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にゃおんとデデン

 少年たちを冒険者ギルドに届けたら驚かれた。

 まあそうだろう、ここの職員は私がエルファリア商会の三男だと知っている。両肩に気絶しているとはいえ冒険者を載せた商人はこの渡し場でも珍しいだろうな。

 事情を説明して、魔石を渡すと、受付のダリルはビックリ顔のまま頷いた。この渡し場ではナレノハテなど見ないからその魔石も初見だったのかもしれない。


「それじゃ、あとは任せた。私は巡回してくる」


 面倒な仕事を託せる相手がいるって素晴らしい。

 私はぺこりと頭を下げ、次の目的地に向かった。




 自由市は盛況だった。

 体感だが渡し場が開いている普段の時の三倍はにぎわっていると思う。

 自由市の入り口にはカードのカウンターがあり、エルファリア商会の店員たちが忙しそうに走り回っていた。カード待ちの人々列はまだ伸びているが、混乱はないようだ。一列に並び、開いた窓口に順番に案内する方法が功を奏したな。


「あ、ルイス様!」


 うろうろしていたら窓口の店員に見つかった。仕事の邪魔をしないようにこっそりしていたつもりだが、体が大きいので隠れきれなかった。気を遣わせて悪いが、見つかったら仕方ない。


「何か困ったこととかないかなと見に来た」


 声をかけてくれたのはカード担当責任者のジャック。カード事業の立ち上げ時にいろいろと意見してくれた頼れる頭脳だ。頭を使い過ぎて額が広くなってきたとぼやくジャックは以前は別の商会で働いていたのだが、会頭と意見が合わず、首になったところを父上に拾われたと言う前歴を持つ。若輩の私は頭が上がらない人間の一人だ。


 ジャックは弱々しく笑った。


「さすがに疲れましたよー。朝なんて長蛇の列でしたから。大蛇に長蛇、シャレじゃないですけどね。ほんと、どっちも困ったもので」


 などとぼやいたあと、急に高笑いして胸を張る。


「でもま、いやー、さすが私ですよ。おかげで自由市の買い物はとても便利だと、お客様と店主様双方からお褒めの言葉を多数いただいております。このシステムがもっと早く浸透していたら確実に流通業界は変わっていたでしょうなあ」


 いわく、現地での現金精算がない分盗みに入られても盗られるものがない。手持ちがなくても買い物ができる。小銭が重たくない。計算が楽。などのさまざまなメリットがあるそうだ。

 盗みに入って金がなかったら商品を盗られるのではと思ったが、思っただけにしておいた。きっと私が知らないだけでその辺も対策があるのだろう。


「まあ、終わった後の集計は大変なんですけどね。それ専用の部門を立ち上げて、計算が得意なものを回すとか、手段はあります。それ以外にも取り立ても支払いに応じない場合の対応も考えなくてはいけないし、課題は山積みですよ」


 そのとき、近くの店から怒声が聞こえた。


「なんだこれ!? 俺には売れないっつーのかよ!?」

「で、でも、このカードの反応では成立しないので……」

「ああん? だったら現金で払ってやるよ! いくらだ、こら!?」

「ここではカードでしか支払いできないと決まっているので無理です」

「なにぃ!? 俺は客だぞ!お客様は神様だろうが!!」


 ざわめきが大きくなる。近くにいた人々は巻き込まれるのを嫌って下がり、遠くにいた人々は興味深々で近づいてきた。

 騒ぎの中心部からガチャンと何かが壊れたような大きな音がする。


「ちょっと見てくる」


 話を中断し、騒ぎの元に近づくと、男女二人組の冒険者が魔道具屋の前で騒いでいた。

 どちらも戦士のようだが、なんとなく違和感を覚える。女はビキニアーマーと鍛えられた体を見て手練れだとわかるが、男のほうは金属鎧だけが戦士だと言っているような小太りの中年だったのだ。

 主に騒いでいるのは男で、女のほうは冷めた目をして壊れたアイテムを物色している。


「失礼します」


 私は騒ぎの渦中に飛び込んだ。ここはエルファリア商会の仕切る自由市。もめ事は困る。問題があるなら商会の名に懸けて解決しなくてはならない。


「ああん、なんだお前?」


 男はイライラした顔をこちらに向けてきた。まるで殺気を感じない。本当に冒険者なのか?

 だがエルファリア商会の店員ならこのくらいのクレームは日常茶飯事。私はゆっくりと頭を下げる。


「お初にお目にかかります。私はエルファリア商会のルイス。今回のカード取引は私どもエルファリア商会の試みでして、不具合などがあれば随時対処できるよう、店員が常に目を配っております」


 店員が見ている、と言ったとき、女が小さく舌打ちした。もちろん、聞き逃さない。そちらに向けても軽く会釈をする。


「そのようなわけですが、店員とて人間。絶対はございませんので、目が届かないときにお客様にご迷惑をおかけしているかもしれません。差し支えなければ、どのような問題があったのか、教えていただけますか? 事情によってはこちらにも相応の対応ができます。たとえばお買い上げできなかった商品を差し上げるなど……」


 にっこり笑う。

 快くお買い物を、と思っただけなのに、周りにいた人々が凍り付いた。私の笑顔はそんなに酷いのか……。あとで泣こう。


「な、なんだ、話の分かる奴が出てきたじゃないか」


 硬直していた男は我に返った途端にニヤニヤ笑い始めた。


「俺たちは何もしていない。ただこのカードで買い物をしようとしただけだ」


 男が出したカードは自由市の買い物用に発行されているものだった。ジャックを呼んで改めさせたが、偽造品ではない。最もこんな短時間で偽造できるほど簡単な術式は組んでいなかったはずだ。


 揉めている店の店員に話を聞くと、確かにその男は持っているカードで買い物をしようとしたと言う。


「でも、カードが反応しないんです」


 店員は涙目になりながらカードをかざす箱を持ってきた。


「私のカードを私がかざすと、こう、にゃおんとなるのですが、こちらのカードをお客様がおいても無反応なのです」


 試しに、と自らのポケットからカードを取り出し、品物を箱にかざしてからカードを枠に置く。


 にゃおん!


 かわいい猫の声がして、決済完了のランプが光った。


「なるほど」


 私はふんぞり返っている男の元に行き、もう一度カードを試してほしいと頭を下げた。

 男はなぜか目をさまよわせている。


「何か問題でも?」

「な、なな、ないに決まってるだろ?」


 そう言って、男は懐からカードを取り出し、手近にあった商品を箱にかざした後、カードを枠に置いた。


 デデン!


 太鼓をたたくような音がして、赤いランプが点滅する。


「なるほど。エラーになるのですね」

「そうなんです。何度やってもこうなりましたので、エルファリア商会の店員を呼ぶから待ってくれと言ったら怒鳴りだしまして……」


 店員が言葉を濁すと、男は顔をしかめ、強い勢いで食って掛かってきた。


「なんだなんだ!? 俺が悪いってのか!?」

「そんなこと言ってないじゃないですか!」

「なんだと、ゴラァ!店員が出てきたからっていい気になりやがって!」


 男は店員の胸倉をつかもうと手を伸ばしてきた。その腕をつかみ、軽くひねる。


「いだだだだ!!」

「まあ、落ち着いてください。話は向こうで伺いましょう」


 つかんだ腕を離さずに、カードカウンターがある区画を指す。

 悲鳴をあげる男の腕は柔らかくてとても戦士とは思えない。これで戦士だったら私など重戦士だ。戦士でないのにこんな格好をして、どういうつもりなのだろう? ひょっとしたら芝居好きが高じた仮装なのか?


 ふと見ると、女戦士は人ごみに紛れるように後ずさっている。一人で逃げようとでもしているのか、私は他人ですよと言っているような顔をしていた。なんだろう、この二人は? 仲間ではなかったのか?


「ジャック、そちらのお嬢様を一緒にお連れして。少しの間お相手をして差し上げてください。私はこちらの紳士ともう少し話があります」


 近くで様子をうかがっていたジャックに声をかけると、女はすぐに逃げようとした。素早い身のこなしはそこそこの戦士らしいが、うちの店員を舐めてもらっては困る。ジャックと周りにいた複数の店員は私が男と話している間に女を囲んでいたので、あっという間に捕まえることができた。


「なにするんだい!」

「俺は被害者だ!」


 二人はそろって悲鳴をあげ、やたらと無実を訴えている。

 私は店主から枠に置かれたままの男のカードを受け取り、名前の確認をした。


「インフレンザ=フィーバー?」


 インフレンザ? 女性の名前のようだが……。


「それはあたしのだよ! この人が間違えたんだ!」


 女が横から叫んだ。なるほど、一緒に買い物をしていたらカードの取違いもありそうだ。


「そうでしたか。それでは貴女のカードを見せていただけますか?」

「……、なくした」

「はい?」

「どこかに落としたのか、見つからないんだ。こいつが持っていたとは思わなかったんだよ!」

「ちょ、お前!」

「そうでしたか。ということは貴女がインフレンザ様ということですね?」

「ああ、そうだよ」


 女は私をきつい目で睨んでいる。たしかにそれだったら女のカードを男が使おうとして失敗したのも頷ける。カードは登録時に魔力を通した者しか使えないからな。


「それではこちらのカードで決済をお願いします」

「え……?」

「ご自分のカードでしたら可能ですよ。またエラーが出るようでしたら対応いたしますので」


 さあ、とカードを渡そうとすると、女はふいっと視線をそらした。


「……、もういい」

「はい?」

「ケチが付いたカードなんて使いたくない。もういらないから処分してくれ」

「そういうわけには参りません」


 私はにこりと微笑んだ。女が固まる。


「こちらのカード、使った記録があるようです。お二人は冒険者のようなので支払いは冒険者ギルドを通じてになります。お手持ちのが足りない場合はギルドで依頼を受けていただき、報酬から引かれることになっております。カードを作るときの注意点としてご説明してあるはずです」


 短時間だったがカウンター店員の教育は徹底した。説明を端折るなどありえない。聞いてないと言われてもそこは譲れなかった。我が商会の店員はみな優秀なのだから。


「ということで、インフレンザ様。確認のためにこちらをかざしてください」


 そっと手を取り、カードを置く。続けて反対側の女の手に商品を載せ、箱にかざさせたのち、女の手とカードを箱の枠に乗せた。


 デデン!


 エラーになった。赤いランプが光っている。


 エラー音と同時に、両手をつかまれたままの女は軽く飛び、私の腹を両足で蹴った。そのまま逃げようとしたが、多分何かしてくるだろうと予想していた私はきちんと対処した。

 簡単に言うと手を離さなかった、それだけだ。もちろん少しは痛かったが、船の揺れで崩れた荷物の下敷きになった時と比べたら大したことはない。むしろ蹴りが軽い。女にしては筋肉があるようだが、腕力より俊敏性に適した筋肉なのかもしれないな。

 往生際悪く暴れる女と、隙を見て逃げようとする男は俺が笑うと静かになった。なんだろう、俺の必殺技が笑いになりそうな気がしてきた。とても切ない。こんなんで婚約者とか見つかるのだろうか……。

 まあ、今はそんなことを考えている時ではない。エルファリア商会の店員としてきちんと対処せねば。


「お客様ではなかったようで、残念です。このような形で申し訳ありませんが、カウンターの裏に席を用意しましたのでそちらに移動しましょう。よろしいですね?」


 攻撃をいなしたことで、二人は抵抗をやめた。おとなしくジャックたちに連行されていく。

 私は絡まれた店の店主に被害状況を書面にて報告してもらうよう頼み、周りのやじ馬たちに一礼したのち、後を追った。







読んでいただいてありがとうございます。

あと1回、ルイス視点の予定です。

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[一言] ルイス…がんばれー。
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