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過保護とか

 開け放された扉と自分の手に目を落としているベルを見て、これはちょいとやりすぎたかと思ったが、後悔はしてない。

 一人で死ぬ分にはいいんだ。自業自得、冒険者なんてそんなもんだからな。しかしああいう甘さは本人だけじゃなくてパーティにも影響する。近場の魔物退治程度ならば腕の一本程度で済むかもしれないが、大規模な子鬼退治やダンジョン探索の依頼だったら一人の甘さで全滅するかもしれない。実際そういう奴らを見たし、迷惑かけられたこともある。

 多少私見が混じったかもしれないが、誰かが言わにゃわからんのなら俺が言ったところで構うまい。正直めんどくさいし説教オヤジになりたくなかったが、この中では俺が一番高ランクの冒険者・騎士だからな(まあ一番高位なのは王子であるベルだけど)。


 まあ奴らに冒険者の骨があれば、近いうちに会えるだろう。


 それにしても、せっかくベルが治してやったのに逃げやがって。しかも自己満足ときやがった。俺が言われたんじゃないがものっそい腹立たしい。手を出さなかった自分を褒めたいくらいだ。

 あれだけの治療魔法、王都にいたってまず受けられるもんじゃない。ほとんどちぎれた腕を元通りにとか、高位の神官でも難しいんだぞ。それを2回も。自己満足レベルでできるもんじゃないんだ。

 さらに言えば、あれだけの魔法を使うには大量の魔力がいる。普通のBランク冒険者だったら魔力切れを何回起こすか知らんのか? 今回はドライアド様がバックにいるからよかったが、下手すりゃベルは魔力ポーションの飲み過ぎで廃人だった。治療専門の魔術師が見たら卒倒するほどの高位魔法をあっさり使いやがって……。しかもベルの奴、絶対わかってない、知らんうちに使ってたに違いない。後で説教だ。


 奴らが無罪になったので、お役御免となった騎士たちと町の詰め所に引き上げることにした。

 ゴードンは「彼らは夕方、暗くなる少し前に迎えに行くからこれで英気を養ってくれと言われてた」と言ってた。ということは、今はどこかの酒場か宿屋で管を巻いているはずだ。忙しいだろうが昨日ランドルフの小隊を貸すと約束してくれたので頭数は何とかなるだろう。なるべく早く場所を特定して確保、ドアラ流に言うと『保護』か、してやらにゃいかん。ああ、めんどくさい。いっそ全員ぶった切ってやろうか。


 ルイスにその旨を伝え、出ていこうとすると、ベルは自分も出かけると言い出した。


「そろそろ動かないと日が暮れちゃうからね」


 もっと落ち込むかと思ったのに、冒険者ギルドに行くと言って準備を始める。具体的には深呼吸してから空いた魔力ポーションの瓶にダシを詰め、ベッドの横に置いていたポーチに入れ、ルイスに後を頼むと頭を下げたくらいだが、正直少し驚いた。


「いいのか?」


 つい聞いてしまった。そんな俺を見てベルは苦笑している。


「過保護だなあ、リックは。マスタードアラとそんなに変わらないんじゃないの?」


 む、言いよる。

 仕方ないだろう? こいつが初めて冒険に出ますと言って俺のパーティに来て、しばらく共にしたときは本当に頼りないひよこだったんだから。


「でもありがとう。慣れてるから大丈夫だよ。ちょっと久しぶりでビックリしただけ。さ、行こう」


 にこりと笑った顔は以前より頼もしかった。

 そういえばいつの間にかこいつはBランク冒険者になってたんだったな。俺と別れたときはやっとDランクだった。大体がCランクで足踏みするから1年ちょっとで2ランクアップは珍しい。甘やかされた王子様じゃないんだな。認識を改めないと。


 そう思って頷いたら、蛇に足を取られて盛大に転んでいるベルの姿が目に入った。膝を打ったと抗議して怒ったらしき蛇に締められている。なんだかすごく安心した。





 ベルと冒険者ギルドで別れ、町にある騎士団の詰め所で騎士たちと別れた。無駄足で申し訳なかったが、面白いもの(俺が説教する姿だそうだ。あとでしばく)見られたし、ダシをもらえたからチャラと言って笑って手を振ってくれた。いい奴らだ。


 詰め所の中にある会議室の隣の小部屋に行くと、小さな机に向かってデリク副団長が呻いていた。横には書類が積まれている。ここでも書類かよ、と溜息をつくが、絶対に手助けはしないぞ。俺は脳筋なんだ。


 騎士団なのでちゃんと騎士の礼をする。デリク副団長はあいまいに頷き、顎でそこの椅子に座れと命じた。珍しく深緑のおさげが乱れ、三つ編みからちょこちょこち毛がはみだしている。


「お疲れですか?」

「そう見えるなら懐に隠している癒し水を一本よこせ」

「嫌です」

「反論は認めん」


 ちっ、なんで俺がベルのカバンからダシを2本くすね、もとい拝借したのがばれてるんだ……。

 しぶしぶと、本当にしぶしぶと、ポーション瓶を1本差し出すと、副団長はものすごい速さで奪い、勢いそのままに飲み干した。ぷはあと息を吐いている姿は団長より豪快だ。いつもは無表情で冷静沈着だと言われているが、昨日、ベルと再会した時にちょいと興奮しすぎて猛烈に怒鳴られたな。たぶんこっちが素なんだろう。


 記録に残さないこと(ドライアド様のこととか大蛇のこととかさすがに書けんだろう?)を約束し、昨日からのことを報告する。

 デリク副団長は黙って話を聞いていた。たまに青くなったり赤くなったりしていたが、相槌程度しか口を挟まないいい聞き手だ。副団長の資質には聞き上手も含まれるのかもしれないな。


「というわけで、これから出かけますから昨日約束した小隊をください」


 こう締めくくると、副団長は両肘を机に置き、両手に額を載せて大きく息を吐いた。


「なんというか、自分がものすごく無能になった気分だ。殿下がいらっしゃったのは、記憶が正しければ昨日の午前中だったな」

「そうですね。たしか早朝にポータルに着いて報告書を書き上げてから来てます。その後、冒険者ギルドで一緒に昼食食べましたから、昼前ですよ」

「まだ2日目というのに大蛇及びその配偶と交流し、冒険者ギルドでの不正を見つけ、エルファリア商会を焚きつけて町興しをさせ、大蛇擁護派を商会に協力させ、魔物に取り憑かれたものを癒したと?」

「はい。あ、そうそう、流れの一環として、エルファリア商会の三男ルイスが自由市で騒ぎを起こそうとしていた冒険者を救出しましたが、彼らは退治派のボスである魔術師と呪い師から水場に毒を入れるよう脅されていたと告白しました。その二人は殿下が治療し、すでに放免されています。また、あちこちで騒ぎを起こすよう指示されていた冒険者たちは冒険者ギルドに助けを求めましたが、時すでに遅く、全員がナレノハテに取り憑かれておりました。幸い、すべて町医のサムスン師に退治されてます。たぶんこちらは報告が上がっているかと」

「ああ、あの魔石の話はここにつながるのか……」

「ついでに言うとこれから大蛇退治を企む者たちを阻止し、ナナト様が大海に戻る手伝いをするそうですよ」


 俺の言葉を聞いたデリク副団長は机に崩れ落ちた。

 うん、気持ちはわかる。ベルが来たらことの進みが早いこと。まあ来たのがナナト様の禊が終わる直前でいろいろ大詰めだったってのもあるんだろうけど、こんなにトントンと進むと副団長としては自分らが何もしなかったような気もして複雑なんだろう。騎士団は冒険者と違って上から命令されないと動けないから後手に回るのは当たり前だと思うが、俺がそう理解できたのは冒険者になってからだしな。


「というわけなんで、早く殿下と合流したいんですよ。ったくあいつと来たら護衛対象だってことすっかり忘れてるようでしてね。ちょっと目を離すととんでもないことになってるんです。退治派の残った冒険者、調べてみたら破落戸に近い奴らばっかりでしてねえ。そんなとこでもほっとくと一人で突っ込みます。まあ多分紫黒が目を光らせてるでしょうし、今だけドライアド様が直接加護をくれてるみたいなんですけどね」

「ドドドドライアド様が!!???」

「なんかポータル事故の時に樹液をもらったらしくて、可愛がられてるみたいですよ。泣き女からもなんかもらってうっかり食べちまったそうなんで、なんらかのご利益はあるのかもしれません」

「龍神の娘、神樹の精霊、北の涙……。どれも高位精霊じゃないか……」

「ま、その辺は俺にはわかりません。でも確かなのは、ベルグリフ殿下(可愛い弟)に何かあったら陛下が黙ってないってことでしょう。だから早めに、ね?」

「……、わかった」


 脅したわけじゃない、ただ事実を言っただけだからな。


 副団長はそれ以上何も言わず、さらさらと小隊の貸出書類を書いてくれた。実は昼前に郊外の本部から町の詰め所のほうに移動し、待機していると言う。多分団長が家族サービスで町に来た時に一緒に来たんだろう。


「そうそう、ルイス殿に会ったら騎士が全員感謝していると伝えてくれ」

「はい?」

「さきほど芝居のときに配布されるのと同じ弁当がこちらにも届いた。なんでも食べたいと言っていた騎士がいたとかで、厨房に掛け合ってくれたそうだ。騎士の食事としては少なかったが、皆とても喜んで士気が上がった。団長も一人でこっそり食べなくて済んだととても喜んでいる。本当にありがたい」


 それはよかった。ルイスの奴、いい仕事するじゃないか。俺が食べていたのはバレているからな。食べ物の恨みは恐ろしいのだ。


 騎士の礼をし、退出しようと扉に手をかけたとき、副団長の声がかかった。


「リチャード、殿下に無理をさせないように気を配れよ。あの方はこの国になくてはならない方だ」


 おおむね同意するが、ベルが無理しないことなんてないからなあ。まったく、護衛対象としては最悪だ。

 俺は黙ったまま再び一礼し、部屋を後にした。




「よーお、リック。今日の大胸筋はどうよ?」

「ああ、キレッキレだぞ、ランド。そっちの僧帽筋も熱いか?」

「もちろんだぜ!」


 俺は第二集会室の隅でスクワットをしていたランドルフと暑苦しい抱擁を交わした。背を叩きながらお互いの背筋を褒めあい、離れる。ランドルフとは昨年の夏以来か? 変わりないようで何より。

 周りにいる奴らとも似たような挨拶を交わした。こいつらとは何度も辺境に派遣されてる。俺は冒険者兼業を認めてもらってるせいかあちこちに飛ばされることが多いんだが、変な気を回されてるのかこういうのがいる隊にばかり行かされてるんだよなあ。


「で、今どーなってんだ?」


 ちょいちょいと指で隊員を集め、俺を取り囲む。部屋の隅には配られた弁当が手つかずで置いてあった。いつでも出られるように携行食で済ませていたようだ。さすがだな。このくらいの気構えがないと一線では働けない。


「まあそこの弁当でも喰いながら聞いてくれ。そのくらいの時間はあるし、あれはうまいぞ」

「食ったんか!?」

「当たり前だろ?」


 わっ、と歓声が上がって、あっという間に弁当が空けられる。これだけ喜ばれればルイスも本望だろう。


 他言無用、と前置きしてから、俺は副団長にしたのと同じ話をした。この小隊は15人で小隊の中でも小さな規模だがその分精鋭が集まっている。基本弓兵だが近接にも耐えられるし、一人一人が考えて動けるようにランドがきっちり訓練してるから問題ないはずだ。

 話が進むにつれて和やかだった雰囲気は消え、ぴりりとした厳しいものに変わった。


「つまり、俺たちはブルータスとやらについて行った冒険者を探して保護し、あわよくばそいつか美人呪い師を確保すればいいんだな?」

「んむ」

「リチャードさん、質問っす。保護対象はベルっていう黒髪の冒険者だけっすか?」

「ああ。たぶんルイスとジャスは来ないだろうし、ギルトが何人か冒険者つけてくれるかもしれんがそれは無視していい。大蛇と紫黒は自分らで何とか出来るだろうから、ベルだけ見とけば問題ない。すぐいなくなるから注意してくれ」

「冒険者たちが襲ってきたらオレらしばいちゃっていいんすよね?」

「そこは自己判断で任せる。というか意識刈り取ったほうが保護は楽かもしれないぞ。俺はとりあえず殴る蹴るする」


 笑いが起こる。


「とにかく注意するのは奴らがナレノハテになる前に捕まえるってことだ。さっき町で俺を襲った奴や冒険者ギルドでのことを考えると、何かきっかけがあって取り憑いたモノが動き出すようだが、そのきっかけがわからん。ナレノハテ自身はこちらに何かしてくれることはないはずだが、冒険者ギルドの記録にはナレノハテに襲われた冒険者がナレノハテに取り込まれて一部にされたってのも載ってる」

「ひえー」

「それは嫌っすね」

「俺らの筋肉がそんなことになったら嫌だろう? 十分注意してほしい」

「了解です」


 話が終わると奴らは一斉に立ち上がって準備を始めた。まああらかた準備はできていたようでしてたのはごみの分別と集会室の片付けだ。こういうとこは騎士団なので律儀だな。


 騎士たちを待っていると、ランドがやってきてにやにや笑いながら俺の胸に拳を当てた。


「で、ベルってのはどんな奴なんだよ?」

「ベルか?」

「ああ。保護対象ってことは危険にさらされてるってことだ。それを守るんなら俺たちにも関わってくることだろ? どんな奴か知っていたほうがやりやすい」


 どんな奴、か……。

 俺は頭をひねって考え込んだ。

 一緒に冒険していた時のベルと今のベル。正直あんまり変わってない気もするから……。


「一言で言うとバカだな」

「へっ?」

「他人はすぐ信じるが自分のことは信じてないし、なんかもらったらすぐ食うし、人がいいし、できることしかしないとか言ってできないことをしようとするし、人以外になつかれるし、人にもなつかれるし、なんというか、こう……、ほっとけないというか……」

「なんだそりゃ?」


 うん、俺も言っててわからなくなった。よほどアホ面していたのだろう、ランドは腹を抱えて笑い始める。


「ずいぶんと過保護だな。そこまで思い入れるとは」

「言うなよ。奴が初めて冒険者でパーティ組んだ時のリーダーが俺だったんだ。仕方ないだろ?」

「あの血まみれリックがなあ」

「懐かしい二つ名出すな!もう十年以上経つぞ!」


 こいつの黒歴史を知ってる分、俺のも知られてるんだよなあ。顔をしかめてたら近くにいた若いのが興味津々でやってきた。


「隊長、血まみれってなんっすか?」

「こいつのことさ。リックは俺と同期なんだが、騎士になりたてのころはとんだ暴れん坊でな。子鬼の集落に突っ込んで全滅させたんだ。その時についたあだ名だよ」

「ひえー、すごいっすねえ」

「若気の至りを蒸し返すな。ほっぺたが赤くなる」


 言いながら、笑いが止まらないランドの腹筋に拳を叩きこむ。

 まったく、ランドはオーバーだ。あの集落は100匹程度だったし、そもそも突っ込んだのは俺じゃなくて後輩のポーキーだぜ。それにあの件は奴の婚約者が子鬼にさらわれてたんで急ぎだった。おかげで降格させられた上に半年間減給で散々だったが、婚約者は穢される前に奪還できたし、ポーキーも今じゃ5人の娘のパパだからいいじゃないか。


 鋼鉄のような感触の腹筋に手を痛めた俺を見てその場の全員が笑った。

 腹が痛いと涙を拭いていたランドが耳元で囁く。


「そんなリックが絶対に守れって言うベルってのは芝居の役者とどっちがいい男か、楽しみにしてるぜ」


 こいつ、ベルがベルグリフ殿下だって気づきやがったな……。


「ああ、お互い首が物理的に飛ばないように、な」


 俺はにやりと笑い、ランドの頭を力いっぱいはたいてやった。






読んでいただいてありがとうございます。

誤字報告・感想などもとても嬉しいです。励みにして頑張ります。


今回は話が進まなくてリックアニキの力を借りました。それでも微妙にしか進んでないのは仕様です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] リックさんのベル君評が好きです。ベル君を上手く言葉にするのは難しいな、と。 そして周りが過保護になる理由を全く理解してないのがベル君らしいです。もう少し自分大事にしようよ…。
[一言] 今は視点が多くて大変そうですねww
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