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紫黒の溜息

 冒険者ギルドに着くと、受付でダリルとデボラがしょんぼりと座っていた。

 先ほどの騒動が堪えているのだろう。無理もない。冒険者ギルドで働いているとはいえ、冒険者ではないのだ。目の前に魔物がたくさん沸いたときはさぞ肝が冷えたに違いない。


 そんな二人は俺を見つけると心から安堵した顔をしたが、肩を一周して首を頭に乗せている紫黒を見て顔色を変えた。


「紫黒、ごめん。服の中に入っててほしいんだけど」

『仕方ないな』


 大き目のチュニックをシャツに重ねていてよかった。戦士ならばこの下に鎖帷子を着けたりするそうだけど、残念ながらその筋力はない。するすると首元から体巻き付く蛇の体はくすぐったいが、紫黒も苦しいだろうからお互いに我慢だな。


 紫黒が見えなくなると、二人は複雑な顔をしてこちらを見た。


「気遣いがなくてすみませんでした」


 そんな二人に頭を下げたあと、ドアラがいるかを尋ねる。

 間の悪いことにドアラはサムスン医師を送ると出かけた直後だった。すれ違ったか。惜しかったなあ。

 服の中で動く紫黒がくすぐったい。そう思ってたらきゅっと胃の上を締められた。うう、苦しい。でも仕方ない。


「なんというか、ベルさんはやっぱりBランク冒険者なんですねえ」


 困った顔をしていると、ダリルとデボラに苦笑された。なんと言ったらいいやらわからず、俺はあいまいに笑っておいた。


 さて、これからどうしようか?

 紫黒もいるし先に蛇たちに挨拶しに行こうと思ってたんだけど、先ほどのゴードンたちの話が気になる。月白さんを狙っている魔術師達を先に見つけて冒険者を何とかしたほうがいいかと思い、ドアラに頼んで町に出ている冒険者たちの中から腕が経ちそうな人を紹介してもらうつもりだったんだけど、不在なら無理だなあ。

 リックが騎士団のところに行ってるなら、昨日アランが貸してくれると言った小隊を連れてきてくれると思うし、ここで待ってようか?

 でもぼんやりしてると時間だけが過ぎていく。それももったいないし。


 そんな感じで次の行動を決めかねていると、ダリルが椅子を勧めてくれた。デボラは厨房から茶を運んでくれる。

 受付のカウンターをはさんで茶をすすりながら、ダリルたちは先ほど起こったことを話してくれた。

 大体ルイスから聞いた通りだったけど、二人の話にはいくつか気になる点がある。表情からすごい光景だったことは理解できたので申し訳ないが、もう少しだけ話を聞かせてもらった。


「冒険者たちは何人くらいいた?」

「うーん、数えてなかったからなあ。30人はいたと思う」

「みんな同じ訴えだった?」

「そうだなあ……」


 ダリルは目線を上げ、遠くを見るように視線をさまよわせた。


「全員が口を開いてたわけじゃないが、ほとんど全員が大蛇退治派の魔術師たちへの不満を口にしていたよ。助けてくれとか何とかしてくれとか言ってたけど、こちらが対応に困っていたらギルドが悪いとか叫びだして大変だった。ギルドは自分たちを守ってくれないのかとか言ってたけど、そのうち絶望的な顔になったと思ったら、腕とか足とかがものすごい勢いで膨れ上がって、そこからはもう阿鼻叫喚だよ……」


 つまり何かのきっかけで体の中にいたナレノハテが動き出したということなんだろう。

 きっかけ、かあ。同じ境遇になってないからわからない。ゴードンたちにもっと詳しく話を聞けていればよかったんだけど、俺自身が手伝いを断ったから仕方ない。


「ナレノハテの魔石、正直ほとんど力がなくて役に立たないクズ石なんだよ。恨み辛みが込められてると闇魔法師か死霊使いが買ってくれることもあるんだけど、正直そこまでの力すらなさそうだ。それでも一つ一つがあの冒険者たちだと思うと複雑さ。まあギルドにあってもゴミになるから素材と一緒に売るけどね」


 見るかい? と差し出されたかごにはくすんだ灰色の石が多数入っていた。大きさも輝きもバラバラなそれはナレノハテの成れの果てだという。襟ぐりから顔を出した紫黒はちらりと石を見てすぐに引っ込んだ。シュッ、と小さく息を吐いたのが聞こえる。


『少しだが同族の気配が残っているし、石からいなくなった蛇たちの臭いもする。藍墨茶や青褐は仲間を殺して眷属にしたのだろう。そこまでワシが憎かったか……』


 何と言ったらいいのかわからなくて、服の上から紫黒に触れた。




 冒険者ギルドを辞して、祠がある浜に向かうことにした。紫黒はまだ街を歩いたほうがいいと言っているが、ものすごく凹んでいるのは丸わかりだ。今は俺なんかより月白さんといたほうがいいと思う。

 それに、魔術師たちを探そうにも当てがない。だったら先に月白さんたちから今夜の段取りを聞いておくほうがいいと思ったんだ。


 昨日と同じように街を抜け、大河に向かう。

 一度通った道は違う景色と思うくらい変わっていた。町の中心から離れていくので静かにはなっていくが、昨日のようなギスギスした雰囲気はない。ほとんどの店は閉まっているし、残っている人も少ないのもあるのだろうけど、何かうきうきとする空気で包まれていた。

 遠くのほうで小さな歓声が上がったのが風に乗って聞こえてくる。夕方の芝居が始まったらしい。もうそんな時間か。

 芝居、たしか『聖女様漫遊記』だったかな? 主人公の聖女ミライが旅する先々で行われている不正を見つけ、悪人を懲らしめるとかそんなやつ。勧善懲悪だし話も分かりやすいから大人から子供まで楽しめる、ジャスが昨日騎士団でやったアレだ。俺も楽しく観させてもらったけど、最後のほうでベルベルト殿下なる王弟が出てきて思いっきり泣きたくなったんだった。


 まあそれはいいとして。


 ジェロームたちのおかげで動きやすくなってありがたい。昨日のままだったら無関係の人々を巻き込んだかもしれない。巻き込んだら無傷では済まないと思うし、たとえ体に傷がつかなくても、心が傷つく。心を病んでそのまま死んでしまう冒険者を何人も見たから、避けられてよかったとしみじみ思う。


 静かな通りを抜け、大河に向かって進む。日はてっぺんから傾いてきて世界をうっすらと金色に染め始めていた。少しずつ夜が近づいている。日が暮れるまでに冒険者たちを見つけて騎士団に連絡を取りたいけど、間に合うかな……。


 大河が見えてくると同時に、ナナト大河を渡る船着き場とたくさんの倉庫も目に入った。普段ならば人々で溢れている場所だが、今は閑散としている。ここ数日人気がなかったからか、川風が吹き抜けているにもかかわらず淀んでいる感じがした。


 ひゅっ、といきなりの突風が髪を煽って抜ける。

 ぐしゃぐしゃになった髪を押さえたとき、鼻にツンと抜けたものがあった。

 懐から紫黒が飛び出す。

 シャッ!と息を吐いた紫黒の視線の先には小舟がつながった桟橋がある。目を凝らすと何か糸のようなものがヨロヨロと転がり、止まった。ひも状のものが建物に溜まったつむじ風に巻かれて翻弄されているようにも見えた。


真赭(まそほ) !!』


 紫黒が疾風の如く駆け抜けた。

 まっすぐ直線で進む紫黒は川に落ちようが橋にぶつかろうが構わぬ勢いで進んでいく。さすがに俺にはできないので時間を食ってしまったが、急いで追いつくと、紫黒は必死になって茶色い紐に絡みついていた。

 茶色い紐のようなものは胴体に一本、まっすぐな黄色い筋を持った鈍い赤茶色の蛇だ。紫黒が必死に真赭と呼んでいる。ぐったりと腹を上にして横たわっており、ぐにゃりと曲がっている。


 必死で名を呼んでいる紫黒の隣に膝をつき、治療魔法を使おうとしたとき、先ほど崩れ落ちた鉄黒のことを思い出した。

 もし、手遅れだったら、ナレノハテになってしまったら……。


『頼む、ベル……』


 そんな気持ちを読んだかのように、紫黒が名を呼んだ。


『こいつは真赭という。月白の従妹の姪っ子の子どもだ。奴らにはついて行かなかったし、先ほど会った。だから、頼む』

「わかった。ごめん」


 紫黒は躊躇した俺を責めなかったが、俺はぎゅっと心を締め上げられた気持ちだった。ゴードンやクラークの時には何も考えずに治療したと言うのに情けない。


 指先を真赭に当てると、わずかに震えた。しっぽの先が力なく地を叩く。


『おとなしくしておれ、バカ者』


 紫黒が息を吐くとゆるゆると力を抜いた。伸びきった体を手繰り、膝に乗せる。

 手のひらを頭に当てると、全身を流れる毒気が伝わってきた。首の後ろに何かが刺さった後がある。少し縦に裂けているので必死になって振りほどいたのかもしれない。


 毒が回りそうなので強めに、水9に土1で治療魔法を使った。正直、普段の俺の治療ではここまで弱った蛇の治療は難しい。ミラのような光魔法だったら完全に癒してやれるだろうけど、毒を抜いて体力を少し回復できればってところだろう。でも今なら、ドライアド様の樹の魔力を分けてもらっている今なら、完全回復してやれると思う。先ほどのゴードンたちのように。


 ゆっくりと治癒魔法を流す。

 ピクンと震える体に手遅れかと心配したが、鉄黒の時のような反応はなかった。よかった。

 気合を入れて魔力を流しているとすぐに自分の分はなくなったが、魔力ポーションをポーチから出して飲みながら頑張った。真赭の体から少しずつこわばりが消えていく。


 あと少し、というところでまた魔力が切れた。再びポーチに手を入れたが、ポーションが見つからない。まずい、もっと用意しておけばよかったか。

 くらり、と目の前が暗くなる。もう少し、もう少しなんだけど……。


『だから、何度呼べと言わせるのだ』


 倒れる前に背中がほのかに暖かくなって、樹の魔力が優しく流れ込んできたのを感じた。


『お主はまったく。蛇でも人でも変わらぬのか』


 頭の中に呆れ声が響く。頼れる存在が背中から抱きしめてくれているように気持ちになって、心の底から安堵した。


「あてにしててすみません。頼らせてもらいます」


 素直に頭を下げる。偉大な精霊を気軽に使っているようで申し訳ない。でも今は目の前にいるこの蛇を助けたい。

 そう思っていると。


『べ、別に、頼られて嬉しいとか思ってないからな』


 なぜかドライアド様は上ずった声で言い、溢れんばかりの魔力を注いでくれた後、気配を消した。さすが神樹の精霊は懐が広い。心の底から感謝していると、膝の上で蛇が動いた。


『……、紫黒伯父さん、オレは……』

『真赭!!よかった……』


 紫黒がぴょんと飛んできた。

 ただ、紫黒はとても心配していたのだろう、気が付けば大きさが変わっていた。夕べ俺と屋根の上で話していた、つまり俺と同じくらいの大きさに。

 リックの体幹と同じくらいの太さの蛇にのしかかられた俺はそのままひっくり返り、後頭部を強かに打った。喜び合う蛇たちだけ見たら心温まる光景なんだろうけれど、そこは俺の腹の上だ、紫黒!

 なんというか、俺にとっては災難以外の何物でもなかった。







読んでいただいてありがとうございます。

少し短めでしたが切りがよかったのでアップしました。


誤字報告・感想などありがとうございます。いつもとてもありがたいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 甥っ子助かって良かったね!
[気になる点] お名前が… [一言] 全く作品本編に関係のない事なのですが、ドアラさんのお名前を見かけると、コアラの顔が浮かんで微妙な気持ちにるのを禁じ得ません。 変な感想で申し訳ありません。 どうか…
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