ。商人失格とか向いてないって言われたこともあるんだよ」

「ジャスティンさんが!?」

「うん。ほら、僕こんなかわいい顔だし、体も小さいから、舐められること多くてね。これでもいろいろ苦労してるんだよ」


 年より下に見られると潜入の時とか楽なんだけど、取引の時は本当に大変だ。父様はあの若見えする容姿でよくここまでとすごく思う。失敗したことはないって言いきってるけど、どうなんだろ?

 まあ、それはそれとして。


「ところで、冒険者だから普段鍛錬してるよね? どんなことをしてる?」

「……、特に何かは」

「して、ないかも」

「自分のスキルをあげるために考えた訓練とかは?」

「あ、それはしてる!戦士だからとりあえず走り込みして体力つけたり!」

「ボクはスカウトだから手先の訓練とか罠の種類憶えるとかかなあ」

「うーん、それじゃ全然足りないと思う」


 足りない、と言うと二人は不満そうな顔をした。でもほんとのことだから仕方ない。


「君たちは冒険者になった自分たちが特別だと思ってるみたいだけど、今もそう思う?」

「……、それはどういうことだ?」

「うん、なんというか、リックは君たちが失敗したから怒ったんじゃないって気がするんだよね。たぶん覚悟が甘いって思ったんだと思う」

「ジャ、ジャスティンさんもそんなこと言うんですか!?」


 クラークが信じられないって目で見てきた。ゴードンはブスっとして席を立とうとしてる。

 うん、若いなあ。ちょっと昔の僕みたい。


「いや、僕もさ、最初の取引で失敗してるんだ。父様や兄様たちの仕事を見て自分もできる気になっててね。学院出たてだったし、一流の仲間入りはできてると思ってた。でも失敗した」

「それが?」

「うん、そのときにさ、僕もすごく怒られて、商人になんか向いてないって言われてさ、凹んだことがあってねえ。似てるなって思って」

「……」

「まあさ、時間あるならお兄さんの話も聞いてみなよ。年寄りの昔話ってたまにいいこと言うよ」


 見た目は僕のが若いのが残念だけどねえ。

 もう一枚クッキーを出すと、二人はしぶしぶ座り直した。やっぱり素直だなあ、この二人。


「僕の場合は父様に捨てられた気持ちになってねえ。父様は商会の会頭だから、もうそこでは働けないんだって思ったんだ。そうしたら情けなくなって、一週間くらい家出した。その時、やさぐれて王宮に遊びに行ってさ、ベルのところに転がり込んだんだ」

「王宮……」

「うん、さっき言ってたから知ってると思うんだけど、ベルって第二王子だからね。たまに冒険者で出かけてるけど、普段は王宮で働いてるんだよ。ベルに愚痴ったら、ベルは笑いながら気がすむまで遊んでってって言ってくれた。それじゃ悪いんで横で計算とか手伝ってたんだけど、これがまたとんでもない量なんだ。ほぼ寝ないでやってるのに、食事の時間もきっちり決められてて休めないし、途中いろいろ雑用が入ってとにかくすごかった。王子様だからってキラキラ楽しい生活じゃないんだなって思ったよ」


 二人は驚いている。まあわかる。僕も学院に入るまでは王族ってキラキラしていて近寄れないし贅沢三昧で暮らしてるんだって思ってたもん。王宮すごく立派だからね。あそこで暮らしている人って別世界の人間だと思ってた。実際別世界の人ばっかりだけどそれはまあ別の話。


「王子なのに休む間もなく働かされてるのはおかしい、そう言ったらベルは「この国のために働けて幸せだからおかしくない」って笑ってた。それを見て気づいたんだよ。ベルは王子としてこの国のために働く覚悟があるけど僕はどうなんだろうって」

「どう、とは?」

「僕はエルファリア商会の一員だから特別で、商人なんて適当にしてればできるんだって思ってたんだと、その時やっと気づいたんだ。要は自惚れてたんだね。自慢じゃないけど僕は一度習ったことはすぐできちゃうし、人に嫌われない自信もある。そこそこ適当にこなせちゃうから何とかなることが多かったんだ。でも、それじゃダメなんだって気づいた。僕には覚悟がなかったんだよ。商人として生きていく覚悟がね。衝撃だった」

「……」

「だからすぐに帰って、父様にちゃんと謝って、一から出直したいと言った。その後もたくさん失敗したけど、その都度反省して、先方にきちんと謝罪して、損失を埋める努力をして、利益で補填できるように考えて、そうやって少しずつ商人修行をしているよ。そのために大事な書類作成や計算なんかも毎日復習しているし、周りからたくさん知識を得られるように耳を大きくしてる。語学も多言語毎日繰り返し聞くようにしたり、できることは全部やろうと思ってる。それが僕の義務」


 一息入れる。


「君たちは冒険者だからまた違う努力になると思うんだけど、特に何もしてないって言ったね。冒険者ってどんなものだと思ってる?」


 尋ねると、二人は互いに顔を見合わせた。


「魔物を狩ったり」

「うん」

「困ってる人を助けたり」

「うんうん」

「ダンジョンに潜ったりして宝を手に入れるとか」

「うんうんうん」

「ぱーっと派手に活躍したりしてな」

「そかー」


 冒険者って華々しいものだって思ってるらしい。


「ギルドの依頼、見たことある?」

「え? も、もちろんだが」

「薬草の採取とか、町の下水晒いとか、家の解体手伝いとか、そういう依頼は見たことない?」

「……」

「そういうのも冒険者の仕事だけど、それは君たちの思う仕事じゃないんだね?」

「だ、だってそんなん、誰だってできるじゃないか!」


 あー、やっぱりそう来たか。


「仕事なんてものは誰にでもできるものしかないよ。芝居の演者だってその人じゃないとダメな演目なんてない。たまたまはまり役はあるかもしれないけど」

「え、Sランク冒険者とかはその人じゃないとだめじゃないですか!」

「そんなん、別のSランクの人がいないってことはないし、新しく台頭してくる人もいる。王様だって代替わりするし、ギルドの職員だって替えはいる。誰かが特別ってことはないと思う」

「だ、だけど、オレたちはオレたちしかいない!」

「もちろんそうだよ。個人としてなら君たちは君たち。だけど冒険者としては新米だもん。その程度の冒険者、その辺にごろごろしてる。努力もしない、覚悟もない、仕事は選ぶけど失敗したら怒るし逃げる、そんな人は求められないよ。商人だってそんな人が修行に来たら断る」

「そ、そんなの、何をしたらいいのか教えてくれればいいじゃないか」


 今度は『教えてくん』かあ。『クレクレくん』に続けてタチが悪いやつだ。

『教えてくん』は説明書とか教本とか見ないで教えてくれと言ってくる人。『クレクレくん』は欲しいものは全部もらおうと思ってる人。どっちもめんどくさい。

 僕はなんとなくリックに同情した。


「自分で考えられないで指示だけしてほしいなんて、余計困るよ。特に冒険者は臨機応変じゃないといけないよね? 教えてる間に自分の身も危険になるかもしれないし、教えてもらえないからできないってのは虫が良すぎる。自分でいろいろ勉強しないのならなおさら。だから足りないって言ったんだよ」


 二人は机に視線を置き、うつむいてしまった。

 まあ、これ以上は僕も言う気はない。そこまで親切じゃないし、時間もないしね。

 とりあえず話を聞けて良かった。彼らがいたっていう酒場は昨日ネリーたちと一緒に飲み食いした店に近いみたいだから、そこから探して騎士団か冒険者ギルドあたりにいそうなリックに教えて帰ろう。


「と、僕の話はこのくらい。長話してごめんね。列が短くなったけどまだクッキーは配布されてるだろうから行くといいよ。情報ありがとう」


 立ち上がろうとすると、二人は僕の手を取った。クラークは右手、ゴードンは左手。同時だったよ。仲良しだね。

 ポケットから飛び出した灰青が怪訝そうな顔で二人を睨んでいる。


「まだ、間に合うか?」

「ん?」

「ボクたち、まだ、冒険者になれますか?」


 うーん、なんて答えよう?


「冒険者登録してるんだからもう冒険者だよ」

「そういうことじゃなく!」

「失敗したけど、取り返したい……」


 見上げてくる二人の顔はさっきのふくれっ面じゃなかった。

 少しは話を聞いてもらえたみたいだな、となんとなく嬉しい。

 灰青が小さく息を鳴らしながらジャンプし、僕の腕にくるりと体を回した。そのまま肩に上ってきて、近くから僕を見る。

 応援してるのかな? 灰青っていい蛇だなあ。


「さっき話したよね、新米は失敗する権利があるって」


 二人はためらいがちに頷く。


「それと同じでね。経験を積んできた人は新人をフォローする義務があると思うんだ。育ててもらったんだから育てるって感じかな」


 にっこり。


「僕はそこまですごい経験者じゃないから、育てることはできないけど、君たちが手伝ってくれるととっても嬉しい。手始めに昨日いたっていう酒場に連れてってもらいたいと思うんだけど、どうかな?」


 二人の顔がぱっと輝いた。






読んでいただいてありがとうございます。


風邪ひいてて遅くなりました。その分たくさん書きましたがいかがでしょう?

新型肺炎疑惑をかけられて散々でした。この季節の風邪には気を付けて。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 他人へ的確な助言をするのは難しいことです。ジャスさんはそれができる人なんですね。カッコいい。
[一言] やっぱり痛みを知ってる人間からの言葉は重いねぇー。 ジャス君は失敗もしてるからねー。
[一言] ジャスのおかげで、二人の中でプラスの変化があったみたいですね。きっとベルが知ったら喜ぶんだろうな、と思いました。 風邪を引いてらしたということで、どうかお大事になさってください。
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