冒険者の成れの果て
カウンター裏で話を聞こうとしたが、二人はずっと無言だった。横を向いて視線を合わせず、ふてくされた顔で沈黙している。お互いに相手が悪いと言いたいのだろうが、しゃべりだしたらぼろが出るのを自覚しているのだろう。そこまで馬鹿ではないのだな、と感心する。しかし、こういう手合いはどこにでもいるなあ。
とはいえ、こちらも忙しいのでそうそう時間は取れない。
「仕方ない。騎士団に連れてくよ」
ため息交じりに言うと、ジャックも頷いた。まだまだ市場は忙しいのでチンピラに係わっている暇はない。芝居のほうも巡回しなくてはいけないしな。
騎士団、と聞いた二人はさっと顔色を変え、再び逃走を試みた。まあジャックの周りには防犯・巡回要員である荷運び部門の店員が3人いたので、椅子から立ち上がっただけで、あっさりと捕まってしまったわけだが。
再び椅子に座らせると、二人は机をがたがたさせ、椅子を揺らして抵抗を始めた。カウンター向こうにいるお客様が大きな音に驚いている。
まったくもって、困った二人だ。
それにしても、そこまで抵抗する意味があるのか? 騎士団に連れて行ったところでこのくらいなら一日牢に入れられて終わりだ。そこまで怯えなくてもいいと思うのだが……。
「ああ、めんどくさい。やっちまいなさい」
その時横でジャックが隣にいた店員のポールに指示を出した。ポールは普段は船から重い荷物を下ろしているので私よりも体が大きい。そのポールが二人の首の後ろをトンと軽く叩いたら白目をむいて気絶してしまった。思わぬ実力行使にこちらがびっくりしたよ。
「それじゃあ、ポール。ルイス様と騎士団の詰め所にいって荷物を置いてきてください。よろしくっ」
ジャックが素敵な笑顔をこちらに向ける。
「あ、やっぱり私も行くのか」
「なに当たり前のこと言ってるんですか。他力本願はダメですよ」
ポールたちに任せる気満々だったのだが、あっさり看破されてしまった。さすが優秀な人材、と言いたいところだけど今回はつい溜息が出た。
ポールが二人を肩に担ぎ、騎士団の詰め所に着いた。市場からは少し離れているが、遠いと言うほどではないのでここも人が多い。それと、いつもより騎士も多いような気もする。近くの騎士を捕まえて聞いてみると、エルファリア商会の会頭が騎士団まで来て祭りへの協力を依頼したのだと言う。自分も芝居を見たかったと愚痴る騎士には申し訳ないが、問題を起こしたらしき人々が詰め所に(文字通りなのか?)詰め込まれているのを見て、父上の配慮に頭が下がった。大きな祭りではもめ事を好んで起こす輩も多くなる、そう学んだはずだったが、昨日の自分ではそこまで考えられなかった。いや、今もか。精進せねば。
ついでにポールが肩いでいる二人を引き取ってほしいと頼むと、騎士は渋い顔をした。
「そのくらいそちらで対応できないか?」
「したいのですが、だんまりでしたのでこちらでも困りまして……」
「うーん……」
「何か不都合でもありましたか?」
尋ねると、騎士は腕を組んで首を何度も横に倒した。事情はあるが言えない、そんな感じに見える。
「おっ、ルイス? なんでこんなとこに?」
そのとき、リック殿が通りかかった。これはちょうどいいところにいい人材が。思わず顔がほころぶ。
リック殿は通りかかったと言うよりは走っていたところで私を見つけて急に足を止めたようだ。勢いが止まらずに目の前の騎士にぶつかっている。
「おお、すまんすまん」
ぶつかった騎士にケロリと謝ったリック殿は、冒険者ギルドでしばし打ち合わせをした後ドアラ殿と別れ、騎士団の本部に戻るところだと言った。一度団長殿と話をするそうだ。
「団長ならさっきこっちに来たぜ。奥さんとお子さんを芝居に連れてくんだとよ」
騎士が笑いながら言う。騎士団長の子煩悩は市井でも有名だからなあ。
「お、さぼりか?」
「まさか。ご家族を案内したら詰め所に顔を出してから本部に戻るそうだ。芝居もそうだが、振舞われる弁当がすごくいいんだってな」
「ああ、うまかったよ」
「食ったんか!? この裏切り者!!こっちは騎士団の賄いなんだぞお!!」
「それだって祭り仕様の特別製だろ? 文句言うなー」
「きーーーーっ!!腹立つ!それとこれとは話が別なんだよ!!!」
騎士はリック殿をポコポコと殴っている。仲が良いようなのはいいんだが、この二人引き取ってくれないものか……。
「で、そっちは? っていうかそこの人、なんで冒険者二人抱えてるんだ?」
私は困った顔をしつつ問いに答える。何とかしてくれないかと尋ねると、リック殿は首を振る騎士を見ながらため息を吐いた。
「実はこっちも手一杯なんだ。こういう祭りの時はいざこざも増えるんで、見た通りの状況でな。騎士たちはいつもの数倍駆けまわってる。牢屋もほぼ満員だ」
続けて私の耳元に口を寄せて囁く。
「加えて、大蛇退治派の件があるだろう? 騎士たちがいっぱいいっぱい過ぎるといざというとき役に立たないからな」
なるほど。
しかし、この二人をそのまま無罪放免ってわけにもいかないし、どうしようか……。
困っていると、リック殿がポンと手を打った。
「そしたら冒険者ギルドに連れていくか? 冒険者のことだからギルドで何とかしてもらえばいい。厳罰は無理だろうが、次回のランク査定の時に響くぐらいのことはできるんじゃないかな?」
それはいい考えだ。私はありがたく受け入れ、頭を下げた。
「いいってことよ。そっちの店員は仕事があるんだろうから、二人は俺が担いでやる。騎士団本部に行く手間省けたから付き合ってやるよ」
気絶した二人が目覚めそうになったが、なんとか冒険者ギルドにたどり着いた。
ほっとしたのも束の間。先ほどとだいぶ違うギルド内の様子に戸惑って固まってしまう。
「うわあ、どーしたこれ?」
リック殿が思わず呟いたのも仕方ない。私だってそう言いたかったくらいだ。
なにせ、入り口付近まで、悲鳴をあげて悶え苦しんでている冒険者たちで溢れていたのだから。
先ほど、気絶した二人の少年を連れてきたときは閑散としていた玄関ホールに呻き声が満ちている。
人数にしたら30人くらいだろうか? 激痛に転がり回っている者が多く、足の踏み場がない。
冒険者たちは老若男女さまざまだったが、共通して言えるのは『弱そう』に見えることだった。そういえば先ほどの少年たちも初心者感丸出しでお世辞にも強そうとは言えなかった。
痛みに暴れる冒険者たちの周りではギルド職員たちがおろおろしている。今日は祭りに駆り出されているので職員の数も最低数のようだ。そういえばいつもは三人いる受付も一人しかいなかったな。
リック殿の姿を見つけると、受付カウンターで呆然としていたダリルがほっとした顔で走ってきた。
「助けてくださいー」
おそらくここにいる全員がそう思っているだろう。ちなみに私もだ。ただ、私はこの光景を見るのが三回目だったため、ほかの者より動揺せずに済んだ。
「ポール、その二人はギルドで縄でも借りて拘束して隅っこに転がしてくれ」
おかげで指示も出せた。ポールははっとした顔で私を見たのち、悶えている冒険者たちを恐怖の目で見つめた。しかしすぐに肩に乗せているのも冒険者だと思い出したのか、すごい勢いで走り出し、カウンター裏から縄を引っ張り出してきて二人を縛り始める。
「リック殿、私はこれと同じ、というかもっと小規模だが、光景を先ほど商会前で見た」
「奇遇だな、俺も見た」
「え?」
「まあ、俺が見たのはバッタモン戦士が目の前でナレノハテになっちまったとこだがな」
話を聞くと、ドアラ殿とリック殿がギルドに向かう途中、刃物を持った冒険者が突然近くにいた女性に襲い掛かったそうだ。二人が駆け寄って止めると、冒険者は突然腕をつかんで激痛を訴えて暴れ、そのままナレノハテになった。悲鳴をあげて逃げる人々を制したのはドアラ殿で、リック殿は手持ちの回復薬を使ってナレノハテを魔石に変えたのだと言う。
「昨日こっそり持ち帰ったとっときのダシだったのによー……」
残念そうに言うリック殿。ダシって何だ!? と突っ込みたいところだが、商人の私からしてみたら大捕物に見えることも、騎士兼冒険者のリック殿には大したことではないのだろう。
「まあそんなことがあったんでな、ドアラと相談して騎士団にも言っとこうってことになって、それで団長んとこ行く途中だったんだが」
ぐるり、とギルド内を見る。受付周りは激痛のあまり助けを求める人々がカウンターに縋りついている。酒場のほうも似たようなもので、テーブルの上に上って悲鳴をあげている客が何組かいた。酒場の厨房に入ってこないようにデボラが鉄壁のガードをしている。さすがだ。
「私のほうは少年の二人組だった」
「ナレノハテになっちまったか?」
「いや。乗っ取られる前に本体を引き剥がして何とか退治できた。魔石と少年たちは先ほど冒険者ギルドに預けたところだ」
ひゅー、とリック殿は口笛を吹いた後、私の背を叩いた。
「一度見ただけで対処できるなんて、なかなかやるじゃん。さすがエルファリア商会の三男坊」
「腕利き冒険者に褒められるとは光栄だ」
素直に嬉しい。
「だけどこんなに多くは……。あの時は清掃を依頼した冒険者たちがたくさんいて、暴れる少年たちを封じるのに力を貸してくれたので何とかなったが、この人数をここにいる人間だけで何とかするのは……」
「ああ、無理だな」
リック殿はあっさりと言う。
「しかももう手遅れだ」
「え?」
「見てみろ。端のほうにいる奴らはブーツが変な方向に曲がってる。足先のほうがすでに人の形を保ってないってことだ」
言われて目を向けると、壁際でのたうち回っている戦士の膝がありえない方向に曲がっていた。その横の女性は肩が外れたように腕が伸び切っている。二人の胸の周りには何かが移動しているような凹凸ができていて、悲鳴に合わせて体中がでボコボコと動いていた。
「痛い、痛い!」
「助けてくれ!」
「なんで、なんでええ!!」
あちこちからの悲鳴で耳が痛む。心はもっと痛むが、この状況で私に何ができるだろうか?
そのとき、足首を弱々しく握られた。視線を下げると、近くにいた少女が私の足をつかんでいる。
「死にたく、ないよぅ……」
少女は泣いていた。その腕をゆっくりと肉の塊が上がっていく。
考える間はなかった。私はその少女の腰にあった短剣を抜き、肉の塊に突き刺した。袋が弾けるような手ごたえが来て血が飛び、少女が泣き叫ぶ。私は少女から肉の塊を剥がそうとしたが、それはまったく刃物に刺さらず、粘液となって床に滴るだけだった。先ほど少年たちにやったときと異なる感触に手遅れだと痛感する。刃物を抜くと同時に、少女だったモノはふるふると震える粘液となった。
「ごめんな」
思わず涙が出た。もっと早くに来ていれば、あんなところで小悪党に時間を費やしていなければ、騎士団のところに行かなければ、後悔ばかりが頭をよぎる。
そのとき、ものすごい勢いで扉が開いた。
「目を閉じて顔を隠しな!」
ドアラ殿の怒鳴り声がし、ほぼ同時に強い光がギルド内を照らす。とっさに目を閉じて顔を庇ったが、影すら打ち消すほどのまばゆい光だった。
光が当たった瞬間、悲鳴は消え、風船が弾けるような音に変わる。
音がやむと同時に、光は消えた。
突然の光でやられていた視力が戻ってくる。目を閉じたくらいでは防げないほど強烈だった。いったい何があったのだろう?
ゆっくりと目を開けると、そこには苦痛に悶える冒険者の姿はなく、荒れた室内にはただ、鈍く光る石が持ち主をなくした装備に埋もれて転がっていた。
入り口の近くにはドアラ殿と、真っ白いローブを着込んだ老人が立っている。老人は肩で息をし、背丈より長い杖を突いていたが、その杖に縋りついていて今にも倒れそうだった。
「ちとやりすぎた」
その声に覚えがある。よくよく見れば商会の近くにある治療院の癒術士、サムスン医師だった。サムスン医師には子どものころから世話になっているが、こんなすごい術を使えるとは知らなかった。そういえば光魔法の使い手だと聞いていたな。
思わず口を開けていると、ドアラ殿がサムスン医師を小脇に抱え、受付近くまで連れて行ったあと、椅子に座らせた。
「さすが、衰えてないねえ」
「ありがとよ。でもドアラと潜ってた頃と比べたら半分くらいかの。まあ今は余生だからこんなもんでも十分十分、ってとこで」
「謙虚も時には嫌味だよ。素直に褒められときな」
二人は話しながら魔石を集めていく。カウンターや机の下に隠れてしのいでいた職員たちもやっと動き始め、魔石を回収したり倒れたイスやテーブルを直したりしていた。
酒場カウンターの近くではリック殿がデボラからもらった布を目に当てている。目を閉じるのが間に合わなかったのかもしれない。うっかりあの光を見てしまったら、しばらくは目が見えないだろうな。
「ひいいい」
そのとき、カウンターの端のほうから女の悲鳴が聞こえた。
急いで見に行くと、腰を抜かしているポールの横で縛られている女が目を大きく開いて震えている。傍らには傷ひとつない新品の鎧が転がっていた。男の姿はない。きっとナレノハテになり、魔石になったのだろう。
「あああ、あたしは、あたしもすぐ、ああなる、のか? い、嫌だ!!」
女は身をよじって暴れた。逃げようとするが、縛られているので転がることくらいしかできない。陸に上げられた魚のようだ、となぜか思った。
「あたしはただ、町をチョイと荒らして来いって言われただけだ」
暴れても縄は抜けない。さすがポール、荷運びで鍛えたロープ使いは伊達じゃないな。
先ほどまでのだんまりが嘘のように、女は言葉を続けている。
「あたしは、この町の為って言われたから、退治したら勇者に近づくかもって思ったから。そりゃ下心もあったさ。でも、あたしは冒険者だ。戦おうとしたのに……」
話によると、女は大蛇退治派のリーダーである魔術師に町で浮かれ騒いでいる奴らに警告を与える役を授かったそうだ。これは女の他にも何人もいた。退治派の人数は300人近かったそうだが、そのうち40人ほどが同じようなことを言われていたと言う。冒険者ギルドにいたのは30人程度だった。リック殿が退治したナレノハテと私が連れてきた少年たち、先ほど担いできた男とこの女をいれると大体そのくらいだ。
女は自分以外の面々を見て、正直落胆したと言う。
「こんな弱っちいのと一緒にされたと思ったら、情けなかった」
それでも冒険者として依頼された任務は引き受ける。そう思い、自分が大蛇退治派に誘った男と二人で自由市から手を付けたそうだ。
変なところで冒険者の矜恃を出された。思わず苦い笑いがこみあげる。
町に出る前、呪い師の女が来て、町に出るメンバーにと茶をふるまったそうだ。全員がそれを飲んだあと、女は美しい微笑みとともに全員を祝福したと言う。
「祝福で体が包まれるととてもいい気持になり、自分たちが正しく何でもできると思った。だからちょっとしたことで腹が立ったし、何をしてもいいんだと思った。町で見つけた女からカードを盗んだのも資金を提供するのは当たり前だと思った。あの店でいざこざをして、自由市なんて壊れればいいのにと思ってたら、あんたに捕まったんだよ」
そうしてこうなった、と女は憎々しげに呟く。
「男は、ナレノハテになってたが」
「そんなん知るもんか」
女は鼻で笑った。
「あいつはいつだって臆病だった。こんなことしていいのかとか言ってた。ほんとはギルドに着く前だって目が覚めてたんだ、あたしらは。あたしは足先でつついて起こし、そこのデカブツに見つからないように逃げようって言った」
なんと。それは気づかなかった。
担いでいたポールも気づかなかったようで、下を向いて呻いている。わかる、お互い悔しいよな。よくわかるぞ、ポール。
「そしたらドルフは言ったんだ。「もういやだ、俺はこんなことをしたかったんじゃない。ただ大蛇を退治して、金をたんまりもらって、楽に遊んで生きたいだけだったんだ」って。弱気になってブルっちまったらもう駄目さ。仕方ないからギルドに着いたらこいつとはおさらばって思ってた。もともと日雇い労働者、あたしみたいな冒険者じゃないからね」
あたしはCランクなんだから、と女は声高く笑う。
「そうさ、あたしはこんなところで終わらない。大蛇を退治して、町の人々にすごい冒険者だって言われて、Bランクに昇格して、もっともっと名声を得るんだ」
女は再び暴れだした。パタンバタンと体中を揺らして縄から逃れようとする。
その動きがどことなくおかしい。なんだろう、この違和感は?
普通なら足はバタバタとこう、大きく開いたりしてバタ足のように動かすものではないだろうか。女は両足をピタリと閉じ、くねくねと揺らすように動かしている。
腕だってそうだ。あんなに関節がみつからないようなうねり方はしない。
むき出しの腹周りは腹筋が美しく割れているが、あんなにぶるぶると揺れるだろうか?
喉の奥に酸っぱいものが上がってきたような気持になり、思わず一歩下がる。
「娘さんや、大丈夫かい?」
ドアラ殿とサムスン医師が近づいてきた。
サムスン医師がにこりと笑うと、女は動きを止めて固まった。その女の体にサムスン医師が手を当てて軽く光を当てる。大きくのけぞった後、女は力を抜き、そのまま崩れた。
「ふむ、これは……」
柔らかく光を当てつつ、人差し指でトントン叩き始める。触診をしているようだ。じっと見ていると、医師は私を手で招いた。
「ルイス坊、ちょいとその短剣を貸しておくれ」
そういえばずっと短剣を握りしめていた。うっかり振り回さずによかった。私はサムスン医師に短剣を渡した。
「ルイス坊はやめてくださいよ」
「わしにとってはギルバートだって坊だ。丸パンよりちっちゃいころから診とる」
言いながらも人差し指で女の体を叩いている。
「ここだな」
何の躊躇もなく、ビキニアーマーの左乳房のすぐ下に剣を突き刺した。そのまま剣の柄を掌で押し、ゆっくりと差し込んでいく。
がはっ、と女が血を吐いたあと、痙攣し、動かなくなった。
「殺したんですか?」
「まさか。わしは医者だぞ」
剣を通して強い光が女の体を貫いた。強い治療術だと私にもわかるほどの光だった。私はほっとした。これならきっとすぐに回復するだろう。
「ただし、人間のな」
サムスン医師が呟いた直後、女の体が一瞬で粘液に変わり、あっという間にブクブクと泡立って消えた。
残されたのは身に着けていたビキニアーマーと、ほかの者より大きな魔石と、何かの皮っぽいもの。
「この娘さんがリーダーだったのかもなあ」
サムスン医師は皮っぽい何かをつまみ上げ、投げた。本当は避けたかったが坊やでないんだと自分に言い聞かせて受け取る。
それは湿った蛇の抜け殻だった。
「これは?」
「ドアラから聞いている。蛇が絡んでいるのだそうだの。これは多分依り代じゃろう」
「依り代?」
「ああ。たぶんほかの者より強い眷属にしたのではないかな? ゆえにより強いナレノハテになった」
「だからほかの者がナレノハテになっても彼女だけは生き残ったと」
「ほかの者のことはわからないので何とも言えん。ひょっとしたらナレノハテが取り憑いてそのせいでナレノハテになる『眷属の眷属』だったのやもしれん。心当たりはないかな?」
心当たり、そういえば……。
「痛みを訴えているとき、腕のほうから何かが皮膚の下を通って体の中に侵入しようとしていました。取り除いたらナレノハテになりませんでしたが……」
きらり、とサムスン医師の目が光る。
「ふむ。それでは先ほど助手のジョシュアが商会に呼ばれたのはそれか?」
「はい。ジャスが乗っ取られかけ、自力で眷属を引っ張り出しましたが、死ぬところでした」
「なるほど。それはあとで診に行かねばなるまいな」
お願いします、と頭を下げたとき、リック殿がこちらにやってきた。
「あー、酷い目に遭った。爺さん、もっと早く警告してくれよ」
「ぬかせ。冒険者なら自力で何とかするもんだ」
「わかってるさ。あー、鈍った!」
言いながら、落ちている魔石を拾う。
「冒険者の成れの果てだな」
リック殿は魔石をドアラ殿に向かって投げた。
「デボラに聞いたんだが、ここに来ていた奴ら、受付で『大蛇退治派の人に脅されて嫌がらせをさせられてます。助けてください』って叫んでいたそうだ。あんなにたくさんいたのに誰も自分で解決しようとせず、ギルドに頼って、誰かに頼って、自分のせいじゃないんだと言って、縋りついてきたらしい。そうしたら全員が急に苦しみだしたんだとさ」
リック殿は忌々しげに舌打ちをした。
「もとはあんたが甘いからいけないんだぞ、ドアラ」
「甘い、か」
「ああ、甘い。冒険者が他力本願でどうする? 自分の力で解決できなくてどうするんだよ? できないんなら冒険者なんてなるんじゃねぇ。甘い考えて冒険者になるから、ああやって利用されて死ぬんだ。そういうことを教えるのはギルドの仕事だろ? 奴らは甘い甘いギルドに甘やかされた、冒険者の成れの果てだ」
「……」
「俺たち冒険者はいつだって死ぬことを前提に生きてる。冒険に出るのは簡単だが、生きて帰ってくるのは難しいことを知ってるからだ。簡単に冒険者になって、簡単な仕事だけして冒険者だと言ってる、こいつらは覚悟がなかった。ああ、わかってるさ。そういう覚悟はもっとランクが上がってからとでも言うんだろ? だがな、俺はたとえ薬草採りでも、がれきの運搬でも、冒険者になるのならそのくらいの覚悟はいるんだといつも思ってる」
「そうだね」
「甘い考えで冒険者が務まると思われると迷惑だ。ああ、胸糞悪い」
言い切ると、リック殿は大股で冒険者ギルドを出ていった。先ほど騎士団に詰め所に行くと言っていたから、きっとそこに向かうのだろう。その後はベルグリフ殿下のところに戻ると思う。あの方と話をして気持ちが晴れるといいのだが。
「わかってるさ」
ドアラ殿は力なく呟いた。大きな女傑が急にしぼんだように見えた。
読んでいただいてありがとうございます。
今回はいつもの倍くらいになってしまいましたが、話の区切りもありましたので分けずに更新しました。時間かかってしまい遅くなってすみません。
本当は芝居のところにも見周りに行く予定だったのになあ。。。
誤字報告・感想などありがとうございます。いつもいつも助かります。とてもありがたく、嬉しいです。読んでいただいていると思うと励みになります。これからもよろしくお願いします。